第116話 勇者は戦況を知り、自らの危うさを知る。
冷静さを取り戻したソウシは一度皆と屋敷へ戻る。中ではこの展開を予測していた執事のベルヒムが、ティータイムの準備と共に、テーブルへ大陸の地図を広げて準備を整えていた。
「落ち着いてくれて何よりっすよ、ご主人様?」
「ごめんねベルヒム君。熱くなり過ぎた」
「仕方が無いっすよ。でも、みんながサーニアの事を心配していなかった訳じゃないのは、分かって欲しいっす」
「……うん、反省する」
「さぁ、まずはお茶にしましょう。皆様こちらへどうぞ」
ピーチルに案内され、各々椅子に座って円形のテーブルを囲む。続いてベルヒムは大きめの羊皮紙を取り出し、今回の戦争の説明を綴り始めた。
「ソウシ君は一度説明しただけじゃ覚えられないと思うっす。国の名前とか無頓着っすからね」
「面目無いけど、よろしく!」
「学院のペーパーテストの結果は良いのにねぇ」
「低い点数を取るとテレスが馬鹿にするから、必死で勉強しただけだよ?」
姫は呆れた表情を浮かべ、勇者は苦い顔をする。そんな中、ヒナが心配そうな眼差しを向けつつ本音を漏らした。
「ソウシ君、本当に一人で行くのです? 怪我をした時の為に、やっぱりヒナもついて行った方が良いのです!」
「ごめん。戦場って経験が無いから予想がつかないけど、きっと守ったり、庇いながら戦う余裕が無い気がするんだ」
「「「…………」」」
テレス、メルク、ヒナの三人は無言のまま、本当なら一緒について行きたいという自らの気持ちを押し殺した。
足を引っ張りかねない状況に陥る事を懸念したのだ。
「さて、そんな孤独なソウシ君に嬉しい朗報っす! 今回向かう先はレイネハルドっす、ーーつまりは?」
「ベルヒム君の故郷!」
「せい〜かい! 道案内は必要だと考えて、オラが案内するっすよ!」
「それは確かに嬉しいな! ガイナスも来てくれるんでしょ?」
「……いえ、私は行けません」
当然の様に同行してくれるものだと勘違いしていた勇者は思わず首を傾げる。聖騎士長は重苦しい顔を上げ、ベルヒムと共に内情を説明した。
「実は今回の戦争で、最初に救援を求められたのはソウシなのです。今回マグル王は勇者の代わりに神の子を差し向ける事で、それを回避したと言っても過言では無いでしょう。更に私やテンカさんは王の命により動けません」
「オラが調べた魔族側の情報によると、現在ゴクイスタル側が優勢で、その侵攻は既に魔族の大陸ボロムへ進んでいると聞いたっす。まだレイネハルド領には到着して無いでしょうが、時間の問題っすね」
地図を指差しながら、両国の位置情報と共に軍の侵攻具合を説明される。その間にどの様な戦闘が行われたのかも補足があった。
「この場所と、ここっすね。確実に作戦内容が
「…………」
黙り込んだまま口元を抑え、ソウシはひたすらに情報を求めた。ベルヒムは今後の展開を自らが軍師であり、神の子を有しているのならばと推測した上で語る。
「次に戦場になるのはレイネハルド領の国境付近っす。この場所は非対称の渓谷になっていて、攻めるにも守るにも難しい場所っすけど、そこで単体戦力して両軍が神の子をぶつけ合うと予測するっす」
「でも、ゴクイスタル側にはサーニアの他にも神の子がいるんでしょう? 数的に有利なんじゃ無いの?」
ソウシの最もな質問を聞いて、ベルヒムとガイナスは視線を逸らす。どこか言い辛そうにしている様を見て、テレスが一歩前に進み出た。
「しっかりしなさい! 知らないまま敵対する方が、余程危険だと分かっているでしょう?」
テレスは一国の姫として、何故二名が口を噤んだか理解している。それでも教えるべきだと発破を掛けたのだ。
「今回一番厄介な敵は、魔族の大陸ボロムの五大国の一つ、ペネレンシアから派遣された神の子っす。噂でしか聞いた事は無いっすけど、その実力は魔族最強だと言われてるっす。降ろす神も、本当に崇拝している魔神だとか……」
「そっか。ーーじゃあその人を倒せば、今回の戦争は終わるんだね?」
「「えっ⁉︎」」
思いも寄らぬ質問にベルヒムとガイナスは目を見開いた。進んで強者と戦おうとする姿勢が、らしく無いと疑念を抱く。ソウシは微笑みながら答えを紡いだ。
「……みんなが何を言いたいかは分かってるよ。無理をしないでいつもの様にサーニアとレインを見つけたら直ぐ様逃げて、ほとぼりが冷めるまで山奥に隠れて、半年から一年の間自作の山小屋で穏やかに暮らして、みんなが忘れ去った頃にマグルに戻って、お姉ちゃんを連れて元々住んでいた山小屋に戻って、生涯穏やかに暮らして欲しいって思ってるんだよね?」
(((((そんな事、全然思ってないんですけど!!)))))
予想以上に妄想が暴走している馬鹿へ、一斉に冷ややかな視線が向かう。やれやれと肩を竦めながら語るその姿勢に苛立ちさえ覚えた。
「でも考えたんだ。僕は魔族との戦争を根本的に終わらせたい。だからその為に、完膚無きまでに魔族側の最強を倒す! そうして、人族と停戦協定を出させるんだ」
「……それは幼稚過ぎると思うっす。憎しみは消えない」
「ベルヒム君、僕と君は友達になれた。レインと僕は気持ちを通じ合わせられた。決して無理じゃ無いよ」
ソウシの真剣な瞳を見て、本当に言い辛かった事実を告げようとベルヒムは決意する。これは魔族にしか分からぬ事であり、更には現勇者の事を知っている者にしか知る事の出来ない推測。
ーーおちゃらけた雰囲気の一切を無くし、魔族の少年は皆に言い聞かせる。
「子供の頃から聞かされて来ました。僕達魔族は『黒き勇者』にいつか食われて滅ぼされる、と。テレス姫、セリビアさん……それはソウシ君の事じゃ無いですか?」
「……そんな事、ソウシはしないわ」
「でも、あの力の事を言ってるなら……」
二人が思い浮かべたのは『
「僕の推測では、遠い過去からの予言によって受け継がれて来たお伽話の『黒き勇者』は、ーーソウシ君以外に有り得ないんです。だからこそ、本当はこの戦争にも行って欲しく無いし、さっき言ってたみたいに助けるべき人を助けたら即座に逃げて欲しい」
ーーあははははははっ!
魔族の少年の切なる願いを受けて場の空気が重くなる中、ソウシは笑った。強がりでも何でも無く、ハッキリと決意している想いがあったからだ。
「うん、さっきの宣言取り消す! やっぱりサーニアとレインを見つけたら僕は全力で逃げる! そうすればみんなが心配している様な事は起きないしね!」
「それなら良いんですけど……」
ベルヒムはその後に続く言葉を伝えるのをやめた。『本当に最悪の事態を想定しているのだろうか』という懸念と、自己嫌悪から。
ガイナスは話題を変えるように、作戦の概要へと話題を戻した。
「ドールセン学院長と、アルティナさんが特製の転移魔石を用意してくれています。魔族の大陸には一定距離間に結界が張られていて、それを飛び越える為には膨大な魔力量が必要なのです。サーニアさんの件が決まってから、二人はずっと準備していたのですよ」
「だから屋敷に来れなかったのか。あとでお礼を言わなきゃね」
「それでもボロムに着いてからの足を心配しておりましたが、赤竜ヴェルモアがいる以上問題は無いでしょう」
ソウシは胸元を見つめ、召喚契約を交わした竜と思念を交わす。
『よろしくね。厄介な事に巻き込む分、肉料理は奮発するから!』
『いいさ。どうせ我も魔族の大陸の魔獣の肉を食してみたいと興味が湧いていた所だ』
準備は整った。情報も手に入れた。ーー後は助けるだけだ。
「ソウシ君、出発は明日っす。一気にボロムへ転移して、戦争の渦中に飛び込むっすよ!」
「了解!」
敬礼する勇者の姿を見つめながら、女性陣は各々想いを馳せる。そんな様子に当の本人は気付かぬまま、長い夜が始まろうとしていた。
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