2-9-3 逃走?猫耳?
現在時速40㎞ほどのスピードで街道を自動車で移動中だ。
最初100kmほどで暴走していたのだが、何度か事故りそうになり、皆に制止されてしまった。
「さっきのは、流石に死んだかと思いました……」
「薫ちゃんオーバーだな~ちょっとコースを外れただけじゃん」
「もうちょっとで大岩にぶつかってただろ! 龍馬、運転とかしたことないんだろ?」
「あるわけないじゃないですか! 俺、16になったばかりですよ? 車の免許は18歳からです!」
「なに逆切れしてるんだよ! なら森里先生とか連れてくればよかっただろ! それに今更だけど、なんで中等部の子を連れてきたんだ。お前、こんな子供たちに人殺しをさせるつもりなのか?」
「ん、それはうちらの事情! ゴリぽんが口を挟むことじゃない!」
「「「ぷっ! ゴリぽん」」」
「龍馬……俺、この子やっぱ苦手だ」
三田村先輩からすれば、まだ幼さが残る中学生を心配しての発言だったのだが、雅にゴリラ呼ばわりされて消沈してしまった。
「三田村先輩の言い分も理解できますが、雅の言う通りこちらの事情です。美弥ちゃん先生を連れてこなかったのは、車を出すつもりはなかったからです」
「だけどな~、車があるなら、今朝の娘も古賀に背負わせる必要はなかったのじゃないか?」
「ええ、皆には内緒ですよ。また自分だけずるいとか、ふざけた押し問答になりますからね」
「ああ、そうだな。正直さっき龍馬が出すまで、車のことなんか気にもしてなかった。確かに確保して持っておけば役に立つ物なのにな……」
「小百合ちゃんの話では、女子の何人かは気づいていたようだよ。でも、あの獣道じゃ車なんかどうせ乗れないと思っていたようで、何マスも【亜空間倉庫】を使う重い車を持ってこようとした人はいなかったみたいだね」
何台か残してきた車は、教員棟にいる教師たちの物だ。まだ所有者がその場に残っているので、勝手に持ち出すわけにはいかなかった。
「「龍馬先輩、流石です!」」
「ん! 龍馬は凄い!」
「菜奈がいつも兄様は凄いんだって言ってたけど納得です」
「成程な……こうやって女子たちを虜にしていくのか……」
「俺にはちょっと無理だね。まぁ、小百合ちゃんがいるからもういいけどね」
余計なことを言って三月先輩は三田村先輩に肘打ちされていた。
「知っての通り、自動車はガソリンがないと走りません。備蓄倉庫にあるだけのガソリンは持ってきましたけど、大した量ではないです。ガソリンがなくなったら只の鉄屑ですので、ここぞという時以外は使う気はないです。それに、使うとしても自分たちの為だけです」
「この世界にはガソリンはないのか?」
「原油はあるようですが、精油技術がまだないようです。魔石を使った魔道具が主流なので、原油の利用開発は当分されないかもしれないですね。そもそも魔獣が多いこの世界は、商人や冒険者ぐらいしか街から出ないようですので、移動のための開発はゆっくりなのかもですね」
『……マスター、もうすぐ戦闘が始まります。雑談なんかしてないで、もっと急いでください』
何度目かのナビーの忠告が入る。
『分かってるけど、これ以上スピード上げたら皆に止められるんだよ』
『………………そうですか……』
なんだよその間は……。
『……商人側に、何人か死人が出そうだなと……マスターの判断なので、別に反論はないですよ』
「ごめん! 間に合いそうにないので急ぐね!」
そう言い放ち、アクセルを目一杯踏み込んだ。俺の判断とか言われるとね……俺は一切悪くないけど、寝覚めが悪そうだし。
「「「んぎゃー! 速い速い! 止めて~!」」」
「今度は魔法を併用するから、大丈夫だ!」
ミニバンに重力制御魔法の【レビテラ】を掛けて、操作ミスでコースアウトしそうになったら、強引にGを掛けてライン修正をした。
わずか10分ほどで現場周辺に到着する。そのまま乗り入れようかと思ったが、こちら側の街道にも他の商人や冒険者が近づいてきたのを知らせるための見張り役を2名潜ませていた。手前で車から降りてこっそり近づいて、仲間に連絡される前に捕縛する必要があった。
見張り役の2名を気づく間もなく【魔糸】で捕縛し、魔力ドレインで限界までMPを吸い取って昏倒させ、街道脇に【魔枷】をして転がしておく。残り1kmは走って向かうことにした。
「龍馬、間に合うのか?」
「いえ、もう戦闘は始まっているようです。一応商人も護衛を2PTも雇ってるので、俺たちが到着するまでは持つでしょう」
ナビーの助言どおり、既に戦闘は始まっていた。だが何やら様子が変だ……まだ距離があり遠目だが、護衛の数が少ない。既に殺されたのか?
やっと詳しく見れる距離まで近づいたのだが、横倒しになった幌馬車の前で犬の獣人?の男が盗賊に囲まれて滅多切りにされている。そのすぐ近くで冒険者風の女性が馬車を守るように3人戦っている。
「クソッ! あいつら逃げ出しやがって!」
獣人の男が叫んだのが聞こえてきた。逃げた?
逃げたという言葉も気になったが、それより耳と尻尾っぽいのがあるから、あれって獣人だよな?
倒れた幌馬車の陰に、フードを目深に被り身を寄せ合う者たちの姿が見える。おそらくその者らが売られる奴隷なのだろう。犬の獣人はかなり頑張っているが、多勢に無勢……アッと思った時には左腕が切り落とされていた。
それを境に女性冒険者たちに一斉に盗賊どもが襲いかかり、武器を取り上げ、下卑た笑いを発しながら押し倒し衣服を剥ぎ取りに掛かった。
「止めろ! この屑ども!」
まだ30mほど距離があるのに、泣き叫び襲われている女性を見た三田村先輩が大声で吠えてしまった。はぁ~、こっそり後ろから襲撃できたのに……気持ちは分かるんだけどね……。
大声に驚いて一斉に盗賊がこっちを振り返ったのだが、こっちを見た瞬間、下卑た笑いに表情がかわる。
「ひゃっほ~! すんげー美人さんの追加だ! お前ら、ぜって~逃がすんじゃないぞ! 男は殺せ!」
一番手前にいた男が歓喜の声を上げた。どうも、この男が盗賊のリーダーっぽいな。他の盗賊たちより身なりが良い。でも、まぁ~そうだよね。少年少女のパーティーだし、美少女が4人もいるんだからね。売って良し! 犯かして良しだもん。そりゃ普通に考えればネギ鴨だね。
三田村先輩は30人近くいる盗賊の中に躊躇なく突っ込んでいった。それに続くように三月先輩も後を追う。
俺は残った女子に指示を出す。
「フィリアと雅はここで待機! 薫と未来は俺と前線に! 未来は念のために皆に【マジックシールド】を頼む!」
「「「了解!」」」
先に向かった三田村先輩だが、盗賊たちの集団を飛び越えて、女性冒険者と奴隷たちを襲っていた盗賊に上から切りかかった。
袈裟切りで一太刀だった。一刀両断で人体が切断され斜めに崩れ落ち、三田村先輩は泣きそうな顔をしているが、すぐに気を入れ直し、横で女性を襲っている男を切り伏せていく。後を追った三月先輩も同じように盗賊の集団を飛び越え、奴隷たちの間に入り、襲ってくる盗賊たちを切り殺した。
「何やってるんだ! そんな餓鬼2人相手に何人やられているんだ! お前ら邪魔だっ! どけっ!」
ちょっと強そうな奴が出てきて、三田村先輩と対峙する。
『……元上級冒険者です。どうやらこいつに冒険者の仲間2人を瞬殺されて、敵わないと思った別パーティーの男共は仲間を見捨てて逃げたようです』
『盗賊たちは逃げたやつを追わなかったのか?』
『……アイアンクラスの冒険者の装備品や手持ち金なんかしれていますからね。無理に追って何人か仲間から犠牲を出すより、女を捕える方に力を集中した方が利は大きいです』
『成程な。女たちはどうして男たちと一緒に逃げなかったんだ?』
『……男は追って何人か犠牲を払うのは割に合わないですが、女は別です。盗賊どもが逃がすはずがありません。追われるのは分かってるので、余力のあるうちにできるだけ足掻く方にかけたようです』
『奴隷たちは何故逃げない? 逃げ出せるチャンスじゃなかったのか?』
『……主の奴隷商人に「そこから動くな!」と命令されたためです』
『酷い命令をするものだ。一斉に逃げれば、何人かは逃げられるものを……で、どいつがその奴隷商人だ?』
『……盗賊のボスに頭を弓で射抜かれて既に死亡しています。なので、権利が移り現在奴隷たちの仮の主は、盗賊のリーダーということになります』
ナビーの説明を聞きながら、獣人の男に止血程度の初級魔法【アクアヒール】を掛ける。女性冒険者たちもあちこち怪我をしているが、死ぬほどではないので今は良いだろう。
フィリアや未来には、事前に仲間のPT以外に一切回復はするなと理由も含めて伝えている。恩を着せて、後の交渉を有利にするためだったのだが、この状況だとその必要もなさそうだな。
薫が不意に槍を三田村先輩と対峙している奴に向けたかと思ったら、槍の穂先を射出した!
『ズドッ!』っという音がし、盗賊の胸を突き破って槍の穂先がプレートアーマーから生えていた。後ろから金属鎧を突き破って心臓一突きだ。すぐに穂先は槍に転送され、薫の手で再セットされる。元上級冒険者だったが、薫の不意打ちで瞬殺だった。
それを見た未来も【サンダガボール】を放って4人まとめて屠ってしまう。薫も更に負けじと襲ってきた奴を『エイッ! ヤー!』と気合とともに次々に刺し殺していく。
「皆、ちょっと待って! もう殺すな! もうイイ! ストップ!」
このままでは全員殺してしまいそうだったので、【魔糸】を13本放って速攻で生き残りを捕縛して【魔枷】を嵌めた。僅か1分の間に、15人も盗賊を殺していた。
三田村先輩が5人、三月先輩が2人、未来が4人、薫が4人。
皆、自分たちが殺した盗賊を見つめて放心状態だ。手足は見て判るぐらいに震るえている。
俺は未来と薫を抱き寄せて声を掛ける。
「2人とも大丈夫か?」
「はい……なんとか……」
「私は駄目です……後で慰めてください……」
「あ! 未来先輩ずるいです! 私も本当は駄目です!」
「分かってる。俺も初めて人を殺した時は凄く震るえて怖かった。皆が慰めてくれたから耐えられたけどね。今晩は一緒に寝よう。個人香の効果である程度は抑えられるからね。二人ともよく頑張ったね」
「「はい。お願いします」」
二人にそれとなく中級魔法の【精神回復】を掛けておく。
「三月先輩、三田村先輩、大丈夫ですか?」
見たら三田村先輩の顔色が悪い。
「オェ~ッ!」
手足ガクブルでゲロを吐き出した。同じく二人にも【精神回復】を掛けてあげる。
「三月先輩は大丈夫そうですね?」
「うん。俺はなんとか大丈夫だ」
助けた冒険者の女性たちが近くに集まってくる。
「助勢感謝します! おかげで盗賊たちにおもちゃにされずに済みました!」
「君たちありがとう! マジヤバかった! もうちょっとでヤラれてた!」
「腹立つ! おっぱい舐められた! でも、なんとか兄さんたちのおかげで貞操は守れた! って……兄さん大丈夫か?」
「その人、初めて人を殺めたので……」
「「「あ~~ね。ごめんね、ありがとう」」」
「ふぅ……映画と違ってやっぱ実物はグロいな……まだ震えが収まらない……」
三田村先輩が口を拭いながらそうぼやいた。
衣服の破れた女性たちに毛布を掛けてあげる。
「「「何この毛布!? 凄く良い肌触り!」」」
エッ!? おっぱいとか出ている娘もいるのに、反応はそっち? なんか逞しくないですか? でもそれ、災害時用の安物だよ?
「割り込んですまないが、俺からも礼を言いたい。助けてくれてありがとう! ほら、お前たちもこっちにきてちゃんとお礼を言うんだ! あのまま盗賊に捕まっていたら、一生性奴隷だったんだぞ!」
さっきヒールで止血した獣人の男がやってきて、お礼を言ってきた。左手の肘から先がなくなっているのに、気丈な態度だ。止血程度の回復しか掛けてあげてないので、痛みも相当あるはずなのに。
男に言われて、そそくさとやってきた人たちがフードを取ってお礼を言ってきたのだが――
「「「猫耳!」」」
勿論この発言は俺たちのパーティーからだ……奴隷商に連れられていた娘たちは、猫耳や犬耳がある獣人だった。
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