第29話 闇魔術を覚えよう!

 

 ある日、ソウシは放課後に呼ばれて、教職員の研究施設に向かっていた。

 学院の先生達は、各々が題材としている研究の研鑽を積む為に、必要な資金を学院から提供され、交換条件として教鞭を執っているのだ。


 当然、ビヒティとアイナも例外では無い。そして入学試験以来、もっぱら二人の興味は特異な生徒に注がれていた。


「あの、呼ばれた理由は大体理解出来てるんですけど、本当にやるんですか?」

「えぇ、聖属性を使えた以上、眠る闇属性を目覚めさせてみたいと思うのは当然の事でしょう?」

「そういうものですか? 正直やる気が湧かないんですけど」

「大丈夫だ! この日の為に、私とアイナ君は片っ端から文献を漁って、上級魔族が唱えると言われる魔術の研究を進めたのだよ」


「任せなさい。物量作戦でいこうと思って、詠唱だけはかなり集まったからね!」

「その行き当たりばっかりな考え方は、危険な気がするのですが……」

 三人は訓練場へ場所を変える。万が一の事を考えて、サーニア、ドーカム、メルクとは別れ、アルティナ等には事情を説明した上で、来ないように牽制した。


「えーっと……まず、ここからここ迄の呪文は意味が無いですね。直感で分かります」

「な、なんと⁉︎ 何故そんな事がわかるんだい⁉︎」

「単純にこんな魔術が無いって事を、本能が教えてくれます」

「確かに……ここ迄は戦争の記録から拾った怪しい文献だったわ。ーー凄い」


 ーー言い方は控えたが、ソウシは聖剣から流れ込んだ知識で既に闇魔術の理を得ていたのだ。


「それでは、ここからが本番という事で良いのかな?」

「えぇ、ですが……」

 どこかもどかしそうにソウシは俯くと、警告にも近い言葉を教師二人に投げかけた。

「聖魔術の時の経験から言わせて貰いますが、ここからは危ないですよ? 下手すると大怪我するかも知れない」

「私達は研究者よ! それぐらい覚悟の上だわ」

「勿論です! 私は魔術の進歩の為ならば、怪我くらい厭わない」


 ーーソウシは重苦しい顔を上げて、説明を続ける。


「僕はとある知識から、この後放つ魔術の威力が分かっています。アイナ先生、僕は魔術の授業中に他属性の簡単な初級魔術すら使えませんよね? 理由は分かりますか?」

「い、いえ……貴方に特別な適正があるから、他の属性の才能は皆無なのかとばかり思ってたわ……」

「何か理由があるというんだね? それが君には分かっていると……」

 ソウシは身を乗り出して迫るビヒティに向かって、深い溜息を吐く。


 自身も気付いたのは『妖精の巣穴』から戻って来て暫く経ってからだったが、出来れば発動する事無く終わりたかったのだ。

 しかし、この二人の知識欲を考えると、放っておけばひたすらに研究を続け、状況は悪化するだろうと判断した。

「二人にしか見せませんから、他言無用でお願いしますね?」

「えぇっ!」

「約束しましょう!」

 ソウシは右手を翳し、意識を集中させると『シールド』の張られた魔術の練習台に向けて闇魔術を放った。


「『ダークフレイム』! 『デスブリザード』! 『ナイトウインド』! 『テラアースブレイク』!」


 同時発動させた、闇属性を纏う四属性の強化魔術は凄まじい速度で練習台へ向かう。黒炎が焼き尽くし、直後に絶氷が凍らせ、黒い竜巻が刻み、隆起した大地が飲み込んだ。


 ーーその威力はステータスを封印された状態でも凄まじい。

 二人の教師陣は巻き起こされた爆風に巻き込まれ、壁際に吹き飛ばされていた。


「い、今のは一体何なの⁉︎」

「四属性全ての魔術の威力が、爆発的に跳ね上がった様に見えたぞ⁉︎」

 ーーその問いに対してソウシは悲痛な表情を浮かべ、弱々しく答える。


「僕は通常の四属性魔術は使えない。闇属性魔術に変換されて、強化されてしまうからだよ。授業中にこんなもの見せたら、みんながびっくりしちゃうでしょ?」

「…………」

「…………」

 ビヒティとアイナは開いた口が塞がらない。だが、眼前に広がるボロボロの訓練場を見れば、嫌でも納得せざるを得なかった。

「貴方は、本当に一体何者なの?」

 恐怖から不意に漏れ出た教師の言葉に対して、ソウシは二度と言うまいと決めていた台詞を吐きそうになるが、飲み込んだ後に皮肉を口にした。


「僕は唯の村人で、嫌われ者ですよ……」

 その瞳は悲しみに満ちていて、アイナは他にも問いたかった衝動を抑え込まれた。ビヒティも同様だ。


「もう下がっていいわ。無理矢理付き合わせてごめんなさいね」

「はい……帰ります」


 _________


「どうじゃったかのう? 満足したか?」

 残された二人の元へ、示し合わせた様に学院長ドールセンが訪れる。驚く事なくアイナは問い掛けた。


「あの子は一体何なのですか? 生徒として規格外にも程があります。私が真剣勝負したら瞬殺されるでしょうね……正直言って怖いです……」

「えぇ、半信半疑でしたが、ここ迄の闇魔術を使われては、魔族に加担していたと言う噂もあながち間違いでは……」

 二人が戸惑いを発した瞬間、学院長の絶大な魔力が解き放たれ、怒気と共に凄まじい翠色のオーラが訓練場に巻き上がった。

 老獪なエルフの顔面は鬼気に満ちており、睨み付けられた二人の教師は地面にへたり込み、腰を抜かしている。


「黙れ! あの子に闇魔術を強制したのは貴様らじゃろうが‼︎ あの子が自ら望んでお前達にその力を自慢したか? 終始悲痛な表情を浮かべておったであろうが! 貴様等の浅はかさな想いに付き合ってくれたあの子に対して、何じゃその答えは? 教師である前に人として恥をしれい! 馬鹿者共が!」


「う、うぅぅぅ……」

「す、すいませんでした……」

 説教された二人は先程生徒に聞かせてしまった己の言葉を後悔した。好奇心にかられ、生徒の気持ちを考えずに呼びつけた事実に相違ないと。

 そして、それが教師としてあるまじき行為であると心の何処かで分かっていながら、自制が効かなかったからだ。


「そこで涙を流す心すら残っていない様であれば、儂自らが貴様等を解雇しようと思っておった所じゃ」

 長寿であるエルフのドールセンは、これまで数々の教師を見てきた。

 どの職場でも同じであろうが、『人間性』を変える事は出来ない。変える事が出来るのは人生においての『価値観』だけだ。


 ーー己の人生に価値を求められない人間は努力をしないし、先に進む事は無い。


 アイナとビヒティに一年と二年のAクラスを任せているのは、高い評価をしているからだ。この失敗すら糧にして欲しいと切に願っている。


「反省しているのなら、ソウシ君に謝って来なさい。そして闇魔術については他言無用を貫け!」

「「はいっ! 申し訳ありませんでした!」」

 その後、二人の教師に只管謝られたソウシは、戸惑いながらも微笑んでいた。


 学院にも信頼できる先生はいるんだと……


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