2-9-12 駄馬?商都入門?
茜たちの提案で、夕食は少し豪華なものを出すことになった。
うちの班員と奴隷の女子をログハウスに残して、格技場の男子をバグナーさんの拠点に連れて行く。雅だけはついてくるといって聞かないから連れてきたけどね。
「なぁ、小鳥遊。三田村と三月の奴、本当に人を殺したのか?」
道中、空手部主将の水谷先輩が心配そうに聞いてくる。
「はい。盗賊たちに襲われている女子を守って何人か切り殺しました」
「そうか……」
「水谷先輩、この世界にいるために、人を殺さなきゃいけないってことはないのです。殆んどの住民は殺人経験なんかないのですよ」
「でも、冒険者になるには必要なんだろ?」
「ええ、町から出ると結構盗賊はいるようですからね。ダンジョンなんかにも、漁夫の利を得ようと待ち構えている新人狙いの盗賊まがいの冒険者もいるようです。襲われたら捕えるか殺すしかないですよね?」
「そりゃな……黙ってやられる訳にはいかないからな。でも、捕えて警察に突き出せばいいだけじゃないのか? そういう警察のような機関もあるんだろ?」
「勿論ありますが、もし今回のように街道で襲われたとしますよね? その場合、殺さず捕えたとしたら街に着くまで盗賊を見張る必要があるのです。2日ほどなら食事抜きでもいいですが、水は要りますよね? 俺たちは【亜空間倉庫】を任意に選んで獲得できますが、この世界の住人だと普通は5マス~10マス程度しか持っていないそうです。盗賊にまで与える余分な水や食料はないのですよ。今のように大人数なら寝ずの番も交代できますので問題ないですが、14人ほどのパーティーだと3交代で寝ずの番をするとしたら結構な労力になります。盗賊からすれば騎士隊に引き渡される前に逃げたいでしょうから隙を狙って必死で抵抗してきます。少人数で大人数を監視するのは結構危険なのですよ。監視する日数が長ければ長いほど肉体的にも精神的にも大変になるので、普通は万が一を考えて殺してしまう方が多いそうです」
「なるほどな~。今回は殺さず何人か捕えたんだよな?」
「見張りの交代要員は沢山いますし、殺してしまうより、犯罪奴隷として売る方がお金になりますからね。盗賊たちも最悪捕まった時のことを考えて、町から半日か1日の距離で襲うことが多いそうです。一晩の距離なら、今回のように殺さないで捕えられて引き渡される可能性もありますしね」
剣道部男子や他の部の男子もしっかり聞いてくれている。
「冒険者のランク上げに殺人の経験が要るのですが、シルバーランク以上の話ですので、殺人がどうしても抵抗あるのなら、ダンジョン専門の探索者になったらどうです? それでも襲われる可能性はありますが、ダンジョンでの襲撃なんか極稀にしかないそうですよ」
「へ~、俺はそっちの方が向いているかもな」
「向き不向きはあるでしょうね。今から行くところに、この世界の中級冒険者がいますのでいろいろ聞くといいですよ。まぁ無理に冒険者にならなくても、先輩たちも進学校に入学しているぐらい頭は良いのだから、国に文官として仕えるのもありですよ。向こうの知識はこっちの世界よりいろいろ進んでいますからね」
「年取ってからならそれもいいけど、若いうちは戦闘を生かしたことで稼ぎたいと思ってるんだよ」
格技場男子は体力バカたちなのでハイペースで移動し、あっという間に到着した。
「あれ? リョウマ君、他にも仲間がいたの?」
「レイラさんただいまです。この人たちは、そこの三田村先輩たちのパーティーメンバーです」
バグナーさんたちの野営地に着いたのだが、アレクセイが未だに1人で馬の世話をやっていた。
「なんで、アレクセイ1人で世話しているんだ?」
馬は29頭もいるのだ。1人で世話をするには多すぎる。
「馬の権利はもう全部あなたの物なの。奴隷の彼が世話するのが当然じゃないかしら?」
29頭の馬の内訳だが―――
・バグナーさんが雇った馬車を引いていた馬が2頭
・ダリルパーティーが乗っていた馬が5頭
・ラエルパーティーが乗っていた馬が6頭
・盗賊たちが乗ってきた馬が22頭
元は全部で35頭いたそうだが、盗賊に襲われた際に冒険者たちの馬は何頭か逃げ出して、現在残っている馬は29頭いるのだ。
そのうちのバグナーさんとレイラさんの馬は本人たちの所有物だが、盗賊と馬放置で逃げたダリルたちの馬は俺に権利があるそうだ。
「盗賊とダリルさんの馬の世話は分かるのですが、何故レイラさんたちの馬まで彼が世話しなきゃいけないのです?」
「え~と、私たちは盗賊たちの見張り?」
単に奴隷が要るなら奴隷に任せればいいと思っていたようだ。
「ダリルさん、あなたたちの馬は返してあげますので、馬の世話を手伝ってあげてください」
「「「本当か! 有難い! ああ、手伝うとも!」」」
馬は武器同様高額だ。盗賊が乗っている馬や、ダリルさんたちの馬ははっきり言って駄馬といわれる部類で、年老いた馬や、走っても速度の出ない馬ばかりだ。
それでも、最近やっと手に入れたらしく、可愛がっていた分愛着があるそうだ。その馬を返してもらえると言われたので、喜んで手伝い始めた。
『……マスター、盗賊たちがガクブルです』
ナビーのいうガクブルは、怯えているのではなく、寒さで震えているということだった。確かに後ろで手を拘束されているのだから、手や顔を覆っているモノはない。手枷と足枷をされた状態なので碌に動けず、俺が離れている数時間の間に体温が一気に奪われたようだ。歯がガチガチ打ち鳴るほど震えている。
一晩だけなので、食事は与えないつもりだが流石に死なれても嫌なので【エアーコンディショナー】の魔法を26度設定で15時間発動してやった。
急に暖かくなって驚いていたが、何人かは涙を流して喜んでいた。泣いていた奴の中には、おしっこを嫌がらせで垂れ流してみたはいいものの、それが冷えて超寒かったようだ。嫌がらせにおしっことか……ほんと、バカな奴らだ。
アレクセイと格技場の男子たちにも勿論【エアーコンディショナー】を掛けておいてあげる。
「三田村先輩と三月先輩はもう拠点に帰ってもらっても良いですよ。ありがとうございました。後これ、盗賊や馬とかを売ったらお金になりますので、特別報酬としてお渡ししておきます」
1人100万ジェニーずつ手渡してあげる。
「「良いのか?」」
「ええ、当然の権利ですので」
「有難くもらっておくよ」
「ありがとう。新居とかも構えなきゃいけないので、臨時収入は小百合ちゃんも喜ぶよ」
「二人は今晩どうされます? 向こうの拠点に向かいますか?」
「俺は別にこのままでいい。冒険者にいろいろ聞いておきたいこともあるしな」
「俺は戻って、小百合ちゃんに甘えたいから帰るよ」
「「「リア充爆発しろ!」」」
三田村先輩はこの場に残って、三月先輩は拠点に行くそうだ。
日のあるうちに夕食にするとのことなので、格技場の男子たちにちょっと豪華な食事を提供する。学園の机と椅子をだして対面に向かい合わせて長テーブルのようにし、料理を並べていく。
当然バグナーさんや、他の冒険者たちが物欲しそうに見てくる。
「あの~、リョーマ君、それ凄く美味しそうよね?」
「ええ、多分美味しいですよ」
俺は桜たちと食べるつもりなので、ここでは食べない。
「余ってる分とかないかな?」
「ん、龍馬……一食分くらいケチケチしない」
「でも雅、これから彼女たちとは一緒に王都に向かうのに、毎食要求してきたら面倒だぞ?」
「ん~、別に4人増えたところで大差ない」
「お前は作らないからだろ!」
「ん、たまに私も作る……」
「よし、今度雅の手料理食わせろ」
「ん……分かった」
・オーク丼
・デンジャーオストリッチのから揚げ
・味噌汁
・生野菜のサラダ
見せびらかすのは気の毒だと、三田村先輩にまで言われたので盗賊以外の全員に食事を出してあげた。
「「「なにこれ! 凄く美味しいわ!」」」
「「「旨い!」」」
「リョウマさん! 王都までの護送の際、私の食事の提供をしてもらえないでしょうか? 勿論お金は払います! そうですね……1日1万ジェニーでどうでしょうか?」
3食でその値段は、おそらくかなり高い評価だと思う。でも、その唐揚げの鳥肉は高級食材なので元値にしかならないかな。
「細かい打ち合わせは、商都に着いてからしましょう。あなたには、今後もお世話になると思いますので……」
ちらっと、俺が例の奴隷の2人に目配せしてみせると、バグナーさんはすぐに理解してくれた。
「成程……そういうことでしたら協力できます。懇意にしている奴隷商人もいますので、お役にたてるでしょう」
例の2人は俺をむっちゃ睨んできた。農家の方のパラサイト女子は、今回家族に捨てられて、かなり懲りているようなのでまだ救いようはあるのかもしれない。でも、トラブルの元をわざわざ引き入れる必要はないよな。
「アレクセイ、君はここに残って交代で盗賊たちの見張りをしてくれ。レイラさんダリルさん、今晩は元上級冒険者のアレクセイの指示に従ってもらっていいですか?」
「彼は上級冒険者だったのか……了解した」
「分かったわ。でも言葉遣いは気をつけなさいよ」
レイラさんは犯罪奴隷に対して厳しいな……契約奴隷の女子には優しいのに。
「龍馬、魔獣がでたらこの人数では少し心配なんだが……魔獣を相手にしてる時に盗賊たちが襲ってきそうで不安だ」
「三田村先輩、何かあったら即コールしてください。10秒以内に転移魔法で駆けつけますので」
「ああ、何かあった時は頼む。レイラさんたちはここに置いて行くのか?」
「はい。連れて行くといろいろ説明するのに大変そうですので。今日は他に用もありますしね」
「まぁ、そうだよな。分かった、こっちで気にかけておくよ」
バクバクとお代わりを要求してくる男子たちはウザい……かなり多目に追加を出して、ログハウスに帰還する。
こちらの夕飯は好みで選べるようにしたみたいだ。
・カレーライス
・オークのトンカツ
・オークのステーキ
・オーク丼
・うな丼
・生野菜のサラダ
・味噌汁
・松茸のおすまし
余れば【インベントリ】に保存すればいいので、選択形式のお代わり自由とのことだ。
当然のように奴隷娘たちはその味に驚いていた。お腹いっぱいと思いつつも、食べたこともない美味しすぎる未知の味なので、いろいろなものを限界まで食べたようだ。
獣人たちは肉に群がっていた。安価なオークですら滅多に食べれなかったそうだ。
「「「ご主人様、とっても美味しいごちそうをありがとうございます」」」
「うちは衣食住に関しては王族より凄いと思うぞ。夕飯はいつも美味しいし、お風呂も毎日入る。この今いる家は仮だけど、本宅は大きなお屋敷で、ここと同じように夏は涼しく冬は温かい。ここの者は奴隷だからと差別もしないし、食事も同じ時間に同じものを食べる。言い方は悪いが、君たちにとっては実家よりもここの方が住みやすいと思うぞ」
洗い物をやりますと彼女たちは言ってきたが、うちは【クリーン】で一瞬で終わる。掃除や洗濯も基本浄化魔法の【クリーン】なので、あまり彼女たちの仕事はないんだよな。
食後に俺と未来と薫ちゃんだけ転移魔法で移動して、先日の場所にお屋敷を出してお泊りした。
中学1年の薫ちゃんとどうなったかはここでは触れないでおく……いろいろあったんだけどね。
* * *
早朝に高畑先生と合流し出発する。
100人規模でぞろぞろやってきた一団にバグナーさんたちは驚いていた。
レイラさんは「難民?」とか「脱国者?」とか失礼なことを言っていたが、無視しておく。
昼前にレイラさんたちが言っていた騎士と合流したが、勇者一行までいると思っていなかったようで凄く慌てていた。
「冒険者レイラ! 勇者様御一行と一緒だと何故連絡しなかった! 別部隊を編成してお待ちしていたのだぞ!」
「騎士様! 申し訳ありません! 私たちも知らなかったのです」
レイラさんに少し睨まれてしまった。
その日の夕刻には商都フォレストに入ることができた。
門の中に神官風の男や、貴族風の豪華な衣装を着た者、沢山の騎士や少し離れた場所に集まった見物人……人酔いしそうだ。
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