スメルズ・ライク・シックスティーン・スピリット
すぎの
Numb〔ナム〕/LINKIN PARK
0.存在するかもしれない未来の話
それでは次のバンドですという、女性MCの高らかな宣言とともに紹介VTRが始まった。
アーティスト写真が画面いっぱいに映り、右下にバンド名が表示される。【THE SNARCS】というのが彼らの名前らしい。
“スナーク”とはルイス・キャロルのナンセンス詩に出てくる正体不明の怪物であるが、そんなことはとりたてて重要な情報ではない。このあとのVTRでも紹介されるとおり、結成当時に活動拠点としていたライブハウスの名前から、暫定的に名乗り始めたのがいつのまにやら定着してしまった、というのがその由来である。
紹介の前に街の声を聞いてみましょう。アナウンサーである女性MCによるナレーションののち、街頭インタビューの様子が映し出される。
登場する若者は10代、20代、30代と様々である。
●中学生女子二人組
「かっこいいよね」
「ギターの北川くんがイケメン」
「朝日の声も好き」
●高校生男子グループ
「歌詞が全部英語なんで、最初何うたってるんやろって調べてみてびっくりした」
「なんで?」
「めっちゃキワどい」
「エロいん?」
「エロいん?」
「や、女子がうたっていい歌詞ちゃうんっすよ」
「あー」
「あー」
●大学生男子
「音楽好きのあいだで、今かなり有名。朝日の声の綺麗さと、演奏のゴリゴリさのギャップが凄い。北川の歌詞の世界観も好きです」
●20代OL二人組
「北川くんの変態さがツボ」
「え、どういうこと?」
「歌詞のほとんどはギターの男の人が書いてるんだけど、わざと汚い言葉を使ってて、それをうたう朝日ちゃんのことをみてニヤニヤしてるっていうの、雑誌で読んだことがある」
「えー!?」
●30代前半男性
「ボク、デビュー当時から応援してます。スナークにも通ってましたし。みんなめっちゃ楽器上手いんですよ。当時、高校生の中ではズバ抜けてましたね」
――××県出身の彼ら。メンバーのうち三人が幼馴染で、そこにギター&ボーカルの朝日を加えた四人で高校在校時代に活動を開始。バンド名の由来となったライブハウス『スナーク』での前座活動を経て2004年、当時メンバー全員が通っていた高校の文化祭でのライブで一躍有名に。――
アーティスト紹介に合わせ、画面には二枚、三枚と写真が
――その舞台で一曲目に披露された、朝日の弾き語り映像が現在もネットで大きな話題となっていますが、その貴重な映像がこちらです。――
静止画が消え、それに立ち替わり、今度は画質の悪い録画映像が流される。随分古い映像に見える。音は割れており撮影者は素人なのか、遠い位置から撮影しているものを無理に拡大しているせいで、人物の顔までは判別できないし、手ぶれでしょっちゅう画面が大きく上下に揺れた。控えめに言っても、いい映像とは到底呼べるようなシロモノではない。
制服姿の少女が一人、ギターを抱えて舞台に上がり弾き語りをしている。アンプに繋いで音を膨張させる、エレキ・アコースティックギターと呼ばれる種類のギターだ。
アルペジオの伴奏でしっとりと歌う声はまるでシルクのように心地よく、柔らかに聴くものの耳に馴染む。イギリスの偉大なロックバンド、レディオヘッドの『creep』という曲だった。ボーカルのトム・ヨークが当時恋をしていた女の子のことをうたった歌だとされていて、この曲のヒットで彼らは一気にスターダムを駆け上がったが、その後長らくヒット作を生み出せなかったことから、メンバーたちはこの曲を『crap《ゴミ》』と呼んだという逸話があるが……それも今はとりたてて必要な情報ではない。
彼女の素晴らしさを並べたてたのち、トムが自分の
スタジオに居合わせた全ての人間が息を呑んだ。
もともと1オクターブ高いキーだったというのに、そのまま高音のサビに突入したのだ。随分なハイトーンである。普通の人間の声なら聞くに堪えない雑音になってしまいそうなそれを、画面の少女はささやくような柔らかな声で、しかし会場全体に届くような伸びやかさで、見事に歌いこなしている。不快感はなかった。どころか心地よささえあり、女性MCは目を閉じてうっとりとその天使のような歌声に浸っているほど。
――この映像がネット動画サイトに投稿されたのは2010年のことですが、すでにバンドは無期限の活動停止中。しかし去年、出身校の文化祭で10年振りのステージに立ち、その後、
その日初めてスタジオ・ライブのステージに立った彼は、ライトの眩しさに、自分の幸運に、目を細めた。
鼓動はどんどん高まってゆき、触れればその形や手ざわりをしっかりと感じられるようだった。緊張している、やばいなと思う。口元にギュッと力を入れ笑ってみせるが、ただ、筋肉の痙攣のようにしかならなかった。
こんな未来が来るなんて、あの日想像もできなかった。
10年前に諦めた夢の続き。
彼女の涙と自分の怒号、それを必死に宥める幼馴染ら。
あの日諦めた夢の中に、未来の中に、彼らは立っていた。これを何と名付けよう。奇跡としか、呼びようがなかった。
バンドのフロントマンである彼女が右斜め前に立っている。袖のない、シンプルなデザインの黒いミニワンピースから伸びる形のいい脚には、普段のライブでは決して履くことのない12センチのハイヒール。もとは彼の所有物だったレスポールのヴィンテージギターを抱え、観客に向けて一言短い挨拶をする。ワッと歓声があがった。その小さな背中を眺めていると、履きなれない靴のせいでリハーサル中、何度も転びかけていた姿を思い出し、吹き出しそうになった。少しずつ緊張がするするとほどけ、心が落ち着いていく。彼の口元には自然と、笑みが浮かんでいた。小さく呟く。特別だよ。
君が特別だよ。クソ特別だ。
オレも君にとって、そうなれたらいいのに。
ベースが派手にリードを取った。彼は振り上げた腕を落とし、六本の弦全てを力強くストロークする。4小節目にドラムが介入する。彼女がスタジオの天井を見上げ、高い声でシャウトした。腹から湧き起こる歓喜を抑えきれないといった風に。
悲しみの果て、絶望の終わり。
四人の夢は、まだ幕が開けたばかりだ。
■より君から離れて、より自分らしく
Numb/Linkin Park
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