2-9-1 悪臭者2号?おんぶ?

 朝食を未来とハティとで食べているのだが、良い! 実に幸せだ!

 可愛い奥さんと可愛いペット。俺の憧れていた家庭そのものじゃないか!

 名残惜しいが拠点のログハウスの自室に転移する。



 リビングに行ったのだが、皆はまだ朝食中みたいだ。


「龍馬君お帰り……」

「あ、うん。ただいま……」


 分かっていたことだが、ちょっと皆の視線が痛い。ハーレムにあたって最大の注意点が、この嫉妬からくるなんともいえない気まずさだろうな。皆も分かっているので、あからさまな態度はないが、軽い嫉妬は隠せていない。俺としては気まずい反面、ちょっと嬉しい。だって可愛い娘たちが俺をめぐって焼き餅とか嬉しいじゃない。




「ごちそうさま! 未来、ちょっときて!」


 俺たちの姿を見た後、慌てて残っていた朝食をかき込んで食べ、未来の手を引いて2階に上がろうとしているのは、うちのヤバい妹なのですぐに止める。


「菜奈ちょっと待て! 未来に何する気だ!」

「兄様、菜奈は別に何もしませんよ。未来とお話しするだけです」


 だが、未来の目は俺に助けて~と言っているように見える。


「日ごろの行動で信用できないな……」

「龍馬よ……まぁ良いではないか。菜奈も未来に聞きたいことがあるのじゃろう」


「フィリアは菜奈のこと知らないからそんなふうに言えるんだよ」

「其方よりは知っておるぞ? 妾は女神じゃった頃に、菜奈のことは詳細に覗いたからの。確かにそなたが絡むと、ちょっとあれじゃが……心配するほどではなかろう」


「フィリア! 兄様に変なこと言ったら刺すからね! 本当に刺すからね!」

「これ、いくら元とはいえ、妾はこの世界の神じゃったのじゃ。本当に刺したら神罰が下るぞ」



「とりあえず、菜奈の用件は後にしろ。食べながらでいいので、皆も聞いてほしい。昨日話した盗賊のことなんだけど、どうやら計画を実行するようで、現在俺たちが今晩野営する予定地に陣取っているみたいだ。ターゲットにされている商隊も予定通り今朝町から出発した」


「龍馬君、どっちが先に盗賊のいる野営地に着くのかな?」

「距離的にはこちらの方が近いのだけど、移動方法の差で商隊のほうが先に着くね。向こうは馬と馬車で、こっちは歩きだから、おそらく商隊のほうが2、3時間ほど先に着くんじゃないかな」


「じゃあ、こっちは昨日言ったメンバーで先行するの?」

「うん。お昼まで一緒に行動して、食後に別行動で向かう予定だね」


「先生はやっぱり反対だな。助けてあげるのは賛成だけど、こちらから出張っていってまで殺人を経験させる必要ないと思うんだけどな~」


「妾も反対じゃ。どうしても身を守るために仕方ない場合もあるじゃろうが、戦力的に殺さぬで済む者をあえて殺そうというのは間違っておる」


「戦力的に捕らえることは簡単だよ。でも、フィリアがさっき言った言葉をそいつらに殺された家族の前でもう一回同じように言える? 目の前で娘と奥さんを何十人もで陵辱された旦那さんに同じことが言えるの? 襲撃を計画している盗賊団は、そういう行為を何度も行ってる奴らだよ……もちろん今回も奴らはやるよ」


「だからといって、経験を得るために命を奪うのは違うじゃろ……」

「フィリアや美弥ちゃん先生の言ってることも分かるけど、どこかで経験しなきゃならない行為なら、俺がいて安全に行えるときに先に経験しておいたほうが良いと思うんだ。いざって時に経験不足のせいで、一瞬の躊躇いを突かれて逆に殺される羽目になったとか、俺は一生後悔するからね。それに俺たちが殺さなくても公開処刑か終身奴隷確定になる奴らだから、早いか遅いの違いだよ」


「それでも先生は中学生に殺人はしてほしくないなぁ~」

「佐竹の時に率先して殺しにいった美弥ちゃん先生に言われてもね~。まぁ俺的には今回殺せなくても良いと思ってるんだ。ただ、その殺せなかった時が俺の居ない時だと危険だから、俺のいる機会に安全に試してみようという意図なんだ」


「なるほどのぅ。意気込みはあっても実際に殺せないかもしれぬから、龍馬がいる安全な機会を利用して、一度実戦経験を積ませるわけじゃな」


「うん。教頭たちの初戦時には桜や菜奈も口だけで、実際殺せなかったしね。実戦経験での検証はしておいた方が良いかと思って」


 皆、分かってはいるのだが、どう言い訳をしても人殺しは良い事ではない。中学生にそれを経験させようとか、異常としか思えない。美弥ちゃん先生が反対して当然なのだ。勇者パーティーとして同行しないのなら、殺人なんかしなくて街中で安全に商売でもしてくれれば良い。でも、邪神討伐に付いて来る気でいるのなら、殺人行為は避けて通れないのだ。そもそも冒険者としてシルバーランクになるには、試験官同伴での殺人が最終試験なのだ。結局、必要性はみな感じているようで、それ以上反対意見はなかった。




「沙希ちゃん、体調はどう?」

「はい。すっかり良くなりました。迷惑かけてごめんなさい」


「いやいや。俺こそ無理させちゃってごめんよ。いくら虎を警戒したためだとしても、徒歩であの距離はちょっとないよね。他の娘も大丈夫かな? 問題なく歩けそう?」


 どうやらうちのグループは問題ないようだ。



 俺の話が終えたら、すぐに未来は菜奈に連行されて2階に上がって行ったが大丈夫かな。



 朝、連絡がなかったので大丈夫だとは思うが、宿泊施設のほうの様子を見に行ってみる。



「小鳥遊君、1人まだ発熱者がいるみたいなの」

「エッ? なんで今頃」


「ごめんなさい。申告があったのがついさっきなのよ」


 人数が多いので、全部を把握するにも時間が要るのは理解できる。でも、熱発者がいるのはおかしい。

 昨日濃度の高い薬湯風呂を提供しているのだ。熱発者には回復剤も飲ませてあった。歩けるほどには回復していなければおかしい。


「風邪とかですか? 筋肉の炎症での熱なら、入浴で治ってるはずですし……」



 とりあえず、その熱のある娘のところに行ってみることにした。



「この人ですか?」


 見たら、何人かに両足をさすってもらいながらウンウン唸っている。明らかに重度の筋肉痛患者だ。



「どういうことだ? 薬湯風呂に入っていないのか?」

「彼女潔癖症で、シャワーしか使っていないみたいです」


 横で唸ってる娘の足をさすってあげていた女子が俺に告げてきた。


「潔癖症……ハァ……それで入浴してなくて治ってないどころか、2日目なので悪化しているとかか?」

「ウウッ……ごめんなさい」


 気持ちは分からなくもない。俺も少しその気はあるのだ。誰が着てたか判らない古着とか、中古の電化製品とかは購入したくない派だ。革製品の鞄やベルト、ジーンズなんかは味があって良いのは理解できる。レトロでアンティークな物にも興味はあるのだが、アンティーク調な物は買っても、本物の中古品は買ったことがない。


 他人の使用感が少しでもあるのが嫌なのだ。これは性格だから仕方がないのかもしれない。知人や身内の中古品は平気なんだけど、どこの誰か分からないのが嫌なんだよな。



 銭湯や温泉に入れない人の話を聞いたことがあるが、実際この中にいるとは思わなかった。そういう人たちは洋式便所に座れず、便座の上に和式スタイルで座って用を足すらしい。


「う~~~ん、仕方がない。彼女は置いていこう」

「「「エッ!?」」」


「『エッ!?』って、当然だろ? ちゃんと入浴していれば回復してたはずなのに、それをしなかったのは彼女の判断だし」


「見捨てて行くのですか!?」

「俺たちが何で迂回路があるのに、わざわざ危険な森を突っ切って、急いで街を目指しているのか忘れてないですか?」


「学園に残っている生徒の食料不足です」

「そうです。正直狩りをしながらなのでこっちは食に困ることはなかったですが、それほど余裕があるわけでもないのです。それと、もっと大事なことですが、勇者である柳生先輩を早急に投入しないと、この世界が滅亡するそうです。もう日本に帰れない俺たちにとっても、この世界で生きるしかないので、召還された勇者として守る必要があるのです。たった1人の我侭のために遅れたぶん、数百人、数千人の犠牲が出るのですよ」


「勝手に召還されて、守れと言われても」

「勿論、戦いに赴くのは召還前に事前に了承していた柳生先輩だけでいいのです。俺たちは巻き込まれただけですからね」


 俺たち別館組はフィリアのこともあって、柳生先輩に同行して協力することにしたのだが、他の奴らには関係のない話だ。逆に協力したいと言ってきても、戦力的に足手まといなのでいらないし、却って迷惑だ。


「あの! 見捨てて置いて行かないでください! 今からお風呂に入ってきますので!」

「いま入ってもすぐに回復するわけでもないんだよ」


 泣きながら置いて行かないでと訴えてくるが、ハァ~困った―――


『……彼女は例のハティが避けていたうちの1人ですね。マスターがすれ違う度に精神回復の魔法を掛けていたので随分改善されていたのですが……』


『確かにもう嫌な匂いはしていないな。なにか心を歪める事情があったのかな?』

『……幼少時より家族に邪険にされていたようですね。中学になる時に全寮制のあの学園に入れて、それ以来里帰りするたびに心に傷を負っていったようです』


『たまに帰ったら、嫌な顔されるとかきついな……何でそうなった?』

『……彼女には知らされていないのですが、実は養女のようです。子供ができずに親類から2歳の彼女を養女に貰ったのですが、彼女が小学3年の時に実の娘が誕生したようで……』


『う~ん。だからといって急に邪険にするのか? それまでも可愛がっていなかったのか?』 

『……ある事件があってからです。お腹を空かして泣いてる赤ちゃんの妹を彼女があやそうと抱き上げたのですが、誤って落としてしまったのです。それ以来彼女を実の娘に一切近づけないようになって、それが段々エスカレートして、やはり実の娘じゃないからと煙たがるようになっていったみたいですね。暴力や虐待はなかったようですが、彼女からすれば実の両親から嫌われてしまったと、妹を落としてしまったことを後悔するとともに、里帰りするたびに心に傷を負って歪んでいったようです。最近では妹さえ生まれてこなければ……いっそ殺してしまおうとまで考えるようになったようです』


『2歳から8歳ぐらいの間まで可愛がっていて、急に変われるものなのか? 白石家で愛情たっぷりに育ててもらった俺にはその両親のことが分からないな……』


『……事情はどうあれ、邪険にされて歪んでいったのは事実です。異世界にきて、完全に家族との絆が断ち切れたと知って、逆にほっとして日毎に心が癒されていったようです』


『切ないな……』


「見捨てないで……ぐすん」

「よし、脱げ!」


 毛布を腰に放って、ジャージのズボンを引っ張り抜いた。


「ンギャー! イタイ……痛いです!」

「風呂に入らなかったお前が悪い! 我慢しないなら置いていく。それに俺だってマッサージすると疲れるんだぞ。指も痛くなるしな。魔法を使った特別なマッサージ治療なんだからちっとは俺に感謝しろ」


「感謝はしますけど! 痛すぎです! ンギャー!」


 彼女は痛みで泣きまくっている。悲しんで泣くより、痛みで泣くほうがまだ良いだろうけどね。15分ほどで騒がなくなったので、改善はされたと思う。


「どうだ? マシになったか?」

「はい。大分良くなりました……」


 彼女のほうが年上なのだけど、なぜか敬語は逆転してしまってる。

 まだ歩くのはきつそうだな……。


「誰か男子の部屋に行って、古賀さんを呼んで来てくれますか?」


 少しして、柔道部2年の古賀さんがやってきた。


「古賀先輩、すみませんが今日の移動のあいだ、この娘をおんぶしてくれませんか?」

「「えっ?」」


 古賀先輩と彼女の声がハモった。


「『えっ?』じゃないよ、古賀先輩はともかく、君に拒否権はないからね。潔癖症なのは分かるけど、おぶさるのが嫌ならもうマジで置いて行くからね。それか学園に転移魔法で強制送還でもいいな」


「うっ~~分かりました。もうすぐ街に着くのに、今更学園に戻されるのは絶対嫌です! ここに置いて行かれたら死んじゃいますので我慢します」

「我慢?……40kmもの間おぶってもらう相手に我慢とかよく言えるね。『ご迷惑おかけします。大変かもしれませんがお願いします』だろ! バカかお前! 普通に歩いてもきつい距離なのに、60㎏近くあるお前をおぶってとかどれだけ大変か分かっているのか?」


「60㎏もないです! でも確かにそうですね……ごめんなさい。古賀君? でしたっけ? お願いします。私をおぶって次の野営地点まで連れていってもらえますか?」


「え~と。俺は良いけど……小鳥遊? なんで俺なんだ?」

「男子の中で2番目に体力と持久力があるのが古賀先輩なんですよ。体力バカの三田村先輩は、今日、盗賊退治に同行予定ですのでダメなのです。彼女可愛いし、おんぶとか役得でしょ?」


 ちらっと彼女を見た古賀先輩は顔を赤らめ頷いた。

 それを見た彼女も、顔が見る間に赤らんでくる……うわ~二人とも純情すぎてこっちが恥ずかしいよ!

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