第29話『ザックvsザギュート』

 音速さえも置き去りにするような速度で、藤色の閃光を放つザックの左拳がザギュートに迫る。


 しかし、それを易々と受け入れるほどザギュートは甘くない。ザックの攻撃に応じるように、ザギュートは魔法を発動させる。


「《エナジーフラッド/魔力の氾濫》!!」


 ザックの拳に合わせて延ばされたザギュートの右手から、よどむような無彩色のエネルギーが濁流のごとく放たれ、そのエネルギーが盾のような形をとって具象化する。


 しかし、それがただの盾ではないのは一目瞭然だ。その盾はいうならばエネルギーの塊だ。破壊のエネルギーを持つ、色彩を持たない魔素の奔流を無理矢理、盾の形に押し固めたかのような魔法である。


 ザギュートの藤色の拳と、ザギュートの無彩色の盾が激突する。


 それは、清流と濁流の衝突。


 激突の後、両者はちょうど中間の地点で刹那の間拮抗する。しかしその拮抗はすぐに破られる。敗れたのはザックだ。その拳は盾を突き破ること能わず。爆散する無彩色のエネルギーによって、ザックは大きくその場から吹き飛ばされてしまう。


 通常ならば、ここに追撃をかけることは難しいだろう。それは、先の一撃でザックが大きく吹き飛ばされたからだ。自らから遠ざかるように高速で飛翔する標的へ追い打ちをかけるのは一流の魔法詠唱者だとしても至難の業である。


 しかし、ザギュートにはその困難を払いのけて見せるだけの脚力がある。


 即ち、ザギュートが攻撃の手を止めることはない。


「《リバースサイドレーン/魔の通り道》」


 ザギュートは武技を発動させると、ただでさえ強力なその機動力をさらに上昇させる。その脚力は韋駄天がごとく。


 その脚力を以てして、一気に先ほどの攻撃によって開かれたその距離を詰める。ザギュートは、残像を残すような速度でザックへと迫り、右手を大きく開き対象へと狙いを定めると、追撃の魔法を放つ。


「《エナジ―フラッド/魔力の氾濫》」


 それは先ほど防御に使用したものと同じ魔法。しかし、近距離で放てば、攻撃魔法としても有効なのだ。ザックはザギュートの放った、一切の色味をもたない爆散するエネルギーの強力な威力によって、それまで飛んでいた方向へとさらに吹き飛ばされる。


 怒涛の魔法二連撃。


 先ほどの『エナジーフラッド』のように攻撃としても防御としても優秀な魔法を使うことができるということは、魔法使いとして一流の者であることの何よりの証明となる。それに加えてその連撃を可能としたザギュートの持つ脚力。これまた戦士としても一流であることの証明となる。


 一流の魔法と一流の武技。それらを容易く操るザギュートは、いうなれば桁外れの強者なのだ。


 そんなザギュートに怒涛の攻撃を受けたザックはと言うと―――







―――彼は笑っていた。


 先ほども述べたが、ザックの皮膚は強靭である。並大抵の金属などでは傷もつけられない。その強度は魔法に対しても同じことが言えた。バジュラの中でも屈指の肉体を誇るモルガンだったが、物理とは異なる属性をもつ魔法を以てすれば打ち倒すことは可能だ。しかし、ザックの場合はそれすらも受け付けない。


 ザックは余裕をもって、華麗な動作で村人たちの前に着地を決めると、きっとザギュートの方をにらむ。その様子をザギュートは嬉しそうに眺めていた。


 一人の戦士であるザギュートにとっては、強敵との命を懸けた闘いこそが喜びなのだ。弟の敵を討てるだけなく、戦士としての力を奮えるなど、ザギュートにしてみれば一石二鳥だ。ザックがそれに値することをザギュートは望んでいるのだ。


 ザックはそんなザギュートの様子を気にも留めない。なぜなら強者とは奢るものなのだから。その奢りこそが、弱者のつけこむ隙となる。


 ザックは己よりもザギュートの方が総合的に見て強者だと判断していた。そのため、ザックにはザギュートとは打って変わって一切の油断はない。


(今は好きなだけわらってりゃあいい。俺が笑うのは最後だけでいいんだからよ)


「《羅刹進撃》!!」


 ザックは自身の機動力を一時的に急上昇させる武技を発動させると、ザギュート目指して一気に二人の間の地面を疾走する。そのあまりの速度故に、その様子を見ていた村人たちにはまるで、ザックがザギュートの目の前まで瞬間移動したようにしか見えなかった。


 ザックは砂煙を起こすような豪速を以て、刹那の間にザギュートの目の前まで駆け抜ける。


 『羅刹進撃』はあまりの速度ゆえに使用者もコントロールの制御が出来ない。そのため、疾走の勢いを載せて打撃をたたき込むことこそ出来ないが、一気にその距離を詰めることで相手には隙が生まれる。そこをたたけばよい。


 ザックは移動を止めるのと同時に瞬時に攻撃態勢へと移行。


「《豪鬼迫撃》!!」


 ザギュートの、体に巻き付けるようにして構えられた右拳が怪しげな赤色の妖気をまとう。


 次の瞬間、腰の回転と最適化された重心移動により最大限に威力が増大された裏拳が、その威力を妖気へと変換させて放出。ザックの拳から放射状に放たれた、血のように赤い妖気がザギュートの身体を強襲する。全力でふるった裏拳の威力に魔力を載せて、それを妖気として放出しているのだ。その威力が低いわけがない。


 今度は攻撃を受けたザギュートの身体が、その場から大きく吹き飛ばされる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る