4-4


「いやー、やっぱカッコいーな、杉村さん! アコギ一本でそんだけ弾けるのってすげーよ」しきりに拍手をしたのち、北川くんは目を輝かせて言った。「オレもそのアルバム買ったよ、リリース日に。いいよね」

「どうも。帰って」さあ早く。

「ね、あと一曲やってよ。オレのリクエスト」

「はっ? 帰るって言ったじゃん!」

「帰るとは言ってないよ」舌を出しお茶目に笑ってみせる。ひどくイラっとした。イケメンなら何をしても許されると思うな。


 ギター紐を肩からはずし、ベンチから降りた。この失礼きわまりない観客に背を向けしゃがみ、ていねいにケースの中にしまいこむ。パチンと留め金をしめる。うしろからあわてたような声がする。


「え、え、何してんの? もう一曲弾いてよ! お願い!」

「絶対やだ。あと二度と話しかけないで。外でも学校でも」

「ゴメンだけどそれは約束できないなー」

「なんで」ぐるんと振り向き、睨む。

「だってオレ今日さー」北川くんは、ニッコリ笑って言った。「誘いにきたんだもん」


 誘いにきたんだもん?


「何に?」

「バンド。一緒にやろうぜ」


 バンド?

 一緒にやろうぜ?


「はあ?」声が裏返る、あんまりにも突飛すぎて。「なんでわたしが北川くんと」

「さっき言ったみたいに、今男スリーピースでやってんだけど、もうひとりギターはずっと欲しいって思ってて。今のバンドはさ、保育所んときからの付き合いだから楽でいーんだけど、もうちょい、分厚い音が欲しいワケよ、オレとしては。つーことで、ね?」

「ね? じゃないよ。しない。お断りします」

「なんで? 杉村さんもさ、ホントはバンドしたいんでしょ?」

「さっきも言ったけど」とわたしは言った。「わたしは、自分のためにギター弾いてるの。別に大きなステージに立ってやりたいとか、有名になりたいとか思ってない」

「だからさあ、」背後で、北川くんも立ちあがった気配がした。「さっきも言ったじゃん、そんなの、ステージに立ったことないからそう言えるんだって」


 振り向く。てっきりへらへらしているものと思っていたのに、北川くんは大まじめな顔をしていた。とたんにそれまでの勢いを失ってしまう。急に心細くなった。


「ライブ映像とか見たことない?」

「……ある」

「カッコよすぎてさ、体が震えて眠れなかったことはない?」

「……。」

「あのでっかいステージに立つミュージシャンが自分だったらって考えたことは? ミュージシャンの立つステージから見える景色を想像したことは?」


 わたしは答えられない。ただ無言で睨みつけていることしかできない。


「……オレ、しょっちゅう想像すんの。10年後はこうなってて、とか、音楽番組に出ててどんな風に紹介されて、とか、ドームとか武道館のライブでどんな風に盛り上がって、どんなトークをして、とか」


 わたしはまだ黙っている。黙って、聞いている。


「ねえ、今やった曲、バンド演奏で歌ってみたくない? ベース、ドラム、エレキギターと一緒に」


 わたしは、と、わたしは言った。声が小さくなる。心細かった。間違った選択をしそうで、こわかった。

 わたしがギター始めたのは、ほとんど仇討ちみたいな動機なのだ。別に、ギターが、歌が、真実好きなわけじゃないのだ。そんなこと、口にだして言えるわけがない。ましてやステージに立つとか、音楽で生きていくなど。


「わたしは、」と、わたしは言った。軽く目をとじ、短く息を吸い込む。いったんすべての動きが停止する。

 それから目をひらいた。はっきりと彼を見据え、明瞭に声をだす。


「北川くんがやだ。だから、しない」


 すっとした。話はもう終わり。ギターケースを担いで彼に背を向け、ポケットから自転車のキーを出す。鍵穴に差しこむ。カチンと回す。

「やだ?」うしろから、すっとんきょうな声がする。「オレがやだって何!? オレが何したっていうの」わからないのか。こんなに人のこと怒らせておいて。

「絶対仲良くなれそうもない。あなたとは。だから、やだ」

「そういうのはさーあ? オレらの音楽聴いてから言わない?」

「悪いけど、ホントそんなつもりないから」

「ビビってんの? ギターでオレに負けんの」


 無視。なんとでも言うがいい。北川くんの声に焦りの色が混じる。「絶対諦めないかんな!」勝手にすればよろしい。


「杉村さんがうんって言うまで、しつこく付きまとい続けるから!」


 スタンドのロックをはずし、倒したところで動作がピタリと止まる。

 スタンドを立て直し、ロックをかけ、自転車から離れた。ぐるんと方向を変え、ずんずん詰めよる。


「……めて」

「え?」わたしが戻ってきたことを嬉しがる、北川くん。

「それだけは絶対やめて」

「え、何を? 付きまとうこと? しょーがないじゃーん、なんとしてでもメンバーに入れたいんだもん」小首をかしげるさまが憎たらしい。

「頼むから学校では絶対に話かけないで!」

「なんでだよー。同じクラスだし? これからどんどん話かけちゃう」仲良くしよーぜ。

「やだ。困る。お願いだからやめてください」ふざけんなと怒鳴りたいところをグッとおさえ、わたしは懇願する。


 ヨルと別れたばかりなのだ。それでなくても、ヨルのときだってさんざん周囲にはいろいろ言われてきたのに、こんな派手な人と仲良くしていたら、きっといいことない。わたしにはわかる。確信がある。

 ほほう? という風に、北川くんの目の色が変わる。口もとに、意地悪な笑みが浮かぶ。やな感じ。


「聞いてあげられなくもないなァ」

「でもバンドには入らない」

「よしわかった。じゃー、……うん、こうしよう。あさっての放課後軽音部に来て。オレも悪魔じゃねーから今この場ではバンドに入ることを強制しないし、別に部室に監禁して入るって言うまで帰さないとか言うつもりもないよ。まずはオレのこと、オレたちのこと、もっとよく知ってほしい。これが条件。どう?」

「……わかった」


 あさってはもともとバイトが休みだ。家に帰ったらめぐちゃんに相談しよう。


「じゃ、今日はこれで。休まないでよー? 逃げたとみなすよ」

「舐めないで。女に二言はない」

「はは、ロックだね」


 わけのわからない事態になった。わたしはすでに半分後悔しているのだった。




『ぎゃあああでかしたアサっ、でかしたぞ!! ぜひとも入ってこい!!』


 ……。


 帰宅後。部屋に戻ってくだんの深刻な相談のために電話をかけたら、電話の相手はこんな感じだった。


「なんでっ!? わたしはバンドなんかするつもりないの! それに北川くんもやだ」

『なんでってなんでよ! 超いい物件よ! てかあの北川くんにギター褒めてもらっといてバンドに誘ってもらっといて、その言い草はなんなのよ、もったいないオバケが出るよ』

「すっごいやな感じだよ? みんな、あの人の何がいいわけ」

『アンタそんなこと言っといて、北川くんのギター聴いたことあんの?』

「それは」言い淀む。「ないけど」

『ほれみなさい』親友さまの勝ち誇った声。今どんな顔しているのか、見えはしないが楽に想像できる。『いい? 親友命令よ。あさって必ず軽音部に行って、彼らの音楽をちゃんと聴いてきな。きっとアンタ気に入るはずよ』

「それはどうかなあ……」

『聴かないうちから否定的になるな。それに、あたしも前からアサはバンドやればいいのにって思ってたの。もっとたくさんの人に知ってもらうべきよ、アンタの音楽は』

「それは」どうかなあ……と言い終わらないうちに、めぐちゃんは言葉を重ねる。『あ、そうそう』

『明日からはちゃんとひとりで来なさいね』

「え?」

『え、じゃないわよ。学校よ。大事な名目もできたし、登校拒否してる場合じゃなくなったでしょ? もうあたしが行かなくても平気みたいだし』

「ええ? しばらくは一緒に行ってくれるって」明日でまだ二日目なんですけど?

『もう大丈夫よ、アンタは。バンド組んで、さっさと北川くんと付き合っちゃえばいいわよ』

「はあ? やだよ」なんでわたしがあんなぶしつけな人と!


 と、言い終わるか終わらないうちにブツンと電話は切れてしまった。うう、めぐちゃんの裏切りものめ。毎日来ると宣言したものの、毎朝五時に起きるのが面倒になったのに違いないんだ。とんだ親友さまだな! バカ!

 とは決して本人に言えないわたしであった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る