第28話『戦士頭ザック』
ザックはオーガの中でもオーガロードと呼ばれる種族の魔物である。
生まれながらにしての上位者たるオーガロードの皮膚は強固であり、物理・魔法ともに高い耐性を持つ。並の魔物では武器を用いようとも、魔法を用いようとも、傷ひとつ与えることすら敵わない。その皮膚はまさに天然の鎧である。その皮膚は健康的な赤褐色で、身体は一般的なオーガとは打って変わりスマートに引き締められている。
その瞳は琥珀色に染まっており、無骨ながらもどこか親しみを感じさせるような顔立ちをしている。その青みがかった紫色の髪は短く刈りそろえられ、後方へと逆立てられている。その姿は屈強な戦士そのものだ。
ザックは村人たちの方からザギュートの方へと振り向くと口を開く。しかし、その声色は先ほどと違って刺々しさが含まれている。
「しっかし、テメェは何もんだ?この人数を相手取って戦うことができるたぁ少なくても俺並みの力はもっているってこった。本隊らしき軍団は正門から攻めて来てたんだが、お前はカタストロフの一員じゃねぇのか?」
ザックは油断なく、目の前の敵を眺める。目の前の敵はザックが現れてから一切の身動きをとっていない。先ほどザックが村人たちへと話しかけている時などは隙だらけだったのにも関わらずである。それだけを見ると、戦士としての誇りは少なくとも持つように感じられる。
しかし、バジュラの村人に危害を加えるような者はどんな者であれザックにとっては敵だ。そのため油断することはできない。
すると、先ほどの質問に対しザギュートは不敵な笑みを浮かべながら答える。
「俺がそのカタストロフの統領だといったらどうする?」
「だとしても俺は信じるぜ。お前からはやべぇ気配がプンプンするからよう。だとしても俺の敵じゃねぇがな。お前が何者だったとしても、俺はお前を打ち倒すだけだ」
ザックはそれだけ話すと、もはや話すことはないとでも言うように臨戦態勢にうつる。その拳にはめ込まれているのはバジュラ最高の性能を誇る竜骨の武器、竜骨のカイザーナックル。
「見たところ、お前はなかなかの強者のようだ。そこらの魔物とはオーラが全く違う」
ザギュートの目の前に立つザックと呼ばれる魔物がまとう雰囲気、それは強者の雰囲気といってもさしつかえのないものである。想像以上の強者の登場に、もしかしたらガズルは罠ではなく決闘によって敗れたのかもしれないとザギュートは一部考えを改める。しかし、それでも目の前の魔物がザギュートの弟たるガズルを破ったのだと言われれば少々の疑問が残るが。
「貴様がこの村での最たる強者なのか?」
「そうだ。俺が…このバジュラ最強(ということになっている)魔物、戦士頭ザックだ!!」
村人たちを安心させるという目的をもって、ザックは自分がバジュラ最強の魔物だと高らかに宣言する。その雄姿に、村人たちからは歓声が上がる。
ここで下手に“いや、本当は俺より強い魔物がいるんですけど、そのことは表には出せないことになってるんで表面的には最強ってことになってるザックですー”などと事実を伝える必要はないのだ。
「なるほど。では、今日の昼頃に俺と同じケンタウロスの魔物が襲撃してきたと思うのだがそれは、お前が打ち取ったのか?」
「あぁ?ケンタウロスの魔物なんて今日は見てないが、なんの話だ?」
心底わからないといった様子でザックが答える。
しかし、それは考えるまでもなくブラフだとザギュートは判断。どいつもこいつもとぼけやがってとザギュートは怒りが沸々と再燃してくるのを感じる。しかし、それをもう表には出さない。
「知らぬ存ぜぬを突き通すのならばそれでもいい…。だが、その選択はお前の命を奪うものだったとあの世で悔いるがいい!!」
ザギュートはそう言うと、背を屈める。そしてすぐさま先ほども一度見せたどす黒い赤色のオーラを身にまとう。真っ先に反応したのは先ほどの攻撃を見ていた村人たちだ。
「ザックさん、あれはまずっーー」
しかし、最後まで言い切ることはできなかった。
村人たちに警告の言葉を放つ暇さえも与えず、ザギュートは先ほどと同じくその姿を消失させると深紅の影となってザックへと迫る。
そう、正確に言うならば姿が消失しているのではないのだ。あまりの速度に消失したかのように村人たちには見えているだけなのだ。しかし、ザックの動体視力をもってすればその姿をとらえることは可能である。
しかし
見えていることと、それに対処できることはまた別の話なのだ。
仮に野球をすると仮定してみよう。相手の投手が投げた時速160kmに及ぶ剛速球であったとしても目で認識することはできるだろう。しかし、それを打てるかということになると話は別だ。素人には到底無理な話である。
つまりはそういうことであり、ザックもさすがの動体視力でなんとかザギュートの動きを知覚することはできたものの、相殺はおろか回避すら間に合わない。
「《バニシングラッシュ/消失と連撃》」
一陣の風が吹いたかのような音が村人たちに聞こえたかと思うと次の瞬間には、ズドドドドドッという打撃音が響いた。
その音に、村人たちはさきほどの光景を思い出したのだろうか。その表情に動揺が浮かぶのを隠せていない。先ほどまでの英雄の登場に安堵した様子は一切なく、皆が不安そうな表情へとその表情を一転させている。
もちろん、ザックは先ほどのザギュートの攻撃をかわすことは出来ず攻撃を受けていた、それも全弾命中。並みの魔物ならば最初の一撃を受けただけでノックダウンだろう。そんな一撃でも必殺の威力を誇る攻撃を八撃。
村人たちは絶望に包まれる。
しかし、ザックのその瞳に映った闘志は全く衰えてなどいない。
「おいおいこの程度か?お前の攻撃ってのはよぉ」
ニヤリという笑みをザックはその口に浮かべる。それは、敵の攻撃が大したことがないと判断し半ば勝利を確信したかのような笑みだ。
自分の攻撃が通じなかったことにザギュートはわずかばかりの驚きを覚える。打撃では分が悪いか。魔法による攻撃に転じようとその右手をザックへ向ける。
しかし、一方の攻撃をもう片方が完全に受けきったということは、防ぎ切った者が攻撃する隙を得るということ同義である。その隙をザックほどの魔物が、見逃すはずもなかった。
「こんどはこっちから行くぜ!!《悪鬼凶撃》!!」
ザックは大きくその右腕を引き絞ると、目が覚めるような鮮やかな青いオーラをまとう右拳をザギュートめがけて打ち出す。
とはいっても二人の距離は目の前。
即ちザックの右拳はザギュートの腹部にめりこみ、その内部にまでダメージを与えることに成功する。クリーンヒットだ。その一撃を受けたザギュートの身体が大きく弾き飛ばされる。ここで、ザックが攻撃に転じたことを見た村人たちから歓声があがる。
しかし、ザックは追撃の手を緩めない。一度攻撃に成功したときは一気に決めにいくのが正しい戦い方である。今のようなクリーンヒットはそう望めることではない。特にザギュートのような強敵との戦いにおいては。
「《夜叉追撃》!!」
ザックは打ち放った右拳を引き戻すこともなく、次は左拳を強く握りしめる。そして、全身の力を拳に込めるように左腕を引き絞り、ギリギリギリとその内包された力があふれ出さんとするのを必死に抑え込むような音を生じさせながら、その力を収束させる。その力が限界まで高まったとザックが判断したその瞬間、流星のようにザギュートへとザックの身体が飛翔する。そして、またしてもゼロ距離からザック必殺の左拳が放たれる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます