エピローグ 時空の狭間から異世界へ
想像すら出来なかった世界と異世界を繋ぐ狭間は、漆黒の空間に色々を帯びた美しい場所だった。
上下感覚の無いままただ虚ろうしかなく、浮遊し続けるのは苦しかったので、大量の光源の波に触れてみる。
『ねぇ、今日のご飯は何?』
可愛らしい女の子が母親の手を繋ぎながら問う。
『あたしと付き合ってください!』
見慣れない服装だけど、学園の庭だろうか。生徒が告白する場面だね。
『絶対に殺す。あいつだけは許さねぇ!!』
刀を抜いて、憎しみに染まる中年の男性。何があったのかは気になるけど、もういい。
頭に直接流れてくるのは魂の記憶。そして、ようやく僕は理解した。この煌めく光源の正体は、滅びた世界の生物が生まれ変わる事も出来ずに漂っているのだ、と。
(これも、父さんが『
聖剣アルフィリアから流された過去の記憶。数々の世界が食われて滅びる様は、もっと凄惨で悍ましかった。自分にも同じ力が受け継がれているなんて思えない程に、力の規模が違い過ぎた。
(僕はきっと見た事もない女神様の計らいで、守られてたんだろうな)
何故かわからないけどそう思える。アルフィリアがいない状態で力を暴走させていたら、きっと多くの悲しみを生み出していたと自覚があるからだ。
未熟でもダンジョンを一つ滅ぼせるスキル。ーーそして奪われたという事実。
(父さんに何とかそれだけは防げって言われたけど、これはこれで正解だよね。僕がこの場所で漂い続ければ、
最初は独り言を呟いてたけど、時間が経つにつれてまず口を動かすのがおっくうになった。
あまりにも退屈過ぎて魂の記憶を覗いてちょっとエッチな場面を見たり、自分の知らない世界の知識を得たり勉強したりする事にした。
その中で、見つけたんだ。多分、これが元々僕の生まれた世界だろうと思える記憶。
ーー地球。
答えなんて誰も教えてくれないけれど、感覚でわかる。魔術やステータスなんてない世界。見た事もない高い建物。人々が着ている服装も大分違う。
それからは地球に限定して魂の記憶を探った。
「凄いな。ロボットなんてものがあるんだ……」
めっちゃ乗ってみたい。アニメを1日中全話まるまる見続けている人の記憶を覗くのは面白かった。僕のいた世界はファンタジーと呼ばれるらしく、自分の記憶と照らし合わせるのが更に面白い。
ーーでも、それすら飽きた。
それからは退屈という名の怪物が僕を襲う。次第に身体は動かなくなり、思考は停止した。死ねないというのは地獄だと認識する。
そんな時に思い出したのはザンシロウの存在だった。
あいつがよく『殺せるもんなら殺してくれ』って言ってたのは、こういう事なんだろうね。僕も今、そんな気分だよ。
時間の感覚がなくなっていくと共に、眠る時間が増えていった。
でも、起きても何も変わらなくて、何年も寝たと思ったら数分だったりする事もあるのだろうか。最早それすら分からない。
ーー怖い。
ーー寂しい。
ーー会話がしたい。
ーー誰かに触れたい。
次第に僕はアルフィリアが抱いていた懸念の通りに壊れていった。相棒はきっと一人ではこうなると予想がついてたんだろうな。
『良いさ。また会おう勇者ソウシよ。それまでお前が真面な精神を保てていれば、な?』
デリビヌスの最期の捨て台詞からして、この状況に僕が陥ることが分かってたんだろう。
ーー正解だと思う。
僕は恐怖に怯えて、暴れた。
僕は寂しさに震えて、死のうかと努力した。
僕は会話がしたくて、魂の記憶に何度も語りかけた。
僕は誰かに触れたくて、自分で自分を抱きしめたりした。
それすら全てが無駄だと理解した後は、死体の様に宙を彷徨い続けた。そして、眠る事だけに集中する。
ただひたすらに夢の世界にいたかったからだ。
サーニアの猫耳を触って愛でていたかった。レインと結婚して子供が出来る夢も見た。アルティナ先輩とメルクオネーネと冒険者ギルドでパーティーを組んで、数々のダンジョンを攻略したり。
テレスやレインと結婚したら王様になるから、それは嫌だと城から攫う夢が多かったかな。
ヒナとは何故が家の庭で一緒に畑を耕していたり、お茶を啜る夢が多かった。この夢はお気に入りだ。なんか安心する。
ーー会いたいなぁ。
何千回、何万回考えたかも分からなくて、同じくらい眠り続けた頃、不思議な事に声が聞こえる様になった。
所詮は幻聴だと無視し続けていたんだけどね。
『ーーーーなさい』
無理だよ。僕の身体はもう動かない。寧ろ動きたくない。
『ーー達の人生を無駄にするのですか?』
うるさい。僕は眠りたいんだよ。ほっておいてくれ。
『それは許しません。来なさい、ソウシ。ーー扉は開かれたのだから』
扉なんてない。ここにあるのは無だけだ。そう思いながらも薄っすらと瞼をあけて、僕は硬直した。
「なんだ、これ?」
声を出したのなんていつぶりだろう。狭間の中に生まれた、眼前に広がる切れ目は明らかに出口。戸惑いながらも僕は現状を変えられるならと、身体を動かして這いずる様に飛び込んだ。
この時、脳に強烈な痛みが迸った。
ーーそして、僕は意識を閉じる。
「いらっしゃ〜い! 私が女神様ですよ〜!」
「……??」
「もう少し眠りなさいね。よく頑張りました〜! さすが男の子。偉い偉い〜!」
瞼を開くと、見知らぬ女性に膝枕されてて頭を撫でられる。誰なんだこの人。でも気持ちいい。こうして僕は自称女神様の太腿の柔らかさに頭を埋めながら、もう一度眠りについた。
__________
「よく眠る子ね〜」
『それだけ頑張って事さ。また目を開けるまではそのままにしてやってくれや』
「息子には甘いのね」
『……俺はイザヨイには甘いが、ソウシに対しては男だから放任主義だぞ?』
「それにしては、封印の間の精神の波長が安定してるじゃない。転生させた後のことはレイアに任せるわよ?」
『あぁ、上手くやってくれる事を願ってるさ』
女神は軽い溜息を吐きながらソウシの前髪を上げて、顔をマジマジとみつめた。
「私はこの子の転生のために少しの間封印の間を離れるけれど、大人しくしていられるの?」
『ちっと厳しいな。十柱の奴等が頑張ってくれてるが、俺の意思に反して力が溢れ出してくる』
「なら急がないとね。起きたらお決まりのアレをやりましょう〜!」
『転生者特典ってやつだろ? 父親権限で俺から一つだけ選んでいいか?』
「本人に言わなければいいわよ〜? 貸し一つって事になるけどいいかしら〜?」
『腹黒女神め。まぁいいさ。ソウシに『心眼』のリミットスキルを与えてくれ。こいつは少々騙されやすいからな』
念話で響いた男の頼みに女神は静かに頷き、少年の覚醒の時を待つ。
こうして、ーーソウシの新しい物語は始まった。
泣き虫勇者の英雄譚〜職業村人を望んだ少年の夢は叶わない〜 武士カイト @punimaru
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます