1-1-5 続説明回?龍馬の事情?

 10畳ほどの空間に15人が入っている。

 鍵付きで、分厚い鉄の防火扉なのでここを選んだのだが、やはり少し狭い。


 それに俺以外は全て女子なので、コロンでも付けているのか、なんか良い匂いがして少し緊張する。


「なんか説明する間もなくオークたちの蹂躙が始まっちゃったけど、すぐに聞きたい質問はあるかな?」

「白石君、ここが異世界なのはもう分かったわ。外の悲鳴はそういうことなのでしょう。とりあえず2つ答えてほしいことがあるけどいい?」


「ああ、答えられることは答えるけど、俺の不利になるようなことは拒否させてもらうよ」


「ええ、分かったわ。じゃあ1つ目、私の気付いているだけでも2つ白石君はおかしな能力を使っているわよね? 物をやたらと消すというよりおそらく収納してたよね? MMOでいうところの『かばん』や『アイテムポーチ』『亜空間倉庫』『収納袋』『魔法袋』いろいろ言われ方はまだ沢山あるけど、そのような物を持っているの? それと探索系の魔法かそういう効果のあるアイテム? を使ったわよね?」


「こりゃ驚いた……それに答える前に俺から皆に質問。さっき城崎さんが言ったことを2つとも気付いた人はいるかい? 手を挙げてほしい。今後の作戦に係わることだから正直に頼む」


 最初にMMO組の方に分かれた組は全員挙手している。詳しくは分からないが、おかしな力を使っていると感じた者が3人。【インベントリ】の収納は見たまんま目の前の物が消えたんだから皆変だとは思うだろう。


「皆の理解力は分かった。じゃあ、答え合わせだ。城崎さんの言ったことで正解だけど時間が惜しいから詳細は省くね。城崎さんや皆が次に聞きたいことも大体同じことだろうと思うから、やはり最初から順を追って説明するね。どうやって皆より先にこの情報を得たか、どうやってスキルを手に入れたか、どうやって見せたあのオークを倒したかでしょ?」


「そうです兄様、スキルがあるのですね? 魔法があるのですね?」

「菜奈、そうだがお前が今思ってるよりこの世界は甘くないぞ……」


「白石君、説明を続けて」


 真剣な目をして城崎さんが先を急かしてくる。


「厳しい現実を先に伝えるね。ここは次元の違う異世界、そしてもう俺たちは元の世界の地球には二度と帰れない。この弱肉強食の厳しい世界で生き延びるか死ぬかだ。外の悲鳴聞こえているよね? ここにオークが2匹以上でやってきたら俺たちも死ぬことになる……」


「「帰れないって、嘘でしょ?」」

「皆、声を押さえて。オークが来るよ」


 もう帰れないと言ってしまったのは失敗だったかもしれないが、早いか遅いかの違いだ。

 口々に独り言や周りの人と何かささやいている。


「動揺は分かるが、生き残れるように思考を切り替えてほしい。中1の娘に、この現実は厳しいと思うけど、まずは今日を生き残ることだけを考えよう」


 少しだが動揺が収まったようなので説明を再開する。


「生き残る術はちゃんと用意されているからそれを実行するしかないんだけど、実は最初の条件がかなり厳しい。俺は今こっちの世界でいう種族レベルが1、皆はレベル0の状態なんだけど、最初の条件がレベル1になって地球の体から異世界の体に進化というより変態させることが生き残る最低条件になっている。これを見てほしい」



 皆真剣に聞いてくれている。今後自分が生き残れるかどうかの有力な情報だ。

 外からは壮絶な悲鳴が聞こえてくるのだ、真剣にならない方がおかしい。


 【クリスタルプレート】を出して見せる。目の前に浮遊固定されたクリスタルの板に皆、興味津々で視線は釘付けだ。


「この世界には魔素というものがあって、それを使用することによって魔法が使えるらしいのだけど、地球にはその魔素がなく、地球人がその魔素を取り込み続けると、耐性がない地球人の体では最長でも10日程で死ぬらしい。なので生き残るためには10日以内にレベル1になって、今の肉体をこの世界の仕様に変態しないといけない。で、レベルを上げる条件なんだけど……城崎さん、MMOやラノベ小説ではレベル上げの条件はどんなのがある?」


「そうね、クエストとかモンスターを倒して経験値を稼ぐと普通レベルが上がるわね」

「そうだね。でもゲームじゃないからクエストとかでの経験値は流石にないみたいだけど、こっちの世界で魔獣といわれるモンスターを倒すことで経験値的なものが得られ、レベルを上げられる。上げられるんだけどね……」


「オーク1体の強さが武器持ちの男性3人並の強さなのね。そんな強いオークを白石君はどうやって倒したの?」


「兄様は強いですからね。中学の時はよく喧嘩してきてお父さんに叱られてました。『世良中の蛇龍』ってふたつ名まで付けられて友達いませんでしたからね」


「やめろ菜奈、余計なことは言うな。それに喧嘩がちょっと強い程度でオークに勝てる訳がないだろ」

「それで、白石君はどうやってオークを倒したの? レベルを上げる条件をもっと詳しく知りたいわ」


「レベルアップはオークを1体倒せば上がる。ゴブリンなら大体3体分の経験値がいるらしい。個体によって貰える経験値が少し違うようだけど、それは相手の所持してる経験値や強さやレベル等が反映されるからだそうだ。で、俺がどうやって倒したかなんだけど。このロープをオークの首にギュッて巻いて木から吊るしてから奴が持ってた槍を奪って胸をジュシュッて刺して殺したんだ。偶然が重なったラッキーってとこだな」


 俺は【インベントリ】から例の輪っか付き自殺用ロープを取り出して説明をしたのだが、自殺の部分をはぐらかすためにおかしな表現を敢えてした。誤魔化せればいいのだが……。


「兄様? 倒したって時の説明が下手で今一理解ができなかったのですが……」

「そうね。私も説明不足で分からなかったわ……そもそもそのロープはどこで手に入れたの? オークがやってくるのを先に知っていて準備をして倒したの? もっと詳しくその時の状況を説明してくれないと理解できないわ」


 全く誤魔化せなかった……詳しく説明するには、どうして人気のない裏山に居たとか、ロープやナイフの話になってしまう。そうなると俺が自殺しようとしたことが菜奈にバレてしまう。


 もう死ぬ気もないし、今更心配は掛けたくない。どう説明したら良いのか分からない。


『……マスター、数名の者が疑心暗鬼になりかかってます。差し出がましいかもしれないですが、同じ仲間としてパーティーを組む予定なのなら少しの疑いでもマスターに抱かせてはなりません。マスターはこのパーティーのリーダーにならなければならないのです。マスターの言いたくない全てを話して、それでも受け入れて付いてくる者だけを初期の段階で選定した方が良いと思うのですが?』


 ふいにAIアシスト的に俺が作った人工知能さんからアドバイスが入った。


『俺の何を疑うっていうんだ? 疑われるようなことはしてないだろう?」

『……この理不尽な出来事の張本人と思っている者、ちょっとしたマスターの言葉のはぐらかしを見抜いてなにか重大なことを隠しているのではないかと疑っている者、一方的にこの世界に転移させた理不尽な女神の手先と疑う者……』


『何だよそれ! 言いがかりじゃないか!』

『……相手はまだまだ子供なんですよ? 女神様って『様』を付けてるだけで疑われてもおかしくないと思うのですが? 普通なら事件を起こした理不尽な者に対して『様』は付けないでしょう?』


「白石君? どうしたの急に呆けて……大丈夫?」


『全部説明って虐めや虐待の件もか?』

『……はい、白石家の家庭事情もマスターに関する全てです。私や例のスキルにつては除外しますが』


『ふぅ、そこまで自分のことを話す必要性は感じないのだけど、お前が言うなら必要なことなんだな? 分かったよ……』


 神のシステムの一部の恩恵を得ている人工知能のアドバイスだ。素直に聞いておいた方が良いだろう。


『……絶対という訳ではありませんが、後から話すと言い訳がましく思われたりしますし、先にすべて話しておいた方が例の彼らたちが生き残り、マスターと揉めることになったとしても味方になってくれるかと……』


 先を見越したアドバイスか……なるほどね。


「城崎さんは、俺が虐めというか虐待を受けていたのは知っているね? 10日程前に最悪なところを見られたしね。正直思い出すだけで死にたくなるよ……」


「兄様? 虐待ってなんのことですか? 兄様? 何、黙っているのです……城崎先輩どういうことですか?」


「白石先輩……私、お昼休みに高等部の教員棟に用があって、向かっている途中でその10日前のやつ偶然見ちゃいました。白石先輩のお兄さんってことはさっきまで知らなかったけど、お兄さんはその時、全裸にされてストレッチャーに縛られて、その……お、オチンチンを勃たせてて……人が一杯いる廊下を3人ぐらいの男の人が笑いながら押して走っていました」


「ん、大勢に見られて勃起する変態」 


 誰かが小声でぼそっとつぶやいた。


「今ぼそっとつぶやいた奴、聞こえたからな! 違うんだからな! あれには事情があるんだ! 見られて勃起させてたんじゃないからな! クソッ、なんて屈辱的なんだ!」


「白石君、声が大きい! オークが来ちゃうでしょ!」

「兄様、ちゃんと説明してください」


 あ、菜奈が泣いてる……あの野郎! 絶対殺してやる!

 もしオークの襲撃から生き残ってたら俺がこの手で殺してやる。


「分かったよ……全部順番に話す。まずはこれを見てくれ」


 俺は上着を脱いで上半身裸になった。

 11月の半ばを過ぎているので肌寒いが見せた方が早いだろう。


 非常灯だけでは薄暗いので蛍光管型の懐中電灯を出す。 


 俺の体には至る所に紫色に変色した痣があった。新しい物からすでに治りかけて黄色くなってる物まで、数えるのも躊躇うほどの数の痣がある。それから煙草を押し付けられて火傷を負った痕が数十カ所、勿論タバコは校則違反だが奴らには関係ない。


 俺の体の痣を見た女の子たちは、皆、同情するような目を向けてくれている。


「どうして兄様が……なんて惨い傷なのです! 誰がこんな酷いことを! 何故もっと早く言ってくれないのですか! 先生は知っているのですか!?」


 菜奈は泣きじゃくりながらも、強い怒りを見せていた。


「担任にも副担任にも校長、教頭、保険医、進路指導の先生、体育教師、相談した全員の教師がはぐらかして逃げたよ。俺の話はなかったことにされている。唯一保険医の先生だけは少しだけ味方をしてくれていたが、上からの圧力で何もできないと言っていたよ。寒いから服着るね……菜奈もう泣くな。今更だ。あいつが生き残ってたらこの手で仕返しはするつもりだ」


 停電で空調が切れているし、廊下の窓も開けているせいもあって少し寒い。見たら若干震えてる女の子もいる……さっきまで空調が効いてたので薄着の者もいるのだ。俺はインベントリから、災害用に保管していた所から持って来ていた毛布を2枚ずつ皆に出してあげた。


「ごめんね気付けなくて。空調切れて寒かったでしょ。これを羽織ってれば少しはマシになるかな?」

「白石先輩のお兄ちゃん、ありがとうございます。凄く寒かったので嬉しいです」


「話を戻すね。この虐めと言うより、生死に係わるような虐待になったのは10月の10日からだ。噂を聞いて知っている人もいるかもだけどその経緯を話すね」


「はい、包み隠さずちゃんと話してください……」


 菜奈のやつ、顔色悪いけど大丈夫かな……ちょっと心配だ。


「事の始まりは、クラスで一番可愛い女の子に佐竹がちょっかいを出していたのが酷くなった夏休み明けまで遡る。入学当初から結構しつこく声を掛けて口説いていたけど、まだ夏休み前までは常識の範囲内だった。夏休み明けに佐竹がおかしくなったんだけど、一応理由がある」


 理由があると聞いて、皆、早く聞きたそうな表情を俺に向けてくる。


「俺は5月の終わりには夏服を着ていたのだけど、彼女は夏休み前まで合服を着て腕だけ撒くって来てたんだ。夏休み明けに彼女は夏服を着てきたのだけど、そのなんというか……凄かった」


「もっと分かり易く言ってくれないかしら?」


 言いにくい事案なので言葉を濁していたのに、城崎さんにもっと分かりやすくと突っ込まれてしまった。


「その……彼女は胸がコンプレックスのようなのだけど、男から見たら凄い魅力的だったって話しなんだ。身長162cm、体重47kg、B87・W59・H85とかどこのグラビアアイドルかって話題だったんだけど、佐竹がその頃から彼女に接する態度がしつこくなってね」


「白石君、どうしてそんな目で私を見るのかな……」

「いや……ごめん。城崎さんはそれ以上に凄そうだなって……あっ……ホントごめん」


「兄様、エッチです! 菜奈のことは全然見向きもしないくせに! それにどうしてそんな詳細な数値を兄様が知っていて、それを空で言えるくらい覚えているのですか⁉」


「数値は身体検査の後に女子から流された情報だ。それにお前はどっちが前かわかんないくらいじゃないか……あっと口が滑った。冗談だ……」


「もう遅いです。菜奈は傷つきました。悪いと思うなら虐待のことをちゃんと説明してください」


「話がそれたな。その彼女、井口直美さんっていうんだけど、9月半ば頃にとうとう酷いセクハラになっちゃってね。髪とか胸を触られて泣いちゃったんだ」


「あー成程。で、兄様はいつもみたいにそいつをぼこぼこにしちゃったんですね?」

「まーそうなんだけどね。見かねて佐竹に注意したんだけど、胸倉掴んで殴りかかってきたから動けなくなるまで腹を殴っておとなしくさせたんだ。だけど意外なことに、昼休みにクラスの取り巻きを2人連れてまた殴りかかってきたんだ」


「珍しいですね? 兄様は普段は温厚で優しいですけど、やるからには二度と逆らわないぐらいまで徹底的にするので有名でしたのに?」


「お前が俺の後を追って中等部に転入なんかするからだよ。俺一人だったら何を言われても平気だけど、この学園はエスカレーター式に高等部に入るだろ。中学の時みたいにお前に迷惑が掛かるんじゃないかって思ったら、手加減してしまってた」


 中学の頃、菜奈は俺の妹だってことで何度か不良たちに絡まれたことがあったのだ。勿論俺は不良とかではないよ!


「成程……でも、その2人もまとめて返り討ちにしたのでしょ?」

「ああ、そうなんだけど。今度は寮で上級生5人引き連れて8人がかりで襲ってきたんだ」


「兄様はそれも倒しちゃったんですか?」

「いやいや、無理だろ。素人3人相手でもこっちも何発も貰うのに、8人は無理だって。最初に手加減しないで中学の頃のように、後で夢に見る程追い込んどけば良かったのだろうけど今更だな……」


 女子ばかりなので、こういう暴力的な話は皆聞いてて良い気はしないようだ。

 さっさと話し終えよう。


「その次の日、まずいと思った俺は井口さんを連れて担任に相談に行ったんだ。セクハラされたり胸を触られたりするって伝えて、その時は佐竹も担任に呼ばれて3日ほど静かにしてた。だが4日目にまた井口さんにちょっかいを出し始めて、先生に言うぞって言ったら、言ってみろよってニヤニヤ意味ありげに笑ってたのを覚えてる」



 俺の話を皆、真剣に聞いてくれている。菜奈も泣き止んだようだが、まだ怒り心頭のようだ。


 実は俺の全裸勃起事件の詳細は、井口さんのプライバシーに係わる案件なのだ。だけど、詳細を話せと菜奈にも睨まれてるし、井口さんに義理立てする気も今はもうない。


 あの時の彼女の気持ちも分かるし、その時の俺の非力さも悔やまれるが、もう事は起こった後なのだ。


 全部話そう。


 俺は菜奈さえ守れたら良い。他の者はついでだ……もう決意は固まっている。

 優先順位は決まっているのだ。決意を再確認し、菜奈に詳細を話すのだった。

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