第107話 ベネラ火山 3
ベネラ火山の道は、まるでうねった蛇の様に複雑な細い道をしていた。赤熱のマグマは全てを呑み込むかの様にゴポゴポと音を立て、その中を気持ち良さそうに泳いでいる魚影が見えると、幻を見ているのでは無いかと目を疑いたくなる。
「…………」
「…………」
「………暑い」
ソウシとメルクが無言で困難な道程を進んでいると言うのに、先程か数歩進んでは一言『暑い』と呟くガイナスへ、徐々に苛立ちが募る。
(ウザい)
(ウザいですね)
(だって、暑いんですよ)
『左斜め上方! 来ますマスター!』
「ソウシ様! 私の背後ーー」
ーーザシュッ!
「メルク、今何か言った?」
「い、いえ……何でも……」
上空から襲い掛かったのは、火属性の赤い体表から視覚的に冒険者を惑わす、『レッドゴブリン』だった。結界を張って不意打ちを防ごうと考えたメルクが、ソウシを庇う仕草をとる直前に、一筋の斬閃が光り、魔獣の首が落ちる。
ーー瞬断。何事もなかったかの様に歩み始める勇者の姿に、少女は驚きを隠せない。
ガイナスも白薔薇の柄に手を掛けてはいたが、過度な警戒はしていなかった。ベネラ火山は頂へ進めば進むほどにランクが高く、小賢しい知恵を有する魔獣が増えていく。
この場所はまだ序盤であり、ソウシの良い経験になると考えていたのだがーー
「大丈夫だよメルク。ガイナスなんて、暑くて反応もしてないんだからさ!」
ーーピキッ!
可愛い挑発も、幾度と無く繰り返されればそれは苛立ちへと変わるのだ。
「おやおや、この程度の魔獣ならソウシ一人で十分かと思い見守っていれば、意外にも怖かったのですか? また泣かれても困りますし、私が前衛を務めましょうかねぇ?」
ーーピキピキッ!
「へぇ〜? 安心してよ。こ、れ、で、も、勇者ですから!」
「はぁっ……」
勇者と聖騎士長は、額を擦り付けてガンを飛ばし合っていた。真横ではメルクが深い溜息を吐いている。
レッドゴブリンの角を回収した後に再び進み始めると、次は『マグマリザード』と呼ばれる蜥蜴の群れが地響きを立てながら進路方向を逆走してきた。
「あれは流石に数が多いね!」
「サポートします!」
「いえ、ここは私に任せて下さい。ーー出番ですよ、白薔薇!」
ガイナスは鞭状に魔剣の刃を伸ばすと、自らの身体ごとソウシとメルクを包帯を巻く様に包む。
「白薔薇、『
二十を優に超える焔蜥蜴の群れは、捕食対象であった筈の自分達の真横を全力で走り抜けていった。餌を追っているのは間違いないのだが、標的が逃げているかの如く速度を上げている。
この時、三人の目には確かにそう映っていたのだ。それが勘違いだとも知らずに。
「一体どう言う事?」
「……魔剣のスキル」
「正解です。魔剣の固有スキルを発動させて、魔獣達からすれば私達が逃走したと見せかけたのです」
「な、中々やるね」
ソウシは素直に褒め言葉をかける事が出来なかった。見事だと思いながらも、聖騎士長のドヤ顔が気に食わない。
「距離が離れて正気に戻る前に、ダンジョンの『中立空間』へと急ぎましょう!」
「分かった!」
「……了解」
メルクは風魔術で身体を軽く浮かせると、移動速度を上げたパーティーに余裕で付いて行った。水精霊のネックレスのお陰でスタミナ的にも問題は無い。
一番焦っていたのは、提案した
(確かこのダンジョンの中腹には、妖精が住まう水が流れるオアシスがあると情報にありましたね。急がねば……)
聖騎士長は思っていた以上に水分の消費が多い事に焦っていた。因みにソウシとメルクは水精霊のネックレスの福音から水を定期的に補充出来ている。
『装着者のみに効果がある』という点で、貸して下さいなどと弱音も吐けずに、必死で大人のプライドを見せているのだがーー
「……やっぱり暑い」
ーー流れる汗は隠す事が出来ず、強がりは限界に達しようとしていた。
「もう、しょうがないなぁ!」
「えっ⁉︎」
ソウシは呆れた様相をしながら、そっとガイナスへ手を差し伸ばす。思わず水精霊のネックレスを貸してくれるのかと喜びから反応してしまった直後ーー
「鎧なんて脱いじゃいなよ。僕のワンダーキーパーにしまって上げるからさ!」
「〜〜っ! そっちじゃない! 優しさを見せる場所がちっがーう!!」
ーー両手を振り乱して騒ぐ大人を見つめながら、少年と少女は首を傾げた。
『暑いのなら脱げば良いのでは?』、と無邪気な視線を向ける。
「もう良いですから、さっさと中立空間で休息を取りましょう!」
「はーい! あれ? なんか地面が揺れてない?」
ーーズシンッ、ズシンッ、ズシンッ!
『マスターって、本当に巻き込まれ体質なんですねぇ』
「シャナリス……あれってもしかして……」
「ソウシ、一時休戦です。協力しなければ拙い敵です」
「……ドラゴン?」
ーーギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ〜〜ッ!!!!
マグマの灯りに照らされた
「懐かしいですね。少年騎士なら誰もが夢見るドラゴン退治ですよ! 先程のマグマリザードはアレから逃げて来たんでしょう!」
「是非、お断りしたいんですけど」
「……赤竜! 素材を売れば金貨千枚は下らない大物!」
予想外にもメルクは瞳をキラキラと輝かせていた。召喚などで呼ばれた訳ではない自然の竜は、出会う事すら稀少である存在なのだ。
火を司る赤竜ともなれば素材の価値はハネ上がる。Aランク冒険者心がビンビンと刺激されていた。
勇者は冷や汗を流し、ガイナスは何処か嬉しそうに微笑み、メルクは興奮しながらも冷静な思考を保って気合いを入れている。
「ダンジョンの中腹にも着いてないのに赤竜と当たるとか、果たして運が良いのか悪いのか……」
『『悪いね(ですわ)!』』
「ですよねーーーーっ⁉︎」
半泣きになりながら戦闘態勢を整える勇者のパーティーへ、金色の瞳をしたある特殊な赤竜、『ヴェルモア』が襲い掛かった。
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