1-1-10 自殺未遂?真相は?

 今回の髪のこともあるので、先にいろいろ教えておいた方が良いかな。


「後々驚かないように、先に他にもあるレベルアップ時の身体変化を教えておくね。まず、無駄毛がなくなる。腕や足、脇や陰毛なんかが男女ともつるつるになる。無駄毛って言われるくらいだから、無駄な物としてこっちの世界では排除されたのかもしれない。まつ毛や鼻毛、髪の毛はちゃんと残ってるしね。本来毛穴が詰まらないために毛が生えていて伸びるものなんだけど、その辺のことは分からない。髭は希望すれば生えるのかな? それと個人香ってのがあって、指紋のように皆、匂いが違うそうだ。性格によって良い匂いがしたり、悪臭になったりするらしい。菜奈ちょっと来てみろ……おお! 菜奈はめちゃくちゃ良い匂いがする! なんだこれ! ずっと嗅いでいたい!」


「エッ、ウソ。菜奈ちゃん私にも匂わせて! ホントだ、凄く良い匂い!」


 菜奈は皆にクンカクンカされてむちゃくちゃ恥ずかしそうにしていた。ある程度菜奈を嗅いで満足したみんなは次の獲物をロックオンして見ている。未来ちゃんは匂いを嗅がれるのはやはり恥ずかしいのか、後ずさりしてるが逃げられないと判断したのか目を閉じて顔を赤らめ為すがままになった。


 どれどれ俺もちょっとだけ……おお! やはり良い匂いだ!

 すぐに菜奈と城崎さんに見つかり引き剥がされたが、凄く良い匂いだった!


「兄様! 乙女の香りを許可なく嗅ぐのは万死に値します!」


「ウッ……俺だって気になるんだ。少しぐらい良いじゃん! 減るもんじゃなし」

「減るもんじゃないからオッパイ見せろと言ってる変態どもと同じ発想ね」


 城崎さんにまで怒られた。


「そういう兄様はどんな匂いなのですか?」

「自分じゃさっぱり分からない。臭くはないよな?」


「ふふふ、どれどれ。兄様の匂いクンカクンカ、ハァハァ……ふーったまらん! シトラス系の爽やかな香りです! ずっと嗅いでたい良い匂いです!」


「ん! 私も嗅ぐ!」


 わらわらと集まってきて、俺の匂いを嗅ぎまわっている。

 めちゃくちゃ恥ずかしいし、もともと持っている俺たちの世界の女の子の香りが漂ってきて、ちょっとドキドキしてしまった。


「皆だってなんだかんだ言って、他人の匂いは気になるんじゃないか」

「そうね……なんでだろ?」


「暫く洗ってない上履きの匂いが臭いのを分かってるのについつい嗅いでしまう心境と同じ?」

「いや、それとは違うでしょ! それはちょっとおかしな人じゃないかな?」


 残念ながら城崎さんの共感は得られなかった。

 うちの飼ってるチワワもやってたけどな。臭いの知っててもクンクンしてた……。


「この匂いなんだけど、人によってはバッシブ効果があるらしい。菜奈も俺に近い匂いのようだけど、おそらく未来ちゃんのアクアマリン系の匂いはリラックス効果とかがある。興奮しすぎて寝れない時とか未来ちゃんを抱っこして寝たらぐっすり眠れるんじゃないかな。催眠導入効果のある匂いや、精神安定、頭スッキリ知力上昇とか、力が一時的に上がったりするのもあるって女神様が言ってた」


 俺の話を聞いた皆は、再度未来ちゃんに群がってクンカクンカ始めた。

 俺もどさくさに紛れてちょっとクンクンしてたけど、すぐ見つかって引き剥がされて睨まれた。


 だって未来ちゃん良い匂いなんだもん!


「さて、話を進めようか」

「ん! ごまかそうとしてる!」


「美加ちゃんの命の危険は去ったけど、美加ちゃんのことはまだこれで終わりじゃないんだ……肋骨とは別の治療がいる」

「兄様、どういう意味です?」

「白石君どういうこと? 美加ちゃん助かったのじゃないの?」


 美加ちゃんも不安そうに俺を見ている。


「命の心配はない。美加ちゃんには黙って事を進めてもいいんだけど、皆にも関係する事案だから美加ちゃんには可哀想だけど事実を公表するね。オークに中ダシされた女の子の妊娠率はなんと8割強……」


 美加ちゃんは『ヒッ』っと小さな悲鳴を上げお腹に手を当てている。今にも泣きそうだ。


 皆も深刻な顔をしている。事の重大性が理解できているようだ。


「兄様、対策はあるのでしょうか?」

「ある! 美加ちゃん脅して悪かったね、対策はあるから安心して」


「良かったー! オークの赤ちゃんなんて絶対嫌です!」


「オークの妊娠率が高いのは、精液の寿命が人より遥かに長いのと、排卵促進剤のような成分が精液に含まれているかららしい。美加ちゃん、前回の生理はいつあったか分かる?」


「確か――」


「オギノ式だと大丈夫そうだね。4日程前に排卵周期は終わってそうだけど、問題は排卵誘発効果の方なんだよね……その効果のせいで一度の出産が2~5体ほどの出産になるそうなんだ。念のためにやっぱ対策しておこうね」


「白石君、対策ってどんなことをするの?」

「聖属性の生活魔法に【クリーン】って魔法があって、体をお風呂代わりに清めたり、洗濯代わりに服の浄化や、掃除の代わりに床なんかも綺麗にできたりする生活支援系の便利魔法があるんだ。これの裏ワザで、指を秘部に直接入れて【クリーン】魔法を数発膣の中を綺麗にするイメージで上手く発動すれば浄化できるらしい。受精直後の卵子なんかも浄化できるそうだけど、受精後10日程経って成長したものは生命と認識されて浄化できなくなるそうなんだ」


「それも女神に教えてもらったの?」

「うん、そうだよ。万が一仲間がそういう目に遭っても対処できるように教えてくれたんだけど、この対処法を発見したのはこっちの世界のヒーラーたちだそうだ。何とか救いたい一心で色々やってるうちに裏技的に偶然発見できたんだって」


「お兄さん、私、怪物の赤ちゃん産まなくてもいいんですね?」

「ああ、不安になるのを分かってて敢えて言ったのは、城崎さんも身の危険を感じててすぐにでもレベル上げを開始したいだろうと思ったからなんだ」


「そうね、今すぐにでもレベルを上げて自分を守れるようにしたいわ」


「だよね。だけど美加ちゃんの不安の方が上だろうから、先に未来ちゃんを最優先でレベルアップさせて【クリーン】を取ってきてもらおうと思っている。【クリーン】魔法は聖属性なので未来ちゃんが習得した方が効果が高いだろうしね。未来ちゃんもそれでいいか?」


「はい、私はそれで構いません」


 未来ちゃんはちらっと城崎さんの方を見ている、城崎さんの早くレベルを上げたいという気持ちも分かるからだろう。


「私も我慢して待てるわよ。実害のありそうな美加ちゃんを優先しましょ」

「我が儘言わないで冷静に判断できる人は好きだ。皆も早くレベル上げをして安全圏までに成りたいだろうけど、もう少し我慢してね」


「菜奈ちゃんのお兄さん、私の為に色々ありがとうです」


 この美加ちゃんも大したものだ。オークに犯され死にそうになったのに必死で気丈に振るまっている。

 これ以上皆に迷惑を掛けたくないという思いが伝わってくる。この子のことはできるだけ気遣ってあげたい。



「少し時間が取れそうなので、最初の質問に答えるね。俺がなぜオークの襲撃前に皆より早く知っていたか、女神との関係性やロープのことも気になってるだろう? 時系列順に答えるね。聞きたいでしょ?」


 皆やはり気になっているのか、全員が頷いている。


「この学園は地震が起きた時に勇者である柳生先輩を中心にすっぽりまるごと転移されてしまったんだけど、俺はその時校舎の裏山で大きな木の枝の上から海に沈む夕陽を見ていたんだ」


「うふふ、白石君随分ロマンチストなのね」


 城崎さんにロマンチストとか言われているが、事実はそんないいモノじゃない。

 例のロープを【インベントリ】から取出し、話を進めた。


「地震がなければ数十秒後に、このロープを首に嵌めて木から飛び降りるつもりだった。オークを殺した時にこのロープを所持していた理由でもある」


 首をロープの輪っかに通し、キュッと閉めて舌を出した。おちゃらけたのだが全く受けない。皆が硬直してしまっている。


 自殺の告白だ、ドン引きされても仕方がないか。


「兄様どうして! どうしてそんなことを!」

「どうしてって分かるだろう? これまでの話で……」


「でも! でも……グスン」


 あー、また泣かせてしまった。佐竹の奴、絶対許さないからな!


「まぁ、最後まで聞け。枝にロープを結わい、後は首に輪っかを通して飛び降りるだけって時に地震が起きたんだ。凄い揺れで俺は枝から落ちたんだけど、首じゃなくて腕に輪っかが嵌っててそのまま枝にぶら下がってしまったんだ。地震が治まったあとロープを伝って枝に登ったんだけど、上から誰かが降りてくるのが見えた。自殺現場なんかバレたら止められるだけじゃなくて大騒ぎになると思ってね。最悪また教師に学校ぐるみで揉み消された挙句どこかに転校、最悪幽閉、監禁されたらヤバいと思って枝の上で息を潜めてたんだ……」


 ロープが腕にはまったおかげで、高い枝の上から落ちたのに、手に擦り傷を負っただけで済んでいるのだ。


「やって来たのは、白石君が最初に見せてくれたオークだったと――」


「そのとおり。で、木の上で潜んでた俺と目が合っちゃって、槍で攻撃してきたからロープを投げ輪のようにオークの首に引っ掛けて反対側に飛び降りて首を吊ってやろうとしたんだよ。重くて持ち上がらなかったけど、爪先立ちの状態にできたので取り上げた槍で攻撃してどうにか撃退できたんだ」


 自殺未遂というちょっと重い告白だが、真剣に聞いてくれている。


「その時にレベルアップの初回だけ行ける神の部屋で女神様に会ったんだよ。転移された学園で最初にレベルアップしたのがたまたまオークの一番近くにいた俺だったってだけなんだけど、最初ってことで女神に会えたのは俺としては幸運だったね。その時女神様にボロボロだった俺の心が救われたんだ。だから、大ミスしてこの世界に皆を転移させちゃった女神だけど感謝の気持ちもあって女神様って呼びたいんだ。虐待の事、妹の事、家族の事……これまで誰にも相談できなかったこと、相談しても相手にされなかったことを彼女は静かに聞いてくれて理解してくれた。それでも尚自殺は絶対ダメだと言い、自分で死ぬくらいなら弱肉強食のこの世界で戦って死ねと言い放ったんだ。『えーっ、コイツ自分のミスのくせに』とか思ったんだけど、妙に心に響いてね……」


「でも兄様が自殺なんておかしいです? どうしてですか?」


「フル勃起を同学年のみんなに見られた恥ずかしさもあったけど、一番の理由は4日前にお前を佐竹に見られたことだ。お前、高等部の廊下に来てて俺と会っただろ。その時俺の横に居た奴が佐竹だよ。その時の佐竹の新しい獲物を見つけた嗜虐性たっぷりの笑顔が頭に今もこびりついている。あの横顔を見た瞬間俺は理解したんだ、数日前の井口さんの再現を今度はお前でやるってな」


 皆も理解したんだろう、悲痛な顔をしている。


「今度は俺の前でお前を犯すだろうと思った俺は、あいつを殺す決意をした。でも朔磨さんや良子さんのことがどうしても頭をよぎってな。結局俺が選んだのは学園中を巻き込んだ自殺だったんだ。全裸引回し事件が結構俺の精神を削ってたんだな……死にたくなるほど恥ずかしかったからな。俺が死んでも朔磨さんたちに迷惑は掛かっただろうけど殺人者よりは良いだろうと考えちゃったんだ。俺が殺人なんかやったら、うちのクソみたいな親族が、俺を引き取ってくれた朔磨さんにどういう育て方したんだとか言って詰め寄りそうだからね」


「でも、そんなの兄様らしくありません!」


「確かに俺らしくはないな。でも、仕返しは完璧にしてあったんだぞ。この学園の教師と校長、教頭。全部会話も隠し撮りの動画も雑誌数社、テレビ局数社、教育委員会、PTA総会、朔磨さんの会社のPC、俺の財産管理をやってくれてる専属弁護人の恭子さんのPCに遺書とともにメールを送ってある。井口さんには悪いが例の時の動画も無修正で最初から廊下引き回しまでの一部始終を送ってある。社会的に抹殺するために徹底的に関係者のことは全部送りつけてやった。タバコでの火傷や、ろっ骨にヒビが入ってるんだ、傷害で事件にできる。少年院行きは確実だろう。幾らなんでもここまですれば、揉み消そうとした学校側も校長以下全て処分されるはずだ」


「兄様……仕返しはできるかもですが、死んだ時点で兄様の惨敗です。未成年の虐待なんかすぐに少年院からも出てきちゃいますよ? まして相手は権力者の子供なのでしょ? どんな手段で出てくるか分かりません。1年程で学園復帰とかして私の同級生とかになったら私はどうなります? それに兄様は私の気持ちを全く理解してないようですね……兄様に死なれた私はどうやって生きていけば良いのか分かりません。後追い自殺するかもですよ? 良いのですか?」


「幾らなんでも後追いはないだろう? ないよな?」


 ちょっと不安な俺は二度聞いてしまった。うちの妹はありそうで怖いのだ。

 ジトーとした目で俺を睨んでる。


「兄様、私の為とか変な勘違いはもうしないでください。私の為を思うなら何が何でも生き足掻いてください。死ぬの最悪です……この世界ではもう兄様しかいません。お父さんもお母さんも居ないのです。私より先に死んだら私も後を追いますね。それだけは頭に止めておいて下さい」


 なんてこと言うんだ。俺が死んだら死ぬとかマジ止めてほしい。

 俺を脅してきている。俺の嫌がる事をしっかり把握して言ってきているのだ。





 外からは絶えず悲鳴が上がっている。この場の空気もかなり重くなってしまった。


 この世界に転移してまだ2時間ぐらいしか経ってないのに凄く疲れた。


 さて、俺の最大の告白は済んだ。

 皆が付いて来てくれるかは分からないが、菜奈さえ連れ出せれば俺は良いと思っている。


 薄情かもしれないが、あくまで他はついでだ。


 次の手をどうしようか菜奈から睨まれながら思案するのだった。

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