2-9-4 宝石商?悪代官?

 獣人の姿を見た雅がフラフラと犬耳の娘に近づいていく。


「ん、わんこ~おいで~チッチッチッ……」

「コラ雅! 失礼だぞ。それに獣人にとって耳や尻尾を触る行為は、余程親しい関係の者だけだ」


「ん? そうなの……?」


 雅に悪気はないのだが、獣人を動物扱いするのは最低の侮辱行為にあたる。それに尻尾や耳を触っていいのは、家族や恋人のような凄く親しい者だけだとフィリアから事前に聞いている。


「はい、凄く敏感な所なので、恋人とかでないのなら触れてはいけません」

「ん、ごめんなさい。知らなかった」


 雅が触れようとした犬族の娘が申し訳なさそうに答えてくれた。


「素直に謝れる良い娘だ。雅、超可愛いぞ~」


 抱き上げて、雅のほっぺにキスをした。雅は嫌がることもなく、なんだか嬉しそうなので、俺は更に良い気分になる。


 その時、倒れた馬車の中から声がする。


「おーい! 誰か引っ張り出してくれ!」


 その声を聴いた瞬間、冒険者の女性たちがチッと舌打ちしたのが聞こえた。


 そいつは荷物の下敷きになり出られなくなっていたみたいだ。冒険者のお姉さんに助け出されたそいつは、この商隊のリーダーの宝石商のようだ。少し小太りのそいつは、周りをぐるっと見回した後、にんまりと笑ったのだった。


『……マスター、ナビーの懸念が的中したようです』

『どういうことだ?』


『……すぐに分かります』


「どうやら、ポッパーの奴は死んでしまったようですね。まぁ、なんというか……これは不幸中の幸いです」


「バグナーさん! この方たちが助けに入ってくれたおかげで命拾いしたのです」


 女性冒険者の一人が何やら感じ取ったのか、そう発言したのだが、宝石商からふざけた発言がなされた。ちなみに、ポッパーとは奴隷商人だった人の名前だ。


「私は助けてくれなど、一言も言ってないですよ? よって、この奴隷と盗賊たちの権利は全て商隊長の私のモノになります。あなたが、パーティーのリーダーですね? 私の言ってること、お分かりです?」


 三田村先輩に向かって、にやけながらそう言ったのだ。


「俺はリーダーじゃないが……助けてもらって礼も言えないような奴の為に殺人をしたかと思ったら、無性にやるせないな……」


 三田村先輩、超お怒りです。言葉は穏やかだが、殺気がダダ漏れですよ。

 そういえばこの人、礼節にうるさい人なんだよね。初めて会話した時、ちょっとバカにしたら『殺すぞ』って凄まれたことがあったっけ。


「あれ? では、どなたがリーダーですか? あなたです?」


 今度は三月先輩の方に話しかけた……別にいいけどね。


「一応、俺がリーダーです。あなたは、頼んでもないのに勝手に助けたので、権利は全て自分のモノだと主張するのですね?」


「ええ、当然じゃないですか。一言も救助要請などしていないのに大きなお世話です!」

「ちょっとあんた! いい加減にしなさいよ! この人たちが助けに入ってなかったら、あんたも殺されていたんだよ!」


 実際そうなのだが、商人が言うような、そういう規則があるなら面倒だな。


『ナビー、こいつは悪人だよな?』

『……いいえ、悪人ではないです。当然、善人でもないですけどね。奴隷たちがあまりにも可愛い粒ぞろいなので欲が出たようです。マスターたちが、子供たちだけのパーティーだと思って、舐めてかかっているのです。戦利品全部って考えではなく、最初に無茶ぶりをして、交渉で盗賊たちとその持ち物はマスターたちに、高額で売れる奴隷たちは自分のモノにする気のようです。商人の交渉術の1つですね。ちなみに、そこの白い娘一人で、盗賊全員の価値より上です。馬や武具を含めても、もう1人付ければおつりが出るほど価値のある娘ばかりですね』


『ふざけたヤツだな……ちょっと俺の思考を読んで、問題ないか判定してくれるか?』


『……マスター……「お主も中々の悪よのぅ~」』

『ハァ? お前ナニ悪代官風な口調で言ってるんだよ! どこでそんなネタ仕入れたんだ! 俺は越後屋か!?』


『……流石マスター! 凄く良いツッコミです!』


『はぁ……で、どうなんだ?』

『……限りなくグレーですが、問題ないです』


 ナビーは何やらちょっと不満げだが、問題ないようだ。


「ちょっと聞くけど、今、奴隷の権利は盗賊のボスに移っているんだよね?」


 これに答えたのは、例の獣人の男だった。


「そうだ、奴隷商人が死んだので、殺した奴に権利が譲渡される。なので、いま俺たちはそこの盗賊の奴隷として扱われることになる。だが、盗賊の権利が倒した商隊にあるのだとしたら、その権利は商隊のリーダーのモノになる。その辺は最初の護衛依頼の契約時に成されているはずだ」


「今回の契約では、倒した魔獣は倒した冒険者に権利をあげるが、捕えた盗賊は商隊のモノということになっていましたよね?」


 ニヤッと笑いながら宝石商が答えた。


「そうですか、分かりました……」

「ちょっと待って! すぐ諦めないで、もっと交渉すれば少しは貰えるはずだよ!」


 冒険者のお姉さんは、全部商人に持っていかれるのが不当で腹立たしいようだ。

 勿論俺がそれを許すはずない!


「龍馬、お前でもどうしようもないのか? 俺らじゃ結局あの娘たちを救えないのか?」


 三田村先輩は悲痛な顔で俺を見てきた。殺人までさせておいて、俺が黙ってるわけないでしょ!


「おいお前ら! どうやら俺は大きなお世話をしたらしい。なので、お前たちを解放してやる。所持品は返さないが、命だけは助けてやる。あと、この剣を1本だけ返してやる。だが逃げる前に、小太りのおっさん以外に危害を加えたらその場で即殺す! 俺の意図が理解できた奴は、その場で頭を地面にひれ伏せろ!」


 俺の意図を真っ先に理解したのが商人だった。


「ちょっと待ちなさい! あなた、私を殺す気ですか!」

「ん? 俺は一言もそんなことは言ってないけど? 俺がいつ殺せと言いました?」



 『うぐっ!』っという苦虫を噛み潰した声を発して、商人は俺を睨んでいる。目の前の宝石商人の言い回しをそのまま使った事実上の死刑宣告だ。


「お姉さん、1つ聞くけど、盗賊を解放した際に、商隊のリーダーが死亡した場合、権利はどうなる?」

「う~ん、権利者が不在扱いになって、商人たちがギルドに登録していれば半分は商人たちの遺族に、もう半分はこの地の領主様のモノになるのかな?」


「護衛してたお姉さんのモノにならないの?」

「うん。逆に護衛依頼失敗として冒険者ギルドに違約金を取られることになる」


「じゃあ、商人が死んだ後に盗賊がまだ残っていて、それを俺たちが再度横から割り込んだとすれば?」

「あっ! それだと権利はあなたたちのモノになる!」


「というわけで、盗賊のリーダーのお前だけは残ってもらう」

「待ってくれ! 私が悪かった! 盗賊の権利は全て君たちにあげよう!」


「まだ勘違いした奴がいるな……助けてもらって恩を仇で返すような者の命など知ったこっちゃない!」

「分かった! 奴隷の権利もやろう! だから殺さないでくれ!」


「まだ勘違いしているね。俺が殺すんじゃなくて、勝手に盗賊が逃げる際に1人殺していくだけです。あなたの言い方だと、まるで俺が脅迫しているみたいじゃないですか? 俺は殺せとか一言も言っていないのに……」


「本当にすまなかった! さっきの『助けてくれとか一言も言ってない』とかの発言も取り消す! ちょっと欲が出てしまったんだ! お願いだ、許してくれ!」


 バグナーという宝石商人は泣きながら懇願してきた。後ろを見たら、フィリアと未来ちゃんがあきれたような目で俺を見ている。


「なあ、三月……龍馬ってワルだよな?」

「どうなのでしょう。本当に殺す気だったのなら悪でしょうけど、彼は計算高いですからね。ほら、あの『みやび』って子と『かおる』って子……凄くキラキラした目でこの状況を見てますよ」


 盗賊のリーダーから奴隷の権利を俺に移させ、改めてバグナーと今後の交渉をする。 


「あなたの宝石まで寄こせとは言わないけど、奴隷と盗賊は貰うからね。普通は命を助けてもらったのだから、それプラス謝礼が相場なんだろうけど、あんたから一切貰いたくないからそれはいいや」


 盗賊たちが約束が違うと騒ぎ出したが、冒険者のお姉さんたちがタコ殴りにして黙らせた。


「お姉さんたち、気持ちは分かるけど、あんまり痛めつけないでください! 商品価値が下がっちゃいます!」

「「あっ! そうだった、ごめんね……」」


 逃げ出した奴はともかく、仲間を何人か殺されているのだ。本当ならこの場で殺したいはずだが、我慢してくれているようだ。




 ある程度落ち着いたところで、仲間の亡骸の側で彼女たちは泣いていた。



「フィリア、未来、皆に回復魔法と【クリーン】をお願い」

「全快で良いのか?」


「うん。交渉は終えたので、全快してあげて」




「残念じゃが、妾はまだレベルが足らぬので、部位欠損は治せぬのじゃ。すまぬのぅ」

「いや、奴隷に回復魔法を掛けてくれるだけでもありがたいことだ。感謝する」


 彼の切断された腕は俺が拾ってある。

 他の者には上級回復魔法を使ったが、彼だけは理由があって止血だけにしている。 




 上級回復魔法を掛けまくるフィリアと未来に、冒険者のお姉さんたちからの勧誘が当然あったが、俺に睨まれて渋々諦めたようだった。



「そういえば、あなたも奴隷だったんですね? 冒険者の一人かと思っていました」

「俺も元は冒険者だったのだが、貴族に騙されてしまってな……今は犯罪奴隷として奴隷落ちだ」


 獣人の男に声を掛けたのだが、自虐的にそう答えたのだった。



 ここでやっとじっくり奴隷の少女たちを見まわしたのだが、人族の少女が2名、犬族の少女が3名、猫族の少女が2名、兎?の少女が1名、合計9名の奴隷が俺の所有物になった……助けたは良いものの、どうしようかな。


「龍馬、この娘たちどうするんだ?」


 思案顔で彼女たちを眺めてたら、三田村先輩も気になってたようで俺に聞いてきた。


「犬族の彼はともかく、他の少女たちは性の対象として競売にかけられる予定だった娘たちなんですよね」

「ちょっと待て! 俺は犬じゃないぞ! 誇り高い灰狼族だ! 犬と一緒にするんじゃない! そっちの白いのも狼人族の希少種だ。数少ない白狼族の娘なんだ。大事に扱うんだぞ」


「奴隷のくせに随分偉そうね! 奴隷落ちした理由なんか知らないけど、いつまでも冒険者のつもりでいるんじゃないわよ! 主人に対しての言葉遣いはちゃんとしなさい! 回復までしてもらっておいてその態度は不敬だわ!」


 冒険者のお姉さんが注意してくれたが、奴隷制度のない国の俺からすれば逆にうろたえてしまう。


「ああ、別にそういうのは良いです。皆に1つ聞くけど、娼婦になるのは嫌だよね?」


 皆、激しく頷いている。まぁ、当然だよな。好き好んで男に良いように抱かれる商売女に成りたい人なんか、そうはいないだろう。


 雅が触ろうとしていたのは白狼族という希少な種族の娘のようだ。この娘、確かに耳や尻尾が白い毛でフワフワしてて可愛いんだよね。奴隷の娘たちのことも悩みの種だが、実は逃げ出した冒険者たちも現在進行形で問題だった。


 どうも血の匂いに誘われてやってきた野犬の魔獣の群れと逃走中に鉢合わせになったようで、追われてまたこっちに逆走してきているようなのだ。


 放っておいたら追いつかれて死ぬだろうな……面倒な事この上ない。

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