第21話『勇者の初陣』
まさかここまでの光が放たれるとは思わなかった。
おかげで不意を打たれたモルガンの目は完全につぶれてしまったようだ。それに対して俺の目は奇跡的に無事である。おそらく使用者は大丈夫なように防御効果が働いているのだろう。
まさか、ただの目くらまし魔法じゃないよな…。
目くらまし魔法としても、十分に機能を果たした己の魔法に一抹の不安がよぎる。
しかし、そんなことは勿論ない。
先ほどまで何も握られていなかった俺の右手には、確かに剣が握られている。その刀身はそれ自体がうっすらと靄のような白い光を放ち、まるで剣そのものに霊気がやどっているような神聖な雰囲気を醸し出している。そしてその柄はまるで長年の相棒がごとく俺の手によくなじむ。
戦闘に関しては素人でしかない俺には、剣にどんな種類があってその種類の名前がそれぞれ何という名前なのか分からない。
だが、不思議なことにこの剣のことだけはわかる。まるで長年の親友のようにわかる。そう、この剣の名は…
「輝剣グロッセスメッサー!!」
俺はそのままモルガンを目指し一歩踏み出した。
剣など振ったことはない。だがどう体を動かせばいいのか自然とわかる。グロッセスメッサーが自分をこう使えと教えてくれているように。
俺はグロッセスメッサーを脇下に抱え込むようにして構えながら、モルガンを目がけて疾走する。しかし、モルガンとの距離は目と鼻の先。その距離はあっという間に縮まる。
「せいやぁ!!」
俺は疾駆の勢いを載せて一閃。シュナちゃんに悪事を働いた怒りと、あふれんばかりの力を載せて俺は輝剣グロッセスメッサーを振りぬいた。
魔物モルガン、彼の実力は伊達ではない。普段は単に面倒だという理由で自ら表に立って行動することはほとんどないが、若かりし時の力はバジュラでも屈指のものだった。彼に匹敵できる力の持ち主は、人生の絶頂期を迎えていたナギサしかいない程。
その力の根源たるものは、彼の持つ異能力「身体強化」である。それにより彼はただのホブゴブリンをはるかに超えた、ある意味異常ともいえる身体能力を有していた。
その能力によって強化された身体は、並大抵の武器では傷一つつけることすらかなわない。バジュラ最強の武器である竜骨の武器を使ってようやくかすり傷はあたえられるだろうが、勝負にはならない。超希少金属であるミスリルの武器をしてようやく勝負になるかといったところ。
その鉄壁とも言えるような防御能力に加えて、強化された身体から放たれるは豪速の拳。その拳は、その辺の魔物の身体ごとき容易く貫通させしめる。
鉄壁の防御を誇る鉄の身体と、大砲のごとき威力を誇るその拳。この二つをもってモルガンは強者であった。時にその鉄壁の防御だが、タツキのグロッセスメッサーに対してはどうかというと……。
グロッセスメッサーがギラリと怪しく輝いたかと思うと、モルガンのその身体が腰の辺りから容易く両断された。
心の底まで美しく響き渡る綺麗な振動音がその刀身から鳴ると同時に、モルガンの両断された身体が引き止める力もなく床へとこぼれおちる。モルガンの肉体をして、グロッセスメッサーの前には何の役にも立たなかったのだ。今まで二つがくっついていたという事実が嘘のように綺麗に両断されている。
モルガンが両断されてなおしばしの間取り留めた、その命を散らし絶命したその時に俺の体を極上の快感が包み込む。
どれほどに凝り固まっていたというのか、これだけ解放されて尚まだうまく動かせない感覚が残る。だが、気分は最高だ。
どんどん自らの体が自由に動くようになっていくのを感じる。
「あああああああっはっはっはっはっはっはっは!!!!!やったぞ、俺はやった!!村を売り渡したくそ野郎をこの手で殺してやった!!!!!!ははははははは!!!!!!」
まるで物語の中の英雄に自分がなったかのようだった。
これはモルガンを殺したことで得られる快楽だけでは決してないだろう、長年の夢であった誰かを守るという夢が叶ったのだ。半ば、自分には到底及ばない大それた夢だとあきらめていた夢が。
興奮で頭が熱が出たかのようにあつい。
当たり前じゃないか、これで興奮するなと言われるほうが無理な話だ。なにせ俺はシュナちゃんの家から大事な物を盗もうとしていた村を売り渡したクソ野郎とその仲間の反乱軍からシュナちゃんの家を守ったんだ!!
くぅぅぅぅぅぅ、やばい!!!!
こんなに幸せな気分は生まれて初めてかもしれない。生まれてきてよかったと心の底から俺は感じている。
両断されたモルガンから漂う、血と臓物が混じったようなおぞましい臭いも、あたりに散らばっている銃に撃ち抜かれたホブゴブリンの死体など気にもならない。
そして、先ほどモルガンを殺した時にまた新たな能力が解放されるのを俺は感じていた。
やばいよ、これは。
何?女の子の家をねらうコソ泥を俺が退治しちゃうなんて。下手したらシュナちゃん俺に惚れてしまうかも!!なんつって。
シュナちゃんのことで思い出したが、そういえば俺はシュナちゃんに助けを求めようとしてここまで来たんだった。だが、今の俺ならどうだろう。
「いや、シュナ。君は俺が守るよ…」
俺は自分の思う最大限の爽やかボイスで流し目を決めてみる。
流石に少し恥ずかしい。
なんて馬鹿なことを考えているとだんだん思考が落ち着いてきた。
これは俺の通常思考がバカということなのだろうか、きっとそうではないことを祈ろう。
よく考えたらそもそもの始まりは反乱軍たる奴らが攻めてきたことだった。完全に忘れていた。
でも今の俺なら逆にひねりつぶせちゃうんじゃないか?そんな気がする。なにせ、さっきよりもまた強くなっているのだ。これはうぬぼれじゃないだろう。
となれば、やるべきことは一つ!!反乱軍を見つけてとっちめる。そして村を反乱軍の手から守ることだ!!
自分がずっと憧れていた存在になれたことが嬉しい。しかし、俺は自分の中に目覚めた力とは別に生まれたもう一つのいびつなモノにも気づいていた。
それは殺戮衝動。
殺した時に得られるあの快感が忘れられないのだ。生物の三大欲求?そんなものはぬるいと断言できるほどの快楽だ。俺の身体が全身全霊をかけてあの行為を歓迎している。あぁ、もっと殺したい…。
って危ない危ない!まるで俺が悪役みたいな思考じゃないか。おれは正義の勇者になるんだ!!そんな殺人狂は俺が対峙してやる。
けど、反乱軍カタストロフ…。反乱軍ならば殺してもいいのではなかろうか?逆に皆殺しにしないとみんなが危ないかもしれない。そうだ、きっと殺したほうがみんなを守ることにつながるはずだ!!
俺は反乱軍から村のみんなを守るという希望と、少しの欲望を胸にシュナちゃんの家を飛び出した。
辺りはまるで光を失ったかごとく、漆黒の闇に包まれている。これは俺の未来を暗示するものなのだろうか?いや、そんなはずはない。その証拠に先ほどまでの暗さはもうなりを潜めている。あるのは、正門のほうから上がる炎の明るさだけだ。
そう、ここから始まるのは俺の勇者としての物語、勇者タツキの英雄伝なのだから。
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