欠片 伊東あさみ

 困ったー。


 まさか、こんなに急にホームレスになるなんてさあ。ほんっとに考えてもみなかったからなあ。いつかは家を出なきゃとは思ってたけど、いくらなんでもタイミング悪すぎ。


 伯父の色狂いも、行き着くとこまで行ってたってことか。最近、なんか目つきが超ヤバいなーとは思ってたんだけど。着替えを覗くだけでなくて、そのまま押し倒そうとするなんてさ。慌てて大声出したら、伯母にキれられちゃった。出てけなんて、フツーはわたしのせりふよね。なんで襲われたわたしが、こんなとばっちり食わなきゃなんないのよ。


 あーあ。いつまでもこのコンビニに居続けるわけにもいかないし。どうしよ。交番に行って相談しようか。でもわたしの話し方じゃ、別のところに連れてかれるかも。それはイヤだなあ。


 え? なに、おばさん? わたしが困ってるみたいだって?


 えっと、何か書くものあります? チラシの裏とボールペン? おっけーです。書き、書き。


『わたしに話しかけないでください。わたし、話すの苦手なんです』


 書くものちょうだいって? ちょっと待って。えっと、書き、書き、と。


『おばさんは普通に話していいです。わたしが話すの苦手なだけですから』


 え? それじゃあ、おばさんが独り言をぶつぶつ言ってるみたいでイヤだって? うーん、それもそうだよね。じゃあ、このまま筆談でいいや。


『事情は?』

『お世話になってた家から追い出されただけです』

『うちに住み込まない? 今、バーテンさん募集中』

『バーテンなんかやったことないです』

『ちょっと練習すればできる。客もあんまり来ないし、仕事は楽』


 うーん、どうしよ。人の好さそうなおばさんよね。小柄で、ちょっとふくよかで、にこにこしてる。長いストレートヘアを器用にアップにしてるけど、目鼻のパーツはみんな小さい。洋風のお多福さんて感じ? 決して美人じゃないけど、雰囲気の柔らかーい人だ。


 だけど、どっかヘン。雰囲気的には間違いなくおばさんだと思うんだけど、化粧でごまかしてるわけでもないのに、年齢がよく分かんないの。ものすごく若くにも、ものすごく年寄りにも見える。不思議な容貌。そして、服装もかなり変わってる。フォーマルじゃないんだけど、黒のロングスカートに、黒のブラウスに、黒のケープ。上から下まで黒ずくめ、だ。


 あうー、そんなのんびり人間観察なんかしてる場合じゃないよう。わたしのバカ!

 今の時点で、すでにどうしようもなくホームレスなんだもの。何か裏があったらイヤだけど、背に腹は換えられない。居場所を作ってくれるなら、とりあえず厚意に甘えることにしよう。その先どうするかは、また後で考えようっと。


『じゃあ、お世話になります。よろしくお願いします』


 おばさんがにっこり笑って、わたしにおいでおいでをした。コンビニを出て、横の路地に入ってすぐに、おばさんの店があった。なんだ、こんなに近くだったのか。


 お店の扉に墨で店の名前が書いてある。


 ふーん。半月、かあ。


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