3-13 街の喧騒?母の覚悟?

 今から街に行こうと思うのだが、既にお疲れ気味な表情を見せている人がいる。これまで実家で何もしてこなかった穀潰し女子のエリスと、元貴族の娘で商家の奥方だったクレアだ。勿論本人からは疲れたとか一切言ってこない。下手にへばっているところを見せ、使えないと判断されたら最悪売られると思っているのだろう。


「美弥ちゃん、車出すから、マイヤー、クレア、エリス、チロルの4人を乗せて商都まで送迎してあげてくれるかな?」


「エッ!? いいの? 車は内緒にするんじゃなかったの?」

「もう知られたくない人たちにはばれちゃいましたからね。別にこの世界の住人にばれても良いのですよ。現物を売ってあげても複製はできないでしょうしね」


「そうね。拳銃ぐらいなら複製できるでしょうけど、車やスマホなんかの高度な文明製品の現物をあげたとしても複製は無理だよね」


「外観はともかく、内部のマイクロチップなんか、俺たち現代人でもさっぱりですしね。でも、サスペンションやベアリング、タイヤなんかは馬車に転用できるね。ドワーフとかコピーしちゃいそうなので、商標登録しておいた方が良さそうかな」


 部品取りでお金になりそうな有用な品は、俺の方で早めに商標登録しておくことにする。


 というわけで、体力的に不安なこの4人は車での送迎にした。マイヤーは平気そうだが、ご老体なので気を利かせたのだ。クレアの娘のセシルも不安だが、エリスほど酷くはないので、少し体力をつけるために頑張ってもらおう。


 美弥ちゃんも何気に久しぶりのドライブで嬉しそうだ。



 ちなみに、車底に錆が結構あった車を修理魔法の【リペア】で復活させようとしたらできなかった。ナビーが言うには魔力不足なのだそうだ。『え? 今の俺が魔力不足?』って思ったのだが、【リペア】の魔法は部品単位で魔力が消費されるそうで、スマホぐらいなら少し戻してもMPはなんとか足りて修理可能だが、車はまだ無理だそうだ。


 その差はなにか――スマホの部品数は約千個、自動車はネジまで入れると約3万個もあるそうだ。膨大に増えている俺の魔力でも全然足らない。ただし、パンクやワイパー等の消耗品をパーツごとに修理するのは可能らしい。


 それと、ゴムやエンジンなんかの摩耗での消耗品は補填材料があれば修理できるそうだが、エンジンオイルやブレーキオイル、エアコンのガスなんかは復活できないそうだ。


 これができるなら、ガソリンタンクの時間を戻して使い放題なんだけどな。回復剤なんかもそうだね。液体が可能ならできたけど残念だ。どうやら気体や液体の消費したモノは復元できないみたいだ。



 皆、恐る恐る美弥ちゃんの車に乗り込んでいたが、いざ走り出すとチロルは大はしゃぎだ。エアコンが付いていて車内は暖かいし、コンポで音楽が聞けたり、カーナビでDVDが観れたりと、自動車って凄い快適空間なんだよね。住居を持たない車中泊の人もいるようだけど、夏以外ならエンジンを切ってても快適に過ごせるのかな? と思ってしまった。郵便物なんかは私書箱を借りておけばいいらしい。




「旦那様、あれは何なのですか?」


 この世界の住人代表って感じでセバスが聞いてきた。レイラさんやバグナーさんもむっちゃ興味津々だ。


「俺たちの世界の乗り物だね。今乗ってるヤツでもこの世界の騎士が乗る良馬の2倍以上の速度が出るよ。早いヤツなら3~5倍近く出るかな」


「では、今は我々に合わせてゆっくり走らせているのですね?」

「うん。あ、そうだ。バグナーさんとレイラさんは宿屋から馬車と馬を持ってきてもらえますか? それと馬用の飼葉などの食糧と寝床用の寝藁も移動時の日数分も含めて仕入れておいてください」


「でも、リョウマ君。あのお屋敷には厩舎なんかなかったよね?」

「ええ、でもうちには馬は必要ないので出してなかっただけで、厩舎は持っています。馬房も14頭分はありますので問題ないですよ」


「そうなんだ。じゃあ、私たち完全に宿屋を引き払ってきてもいいのね?」

「ええ、大丈夫です。今日の帰りの送迎はバグナーさんの馬車でお願いしますね」


「ええ、お任せください」


 あの馬車は奴隷商人の持ち馬車だったのだが、彼は護衛依頼時に保険を掛けていなかった為に権利が俺に委譲したのだ。譲ってほしいというバグナーさんに馬と共に格安で売ってあげたのだ。持っていても邪魔だしね。何気に馬は経費が掛かるのだ。


 バグナーさんとレイラさんに帰りの送迎は任せるとしよう。




 門の手前で下車して、顔パスで街の中に入る。

 昨日の門番がいてくれて助かった。入門には犯罪履歴とか調べられたり、本来は結構面倒なのだそうだ。



「龍馬君これって……」

「ああ、そうだな。暇人が多い世界だな……」


 街の中心街は人で溢れかえっていた。


 俺たち異世界人約百人が街中に散って散策中だ。それを見に来たであろう街の人たちが数千人――人混みに酔いそうだ。


 バグナーさんと別れて俺たちは冒険者ギルドに最初に向かう。


「旦那様、本当に私たち全員を冒険者登録してくださるのですか?」


 ギルドに向かっている道中で、セバスが心配げに聞いてくる。


「ええ、俺の奴隷として登録してもらって結構です」



 終身奴隷は奴隷になった時点でギルドカードを剥奪される決まりになっている。元ゴールドランク冒険者のセバスも今は只の奴隷扱いで、ギルドカードは剥奪されてしまっている。終身=個人としての人権なし―――ということらしい。


 そして、終身奴隷や犯罪奴隷の身分ではギルドカードは発行してもらえない。例外として、誰かに買われて下僕として使われる者は、その主人の庇護下の元に再発行が許される。ランクは最初からになるが、ギルドカードの機能はランクに関係なく使えるので、有用性は計り知れない。


 セバスが全員良いのか? と念を押してくるのには理由がある。従魔のハティと同じで、主人登録をした者に下僕がなにかやらかした時には責任が掛かってくるからだ。


 少しアレクセイが何かやらかしそうで心配だが、まぁなんとかなるだろう。貴族に騙されて犯罪奴隷落ちしたほどのお馬鹿さんだから、俺としては少し不安はある。



 ギルドに到着したのだが、入口から人が溢れている。結構大きな建物なのだが、体育館組が冒険者登録にきているようで、普段は仕事に出てここにはいない冒険者も残ってパーティー勧誘とかしているようだ。


「龍馬君、これ、今日は無理じゃない?」

「問題ない。事前連絡して、優先的に発行してもらえる話が付いている。勇者パーティーが順番待ちなんかしてられないだろ?」


「「「いつもながら手回しが良い……」」」

「兄様流石です!」

「ん、龍馬はやっぱり凄い!」



 人員整理をしている人に声を掛けたら、裏口から中に入れてもらえ、2階の会議室のような部屋に通された。

 この部屋は大人数の会議や新人教習会などを開く時に使ってる部屋だそうだ。



「全員説明は受けているので、最速でカード発行だけお願いします」


 俺たちの対応をしてくれたのは、先日説明会に来てくれてた受付嬢のお姉さんだった。


「その小さなお嬢ちゃんも登録するのです?」


 6歳のチロルを見て流石にダメでしょ?ってな顔をしている。


「ポーターに使うのでお願いします……」


 更に『エッ?』って顔をされた。ポーターとは荷物持ちのことだが、どう考えても無理だよね?

 こんな幼い子を荷物持ちとか……我ながら鬼畜としか思えない。

 言ってからミスったと気づくが、今更コロコロ意見を変えるのもどうかと思いおしとおす。




 ほどなくして全員分のカード発行が終えた。


 ギルドを出ようとしたときに、チロルの動きが止まる。


「お母様! お母様から、おともだちとうろくが……ご主人様、とうろくしてもいいですか?」

「お待ちなさい。旦那様、今後を考えますと、可哀想ですがしない方が賢明でしょう……」


 セバスが反対した理由は、母親恋しさに泣かれたり会いたいと駄々をこねられたら困るという理由からだ。俺の優しさは却ってチロルに母恋しさを募らさせる行為になり、可哀想だと判断したのだ。それともう1つ、我が子可愛さに元貴族の奥方が返してくれと泣きついた場合、面倒なことになると考えたようだ。


 でも、チロルは年齢の割にはしっかりしていて、自分の境遇も的確に理解している。ずっと母恋しさを我慢させるより、いつでも連絡できるような状態にしてあげて、真面目に仕事してれば解放してあげると理解させてあげれば、幾分は気も晴れると思っている。時々なら会わせてあげても良いしね。母親に情があるなら自分からチロルに会いに来るだろう。



「チロル、お母さんのフレンド登録の申請を承諾して良いよ」

「ご主人様いいの!? ありがとう!」


「ああ、仕事中以外でなら何時でもコールして話をしても良いぞ」


 母親にコール機能で連絡を試みるとすぐに繋がった。


『あなた、チロルなの!?』

「お母様! チロルです! ウヮ~ン!」


 母親の声を聴いた瞬間、年相応の子供らしくワンワン泣き出した。やっぱ無理していたんだな。泣いて会話になってなかったので、代わって俺が話すことにした。


「こんにちわ」

『……あなた誰なの?……』


「リョウマと言います。チロルを買いあげた者です。基本終身奴隷に身内との連絡はさせないそうですが、いずれ解放してあげようと思っているので、チロルに家族との連絡は何時でもしていいと許可を与えました。仕事中にコールをされても困りますが、夜なら何時でも構いませんので、あなたの方からも連絡してあげてください」


『どうか娘を返してください! お金ならいつか必ずご返済いたします!』


 返してくれとか、セバスの予想的中か。俺、誘拐したわけじゃないし、いつかとか言われても、あなたじゃ一生かかっても無理でしょう。


「チロルは3千万ジェニーもしました。あなたに返済できる額とは思えませんが? その金額を用意できるのなら、そもそも奴隷落ちしていないでしょう?」


「旦那様、少し代わってもらっても宜しいでしょうか?」


 このままだと話が進まないとみたマイヤーが助け舟を出してくれそうだ。


「奥様、マイヤーでございます」

『エッ!? マイヤー? あなたも買われたのですか、ごめんなさいね……主人の思慮が足らないせいで……』


「はい、そのことはもう今更ですので謝罪はお受けします。それでですが、奥様は今この街に勇者様の御一行が訪れているのはご存知でしょうか?」


『ええ、知っていますけど、そんなことよりチロルは無事なのですか? 泣いていたようですが、酷い事をされていないですか?』


「奥様落ち着いてください。チロルはとても大事にされているのでご心配なく。先ほどの話の続きなのですが、わたくしとセバスとチロルは現在勇者様のクランに買って頂きお世話になっています。勇者様の所有するお屋敷はとても綺麗で、生活環境は王族以上の暮らしぶりです。失礼ですが、子爵家と比べものにならないほどの快適さです。主人になられたお方はとてもお優しいお人柄ですので何も心配は要りませんよ」


『勇者様のクランが奴隷商から身請けしてくださったのですか? セバスも一緒にですか?』

「奥様、セバスです。チロルのことは我ら夫婦で大事に面倒を見ますのでご安心くださいませ」


「お母様、ご主人様のお家のご飯がとっても美味しいのです! お風呂もお家のより何十倍も大きいのです! だからお母様はなにも心配しなくていいですよ」


『チロル! 元気そうな声を聞けて母は安心しました。あなたを置いて母だけ解放されてごめんなさい。老後の余生をのんびり過ごしてもらいかったセバスたちにも苦労を掛けてしまい、申し訳なさでいっぱいです……』


「あ~、そういうチロルが誤解するような言い方はしないでくれますか? 6歳のチロルなら、性的に買われることはないだろうが、子爵家の奥方のあなたなら高確率で娼館が買っていく。それを見越したあなたの両親が不憫に思い、私財を処分してまであなたを買い取ったのでしょ? 6歳の子供だと思って言葉を濁してはダメだ。チロルが理解できる範囲で事実を伝えてある」


『リョウマ様とおっしゃいましたね。わたくしはエリカと申します。3千万ジェニーもの大金をすぐには用意できません。なので、私を買って少しでも返済にお当てくださいませんか? どんなお仕事でも致します。チロルと同じ終身奴隷として雇ってくださいまし。端女が行うお風呂介助でも夜伽でも何でもいたします……』



 チロルの母ちゃん、とんでもないこと言ってきたぞ……夜伽って、夜のお相手ってことだろ? 貴族は伴侶以外との性行為は自殺するほどのことじゃなかったのか?



 子を想う母親の覚悟は恐ろしい―――

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