第141話 奪われた力。
勇者と天使は大地に降り立つと、静かに双眸を交わらせつつ静寂の中に佇んでいた。やがて口を開いたのは、ソウシと話がしたくて堪らなかった主神デリビヌスだ。
「俺はずっと、ずっと、ずっとずっと、ずっとこの時を待ち侘びていたのさ。偶然に過ぎないが、初めて別世界でお前の親父を見た時に、俺がどう思ったか分かるかな?」
「知らないよ。僕だってさっき会ったばかりなんだから」
「……恐怖したんだよ。人間でいう尿を漏らすって行為に等しい程に、俺はあの人間に恐怖を抱いたんだ。スキルなんて無い異世界のただの凡庸な男に震えて、恐怖して、神格が崩れかけた」
天使は両頬を下に撫で伸ばし、白目を覗かせる。勇者は姉の肉体を好き勝手にされるのが、我慢ならなかったが必死に堪えていた。
「それと僕に一体何の関係があるのさ」
「大ありさ。だってソウシが生まれた時に思ったんだよ。お前達の血脈が続く限り、この恐怖は続くのか、とね」
「……父さんはお前に何かするつもりなんて無かった筈だ」
「自分でも気付いてるだろ? 『
徐々に微笑を崩し、激昂する姉の表情は醜かった。思わずソウシは目を伏せる。
「だから殺したのか……僕と母さんを!!」
「あぁ。だから殺したのさ!! ソウシの力を俺のモノにする為にな!!」
一方は聖剣を下段に構え、もう一方は死神の鎌を上段に振り上げた。地面を交差する蒼白い覇気と紫紺の神気は金切り音を立てて交差する。
ーーガキィイィィィイィン!!
全ての力を解放したソウシと、全ての力を取り戻したデリビヌスと天使の肉体はほぼ互角だった。ソウシは同時にある疑念を抱く。
「何でお前自身が僕と戦わないんだよ! お姉ちゃんの身体を人質にでも取るつもりか⁉︎」
「神には色々と制約があるのさ。人質という点においては否定しないけどな!」
ソウシが脇腹に左拳を捻り込むと、セリビアは呻き声一つ上げずにカウンターで顎へ膝を跳ね上げた。
「グハァッ!!」
「ガフッ!!」
互いに間合いを取ると一斉に血反吐を吐き、ソウシは乾坤一擲の勝負を挑む。姉の肉体だから手加減するという甘い考えは最早頭に無かった。
「アルフィリア! 『天剣』、『限界突破』発動!!」
『後のことなんて何も気にしなくていい! 今のご主人なら僕の力を全開で出せる!!』
「……ふむ。死神プルートの神気を解放。魔剣カンパノラを取り込め!!」
死神の鎌が明滅すると、地面に放置されたカンパノラが宙に浮かび上がり融合を開始した。形状を変えた先、天使の左腕に握られているのは究極の剣。『神剣』に等しいカンパノラの完成形だ。
「あいつ……まだ強くなるのか」
放たれている威圧は、ソウシからすれば明らかに自分の力を超えていると感じさせるレベルだった。だが、退かない。
(いつもの僕なら全力で逃げてるだろうけどね)
思わず口元が緩む。何でこんなしんどい思いをしなければならないのかと考えた先に、みんなの笑顔があった。
サーニアを奪われた憎しみではなく、これからの世界を生きて貰うために戦う。
「うん。迷うことなんてないさ」
「……」
デリビヌスは勇者の達観した表情を観て、一転無表情になった。計画は全て完璧な筈であり、本来ソウシ恐怖と憎しみに塗れたまま必死に足掻き、全てを奪われて死ぬ。
(やはり人の感情というものは、神でも予測し得ない結果を生むな)
デリビヌスは元々ソウシをこの世界に呼ぶつもりは無かった。妻子を奪われ『
ーーしかし、計画は初手から破綻する。
真の闇に取り込まれ、暴走した男の力は軽々と神の力を凌駕した。デリビヌスは姿を現わす事も出来ない程に恐怖に震え、喰われない様に逃げ延びるので精一杯だったのだ。
そして、狙いは殺した『
ーー『
「時は満ちた! お前の力を俺に寄越せソウシ!!」
「……ただじゃ渡さない!! 代わりにお姉ちゃんを絶対に取り戻す!!」
振り下ろされた両極の力が大地を破り、巻き起こった風圧が肌を掠め切る。勇者の連撃を飄々とした様子で受け払う天使は、恍惚に酔い痴れていた。
(ここまで強くなったのか。嬉しいなぁ、嬉しいなぁ〜〜!)
だが、全てが己の糧になるとしか捉えていない神の思惑は、予想外の形で外れる事となる。
「戦いの最中に気を抜くな! 行くよアルフィリア! 『輝聖蒼刃』!!」
「ーーーーッ⁉︎」
聖剣から放たれた一撃は重く、鋭く、カンパノラを弾いてセリビアの肉体を裂いた。続いて振り上げられた拳で顎を撃ち抜かれ、回転した踵が頬にめり込む。
「ぐああああああああああっ⁉︎!」
「まだまだぁ!! 来い、『聖龍ヴェルモア』!!」
契約獣であるドラゴンの
ーー襲い掛かる激痛。炎の渦の中から伸びた手が、自分の胸元を貫いているのだ。
「攻撃は相打ちだが、勝負は俺の勝ちだな!!」
「ううぅ〜〜!!」
ソウシが痛みと並行して感じていたのは、抜き去られるような、吸い込まれる様な感覚だった。
「この力は神である俺にこそ相応しい!!」
次の瞬間、天に掲げられたのは『
しかし、歓喜に浸る神は気付いていなかったのだ。
力を抜き取られた筈の、勇者の口元がつり上がっていた事に。
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