3-14 フィリアの後継者?ナンパ野郎?

 チロルの母であるエリカさんから、とんでもない申し出があった。チロルの任期を少しでも減らしてもらおうという思惑なのだろう―――


 だが、本来終身奴隷に任期はない。買われた時点で買った人が解放しなければずっと奴隷のままなのだ。物扱いなので買った主人の財産になり、家のように権利は家人に継承される。


 長寿族のエルフやドワーフ、魔族などが高額な理由もここにある。いつまでも若々しく容姿が良いエルフが誘拐されて、性玩具にされたら最悪だ。何世代に渡っておもちゃにされる。死にたくても【奴隷紋】で縛られ死ねない悲惨な人生だ。



 さて、エリカさんをどうしたものか――


 教育係にするなら良いかもしれないが、仕事は殆んどできないだろう。何も知らないエリスよりは学ははるかに高い。エリカさんは何もしてこなかったのではなく、する必要がなかっただけだからね。


 食事マナー・社交ダンス・お茶会・貴族とのパイプ役……教わる事はいろいろあるだろうが、やっぱなしかな。最大の理由はセバス夫婦だ。エリカさんは長年仕えていた家の主人格の者なのだ。これほど使いにくい人物はいないだろう。現に彼女のことを二人は畏まって奥様と呼んでいる。



『あの? わたくしではダメでしょうか? あの子はまだ幼いです。少しでもチロルの任期を減らしていただければ、あの子にも生きる希望が生まれます』


『……マスター。普通は一生縛られ、足腰が立たなくなる前に殺処分されることが多いのです。なので、終身奴隷になった者は生きる望みも少なく死んだ目の者が多いです。彼女は自らを差し出してそれを防ぎたいのでしょう』


 ナビーが彼女の気持ちをそっと教えてくれる……でも。


「あなたは自分に幾ら価値があるとお思いですか? それとチロルは3千万で購入しましたが、売るとしたら1億ほど出してもらわないと売れませんよ?」


『そんな……』


「まぁ、1億は冗談として、要はお金で売る気はないってことです。あなたを受け入れる気もないです。セバス夫婦がやりにくくなるでしょうし、あなたの家の事業に出資していた商家の奥さんと娘もうちにはいます。あなたを見ると彼女たちの気を逆撫でするかもしれないので、あなたを雇い入れることはないです」


『クレアさんと、セシルさんですか? 良かった……正直に申しますと、奴隷商にいた頃は、我が身とチロルのことしか考えていませんでした』


 このままでは話が進まない―――


「エリカさん、今はチロルを手放す気はないですし、あなたを受け入れる気もないです。ですが、遊びに来るのは何時でも歓迎します。我が子を学校や修行に出したと思い、俺に預けてください。あれ? そもそもあなたから了承を得る必要はないのか……」


『修行ですか? 娘にも会いたいし、あなたのことをもっと知りたいので、すぐにでも会いに行きたいのですが……』


「でしたら、明日でどうですか? 明後日には商都を離れて王都に拠点を移しますので……」

『王都に行かれるのですか!? この街にいるなら何時でも会えると思ったのに……分かりました、明日お伺いさせていただきます』


 お屋敷がある所まで、自ら訪ねてくるそうだ。

 エリカさんと話が付いた頃にバグナーさんから公爵とアポがとれて、これから交渉することになったと連絡が入る。引き続きよろしくと伝え、何かあったらメール機能で連絡するようお願いした。



 ここからは各自解散して別行動だ。


 【1班】(神殿に行き神父と対談、祭壇でフィリアがお祈り?)

 俺・フィリア・美咲


 【2班】(服購入・生活雑貨・食糧調達)

 桜・茜・綾・みどり・優・愛華・亜姫・雅・薫・沙希

 街の案内にレイラ・ミラ・アーシャ・アレクセイ


 【3班】(服購入・屋敷内の装飾品購入)

 セバス・マイヤー・クレア・セシル・チロル

 鑑定と倉庫代わりに菜奈と美弥ちゃんを付けた


 【4班】(服購入・息抜き)

 ミーニャ・アルヴィナ・リリー・ベル・ルフィーナ・エリス

 未来・美加・沙織・穂香・美紀・友美



 俺たち1班の用事はすぐ終えるので、その後は3班に合流予定だ。




 神殿に向かうと、神父やシスターたちに熱烈な歓迎を受けた。


「ささ、使徒様であらせられる勇者様……是非この世界の主神のフィリア様にお祈りを捧げてあげてくださいませ。きっとお喜びになられることでしょう」


 フィリアの顔が引き攣っている。

 主神様は罰で地上に下ろされあなたの目の前にいますよ……なんて言えないよね。

 そういう神託は、まだされてないようだ。


 一応俺も祭壇場でお祈りをしたけど、特に何も起きなかった。

 美咲にも変化なし―――


 フィリアが俺にそっと一人にしてほしいと囁いてきたので、祭壇場にフィリアだけ残して人払いをしてもらった。俺と美咲は応接室で神父と今後のお話しだ。


「では、使徒様御一行は明後日王都に発たれるのですね?」

「ええ、その予定です。一刻も早く神託が聞ける聖女様に会うべきだと思いますので……」


「聖女様との会話も今できるのですが、神託では王都に来てからという神の意向があるそうで、聖女様から王都でお待ちしていますと、言伝されています」


 10分ほどでフィリアが戻ってきたが、なにやら少しホッとした顔をしている。


「明後日に王都に向かわれるなら、神殿騎士を道中の護衛にお付けいたします」

「公爵様もそう言ってきましたが、お断りしました」


「それはまたどうしてでしょうか?」


 美咲は俺に言えって顔でこっちに目配せしてきた。確かに言いにくいだろうけど、俺が言うとオブラートに包まずストレートになっちゃうよ?


「単独でサーベルタイガーを狩れる者がごろごろいる勇者パーティーに護衛とか……俺たちの行動を把握するための鈴を付けるのが目的であって、俺たちからすれば足手纏いにしかならないでしょう?」


「それは、そうですね、失礼しました。王都の本部より、道中の護衛と監視をしろと言われております。ですが、監視はあなた様方を見張るということではなく、良からぬ思惑を持った貴族から身を守るという思いからでございます」


「ああ、その辺は疑っていないです。神から信頼されて神父に任命されているあなた方が悪人なわけがないのですからね。ただ、使徒である彼女はどの勢力に加担するのもダメなのですよ。公爵の前だったので言えませんでしたが、どちらかというと俺たちは神殿寄りです。ですが、【気配察知】や【魔力察知】のレベルが高い俺たちだと監視の視線が気になりますので、護衛も監視もいらないと本部にお伝えください」


 あっさり受諾され神殿を後にした。もっとごねられるかと思っていた。


『……元から断られるだろうと想定していたようです』

『それでか、こっちは話が早くて助かったよ』



 それよりさっきのフィリアの様子の方が気になる。


「フィリア? 何かあったか?」

「ふむ、妾の後任に聖神のべネレスが就いてくれたようなのじゃ。水神には妾の弟子じゃったネレイスが就いてくれておった。妾もこれで安心じゃ」


「そっか~、良かったね。フィリアは、神の引き継ぎのことは気にせず、勇者一行として邪神討伐に集中すればいい」

「ふむ、そうじゃな。よろしくなのじゃ」


 フィリアを抱き寄せ、よしよし頭を撫でてあげる。

 以前なら子供扱いすると怒ってたが、最近は目を細めて嬉しそうに甘えてくれる。




『龍馬君! ちょっと急いできてくれる?』


 急に桜からコールが入った。


『龍馬先輩! 助けててください!』


 立て続けに未来からも……何事か?


 三者通話で受ける。


「二人ともどうした?」


 どうやら冒険者ギルドを出た後からつけられていたようで、しつこい勧誘に遭っているようだ。後をつけられているのは知っていたけど、勇者本人ではなく仲間の方に先に行くとは――



『……マスター、どっちも美少女集団なので、冒険者たちに目を付けられたようですね。桜や未来たち以外の体育館組も、あちこちで勧誘合戦が行われているようです』


『体育館組もか……喧嘩になってないか?』


『……数件暴力事件にまで発展しましたが、全て体育館組が圧勝していますね』

『罪に問われる事案は起きてない?』


『……はい。セクハラ的な勧誘に怒って殴ったら、相手が死にかけた者がいますが、体育館組はヒーラーが多いですからね。どの件も問題ないです。いきなり胸を揉んでくる阿呆が悪いですから、死んでも良かったくらいです』


「桜、未来、最終通告して、まだしつこいようなら初級魔法の【サンダーボール】を撃ち込め。俺が事後処理はしてやる」


『分かったわ』

『分かりました……』


 はぁ~、流石ラノベ設定を参考にした世界だ。お約束な絡まれイベントまで発生するとは。先に奴隷たちが多い4班に合流する。



「そうつれないこと言わないで、イイじゃんかよ~可愛い女子ばっかじゃ絡まれるよ? 俺らが守ってやるからよ~」


 未来たちは6人の20歳前後の男たちに囲まれていた。


 未来に話しかけていた会話が聞こえたので、即殴りして吹っ飛ばした。そしてアルヴィナや友美に近寄っていた野郎どもを蹴り飛ばす。


「「なにしやがる!」」


「絡んでるのはお前らだろうが! 何が守ってやるだ! 俺の嫁に気安く近づくな! 死にたいのか? 未来たちも何いちいち阿呆どもの受け答えしているんだ? 雷落とせって言っただろ?」


「だって、レイラさんが街中での攻撃魔法は禁止されてるって家を出る時に言ってたの思い出したから。それに人を殴って良いか分かんないんだもん。下手に殴ってこっちが罪に問われたらまずいじゃないですか」


「龍馬君、向こうは手出しどころか、触れてきてもいないのにいきなり殴って大丈夫なの? 日本だと傷害罪で訴えられるレベルだよ?」


 友美が不安げに聞いてきた。


「俺たちはこんな阿呆どもに構っている時間はないんです。この世界の法はできるだけ守りますが、阿呆の相手をするつもりはないです。さっさと殴り倒して揉み消します」


「「ふざけんな!」」

「ふざけてるのはお前らだろうが! 世界の危機だというのに勇者パーティーをナンパして足止めとか、その間に何人の人間が犠牲になると思っている! 憲兵を呼んで国王に直訴してお前らの首を撥ねてもらおうか?」 


 急に野郎どもの顔色が変わった。有り得ることだと理解したのだろう。貴族なら無礼討ちレベルのしつこい勧誘だ。当人たちにも自覚はあったようだ。


「「済まなかった……許してほしい」」

「分かったのならもう行け! 他の冒険者にも伝えておけ! 勧誘は良いが、しつこく嫌がる者に絡むのなら処罰対象にしてもらうとな!」



「「「ご主人様ありがとう!」」」

「龍馬先輩ありがとうございます」

「「龍馬君ごめんね……」」


「別にいいですよ。それよりその服可愛いね! みんな凄く似合ってるよ。可愛さ3割増しだね」


『……助けた直後にその言葉……スケコマシ3割増しですね』


 ナビーの奴、酷い言いようだ。皆が可愛いから素直に出た言葉なのに。


 異世界の服も悪くない。地味目な色あいのモノが多いが、それが却って素朴で良い。皆、元が美少女なので何を着ても似合っている。


「桜たちも絡まれているようなので、ちょっと行ってくるよ」

「うん、また後でね~」


 未来たち4班はまだ服の購入途中らしい。人数が多いので、1店舗だけじゃ揃わないようだ。

 体育館組が買い漁って品薄なのも一因になっている。



 未来たちから300mほど離れた裏通りで桜たちを見つける。桜たちは15名ほどの冒険者に囲まれていた。

 問答無用で近づき過ぎている数名を突き飛ばし、未来たちの時と同じように言って追い払った。


「ちょっと龍馬君、今のはやり過ぎじゃない?」

「桜、お前ならナンパ野郎とかあしらうの慣れてるだろうに、どうした?」


「日本人より彼らしつこいのよ。言っても全くこちらの話を聞かないの。かと言って殴って追い払って良いかも分からなかったから」


「リョウマ君ごめん、私たちが対処しなきゃいけないのだけど、格上の冒険者が混じっていて、怖かったの……」


 レイラさんが謝罪してきたが、15人もの冒険者に囲まれたら怖いのも理解できる。やっぱ、男が混じってないと絡まれやすくなるな……今後の課題だ。


「レイラさん、数々の野郎をバッサリやってた桜が梃子摺るほどです。仕方がなかったのでしょう」


「なんか、嫌な言い方ね……でも助かったわ。龍馬君、ありがとう」


 桜はチュッと触れる程度のキスをしてくれた。もうこれだけで十分なお礼です! 桜はやっぱ良い女です!


「ん、桜の女子力凄い……一瞬で龍馬メロメロ」

「そういえば雅は良く我慢して大人しくしていたな?」


「ん、あいつらが手出ししてくるのを待ってた。でも口だけで手は出してこなかった」

「それで、傍観してたんだな? 先に女子が手出ししたら、それを理由にいろいろ言ってくるのがナンパ野郎の常套手段みたいだからな。ちゃんと本気でパーティー勧誘したい者からすればいい迷惑だ」



 この裏通りは食品街のようだ。小さな個人商店が店先に野菜や果物を並べている。俺も異世界の食材に興味があるので少し桜に同行しようかな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る