HOPE~一歩踏み出す勇気〜
中村 日咲
1
地獄の日々
休み時間のチャイムが鳴るたびに、いじめが始まる。
傍から見ても、明らかに四人の彼女達とはタイプの違う、地味で暗い印象の佐藤茜が一緒に居るのは不自然だったが、誰も気にとめなかった。
彼女達は仲良くたわいも無い話をしながら、体育館の裏へと、佐藤茜を連れていった。
周囲に誰もいないことを確認すると、彼女達は
「あーもうっマジムカつく!死ね!」
そう言っていきなり茜の腹部を思い切り殴った。
「…ゔっ!ごほっごほっ」
「汚ねぇんだよブス」
「ストレス溜まりすぎて肌が超やばいんだけどー、 どーしてくれるのぉ?」そう言いながらもう一人が、茜の頬を思いっきり抓った。
「ーいっ!」痛みで思わずしゃがみこむ。
「あ!そうだぁ、私が汚い肌に変えてあげようか♡何か切れる物ないかなぁ?んふふ」
やめて…いやだ…。
「切れる物ねぇ、んー、じゃあ、めっちゃホラー映画に出てくる奴になりそうでキモイけど、画鋲刺すのはどう?頬に何個もブスブスってさ」と悪そうな笑みを浮かべながら茜の頬をつつく真似をした。
「それやばっ!めっちゃサイコなんだけど!うけるー♡」
「ギャハハハ、きもーい」
「んじゃあ、あとで画鋲用意しとこー」
「いいね、放課後やろやろ♪楽しみー、動画撮ろ♪」
「逃げんじゃねーぞブス、見張ってるからなぁ」
そう言うと彼女達は、茜を置いて先に教室へと戻っていった。
中学にあがっても暴言を吐かれ、暴力も振るわれ、彼女達のストレス発散として使われる日々を、茜は必死に耐え抜いていた。
お腹を殴られた痛みがまだ続く。
──なんで私がこんな目にあわなきゃいけないの…。
茜は重たい足取りで教室まで戻ってくると、席に座って自分の持っている本を読もうとした。が、無い事に気がついた。
あれ……ない、私の本!
机の中を組まなく漁ってみるが、みつからない。
ふと彼女達を見ると、クスクスと笑っている。
嘘でしょ…また?
私物を捨てられるのは毎日の事だったけれど、でもあの本だけは、無くしたくなかった。茜にとって、心を保つために必要な本だったからだ。
急いでゴミ箱の方に行き、探し始めた。
なんで、ないの……どこにやったの?!
掃除用具が入っているロッカーの中を探してもない。教室中を探そうとしたが、そこでチャイムが鳴ってしまった。
どこに捨てられたのか、茜は気になって授業など耳に入ってこなかった。
***
下校のチャイムが鳴ると、すぐさま茜は駆け足でトイレに逃げ込んだ。
「あ!あいつ逃げた!」
「チッ!何やってんのよ!」
急いで入ってドアの鍵を閉めると、すぐに四人が追いかけてくる足音が聞こえた。
茜はトイレに座ると、きつく目を閉じて両手で耳を塞いだ。心臓の鼓動が速くなって、耳まで強く伝わる。
素直にやられてたまるもんか──。
人の気配がしたと思うと、茜のいるドアを強く叩き始めた。
「茜ちゃーん、何で逃げるのー?」
「この後一緒に遊ぶって決めたよねー」一人が低い声で脅すように声をかける。
「あたしらをなめてんの?おい、出てこいよ!」
壊れそうなくらいに激しくドアを叩き続けた。
………
………
───が、急に音が鳴りやんだ。
茜は恐る恐る、目を開けてドアの下を見るが、人影はみえない。
諦めて帰ったのかと、そう思ったが違かった。
キュッと蛇口の音がしたと思うと、上から勢いよく冷たい水が降ってきた。
瞬く間に茜は、頭から全身ずぶ濡れになった。
「ギャハハハ!おらおら、どーだ!」
「ざまぁみろ、ブース♡」
「冷たくて気持ちいいんじゃないのー?」
「あははっ、凍え死んじゃえー♪」
隣からトイレの便座に登って、ホースで水を上からかけ続けられた。
「っ…やめて!うっ」
茜は全身の震えが止まらなかった。
早く、終わって、早く──。
苦しくて、涙が出てきて止まらなかった。
「明日こそメイクしてやっから」
「次逃げたらもっと悲惨な目に合わすから」
「また明日ね、茜ちゃーん♡」
「風邪ひいて休んだりしたら殺すからね」
そう言い放って、彼女達は去っていった。
しばらく経った後、水を吸って重くなった制服が、茜の肌に纒わり付いて気持ち悪く感じたが、ゆっくりと茜は立ち上がって、トイレから出た。
捨てられた本を探しに教室へと戻る。
歩く度に水を含んだ靴下と上履きから、ぽたぽたと水が滲み出てきて、床が濡れていく。茜はそれを気にすること無く進んだ。
「寒い…」
冷えきった身体を両手で摩るが、全然温まらない。
誰もいない教室の中、組まなく探し回ったが、結局本は見つからなかった。
ちゃんと鞄に入れておけば良かったと後悔する。
これで何回目だろう、あの本を捨てられたのは。
最悪だ…。
また、買わなきゃ……。
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