第28話 テレスとデート?
「明日は街に出掛けるわよ」
「突然だなぁ? 僕の予定を聞くとかさ、もっと最初に紡ぐべき言葉はあると思うんだけど」
「どうせ暇してるか、猫娘と遊ぶだけでしょうに」
「……反論は出来ないかな」
「買い物に付き合いなさい? 新しい服が欲しいのよ」
「はいはい。僕は荷物持ちをすれば良いんだろ?」
「分かってるじゃない、よろしくね」
テレスの突然の命令に対してソウシは大人しく頷いた。反論は無意味だと理解しているからだ。魔族と魔獣の討伐の際に、国から貰った報奨金の全てを眼前の姫に握られていた。
ーー魔族を庇った者として、受け取る条件の一部にそれが含まれていたからだ。
「はぁっ……偶には自由に買い物でもしてみたいな。まぁ、欲しいものなんて無いか」
少年は天井を見つめて黄昏る。伸びた前髪に隠されて、姫のニヤけた表情には気付けなかった……
__________
『マグル商業地区』
様々な店舗が立ち並ぶ商業地区は、王国マグルに住む民の生活を支える様々な商品を取り揃えている。
大通りから裏路地まで、数々の豊富な品揃えを誇る店舗が軒を連ね、活気に溢れていた。
「さぁ、まずは服よ!」
「はいはい、今度はどんな高級店に入るつもりやら……」
ソウシは毎度の事だと飽き飽きとしながらテレスの背後に付き添っていたのだが、突然手を握られて店内へと引っ張られる。
「あれ? 意外にもキラキラしてない店だね」
「当たり前でしょ? ちょっとそこに立ってなさい」
「う、うん…」
白いワンピースに所々施された装飾が煌めく姫様は、青い髪をサイドテールに束ね、上機嫌で鼻歌を歌いながら衣服を選んでいた。
「これと〜、これかな」
二着の服を持って来ると、不意にソウシへ押し付ける。
「ん? これを持てば良いの?」
「違うわよ、着てみなさい。この店はあんたの服を選ぶ為に来たんだから」
「えっ? 僕はこんな服を買えるお金を持ってないよ!」
「私が預かってる報奨金があるでしょうが!」
「あぁ、忘れてた……」
「良いから着てみなさい? いつまでも私服が布の服だけなんて、格好がつかないじゃない」
「分かった。ありがとう」
ソウシは学院の制服意外、殆どがシンプルなベージュの布の服だった。テレスはこれを機に、同居人をいい男に改造してやろうと企んでいたのだ。
黒髪黒目、顔立ちは中性的で可愛いのに、ボサボサに伸びた前髪が目元を隠してしまっており、野暮ったく見える。
戦ってる時に格好良く映るのは、きっとあの前髪が靡いているからだと確信していた。
テレスの選んだソウシの百七十センチ程の身体を着飾る服は、シンプルながら何処か気品を漂わせる雰囲気を放っている。首元の宝石が輝くチョーカーもいいアクセントになっていた。
いつの間にか装着されていたブレスレットも同様だ。しかしーーーー女っぽい。
「ねぇ、この服自体は別に嫌いじゃ無いけどね。テレスのセンスに合わせると、何か女性物っぽく見えないかな?」
「今更でしょう? だって、アクセサリーが女性物なんだから」
「それもそうか……この外れないブレスレットはいつ付けたのか覚えて無いんだよ。絶対にアルティナ先輩の仕業だと思ってるけど」
「私といる時に他の女の話をするなんて、デリカシーに欠けるわよ?」
「そ、そうなんだごめん。気をつけるよ!」
「宜しい。では、次の店に行くわよ」
「あれ? 支払いは?」
「とっくに済ませてあるわよ。あんたは黙って付いて来る!」
「は、はい!」
店を出ると、テレスが突然腕を絡めだした。ソウシは戸惑いながらも、最近サーニアで耐性が付いていた為、平静を保っている。
「チッ!」
「な、何で今舌打ちしたの?」
「あんたが微妙に女慣れしてきてるのが気に食わないのよ」
「慣れてなんかいないよ! 今だって背中に汗を掻く程緊張してる。色んな意味で……」
「まぁ、そういう事にしておいてあげるわ」
「…………」
ソウシはバレたら疚しい事があるのでそのまま黙り込んだ。
何故か分からないが、ここ最近で起きた事を隠さず話した時に、殺される気がしたからだ。
「次はここよ!」
連れられて入った店は美容院だった。山育ちの少年は、初めて見るその光景に口を半開きにして呆然としている。
「いらっしゃいませテレス様! 本日はどの様なご用件でしょうか?」
「今日は私じゃなくて、こいつの野暮ったい髪を何とかしてあげて? 髪型は任せるけど、絶対目に髪がかからない様にして。眉毛位まで短くね」
「はい、お任せ下さい!」
「えっ? えっ? ここでも僕なの? 髪を切られるなんて恥ずかしいよ! やだっ!」
「い、い、か、ら、黙って店員の言う通りにしなさい?」
「……はい」
ソウシは逆らっても無駄だと諦めたが、初めてセリビア以外の他人に髪を切られる事に、嫌な想像を働かせると共に緊張していた。
ーーしかし、その考えは大きく外れる。
「痒い所はありませんか?」
「ふあぁぁぁぁ〜〜無いれすぅ。何だこれぇ、気持ちいい〜!」
「あら? 髪を洗われるのは初めてなの?」
「はいぃぃ〜ずっと山暮らしだったので、お姉ちゃん以外に洗われるのは初めてなんれすぅぅ〜」
(何この子? 超可愛い! テレス姫が連れて来たから、どんないけ好かないVIPかと思ってたら、純粋無垢な少年の様だわ。ヤバイ、萌える!)
「お姉さんに任せて、リラックスしててね〜?」
「はぁい〜気持ちいいよぉ〜!」
ーーその様子を見ていたテレスは、血が滲む程に己の爪を噛んでいた。
(あいつやっぱりモテやがる……しかも長年セリビアと暮らしていたからか、歳上に対しての効果が絶大だ。考えてみれば、アルティナ先輩を落としたのもその特性ゆえか……油断してたのをハッキリと認めなきゃいけないわね)
ーーソウシは背筋に悪寒を奔らせながらも、美容師のお姉さんの微笑みに癒されていた。
「じゃあ、切るわよ。お姉さんに任せなさい!」
「ひゃ、ひゃい! お願いしましゅ!」
「こらこら、緊張しないの」
少年の緊張を解そうと、美容師のお姉さんの腕が首元に絡まり、背後から抱き締められて困惑する。
「び、美容師ってなんか凄いですね!」
「うふふっ! これは君だけのサービスよ」
ーーガリッ!
テレスは歯軋りしながらその光景を凝視していた。一体何故こんな事になったのかと、己の行動を悔やんでいる。
二十分後、髪を切り終えたソウシは、短くなった前髪を摘みながら赤面している。
「やっぱり可愛い顔ね〜?」
「そ、そうですか? なんか視界がハッキリして恥ずかしいです……」
「いいのよ。また伸びたらここに来てくれる? それか、呼んでくれたら私から行くわよ〜」
「は、はい。勇気を出して、次は一人で来てみようと思ってます」
「ありがとう!」
あろう事か、美容師のお姉さんはそのまま頬に軽いキスをした。それは挨拶程度の軽いもので、ソウシは恥かしく思いつつも微笑んでいる。
ーーベキィッ!
テレスは美容院の床を踏みつけて破壊した。
(今日は私とデートしている筈でしょ⁉︎ それなのに、一体この屈辱感は何なのよ……殺るか)
「あ、あのどうかな? 似合うかな?」
「えぇ、とっても似合ってるわ。店を出ましょう?」
「あれ? テレス、なんか怒ってない?」
「ずぇんずえん、おこっでないでずよぉぉぉぉ」
姫は額に青筋を浮かべ、怒気を身体から放ちつつ無理矢理微笑んだ。だが、隠しきれず口元がヒクついている。
「ど、どうしたのかな? 心当たりがないんだけど……」
「うふふっ、うふふふふふふふっ! 死ねぇ! シンフレイムホーク!」
「な、なんでだあああああああああああああああああああ〜〜っ⁉︎」
その後、ソウシはテレスが放てる最大の魔術をもろに喰らい、服を丸焦げにされた事で再度服屋に戻る羽目になった。
少年が女性をエスコート出来る様な男に成長する日は、まだまだ遠い……
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