第20話『勇者の誕生』

 モルガンは勝ち誇ったように叫ぶ。


「これさえなければ、お前はただの雑魚だろう!!手間をかけさせやがって、くそっ、これで計画が大幅に狂ったわ。俺がお前は殺してやるっ」


 憤りにその表情を歪めながらそう言うと、モルガンは俺から後退するように大きく飛びのく。いったい何をするつもりなのか。


 モルガンは飛びのいたかと思うと、全身に力をためるようにその腰を低く落とし、その両腕を十字にクロスさせる姿勢をとる。そして時を移さずその武技を発動させる。


「《パワーアップ/能力向上》!!」


 モルガンがそう叫ぶのに合わせて桃色の光がモルガンを包み込む。そして、モルガンを中心に必殺の気迫が物理的な風という形を伴って放出される。まるでモルガンを中心に小さな爆発が巻き起こったかのようだった。


 モルガンはこんなことが出来たのか。


 その武技が終わった時に俺の目の前に立っていたのは、先ほどまでそこにいたただの中年の贅にその身をたるませた単なる富豪ではなかった。


 長年の経験を積んだ歴戦の戦士、それが立っていた。


 その肉体は、日ごろのたるみ切った身体が嘘のように引き締まっている。その引き締まった顔つきは、ブルドッグのようにたるんだ醜い顔をしていた魔物とはもはや別の魔物だ。


「本当はお前ごときに、この武技を使うまでもないんだがね」


 モルガンはこちらをバカにしたような表情を浮かべて、その手で自らの身体を愛でながら話しかけてくる。


 一見隙だらけのようにも見えるモルガンだが、その瞳は油断なくこちらをうかがっている。以前の俺ならば隙ありと判断して、即座に行動していただろう。即座にそこで返りうちあっただろうが。残念ながら、銃を拾いに動く暇はなさそうだ。


 そもそも、今のモルガンに銃ごときが有効かははなはだ疑問だ。ならばそもそも回収する必要もないか…。そんなことを考える。しかし、隙のないモルガンを前に俺は自ら行動をとることが出来ない。


「なんだい、おびえてしまったのかい。所詮は武器に頼り切った未熟なガキということか。帝国の秘宝が盗まれただけでなくお前が死んだと知ったらシュナ君はどうなってしまうんだろうね」


 その言葉を聞いて、俺はピキリと表情を固める。そんなことは決してさせはしない。


 モルガンは心底楽しそうに笑っている。それは、他人のことをなんとも考えてないやつの笑いだ。やはり、こんな奴は生かしておけない。この手で殺さなくては。


「なんで俺の武器がその銃一つしかないと思ったんだ?」


 俺がその強勢な肉体を前にしても、恐怖におびえた態度をとらなかったことが気に入らなかったのだろう。モルガンは先ほどまでの笑顔を一転、表情をゆがめる。


「死にかけのネズミのそういう態度は好かんね。おとなしく命乞いでもしておけばいいんだよこのザコがぁぁ!!」


 モルガンは俺めがけて踏み込んでくる。その勢いは、ミノタウロスの突進のごとく。以前までの俺では、こちらへと高速で接近してくるその姿を捉えることすら出来なかったろう。


 俺を目がけて驀進して来るモルガンのその右拳は固く握りしめられ、そこに莫大な破壊力が秘められていることが感じられる。


 だが、先ほどの俺の発言は完全なハッタリではない。俺は感じていた。新たな自分の力が目覚めていることを。


 それは、勇者の力。悪を滅ぼし民の平和を守るための力。これこそが俺のずっと望んでいた力だ。それはずっと俺の中にあった。それを今解き放つ。


 俺は左手で己の右腕をさせるように強く握ると、その右手をモルガンに向かって突きつけ、その溢れんばかりの力を解放させる。


「これがその答えだ!!《クリエイト・ブレイブウェポン/勇者の武器創造》!!」


 刹那、俺の右手から目も明けていられないほどの白い大閃光が放たれた。







 それは、この世界に存在する極限の魔法。

 

 右手から放たれるは、様々な苦しみ、怒り、悲しみ、憎悪、後悔などによって薄暗い靄のような憂いに満ちているこの魔界を照らし出す、まばゆい正義の光。


 タツキの右手が放つ光によって、シュナの家の中からその周囲一帯に至るまでの全てが、一面の白色に染め上げられる。


 それはまるでそこに伝説の光神が降臨したかのようだった。


 轟音と閃光。


 やがて放たれた途方もない量の光は一つの形を成し始める。


 それは、剣。


 この世界の闇を切り裂く、見るものの心をその魅力で奪ってしまわんばかりの美しさを放つ一振りの輝剣。


 光がまるで剣の形をかたどったかのようなそれは、今ここに勇者が誕生した証であった。


 夜の闇に輝く輝剣をその手に握る今ここに誕生したまだ名もなき小さな勇者、その名を――――







――――タツキと言う。

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