1-1-18 雅って最強?桜って使えない娘?
菜奈の【サンダーボール】の轟音が開戦の合図になった。見事に杖を持った魔術師っぽい奴を仕留めている。
「菜奈良くやった! もう1体それっぽいのがいるから次はそいつだ!」
俺は雑魚を切り伏せながら、ゆっくりとジェネラル目指して進んでいく。
魔術師っぽいのを倒されたオークは怒り狂ったように菜奈に向かっていくが、桜や雅、綾ちゃんたち前衛職が寄せ付けないように完全防御している。攻撃手段の乏しい未来ちゃんや美弥ちゃん先生も、攻撃範囲のある槍で奮戦している。
オークジェネラルは残った杖持ちオークを庇うように前に出てきて、ブヒブヒと叫びながら指示を出し始めた。
本来オークやゴブリンは知能はかなり低く、上位種でもないかぎりこのように連携は取ってこない。
指示をもらったオークどもの動きが俄然良くなってしまった。まず、指示をもらった杖持ちがジェネラルに【マジックバリア】を掛けてしまったようだ。【詳細鑑識】で確認すると、この杖持ちオークはオークプリースト……つまりは回復職のヒーラーだ。厄介なのを残してしまった。
「その杖持ちは、鑑定魔法で見たらヒーラーだった。でもすでにバリアを自分とジェネラルに張ったようなので、皆は弓持ちを先に狙ってくれ」
「「「了解!」」」
菜奈は聞こえなかったのかプリーストにサンダーボールを放った。
「菜奈、シールドの上からいくら撃っても無駄撃ちになる! すぐMPが枯れるぞ、先に弓兵からだ!」
「はい!」
皆、善戦している……顔は恐怖にひきつっているが、返り血を浴びても怯むことなく確実に倒している。
8体倒した時に誰かがレベルアップした。
やはり上位種の方が経験値はかなり多いようだ。
モノトーンな白黒世界で皆に声を掛ける。
「皆、お疲れ! 初戦闘にしては凄いじゃないか! MMOやってるだけあって、慣れというか感覚的に動けるんだろうね」
すぐ横にいた雅が俺に近づいたと思ったら、足を蹴ってきた!
「イテッ! 雅、何するんだよ! 痛いって! イタッ! 止めろって!」
「ん! おしっこちびりそうなくらい怖かった! 龍馬のアホ!」
雅はどうやらいきなりの集団戦で、しかも上位種が混じってる所に急遽放り込まれてしまったことに怒ってるようだ。雅だけじゃなくて、全員からも睨まれていた。
桜も俺に震える手を見せて言い放った。
「ほらこの手見てよ! 本当に怖かったんだからね!」
みたら雅も凄く手足が震えていた。他のメンバーも同じような有様だ……最初俺もそうだったからな。
命のやり取り、しかもオークのような人型は、疑似的に殺人をしているような感覚に襲われるのだ。
俺は雅を抱き上げて胡坐の上に抱っこし、軽く抱きしめて落ち着かせるように頭を優しく撫でた。
一瞬びくっと緊張したが、すぐに力を抜いて背中をもたれかけてきて大人しくなった。
「皆ごめんよ。最初は戦わせるつもりはなかったんだ。でもジェネラルはちょっと厄介だからね。俺も危険を冒してまで他の子を助けたいとは思わないから、皆が無理そうなら撤退するけどどうする?」
「そんなことより兄様! 雅ちゃんだけズルいです! 菜奈も抱っこして優しく撫でてください!」
「この切迫した雰囲気の中でお前は何を言ってるんだ! 緊張しすぎて頭逝ってしまったのか?」
「美弥ちゃん先生も城崎先輩も兄様を注意してください! 女の子を抱っこして後ろから抱きしめているのですよ!」
「うーん、でもいやらしさは全く感じないのよ……まるで縁側で孫を抱っこしたおじいちゃんが孫の頭をヨシヨシしているだけにしか見えないの」
その発言に憤慨したのが当人である雅だった……頬を膨らませて桜を睨んでいる。
幼女扱いされた孫発言がお気に召さないらしい。だが、俺の膝からは降りようとしない。
「それより本当にどうする? 怖すぎて無理っぽいなら救出は断念しよう? 極度の緊張は体の動きを悪くしてしまう。知らない女子21人より仲間1人の方が俺は大事だし、皆にも気持ちを割り切れとまでは言わないが、見捨てることに気負う必要もない」
「怖いけど、やはり私は助けたいと思う。皆の意見も聞かせて? 龍馬君の言うとおり、私も他の人より仲間の方が大事なので無理っぽいなら断念するわ」
「ん、怖いけど私たちの方が数段強い。頑張れば助けられる」
「雅ちゃんの言うとおりね。実力はこっちが上……油断さえしなければ大丈夫よね」
「兄様、ずっと戦いながら菜奈たちをちらちら見てましたよね? 戦局的にどう見ました?」
「そうだな。先に質問するが、今回誰のレベルが上がったんだ?」
俺以外全員が上がっていた。どうやら上位種のオークアーチャーを菜奈が【サンダーボール】で仕留めた時にレベルアップしたみたいだ。
「魔法使いかっこいいな~。私も魔法使いにすればよかった」
この発言は綾ちゃんのものだ。
菜奈の派手なスキルにちょっと魅力を感じてしまったようだな。
「綾ちゃん、魔法は見た目は派手でかっこよく見えるだろうけど、不意打ちや近接はさっぱりだから、対人とかではヨワヨワだよ。MP切れたらぶっ倒れるし、枯渇したらただの足手まといだからMP配分もできないといけないしね」
「ですよね……剣士の方が無難なのは分かってるんですが、魔法使いってなんかかっこいいですよね」
「俺たちの世界では、魔法使いは誰でも一度は憧れるからね。ないものねだりじゃないけど、どの世代でもかならず魔法少女系のアニメがあるもんね。戦隊ヒーローと魔法少女は子供の憧れの鉄板だからね」
皆も子供のころ見たヒーローものを思い出したのだろう……ウンウンと同意している。
「おっと、話がそれたね。俺の見立てではこのまま攻めれば難なく倒せると思う。おそらく間でレベルも2、3回上がるんじゃないか? 強いジェネラルは俺が相手をするので、このまま強引に押し切っていけると思う」
「菜奈もそう思います。助けてあげたい方に一票です」
「菜奈、最近また自分の事を『菜奈』って言ってるぞ。いい加減子供じゃないんだから直せって言ってるだろ。雅でもちゃんと私って言ってるのに」
「あら? 可愛いから良いじゃない? 何でダメなの?」
「できるだけ早くから直さないと、『あにさま』みたいに定着してしまいそうだろ? 今は傍目で見てもちっこ可愛いから良いだろうけど……40歳過ぎて自分の事名前で言ってる女の人とか偶にいるけど、イタくて聞いてられないよね? そうならないように俺は早めに直してあげたいと思っている」
「高校生になるまでには直すつもりでした! 菜奈だってそれくらいの常識はあります!」
また言ってるが本人は気付いてないようだ。
「まぁいい。それより桜、お前の戦闘が一番ダメだ。お前ひょっとして重課金者か? MMOではお金に物をいわせてレア装備でガチガチに固めて高火力のゴリ押しスタイルだっただろう?」
「うっ、なんで分かるのよ! でも一番ダメって! ウソよね?」
「はっきり言うが一番下手糞だ。PSがまるでなってない。知ってると思うが一応言っておく。ゲーム用語ではPS、プレイヤースキルのことだが、プレイヤーの技量・操作技術の略だな。反応速度・操作の正確性・熟練度・状況判断力、適切な行動を選択できる能力全般を指す。桜は棒立ちで回避もせず目の前の敵をぶった切っているだけだ」
「他の人は? ちゃんとできているの?」
「一番上手いのは雅だな。この中でノーダメージなのは俺と雅だけだ。あれだけ動き回っていたにもかかわらず、1回も食らってない。すべて剣で防御するか回避している。菜奈と美弥ちゃん先生は最初にゴブリンが投げた石を食らっただけだ……ダメージ的にはほとんど無傷だな。綾ちゃんも前衛なのに数回手に食らった程度だ。未来ちゃんも弓兵の矢を死角から1回受けたが、それ以外は回避もちゃんとできている。それと比べて、桜はもうすぐシールドが切れそうじゃないか」
「なんで先頭のあなたが後ろの状況を詳しく知ってるのよ! うーっ、凄く屈辱的だわ! 分かった、次はちゃんと回避もして無傷で戻ってくるわ!」
「意気込みは買うけど、慣れってのはそう簡単に直らないと思うけどな……実戦で痛みを知るのが一番良さそうだな。人型のオークでもっと練習しておいた方がいいだろう。よし、今後シールドは使用しない。未来ちゃんは戦闘はしないで周りのメンバーをよく観察してダメージを食らった人を回復してあげて。美弥ちゃん先生は、攻撃しつつ、未来ちゃんがヒールの発動が無理っぽい時には回復魔法のフォローを。雅と綾ちゃんは拙いながらも一応連携できていたね。雅が動き回って軽傷を与えて、怯んだところを綾ちゃんが止めを刺す連携は凄くいいよ。特に雅は敵の動きが鈍るような場所を無理せずちゃんと当てていたね。特に首なんかは動脈さえ切れれば出血死も狙える場所だからいいよ」
べた褒めされてちょっと照れくさいのか、後ろから見える雅の小さな耳がピンク色に染まっていた。
「あの、龍馬先輩。シールドなしなのは凄く怖いかも」
「今掛かってる分はそのまま残しておくから、綾ちゃんは大丈夫だろ? 後20発ぐらい食らってもなくならないから安心して良いよ。どっちかっていうと桜の危機意識を上げる実地訓練だな。ゲームと違って、『痛い』ってことを知らないと長生きできないからね。痛けりゃ必死で回避するだろう?」
「痛みに恐怖を覚えてトラウマになって戦闘できなくなる可能性もあるんじゃないかな?」
「美弥ちゃん先生の懸念も有り得るけど、殺し合いなんだから切られて痛いのは当たり前なんだよ。痛みに恐怖して動けないなら、どのみちC班落ちさせるしかないしね」
「次はちゃんとやるわ! 私、運動神経はいいから多分回避もできると思うの」
「桜は少し力が入り過ぎてるから、現実世界に戻ったら一度桜だけ下がって周りを確認してから攻撃再開しようか。今回熟練レベルを上げるのはまた【身体強化】にするといい。周りさえ冷静に見ていれば、回避は身体能力が上がってるだけで難なくできるはずだよ」
「分かったわ。未来ちゃん、迷惑かけるかもだけどHPが減った時はお願いね」
「はい、頑張ります! 龍馬先輩、目安は何パーセントHPが減った時にヒールすればいいですか?」
「まだ桜は種族レベルが一桁台だからね。安全第一とヒールの練習もかねて1発喰らったらすぐに回復してあげて」
「分かりました」
「ありがとう龍馬君、なるだけ回避を心掛けて戦闘をするようにするわ」
「桜、なるだけじゃダメだよ。雅のように全て躱す気でやらなきゃ。この先の戦闘では即死性の毒を持ってたり、石化の危険のある魔獣なんかもいるかもしれない。食らうと一発で死ぬかもという前提で戦闘時は気を引き締めてほしい。全部回避は俺でもできないけど、気持ちの持ちようはそのくらいでないと生き残れないと思う。大体、ヒーラーのMPが枯れたら即死亡のアタッカーなんか使えないからね」
「説得力があり過ぎて反論の余地なしね。私ってかなり危険だったのね。ゲームと違うって分かってて恐怖しているのに、まったく回避していないとかバカだったわ。もしさっきの攻撃の中に即死級の毒でも剣に塗られていたら死んでたって事なのよね……全部躱すつもりでやらなきゃね」
シールドを張ってダメージはなくても、少しは痛いはずなんだけどな……。
「早期に分かっただけ良いじゃん。相手は最弱なんだし、今のうちに練習すればいい。俺も最初は手足が震えてろくに動けなかったよ」
「龍馬君でもそうだったんだ……」
「それと皆で連携の事を少し話し合ってほしい。ジェネラルが指揮をしてるので思っていたより厄介だ。俺はこのまま雑魚を切りながらジェネラルを目指すので、俺以外で決めてくれ」
上位種が混じると厄介になる理由がこの指揮系統ができてしまうことなのだ。
キングのコロニーが冒険者ギルドで災害級指定にされている理由の1つでもある。
キングがいるコロニーにはクイーンが高確率で数体誕生する。
そのクイーンの出産した個体は上位種に進化しやすく、知能も人並みに高いことが知られている。
このジェネラルもキングの子で間違いないだろう。
数年もすればこいつもキングに進化して、さらに近辺に1000体規模の一大コロニーを作りかねない。
そうなると食糧不足が発生し、近隣の村や町が標的にされ人が襲われる。
最終的にオークやゴブリンがどんなに増えても、国が軍を出したりしてオークは討伐されるのだが、その間に数千人が犠牲になることも過去にはあったと女神様に教えてもらった。
さて、あっという間に30分経った。
連携の話の途中だが時間切れだ……2回戦を始めますかね。
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