第142話 サーニアと共に。

 

『ご主人! 胸の傷は大丈夫なの⁉︎』

「落ち着いてアルフィリア。天炎の鎧ごと掌がスリ抜けたから傷は平気だよ。痛みは核を抜かれたからだ。それよりも……」

 僕は黒いオーラと金色の神気が混ざり合い、羽衣の様に『闇夜一世オワラセルセカイ』を纏ったお姉ちゃんを見つめた。


 瞼を閉じており、黙したまま姿だけが変貌を遂げる。でも、そんなに軽く制御出来る類のモノじゃない。

 あの姿はきっと、闇を必死に抑え込もうとしているだけだ。


「あははっ! 凄い、凄いぞソウシ! お前達親子は良くこんなスキルを抱えたまま普通に生きてこれたな。神の子ナンバーズチャイルドの神降ろしがお遊戯に思えてしまう!」

「好きで手に入れた力じゃないよ。寧ろ奪って貰って清々するね」

 デリビヌスの興奮が大気を震わせて伝わった。いちいちリアクションが大袈裟で、本当に嬉しそうだ。


「気付いているか? 俺はソウシの力の根本を抜き去った。つまり、ーーじきに死ぬぞ?」

「……」

 やっぱりこいつは嫌な神だと思い、思わず目を細めた。でも、この発言が出るって事は、僕の心の中を読めていない証拠。アルフィリアの言ってた通りだ。


『多分、デリビヌスの『読心』は僕等には通じない。聖剣の加護が阻害している筈だからね』

「うん。そして、残された時間でやり終えなきゃいけない事は変わらない」


 ーー死神プルートと融合した、『魔剣カンパノラ』を叩き折る!!


『闇夜一世』を封印するのはアルフィリア。そしてもう一本の鍵を破壊すれば、封印を解く術は無いんだ。


(みんな……力を貸してくれ)

 ほんの少しだけ、胸元で両手を組んで祈った。これは理不尽な神様への祈りじゃない。願掛けみたいなものだと思う。

 敵に縋るような、惨めな真似は絶対にしない。サーニアに胸を張って会えなくなるのは嫌だ。レインに呆れられてしまうような行動は見せられない。


 ーーそんな小さな見栄だけが、今の僕を奮い立たせてくれる。


「行くよアルフィリア。最後の戦いだ!」

『僕の事は気にしなくいて良い! 思うように勇気を出して振るって!』

 僕は再び天炎の鎧を展開すると、召喚した聖龍ヴァルモアの背中に飛び乗った。聖魔術の『アポラセルス』で顕現させている為『念話』すら行えないが、表情を見れば彼が何を言いたいか伝わる。


『行って来い! 我が主よ!』

「うん! 今までありがとう!」

 上空に飛び退いたお姉ちゃん目掛けて、僕は放り投げられた。後押しをする様に、別方向からドラゴンの吐息ブレスが降り注ぐ。


「小賢しい!」

 黒金の天使がカンパノラを一閃すると、ブレスは一瞬で裂かれた。僕は空中で身体を捻って逸らしたが、紙一重で後ろ髪を切断される。


「あぶねっ!」

『おいおいご主人、油断するなよ〜?』

「了解! それよりデリビヌスを叩き落とすよ!」

 合図をすると、スキル『天剣』で発動した完全解放状態の聖剣は、青白い輝きを放ちながら巨大な刃を形成した。


 僕はただ無心に振るうだけ。相棒の力を信じれば良い、ーーそれだけだ。


「今までで一番の膂力を秘めた一撃なのは認める。だが、甘い!!」

 デリビヌスはカンパノラを振り上げると同時に、 自らの漆黒の衣の一部を蠢く黒手と化して閃光を受け止める。


(こんな短期間で力の制御が叶っているのか⁉︎)

 僕は焦燥感に苛まれつつ、途端に冷や汗が流れた。でも、刃を重ね合わせた瞬間に理解する。ハッタリだと。


 ーーガキィィイイィィィィィンッ!!


「僕の抱えていた力はそんなものじゃない! 見え透いてるよ神様!!」

「クハハッ! だからどうした? カンパノラと死神プルートすら破れないお前に何が出来る!」

「……僕とアルフィリアだけなら、ね」

「どういう意味だ?」

 きっと彼女はこの時の為に、僕に会いに来てくれたんだと今なら思える。大好きな女の子。最後の最後まで、約束を守ってくれたんだ。


「戦神カイネルテスの神気よ! 聖剣アルフィリアに宿れ!」

「ーー何だとっ⁉︎」

 サーニアの想いが神気と共に僕に流れ込んでくる。力が溢れる。漲る。聖剣は形を変質させ、より刃を鋭く、巨大に煌めかせた。


 ーー絶対に無駄にしてたまるか!!


「いっけええええええええええええええええええ〜〜っ!!」

 僕は咆哮しながら一気にアルフィリアを振り抜いた。破壊音が鳴った直後に折れた魔剣の穂先が宙に舞い上がり、デリビヌスは驚愕に目を見開いてたじろぎつつ、一緒に地面に降下している。


(動揺しているところ悪いけれど、機会チャンスはここしか無い!!)

 賺さず身を翻すと、天使の左腕を掴んでバランスを固定した。神気による制御が乱れているのか、蠢く黒手が僕の脇腹と右太腿に噛み付いてきて激痛が迸る。ーー肉ごと消失しているのだから当然か。


「ごめんね……お姉ちゃん!」

「まさか⁉︎ 止めろソウシ! セリビアの肉体が死んでも良いのか⁉︎」

 デリビヌスの警告を無視して、僕はお姉ちゃんの心臓目掛けてアルフィリアを突き刺した。


「言っただろ! お姉ちゃんの身体は返して貰うってね!!」

 焦ることなんて無い。でも時間が無いのは確かだ。全ては作戦通りに進んだ。後は信じるだけ。


「これは……アルフィリアによる封印かっ⁉︎」

「お願いアルフィリア! デリビヌスごと『闇夜一世オワラセルセカイ』の封印を再発動しろ!!」

 僕の力を自分の神気に取り込んだ事で、悪神は封印の対象に自らを貶めた。それは神格を落とす行為に等しい。

 それなら闇ごと封印が可能な筈だと、父さんとアルフィリアの記憶が教えてくれた。


 ーー異世界にいる核である父さんと、『紅姫レイア』の様に!!


「お前が核として封印されれば、僕とお前は一心同体の存在と化す! その状態じゃ、お姉ちゃんの肉体にもいられないだろ!」

「……馬鹿め! それならば逆にソウシの肉体へ宿れば良いだけだ! その行為は自ら俺の『神の子』となるのに等しい行為だぞ!」

「僕の肉体に宿ることが出来るならね……?」

 そう、これが僕とアルフィリアの真の狙い。悪神を封印し、お姉ちゃんを解放する為にーー

 ーー僕はこの世界を去るんだ。


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