1-1-2 妾幼女は女神様?駄女神?

 あれから1時間……俺はあの幼女の胸で子供のように泣きじゃくっている。

 どうしてこうなっているのか……うまく誘導されたとしかいいようがない。


 経緯は大体こんな感じだ。


「其方、名はなんと申すのじゃ? フム、白石龍馬、本名は小鳥遊龍馬か……良い名じゃな」


「答える前に頭の中を覗かないでよ。また見せるよ!」

「女神になんてモノ見せるのじゃ! 分かったからそう怒るでない。歳はいくつじゃ?」


「もうすぐ16になる。あなたはやっぱり女神様なの?」

「そうじゃぞ。この世界の主神で水を司る女神のフィリアじゃ」



 そうなのだ。それとなく質問を繰り返し、俺の考えたことを読んで、俺の事情を丸裸にしてしまったのだ。

 虐待の事、妹の事、家族の事……これまで誰にも相談できなかったことや、相談しても相手にされなかったことを彼女は静かに質問を繰り返し聞いてくれる。


 気付けば俺の方から全部喋っていた。これまで溜め込んでいた鬱憤を全部吐き出すように。

 そして全てを聞き終えた彼女は『辛かったな』と言って、俺の側にトコトコ来たかと思ったら、そっと優しく抱きしめてくれたのだ。


 で、今現在――彼女の腕に抱かれて、子供のように思わず泣きじゃくってしまっているというわけだ。


 俺は泣いたことで少し落ち着いてきた。


 最初に考えたのが『この子、見た目の割にはちゃんとちっぱいがあるんだな』だったのがまずかった。


 頭を拳骨で叩かれた。


「其方、妾の優しさをないがしろにしてなんてエッチなのじゃ」

「ごめんったら、思春期の男の子なんだから大目に見てよ。それにいくら可愛くても10歳児に欲情とかはしてないでしょ」


「クッ! 10歳児じゃと! まぁ、よかろう……だいぶ落ち着いたようじゃな?」

「うん。じゃあ、説明してくれる? 俺のことは全部話しちゃったしね」


 フィリアと名乗った女神様は聞くとちゃんと説明してくれた。


「結局俺たちはどうなるの?」

「弱肉強食の世界じゃ。頑張って生き残れるように努力するしかないの」


「フィリア様の話だと、間違いなく殆どの者が死んじゃうよね?」

「そうじゃな。申し訳ないと思っておるが、せいぜい1割生き残れたら良い方だと思っておる」



 今現在、俺の思考は加速中だとのこと――俺がこの亜空間にいる間、外の世界では皆止まったようにゆっくりとした時間が流れているそうだ。

 つまり、ここを出る時には元いた時間と差異が無いぐらいに戻れるようだ。流石は異世界、正直よく分からん。


「レベルアップしてこの部屋に来れた者には神の祝福が貰えるんだね」

「そうじゃ。ここに来るというのが唯一の条件じゃ。来さえすれば誰にでも加護や祝福を与える。妾がしてやれる唯一の救済処置じゃ」


「誰にでもか……」

「そうじゃな。今、其方の考えているとおりじゃ。それもこれも妾のミスのせいじゃ」


 どうやらここに来た者には、神様から加護や祝福が貰えるらしい。

 ここに来る条件はレベルアップ。具体的にいうとオークなら1体、ゴブリンなら3体倒し、殺した際に得られる経験値となるものが必要だそうだ。


 救済処置として、レベルアップの初回時にだけこの神のシステム部屋に来て異世界仕様の体に造り変えてもらえるようだ。

 地球とここでは少し肉体構造が違うらしく、変態しないことには10日ほどで死んでしまうようなのだ。


 そしてこのシステムは本来『勇者』に与える為のものだそうで、俺たちは女神のミスで勇者召喚に巻き込まれてしまったらしい。


 誰にでも加護や祝福が付く――これは恐ろしいことだ。

 もしあいつに強力なスキルが付いたとしたら……考えるだけでも恐ろしい。


「本来勇者に授けようとしていたのは、望んだオリジナルの恩恵を神に創って頂く予定じゃったのだが、さてどうしたものかのう」


「神ってのはフィリア様のことじゃないのか?」

「妾が言っておる神とはこの世界をお創りになられた創造神ガイアス様のことじゃ。他にも沢山の世界をお創りになられておいでで、この世界には『ユグドラシル』という監視システムを授けてくださっている。妾はそのシステムを管理しておる。今回の勇者召喚の儀も、システムからの神託じゃったのじゃが、とんでもないミスをやってしまったからのう。妾は今回で3回目のミスじゃ。今回の大失態は許してはくれぬじゃろうから、これが妾の最後の仕事になるじゃろうな」


「女神にも罰があるのか……フィリア様はどうなるんだ?」

「どうなるじゃろうの? 妾にも分からぬ。前回は人族に与えてはならない武器を与えてしまって世界のバランスを崩してしまい罰を受けた。この世界への降格人事じゃったがの。その前は14歳の頃じゃったのだが、上位の神にちょっとしたいたずらをして成長を止められてしもうた。いつまでも子供のような悪戯をするのなら、しばらくその子供のような姿のままでいろということらしい」


「えっ? じゃあ、見た目と実年齢は違うんだ?」

「ふむ、見た目は14歳のままじゃからのう」


 いやいや、見た目は10歳だって!


「声に出して言わなくても妾には分かるのじゃぞ! なんて無礼な奴なのじゃ!」


「うっ、だから人の思考を読まないでって言ってるじゃん! なるほど……こっちを見て思考を読むんだね?」

「むっ、バレてしもうた。なかなか其方、目ざといの」


 思考をこれ以上読まれないようにフィリア様を膝の上に抱っこして、こっちを見れないように正面を向かせた。

 これで考えは読まれないだろう。


 この子、凄く良い匂いがする……。


「妾を抱っこしてエッチなことを思うでないぞ!」


「10歳の子供に欲情なんてしないから」

「10歳ではない、14歳じゃ! それに実年齢は1847歳じゃ」


「ロリババァかよ!」

「なんて無礼な奴なのじゃ! 龍馬よ、今のは言ってはならんことじゃ! 妾はちょっと傷ついたぞ!」


「ごめん悪かったよ。それで、この後俺はどうなるんだ? 祝福くれて、さっきの場に放逐?」

「そうじゃな、おそらく妾は女神の資格を失って消滅させられるじゃろう。本来勇者にのみ与えるはずの恩恵を其方にも特別に授けよう。妾は其方が気に入った。妾の最後の望みぐらい創主様も見逃してくれるじゃろう。どんなものが欲しい? 武器か防具か? スキルか? 創主様のシステムの許す範囲なら望みのものを授けるぞ」


「え! 良いの?」

「妾は龍馬のことが気に入ったからのう……どうせ消えゆく妾じゃ。幸の薄い可哀想な其方に、神力を振り絞って授けてやるぞ。其方に死んでほしくはないからのう」


「めっちゃ同情かよ、でも、フィリア様が消滅とか嫌だな……」

「消滅刑とは限らないが、妾のミスで千人規模の死が起こってしまうのじゃ。其方の世界にも迷惑がかかるしの、当然重罪じゃ」


「できるだけ罪が軽くなるよう祈ってるよ」

「うむ、ありがとう。其方は優しいのう。さぁ、どんなモノが欲しい?」


「うーん、まずその最初に貰えるスキル2つってどんなのがあるか見たい。それから考えるよ」


「口頭より其方らはこっちの方が良いじゃろうと、システムが【クリスタルプレート】なるものを用意しておる。それを観覧すると分かるじゃろうて。項目ごとに分けられておるし目視の方がよかろう?」


 俺の手元の空中に、A4サイズのタブレットPCが現れた。

 クリスタルの石版だが、タッチパネルで、どうみてもコレ、俺達の世界の仕様だよな。

 ゲームのステータス画面のようなものが表示されていて、いろいろこの【クリスタルプレート】でできるようになっているようだ。まぁ、訳分からない物よりは慣れ親しんだ感じで良いな。


「そうだね。俺たちの世界の人間なら凄く分かりやすいかも。パソコンは授業で必修だから全員使えるし、タブレット仕様ならスマホ感覚で扱えるのも良いね。へぇ~、一杯あるんだな。この中から2つか……」


「今後魔獣を倒せて、ここに訪れる者たちは、勇者以外はそのシステムが相手をして説明するじゃろう」

「フィリア様は来る人みんなに謝罪して回るんじゃないのか?」


「そのつもりじゃったが、ユグドラシルに止められてしもうた。謝ったからといって今更どうにもならないし、人によっては暴力を振るわれるだけだそうじゃ。皆が其方のように冷静に聞いてくれないと判断したようじゃな。妾はどんなに殴られても良いのじゃが、神のシステムの命令には逆らえんのじゃ……創主様の言と同位じゃからな」


「俺もフィリア様が殴られるのは嫌だからその方が良いよ。どんなのがあるか暫く見ていて良いかな?」

「スキルの獲得は生涯に係わる事柄じゃ、ゆっくり選ぶとよい。既存スキルを無償で選べるのは2つだけじゃが、レベルアップ時のポイントが3ポイント付いておる。それを使って新たに3つ獲得しても良いし、獲得したスキルの熟練度のレベルを上げても良い」


 格闘術・魔術・召喚術・精霊術・錬金術……一杯あるな。

 格闘術をクリックしたら、更に剣術・拳術・槍術・弓術……と細分化されていた。


 フィリア様の説明だと、最初に貰えるのはサービスでスキルを2つ。魔獣を倒してレベルアップした時に得られるAP(アビリティポイント)を消費してスキル獲得もできるとのこと。


 格闘術の中からレベル1の剣術を獲得するのに1ポイント消費するってことだな。獲得したレベル1の剣術の熟練度をレベル2にするのに2ポイントいるのか……レベル3にするには3ポイントもいるみたいだ。


 う~ん、悩むな。いろいろ覚えるなら、今回最大で5つ習得できることになる。

 初回特典で2つ貰える分と、レベルアップ時に入ったAP3ポイントを使って、消費APポイント1のスキルを3つ得られるというわけだ。


 だが、いろんなMMOをやってオタク気味な俺は知っている。いろいろ分散して獲得しても器用貧乏になって弱いのだ。特に初期の頃は一極で技を極めた奴が強い。


 AP3ポイント使うとして、【剣術】レベル1・【火魔法】レベル1・【回復】レベル1を取った者より、【剣術】Lv1を取ってAP1P消費し、【剣術】Lv1→Lv2に上げるのにAP2ポイント使って、【剣術】レベル2にした奴の方が同じ3ポイント消費したとしても強いのだ。


 魔法は呪文の発動に時間がいる……回復魔法もそうだ。

 スキル詠唱中の間に剣術で滅多切りにされればお終いだからね。



 暫くと言ったが、すでに20時間ほど経っている。フィリア様はその間せかすことも嫌な顔もせず黙って待っていてくれた。時々俺がする質問にも丁寧に答えてくれ、こちらの世界のことやスキルのことも大体把握した。


 よし決めた。3パターンの考えがあるが、1番最初のはダメもとでの案だ。


「フィリアさま決めました。3パターンあるのですが勇者と俺だけが貰えるオリジナルの恩恵次第で変わってきます」


「随分考え込んでおったようじゃが、欲しいものが決まったのかの?」

「はい、ダメもとですがどこまでが恩恵の許容範囲か分からないので、俺の思考を読んでもらえますか?」


「フム……はぁ!? そんなものダメに決まっておるではないか! 其方むちゃくちゃじゃの!」

「やはりダメですか……まぁ流石に俺もダメもとで言ってみただけですので」


「流石にそれはズルいじゃろう。システムが許すはずがなかろう。エッ!? いいの? ウソじゃろ?」


「フィリア様、どうしました?」

「其方の願い、『ユグドラシル』が許可しよった! 妾の神力を使って授けるなら許可するそうじゃ」


「マジですか! これかなりのチートになりますよ? 自分で望んでおいて今更ですが、良いのですか?」

「ふむ、ユグドラシルが許可したのなら創主様が許可したのと同じなのじゃ。妾の神力が空になったら勇者にまわす分が無くなるのう。え? 足らない場合はユグドラシルが神力を補填してくれるじゃと?」


 なんかシステムとやり取りしているようだが、もしこのオリジナル魔法が貰えるならかなりチートっぽいことが可能だ。


「龍馬よ、話はついた。其方に妾から希望のオリジナル魔法を神力を賭して授けよう。強力な恩恵故、妾の力もこれでほとんど使い果たすじゃろうが、どうせ先のない身。其方は有効に使って生き延びるのじゃぞ。それと残りの既存スキル2つと、AP3ポイントはどう使う?」


「なんかフィリア様の命を削ってこのスキルを貰うみたいで嫌だな……」

「其方はこれから厳しい世界を生き延びねばならぬのじゃ。妹を守りたいのじゃろ? これから甘い事は許されない世界に生きるのじゃ。授けたスキルを駆使して死ぬでないぞ」


「はい、ありがとうフィリア様。救済処置として皆が貰える2つの既存スキルですが、1つは格闘術の中の【剣術】を、もう1つは【身体強化】をお願いします。AP3ポイントはオリジナルを貰ってから決めます」


「【身体強化】は強力な支援系パッシブじゃが、其方が倒したオークが持っておったのは槍じゃったろう? 初期は【槍術】の方が良くはないか? 5レベル程上げて剣を手に入れてから【剣術】を覚えた方が良くはないか?」


「そうかもしれないですが、無駄なポイントは使いたくないです。魔法を取った方が確実なのですが、あいつが生き残った場合、殺し合いに間違いなくなります。初動で負けると殺されてしまいますので、【身体強化】とオリジナルだけで次のレベルを目指そうと思っています」


「分かった。では先に妾からそのオリジナルを授けるとするかのう」




 無事俺専用オリジナル魔法を受け取って、フィリア様に見送られて現実世界に戻ってきた。



 あの部屋に行くときに見た光のエフェクトは、どうやら初回時だけの演出のようなものみたいだな。

 実際は、オークの死体は消えずにその場に残っていた。



「死ぬでないぞ!」


 彼女の最後の言葉をかみしめるように、目の前で木からぶら下がって死んでいるオークを見つめるのだった。

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