第5話『シュナvsケンタウロス』

 その何者かが近づいてくるにつれて、だんだんその姿が明らかになってくる。


 一目で秘められた力が伺えるたくましい上半身に、その身体を支える屈強な足腰。


 強者の登場だ。


 俺が相手をしたとしても初撃の一発で即ノックアウトだろう。それだけの強さを感じさせる。俺が基準になると話の信憑性が薄れてしまうのだが。


 そしてその地面を駆ける脚は二本ではなく四本。そう、これは俗にケンタウロスと呼ばれる種族である。その強靭な足腰からなる機動力と、鍛え上げられた肉体から放たれる1撃は強力無比。


 思いもよらぬ強敵の出現に、俺の背筋に冷たいものが走る。


 こ、れはまずい。


「シュナちゃん、あれはケンタウロスだよ!!野生のケンタウロスなんて聞いたことがないけどあれは絶対にまずいやつだ。早く逃げないと!!」


 しかしシュナちゃんは慌てる様子は全くない。


「うん、それも知ってる。けど逃げる必要はないわよ」


 そう言って、シュナちゃんはケンタウロスのほうに向きなおり、じっと獲物を見定めるかのようにケンタウロスの方を見やる。俺には決して向けることのない狩る者の表情だ。


 そうこうしているうちにケンタウロスと俺たちの距離は、あと15メートルほどに迫ってきている。


 モンスターというのは、基本的に攻撃的である。魔物を見つけると、彼我の実力に大きな差がない限りは襲い掛かってくるのだ。


 ケンタウロスは、何かを叫びながらこちらへ疾走して来る。しかし、何と言っているのかまでは距離が離れすぎていて分からない。しかし、明らかにこちらに敵意を向けてきているのがわかる。その姿勢は俺たちに襲い掛からんとするものだからだ。


 しかし、その手には大槍が握られている。ということは、一定以上の知性があるということだ。あのケンタウロスは、モンスターじゃなくて魔物の間違えだったかもしれない。


 そのことをシュナちゃんに伝えようとしたその時、シュナちゃんはその右手をスッとケンタウロスに構え、軽やかにこう唱えた。


「《マッディフレイム―イツキ/魔炎―縊鬼》」


 シュナちゃんの手から放たれた握りこぶし大程の大きさの紫炎が、威嚇するようなうなりを上げてケンタウロス目がけて飛翔する。


 その球体状の紫炎は、大きさ的にはそれほどでもないものの、その速度は圧倒的だ。


 俺の動体視力では、もやは目で追うことすら適わない。


 ケンタウロスはさすがの動体視力と瞬発力で即座に反応し避けようとするが、紫炎の豪速がそれを許さない。


 ケンタウロスの避けた身体の端に紫炎が触れた。

 

 その瞬間、まるでその内にため込んでいた膨大な魔力を解放せんとばかりに爆炎が広がり、ケンタウロスの身を一瞬にして覆いつくす。


 そこから放たれた熱気によって、俺のところまで熱風が押し寄せる。普通に熱い。これを直で食らってしまっているケンタウロスの熱さはいかほどか。


 紫炎に全身を包まれ、のたうち回っているその姿は、まるで地獄の業火にやかれる罪人のような光景だ。俺は、こんな死に方はごめんである。


 しかし、それでもシュナちゃんの攻撃は止まらない。


「へぇ、これでもまだ耐えるんだ。意外とタフなのね」


 シュナちゃんが誰に話すでもなくつぶやくと、今度はその左手をいまだ紫炎に包まれたままのケンタウロスに向ける。


「《デスドライトニング/黒き電撃龍》」


 今度は逆の手から、追撃の魔法が発動される。しかし、その属性は先ほど放たれたものとは大きく異なる。その手から放たれしは、紫電からなりし黒き龍。


 辺りに紫電をまき散らし、その長身でとぐろをまいている様は、まさに恐怖の権化そのもの。その迫力は、襲われないことが分かっていても恐怖を覚えずにはいられない程だ。


「ガァァァアァァアァアアァアア!!!」


 龍が吼える。それは自身の力を解放できる喜びの咆哮のようでもあり、獲物をその瞳に定めた決して逃がしはしないという必殺の咆哮のようでもあった。


 咆哮をあげたかとおもうと、黒龍は獲物を目がけて飛翔する。しかし、先ほどの紫炎ほどの速度はない。俺の動体速度でも容易にとらえられるほどだ。


 しかし、その威力は絶大。


 黒龍がケンタウロスに迫ると、あたり一面が紫色の閃光によって紫に染め上げられる。そして少し遅れて届くその雷鳴は、まるで空気が絶叫を上げているように感じられた。


 そのあまりの光量と音量に俺は、視覚と聴覚を奪われてしまう。


 こんなものを直接食らってしまったケンタウロスさんの末路に至ってはわざわざ語るまでもあるまい。すでにその身を爆散させてしまっているであろう。


 もはや毎度のことだが、自分の幼馴染の完全に常軌を逸した力には毎度のことながら驚かされる。瞬殺とはこのことを言うのだろう。俺はシュナちゃんの強さに感心を覚える。


 しかし、それと同時に俺は少しのいらだちも感じるのであった。


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