束の間の帰還

ハルキが水中に帰った後。

蓮姫は一人、小川のほとりにある岩に腰掛け、手にした光る石をじっと見つめていた。

夕焼けに染まった水面が、石に反射し、彼女の瞳に赤く映る。

「私はまた夢を見ていたのか……」


突然、静寂を切り裂くような、不気味な声が響いた。

「ワレノネムリヲメザメサセタノハダレダ?」


蓮姫はハッと顔を上げ、周囲を見渡す。しかし、辺りには何もない。風すらも止み、ただ石の輝きだけが目に飛び込んでくる。

「この声……誰だ?」


「ナルホド。ソノイシヲツカッテキサマハワレヲメザメサセルカ」


「その石……? この赤い石のことか?」

蓮姫は石を握りしめ、震える声で問いかける。


「ソウダ。ソノイシヲワレニカエセ!」


「誰だ、お前は!」

声は空から降ってくるようだった。まるでどこからともなく現れた幽霊の声のよう。


「ワレハイマソノバニイテソバニハオラヌ」


「ここにいて、ここにいない……だと?どういうことだ。ちゃんと私にわかるように説明しやがれ!!」

蓮姫は怒りを込めて叫んだ。しかし、返ってきたのは冷ややかな声だけだった。


「ワレハシネンデオマエニコエヲオクッテイル」


「死んでるのに……か?」

蓮姫は思わず後ずさりする。


「ワレハジブンガナニモノカ、カツテニンゲンニナニモノトイワレテイタカ オボエテオラヌ」


「お前、記憶がないのか?」

蓮姫は憐憫の情を感じつつも、この状況が理解できない。


「ソウダ。シカシ、ソレモムカシノコト。

ワレハイマ、コノ、トキノシハイシャ、フシノオウ、マジン、

アノマロカリプス、ナリ」


「不死の王、魔神? 時の支配者?

時の主のことか?」


「トキノヌシ? ナンノコトダ?」


「まさか、お前が……?」

蓮姫は混乱していた。この世のものとは思えない存在との会話に、頭が真っ白になる。


その時、また別の声が聞こえてきた。

「姫様よ、わしの声が聞こえておるかな?」


「薬師如来のジジイか! どうなってんだ!」

蓮姫は安堵と同時に、新たな疑問を抱く。


「姫様や。緊急事態じゃ! そいつはもう 時の主 ではない」


「もう、ってどういうことだ?」


「昔は 時の主 だったものだ」


「つまり、今の 時の主 じゃないってことか?」


「そうじゃ。奴は 時の主 を体内に取り込んで一体化しておるんじゃ」


「一体化? どういうことだ?」


「奴と私はその昔、天空と魔界の覇権を巡って天地が裂けるような死闘を繰り広げてのう。

天空の神であるわしはなんとか地獄の帝王としての奴を封印し、世界に平和が訪れたのじゃ。

しかしのう……」


「おいおい、なんかその話、昔何かのゲームの中で聞いたことあんぞ。うさんくくないか?」


「詳しいことは後で説明しよう。それに、時の主にアクセスする鍵は ハルキが持っておるはずじゃ」


「ハルキが……?」


「アノマロカリプス。奴は今、姫様に攻撃をしかけておって、わしが防いでいるのじゃ!」


「ジジイ、大丈夫か?」


「わしの体力ももうすぐ限界みたいですじゃ! 早く逃げてくだされ!」


「どうやって?」

「その石のペンダントを早く使うんじゃ!

姫様は 小川の外から光る石の光を照らさせてからずっと位相の違う閉鎖空間の中におるんじゃ。

 だから、ここから逃げるにはその閉鎖空間から脱出するしかない。

また石の光をあの小川の水面に反射させるのですじゃ!」


蓮姫は深呼吸をして、なんとか冷静さを保とうとする。

「わ、わかった」

蓮姫は光る石を小川の水面に当てた。

すると、水面がゆらめき、まるで鏡のように彼女の顔が映し出される。

そして、その水面にハルキと最後に会った場所が現れた。


「おりゃ~!!」

蓮姫は深呼吸をして、水面に飛び込んだ。

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