シトシト【ショートショート作品集】
ダイナマイトキック
時空を超えた電子手紙
別れは突然訪れた。
突然過ぎて現実を受け止められない。
現実を理解できない。
理解したくない。
理解してしまったら・・・
サキの死が・・・
本当になってしまうから。
始めはほんの些細なことだった。
今では、なぜケンカになったのかさえ思い出せない。
次第にヒートアップし、お互いの不満を吐き出しはじめた。
いつものことだ。
僕達はよくケンカをした。
本気のケンカをした。
しかし、それはお互い好きだから。
お互いを擦り合わせようとした結果、摩擦熱が生じているだけだ。
好きだから、相手をもっと理解したいから。
一旦不満や愚痴を吐き出すと、心に出来た空洞を埋めるように愛し合った。
「ごめん」なんて口にしない。
お互い分かっている。
その代わりに耳元でささやく。
「あいしてる」と。
彼女との出会いは会社の入社式だった。
式後のセレモニーで同じグループになった。
そこで初めて彼女を見た。
大人しそうな人だと思った。
笑顔が素敵で、気が付いたら彼女ばかり見ていた。
会社では見かける程度で、部署も違ったし、話すことはなかった。
日々時間に追われ、彼女のこともあまり考えないようになっていた。
「あのぅ、僕と付き合ってもらえませんか?・・・」
「・・・・」
「っあっごめんなさい、唐突にこんなこと」
「・・・・」
「迷惑ですよね、まだ・・・」
「まだ?」
「え?」
「まだ何?」
「・・・まだお互いのことそんなに知らないのに・・・」
「知らないのに?」
「付き合ってほしいだなんて・・・」
「・・・・」
「無理があるかなって・・・」
「じゃあどうして告白したの?」
「それは・・・」
「・・・・」
「あなたが好きだから」
「・・・・」
「・・・」
「私もあなたが好き」
入社半年後、二泊三日で行った新人研修。
そこで僕は彼女に告白した。
それから僕と彼女の恋愛は始まった。
最初のビッグイベントは付き合って2か月が過ぎたクリスマスだった。
イブの日、彼女が部屋で料理を作り、僕はケーキを買って部屋に向かった。
料理を食べ、ロウソクの火を2人で消し、キスを重ねた。
幸せだった。
これが幸せなんだと思った。
ケンカもするけど、その怒った表情まで愛おしかった。
約束に遅刻して必死に謝るその仕草も、ソファでウトウト寝ちゃう無防備な顔も全てが好きだった。
こんな時間がずっと続いてほしかった。
ずっと続くと思っていた。
もうすぐ僕達の2回目のクリスマスがそこまで来ていた。
街はクリスマスムード一色だった。
イルミネーションやサンタクロースが街を彩った。
僕達も少し前からイブの予定を立てていた。
待ち合わせをして食事に行こうと、雑誌やネットでお店選びもした。
あと1週間でクリスマスだという日に、いつものケンカが始まった。
いつものケンカだった。
いつものケンカのはずだった。
仕事のストレスや最近あまり会えなかったこともあり、いつも以上に突っ掛ってしまった。
自分の愛が彼女には伝わってないと思った。
自分の気持ちばかりで彼女の気持ちを考えもしなかった。
2人の間に沈黙が停留した。
「今日は帰るね」
引き止めなかった。
自分のちっちゃなプライドが邪魔をした。
引き止めることができなかった。
意地を張ってその日、連絡もしなかった。
お互い連絡もないままイブを迎えた。
2人で決めた店には予約が入っている。
もちろん彼女もそのことは知っている。
彼女とこのまま終わるなんて考えられなかった。
考えたくなかった。
仕事終わりに店で待つことにした。
きっと彼女も来てくれる。
そしたら言おう。
「ごめん」と。
彼女は来なかった。
それが彼女の答えなのだと思った。
「昨日あんた彼とどうだったのよ~」
「まぁそれはねぇ~」
「そっちは?」
「ちょっと聞いてよ~、あいつ仕事で12時回ってからやっと電話してきやがったからブチギレてやったわよ」
女子社員が食堂のプレートを持って列に並びながら、イブの成果を話している。
聞くつもりはなくても勝手に耳に入ってくる。
「そうだ昨日、駅前の工事現場で事故あったの知ってる?」
「知ってる~、ニュースで見た~」
「あの事故にうちの社員の子が巻き込まれたらしいよ」
「えっウソ~、イブなのに最悪じゃん、えっ誰?」
「私もよく知らないんだけど、経理部の子らしいわよ」
彼女と同じ部署だ。
嫌な予感がした。
二四日、午後六時四五分ごろ、鉄骨落下事故が発生しました。事故が起こったのは○×駅前のビル解体現場で、ビル上部の鉄骨をクレーン車に吊るし隣の空き地へ降ろす作業中、突然クレーン車のワイヤーがちぎれ、重さ1tの鉄骨2本が地上10メートルから落下しました。安全バーなので囲いはされていたもののが、鉄骨の一部が歩道にまで飛び出し、歩行者が被害に巻き込まれました。この事故で現場の近くを歩いていた会社員・・・・
病院に駆け付けた時には、彼女の顔に白い布が被せてあった。
キレイな顔をしていた。
よく僕の横で寝ていた時と同じ顔だ。
とても死んでいるなんて思えない。
いや、これは何かの間違いだ。
そうに決まってる。
死んでるわけがない。
彼女が死ぬわけがない。
ウソだ。
こんなのウソだ。
あれから1年が経った。
街は飽きることもなく、例年同様クリスマスソングを流し、電飾を飾り、このイベントを全力で楽しんでいる。
あの日から彼女ことを考えなかった日はない。
彼女への謝罪と後悔が全てを支配している。
どうしてあの時、どうしてあの時と自分を責めても彼女はもういない。
そしてまたこの季節。
今日はクリスマスイブ。
彼女と過ごせなかった2回目のイブ。
最後のケンカ。
最後の声。
「今日は帰るね」
・・・彼女との思い出が次々に僕を襲う。
彼女の命日でもあるこの日が堪らなくツライ。
事故現場となった場所には新しいビルが建っている。
もう誰も事故のことなんて覚えてないのだろう。
花を供え、手を合わせた。
「・・・ごめん」
心で何度も呟いた。
それしかできなかった。
その時ケータイが鳴った。
メールだった。
・・・・・・自分の目を疑った。
差出人には彼女の名前。
日付は・・・1年前12月24日18時33分
今日はクリスマスイブだね
全然連絡くれないから私からメールしちゃったじゃない
ちょっと悔しい
リョウちゃんほんとガンコなんだから
そんなんじゃ女にモテないぞ
あっ私がいるから別にいっか
ケンカしたまま話せてないけど
ずっと後悔してた
ずっと考えてた
ずっと会いたかった
私やっぱりリョウちゃんなしじゃ生きてけないよ
リョウちゃんが隣で笑っててくれなきゃダメだよ
私達ケンカしても「ごめん」って言わなかったよね
でも今日は言います
今日は2人にとっても特別な日だから
「ごめんなさい」
これからはどんな感情も素直にリョウちゃんに言います
会いたい時は会いたいって言うし
もっとそばにいて欲しい時はもっとって言います
もう意地張らない
だってずっとリョウちゃんと一緒にいたいから
リョウちゃんともっともっと思い出作りたいから
だからこんな私を許してね
リョウちゃん大好きだよ
ちょっと仕事で遅くなっちゃったけど今からお店に向かいます
約束の時間に間に合うように頑張るけど、遅れたらごめんね
サキ
終
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