第115話 勇者を支える者達

 

 ソウシは今起こっている戦争を知った。

 そして、その渦中にレインとサーニアの二人が巻き込まれている事を知った。


 一頻り涙を流し切った後、広い屋敷の庭で立ち上がり、無言のままその場を去ろうと動き出す。

 セリビアを含めてソウシの悲痛な表情を見て目を伏せる最中、門を塞ぐ様に立ちはだかったのは聖騎士長ガイナスだった。


「何処へ行くのですか? 散歩なら私も付き合いますよ」

「……どけよ」

 聞こえるか聞こえないかという微かな呟きに混じえて、圧倒的な闘気が巻き起こる。それは聖剣を顕現させた輝かしい白光では無く、怒りに染まった赤を体現していた。


「ソウシ、落ち着いて聞いて下さい。黙っていた事は謝りましょう。ですから、一度話し合う機会を下さい」

「……嫌だ。その間にレインやサーニアに何かあったらどうするんだよ」

「おやおや、らしくもなく随分好戦的な発言をしますね。戦争に行くのですよ? その覚悟が本当にあるのかと聞きたい」

「無駄に戦う気なんてない。二人を見つけたら連れて逃げればいい、戦争なんて知らない……」

(やはり、足りない……)

 自らを睨み付ける強者ソウシを前にして、ガイナスは計画プランを変更した。

 元々自分が夜にみんなの前で今回の戦争の件を打ち明け、陰で準備に動いていた事を謝罪するつもりだったが、この状態で勇者を送り出すのは危険極まりないと判断したのだ。


「ならば、私を倒してから去りなさい。それが出来ないのならば、貴方は誰も助けられない!」

「ガイナスさん! 何を言ってるの⁉︎」

 セリビアは聞いていた話と違う事に慌て蓋めき、直ぐ様飛び出すと、両者の間で両手を広げて制止する。

 だが、御構い無しに二本の魔剣は鞘から抜き放たれた。

 ーー引く気は無い。

 互いの意思に呼応するかの如き闘気オーラが空へと昇る。


「どいて下さいセリビアさん。これは必要な事なのです」

「邪魔だよ、お姉ちゃん」

「…………馬鹿ぁっ!」

 哀しげに怒号を発しつつもその場を動かぬセリビアを挟んで、ソウシは右側からシャナリスの黒き刀身を、ガイナスは左側から白薔薇の白き刀身を覗かせ、互いの脇腹を狙う。


 一方は鞘の先端を使い刃先を跳ね上げ、一方は身体を回転させて刃を避けながら肺に肘鉄を打ち込んだ。

「ガハッ!」

 金髪の美丈夫は空気を吐き出され、続いて黒髪の少年は宙へ飛ぶと、右足の踵を額目掛けて打ちおろす。


「白薔薇!」

『分かってる!』

 魔剣の刃が鞭の様に伸びると庭の木に巻き付き、一気にガイナスをその場から移動させた。だが、ソウシの視線はその先の到着点を既に見据えており、右手を翳すと聖魔術を放つ。


「アポラ!」

「甘い!」

 聖騎士長は聖球を避けるでも無く、魔剣の柄を地面に刺して急ブレーキをかけると、方向転換して離れた距離から白薔薇を横薙ぎした。


 届かぬ攻撃に何の意味があるのかと無防備にその様子を見ていた勇者へ、シャナリスの警告が響く。

『見え無い斬撃です! 屈んでマスター!』

「ーーーーッ⁉︎」

 全身の力を脱力し、倒れる様に身を低くすると前髪が数本切れた。ーー真空の刃、純粋たる剣技。


「避けた事は褒めてあげましょう! だが、今のソウシでは私に勝てない!」

「うるさい、それなら見せてやるよ。シャナリス! 『共鳴狂華』発動!」

『ダメです! 今のマスターの精神状態では、本当に力任せに暴走してしまいますよ!』

「僕のいう事を聞けぇ!」

『……はい』

 怒りに染まった瞳は技の発動と共に紅く染まる。伸びた黒髪を靡かせながら低く屈んだ姿勢は、ガイナスから見れば『獣』にしか見えなかった。


「ソレが新しく身に付けた『技』ですか? 失望させてくれるにも程がある!」

「……死ね!」

 ーーパァンッ!

「えっ……?」

(良かった。間に合いましたか)

 ビンタと同時にソウシの真っ赤に染まった瞳が元の黒に戻り、ハッキリとした視界の先にはテレスが立っていた。


「どういうつもり?」

 姫の問いに一瞬ビクッと身体を震わせるが、それでも少年は止まらない。時間が無いという焦りから、正常な判断が出来なくなっていたのだ。


「どいてよ! 僕はレインとサーニアを助けに行くんだ!」

 ーーパァンッ!

「叩かれたって痛くなんて無いのは分かってるだろ! 無駄だよ!」

 ーーパンッ、パァンッ!

「無駄だってば! 邪魔だテレス!」

「…………」

 無言のまま頬を叩き続ける少女の手は、次第に痛みに腫れ、出血する。ソウシは徐々に苛立ちからその手を払い除けた。


「鬱陶しい! 邪魔だって言ってるのが分からないのか!」

「だったら私を無視して、ーー逃げればいいじゃ無い!」

 言葉に続いて胸元に拳が叩きつけられた。その場にいた者達は皆、テレスの行動に視界を奪われ、ただ見つめている。


「……そうするよ」

 考えてみればそうだとソウシが宙へ跳ぼうとした直後、テレスは腰に腕を回してしがみ付いた。それは決して姫としてあるまじき行為であり、みっともなく男に縋る姿にも映る。

 ーーだが、涙一つ流さずに少女は敢行した。


「行かせない! 今のあんたなんか、私の好きな勇者じゃない! ただの暴力馬鹿よ!」

「〜〜〜〜ッ⁉︎」

 勢いに任せて発せられた言葉は、思わずソウシの足を止めた。こうまでハッキリと言われれば、最早告白と変わらない。

 肝心の姫の方が必死過ぎて、その事実に気づいていなかった。そこへーー

「ソウシ君。そろそろ格好悪いのでやめるのです。ヒナも怒りますよ?」

 ーー聖女が現れ、魔剣を握っていない右手を握られた。


「ソウシ様、怒りはごもっともです。でも、感情をそのまま戦場に持ち込んではいけません。冒険者が生き残る術の一つですよ」

 背後から寄せられた温もりがメルクのものだと分かる。


「駄目な弟を持つとお姉ちゃんは大変だと思ってたけど……これだけ味方がいれば、これからは安心ね」

 トドメだと言わんばかりにセリビアに抱き締められ、胸元に顔を埋められる。


「ごめん。冷静さを失ってたかも……」

「「「「かもじゃ無いでしょ!!」」」」

「ひゃいっ!」

 脱力した勇者を支えるのは、四人の大切な女性達だった。ガイナスが身体を張るよりも、よっぽど効果があり、ソウシは観念する。


「ガイナスも……ごめんね」

 この時には何故、聖騎士長が相対する姿勢をとり、己を挑発したのか理解できていた。片目を姉の胸元に埋めながら、左目を向けて謝罪する。

 だが、視線の先にはあったのは、決して和解する気も無く、先程よりも闘気を発しながら金髪を逆立てる男だった。


「セリビアさんの胸元に顔を埋めるだとぉ……いくら弟とはいえ成人しているのだぞ……羨まし、いえ、けしからん……私だって埋めて……いや、まずは手を握るところからだと言うのに……羨ましい、いえ、決して嫉妬では無く、騎士として許せるか……いや、許せん!」

「お姉ちゃん、離してくれる? 余計な戦闘が起きそうになってるから」

 ソウシはこの瞬間に、完全な冷静さを取り戻せた。乙女達の願い以上に先程の己の行動を深く反省する。

(やっぱりこの人、駄目な大人だ……)


『共鳴狂華』を制御するのに役立つスキル、『明鏡止水』が発現した瞬間だった。

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