第108話 ベネラ火山 4

 

 ベネラ火山の内部を飛行しながら、まるで品定めをするかの様に赤竜レッドドラゴンは三人の小さき人間を観察していた。

 中でも特に眼を惹いたのが、黒き刀身の魔剣を握った子供だ。


 一見吹けば飛びそうな矮小な存在に映るがその実、あれは化け物の類であると魔獣の本能が告げる。

 それでもかつて『ヴェルモア』と名付けられた赤竜には、ここから先へ通す訳にはいかない『ある理由』があったのだ。

 Aランク魔獣は決意の宿した瞳と共に牙を噛み締めると、全身より炎を噴き出し侵入者へと襲い掛かった。


 __________


「シャナリス、『共鳴狂華キョウメイキョウカ』のリンクを!」

『了解しました!』

 魔剣の柄を強く握りしめると、ソウシは覚悟を決める。一人ならば逃げ出したかもしれないが、メルクがいる以上戦闘は不可避だった。


「白薔薇、あの竜に『幻惑バラのイザナイ』は通じますか?」

『多分無理だよ〜! 精神力が高いか、固い意志を持ってる存在は惑わせないしね』

 真っ向勝負を挑むしかないと歯嚙みながらも、ガイナスは胸の高鳴りを心地良く感じている。剣士のサガから、強大な敵にどうやって挑むか思考を巡らせていた。


「……凍てつく槍よ、敵を貫け! アイスランス!」

 勇者と聖騎士長が逡巡シュンジュンする最中、先手を取り魔術を放ったのはAランク冒険者であるメルクだ。

 この機会を逃す訳にはいかないと、逸る気持ちを抑え切れずにいる。


 二メートル近い氷槍が次々と魔術師の手から生み出されては、空気を切り裂く音と共に赤竜へと迫った。だが、直撃すると思った瞬間、『ジュウジュウ』と音を立てて溶け去る。


「……チッ!」

 メルクからすれば予想の範囲内ではあったが、思わず舌打ちせざるを得ない。何故なら『絶炎』では大きなダメージを与えられず、炎系魔獣の弱点である水属性魔術もダンジョンの性質から弱体化される。

 ーー打つ手を封じられたも同然だと、初手で理解したからだ。


「ソウシ様、私は援護に回るしか出来ない様です。お気をつけ下さい」

「メルクオーネがいなければ、既に逃げ出してるけどねぇ」

「守って下さいますか?」

「当たり前でしょ。『守護』のスキルは、多分あの時の戦いで身に付いたと思うんだ」

 勇者は絶炎の魔女アレクセアとの戦いの時、ひたすらにメルクを守る事だけを考えていた。


 その副産物として身に付いたスキル『守護』はーー

『守るべき対象がいる時に、全ステータスが1.2倍向上する』

 ーー発動する条件を満たしていたのだ。ソウシの身体を淡い銀色の光が包む。


「うん、身体が軽い! シャナリス……準備はいい?」

『はい、マスター! 『共鳴狂華キョウメイキョウカ』発動します!』

 勇者は黒髪が伸び、黒き瞳が紅き灼眼へと染まると、魔剣を逆手に持ってダンジョン内の通路を駆け上がった。

 ーーグルルルルルルルルルルルッ!

 唸り声を上げると、赤竜は翼をはためかせて無数の『炎の羽根フレイムフェザー』を撃ち出す。

 だが、『見切り』と『ゾーン』を発動させたソウシの視界には酷く遅く映った。


「遅いよ!」

 魔剣とのリンクから瞬時に身体を逸らす方向を見定め、直撃するであろう羽根を選別し、黒き一閃が炎を散らす。

 観察を続けるヴェルモアは目を細めると口を大きく開け、ソウシの進行方向へ『竜の吐息フレイムブレス』を放った。

 ダンジョンの壁を溶かす程の熱量が襲うが、勇者は冷静に壁へ魔剣を突き刺して反転すると、瞬時に背後へと飛んで回避する。


「ソウシ様……本当に凄い……」

 息を呑む程の戦闘にメルクは瞳を輝かせていた。その様子を横目に聖騎士長は虎視眈々コシタンタンと隙を伺う。


「今です!」

 意識が勇者へと集中した刹那の瞬間タイミングを狙い、ガイナスは赤竜の尻尾へ鞭に変化させた白薔薇の刃を伸ばし、巻き付ける事に成功した。

 直ぐ様白き刀身を引き、尻尾を両断しようと試みるがーー

 ーーキキキキキキィィィィ!!

 金切り音を鳴らすだけで、薄皮一枚程度の傷しかつけられなかったのだ。


「やはり鱗が硬いですね……鞭では浅い傷しかつけられませんか」

『ご主人様! あいつ、滅茶苦茶熱いんだけどぉ!』

「それは見れば分かります。ーー斬れますか?」

『あったり前でしょう! ご主人様がちゃんと私を振ってくれればね〜?』

 魔剣の挑発染みた台詞を聞いて、ガイナスは口元を吊り上げた。ーーそれは歓喜。


「良い相棒ですね。私の剣士としての魂が疼きます!」

 闘気を纏い視線を鋭くした聖騎士長は、壁を駆け上がると敵の最も柔い部分、ーー即ち腹へと白薔薇を一閃した。

 先程までとは違い、血を流させるに値する程の斬撃は、眼中にないと勇者を見つめ続けていたヴェルモアの顔を苦痛に歪ませる。


「隙を見て挟撃しますよ!」

「分かったけど、何でこの竜は僕にばっか狙いを定めてるんだよ!」

 ソウシは先程から巻き起こる炎の渦を只管に避け、逸らし続けていた。反撃に転じる度に先を読まれるかの如く、進行方向へ攻撃が繰り出される事に違和感を覚える。


「もしかして、考えが読まれてるなんて事……ないよね?」

『聞いた事があります。古から現存している古竜の中には、『対象の思考』を読み取る術を得ていた者がいたと』

 勇者と魔剣の考えを補足する様に、アルフィリアが脳内で語り始める。


『やっと気付いたの? さっきからこっちの会話は全部筒抜けだよ』

「ーーーーえっ⁉︎」

 驚愕する勇者が赤竜を見つめると、何故か吹けもしない口笛を吹く様な所作を取っておりーー

「まさか……」

 ーーソウシは心の中で、普段なら考えもしない様な思考を張り巡らせる。

(竜の肉……美味そうだなぁ。丸焼きも良いけど、煮込みも良いなぁ……)


「我は煮込んでも美味くないぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「あっ、喋った!」

「はっ⁉︎ おのれ侵入者め! 姑息な罠を仕掛けよって! 死ね!」

 再び炎のブレスを吐き出すと、ヴェルモアは急降下して竜爪を振り下ろす。

 ーーキィンッ!

 魔剣で防ぎつつも、ソウシはあまりの圧力に地面を削った。しかし、明らかになったスキルを冷静に分析し、推測する。


「ガイナス! 多分この竜は思考を読めるスキルを覚えてるけど、対象は一人だけだよ!」

「なるほど……つまりは私の攻撃までは読めないと、ーー随分舐められたものですね?」

 ーーギクッ!

 赤竜は間抜けな顔をしながら脂汗を垂れ流していた。勇者は隙をついて爪を弾くと、ヴェルモアの指の隙間へと魔剣を突き刺す。

 ーーグゥウ!

 怯んだ様子を見て、すかさずガイナスを挑発した。


「格好良いとこ見せるチャンスだよ! 今日の活躍はお姉ちゃんに伝えると約束してあげる!」

「ーーーーなんとっ⁉︎ それは滾る!」

 聖騎士長の闘気が跳ね上がり、明らかにレベル以外の何かが、愛に生きる男の戦闘力を高めているのが伝わった。

(なんて扱い易い大人なんだろう……)

 ソウシは哀しげな視線を送っており、何故かヴェルモアまで同意する様に頷いている。そこへ、耐え切れずに思いの丈を吐き出した。


「お前達が邪な存在で無いのは分かるが、決してロゼの死を暴かせはしないぞ!」

「「「えっ?」」」

 赤竜から齎された情報に三人は硬直する。それは今回の攻略の対象が既に死んでいると告げられたに等しい。

 結論として、目的自体が達成不可能だと宣告されて脱帽する。


「なんか……すまぬな」

「い、いいよ、こっちこそ……ご、ごめんね」

 勇者の溢れる涙と共に、思考を読み取って焦燥する赤竜ヴェルモアに謝られた事で、戦闘は終了した……

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