第137話 死を司る者と、死に愛されぬ者 後編
ザンシロウは口惜しさから、流血する程に強く下唇を噛み締める。
魔王フールゼスの魔力と、神降ろしによる神気が混ざり合った強固な防御壁に対して、
武器と呼べる物は形見である鬼姫の角のみ。だが、それすら加工前の状態では微々たる力しか持たず、決定打に欠ける。
生命神が残した力は『不死』と肉体の『リミッター解除』のみ。『強欲の鎧』でいくらステータスを強化しようとも、振り上げた拳は届かずにいた。
「さっき一撃入れてから、亀みたいに防御壁を堅くしやがって!」
「貴様が不死者だと知っていれば、先程の様な過ちを犯すことは無い。それに我には貴様を殺さずとも封じる術があるからな」
(チッ! 気付いてやがったか……)
ザンシロウがソウシと戦った時の、『四肢を消滅させなければ部位が復活しない』という制約は、力の解放と共に弱点では無くなった。
ーー問題は肉体ごと『封印』されてしまう事に他ならず、次元魔術や闇魔術に秀でている魔王ならば、造作も無い事だと悟る。
『死神プルート』が正に闇を司る者であるからだ。
冷静に状況を分析すればするだけ、ザンシロウの焦燥感が増した。
「深淵よ。我が眼前に立ちはだかる愚者を呑み込め。『
「言った側から術を発動させるとか、お前さん性格最悪だな!」
フールゼスの真横の空間に漆黒の亀裂が入ると、中から巨大な眼が現れる。閉じたままの瞳は徐々に開かれてゆき、同期する様にザンシロウの四肢が指先から黒く染まり始めた。
「完全に目が見開いた時、貴様は異空間に呑み込まれるぞ? 抗う術も持たぬ愚者よ。去るがいい」
「お前さんの魔力が切れれば解放される筈だろ。俺様は死なねぇから問題ねぇわ」
「……我が魔力切れを起こす事があれば良いな?」
「ーーーーッ⁉︎」
ザンシロウは見逃さなかった。無表情のままであった魔王の口元が歪んだ瞬間を。即ち、『魔力が切れて術が解ける事など無い』という自信の表れ。
ーーそして、決して
「くそったれが!」
「術が発動した以上、何処へ逃げても闇は貴様を追い続けるぞ」
「逃げる気なんてさらさらねぇんだよ!」
地面を踏み締めると、ザンシロウは全力で疾駆した。素早く動く事で魔王の視界を撹乱し、結界の隙間を狙う。
「中々の敏捷性だな。だが、死神の空間把握の前では児戯に等しい」
「うるせぇ!」
ーードゴンッ!!
再び放たれた連撃で、拳の皮膚は捲れて血が流れる。次第に肉は削れ、骨が突き出ても尚ザンシロウは止まらなかった。
視界を赤に染め、狂った一匹の獣と化す。
攻撃が届かないと分かっている筈なのに無意味な行動を取る男を眺めながら、魔王は理解出来ないと呆れた表情を浮かべた。
だが、自らの内から沸々と湧き上がる感情にも同様の思いを抱く。
(何故、こうも苛つくのだ……)
不死者の思考が不愉快であり、不可解であると認めざるを得ない。
「メルアイスフォールン!!」
フールゼスは最上級氷魔術を詠唱すると、巨大な氷塊を落下させてザンシロウへ直撃させる。肉体を凍結させながら眼下の大地と挟み潰し、粉々に砕いてやろうとしたのだが、ーー思惑は外れた。
「焼いて駄目なら凍結って発想が意外に可愛いじゃねぇか!」
千切れかけた右足を掴んでヒラヒラと振りながら不死者は笑う。小馬鹿にする様に嗤う。
確実に『
「貴様……まだ何か手を隠しているのか?」
「ハッハッハ! どうした? ビビっちまってんのか魔王様よぉ〜?」
(そんなもんがあったら、とっくに披露してるぜ……)
ポーカーフェイスにもなって無い程に自然と焦る不死者の姿は、余計に魔王へ疑念を齎した。
そして次の瞬間、ーー偶然と運命が重なり合って必然を成す。
「なん、だこりゃあ?」
戦場の上空より舞い降りたのは、黒髪黒眼の美姫。魔剣シャナリスの人化した姿。フールゼスは周囲を一望するとソウシの姿を探すが、気配を感じることは無かった。
「……どういう事だ? アレは勇者が握っていたレプリカの筈だ」
微小なりとも困惑した魔王の姿を見つめ、シャナリスは言葉を紡いだ。
「私は勘違いをしていたのです。確かに貴方の持っている『魔剣』カンパノラは、全ての魔剣のオリジナルと呼べる存在なのかもしれません」
「『かも』ではなく、絶対強者が持つべき紛れもないオリジナルだ」
「ふふっ! それでも関係ないのですよ。だって私は元々、『聖剣』のレプリカとして生み出された宝剣なのだから!」
フールゼスはその事実を聞いた所で、怯む要素が一切見当たらずにいた。聖剣や魔剣より更に下位の位置する宝剣。
それは敵対するに値せず、取るに足らないと判断する。
視線を魔王より流し、向かい合っていた体を反転すると、シャナリスはザンシロウの元へ歩み始めた。一体なんだと目を丸くする男の眼前に立つと、突然
「私はシャナリス。勇者テランと、勇者ソウシに仕えし者です」
「お、おう。最初の勇者は知らんが、お前さんはソウシと戦った時に居たから覚えてるぞ」
「単刀直入に申し上げます。貴方の持っているアイテムを私に下さい。とても強い思念を感じております」
「やだ。断る!」
ザンシロウは一切躊躇することもなく即答した。シャナリスはやはりこうなったかと、深い溜息を吐き出す。
「いいからそのアイテムを寄越しなさい! 私が魔王と戦う刃となる為に必要なのです!」
「ぜってぇに嫌だったらやだね!! 何で好きな女の形見をお前さんに渡さなにゃならんのだ! これは将来俺様の武器兼相棒になる大事なモンだっつーの!」
「だから、ーー私が融合して貴方の武器になって差し上げると言ってるのです!!」
「ーーはぁ?」
怒りから顔を真っ赤にして鋭い視線を向けるシャナリスに対して、ザンシロウは再びキョトンと呆けていた。
その間も闇は徐々に肉体の捕縛を進めており、呑み込まれるまで幾ばくも無い。
「私の魔剣としての
「…………」
「貴方の持つアイテムの思念はとても強い。武器としての私と融合すれば、意思が形を持つ事も叶うでしょう」
「今話しているお前さんの性質はどうなるんだ?」
ザンシロウは一瞬でシャナリスが何を行おうとしているのかを理解し、そして結果の推測を果たす。
「……今ある人格は消失すると判断します」
「ならやめておけ。互いに損しかしねぇ」
舌打ちしながら髭をなぞり、不死者は先程の氷魔術の名残である水溜りを蹴った。空中に弾けた水飛沫に己の姿を写し、シャナリスは哀しげに視線を落とす。
「そんなに大きな望みを抱いた訳でもないのですが、儚い夢でした。マスターが大切な者を失った哀しみは刃を折られるに等しく、涙に濡れる姿は胸を締め付けた」
「お前さんがいなくなったら、同じ想いを味合わせちまうだろうが」
ザンシロウはこの時、脳裏に鬼姫の暴れ舞う姿を思い浮かべた。敵の鮮血に濡れながら恍惚に酔う変態。戦闘狂。
ーーあの女の本当の望みは、一体何だったのか。
「お前さんはこの角を再び戦場へ連れ戻せるか?」
「私は元々武器。そのアイテムをくださるのならば、貴方のお望みのままに振るいなさい」
「それなら……こいつをやるよ。これからは俺様の側で『鳴いて』くれ」
「えぇ、これからは貴方なんかの側で『泣いて』やりましょうね」
太々しく男は笑い、女々しく女は泣いた。流れる二筋の涙。それは大切な者との決別を意味する。
「マスター。私は武器として貴方を守ります」
魔剣シャナリスの黒い刀身が鬼の角を沈み込ませると、刃に波紋が広がり、その形を変容させた。紫紺の燐光を放ちながらも、内包させる気は禍々しい類では無い。
「綺麗だな……」
聖剣でも、魔剣でも無い。宝剣と鬼姫の角が融合した新たな刀。ーー名を『
『
魔王は新たな
「ふむ。面白い……面白いぞお前達!!」
勇者に等しい程の興味。好奇心を唆られて、思わず無表情の口元が三日月に吊り上がる。
ーー己の『想像』を超えた、『創造』を成し得た存在に惹かれたのだ。
「お前さんは、もう勝てねぇよ」
小さく呟かれた一言の後、ザンシロウは翠蓮を思い切り地面に叩きつけた。巻き起こるのは覇気。巻き上がるのは大量の土の波だ。
「この程度造作も無い!」
防御壁で土を弾くと同時に、魔王は瞬時に近距離転移を発動して不死者の背後から魔剣カンパノラを一閃する。
狙うは首。刎ねた後の硬直を利用して『
ーー突。
ーー斬。
ーー払。
たったの三行程で事は終わる。カンパノラの刃は最初の刺突で逸らされ、魔力と神気の結界は一刀の元に破壊された。
驚愕に目を見開くフールゼスの肩口から振り下ろされた『翠蓮』の刀身は、容赦無く肉を裂き、生命力を
払う様に横薙ぎされたとどめの一撃を腹に受けて、魔王は血溜まりに沈んだ。その光景は剣術など習うことも無く、興味もなかったザンシロウが放ったとは思えぬ程に洗練された無の境地に達していた。
「ありがとうな。これからもよろしく頼むぜ相棒」
白眼を剥いて倒れる魔王の頭を容赦無く踏みつけ、ザンシロウは思わず拳を掲げる。
(仇は討ったぞ。俺とお前の二人だけじゃねぇけどな!)
ーーこの後降り掛かる本当の災厄を知る由もせずに。
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