たれかれであふ幽まどき
いわし
第1話
置き忘れた文庫本を取って来るついでに、授業も受けてしまおうと学校へ出掛けると、クラスメイトに声を掛けられた。
個人に割り当てられたロッカーに荷物をしまっているところで、驚いて振り返ると、女の子が私の肩を軽く叩いた手を振って、あちらも多少ぎこちない様子でにこやかに挨拶している。ゆるく波打つ茶色の長い髪、ぱっちりとした目に香しい薄化粧、指先の爪には光沢があって透明なマニキュアをしていると分る。名前は覚えていないけれど、顔は知っている。たぶん、話したことはないと思う。クラスで集まったのは、高校に入学してからほんの数度だから——。
「えっと……」
学校で人に話し掛けられるなんて本当に久しぶりで、それにどちらかといえば地味めな私に彼女のような明るい雰囲気の子がわざわざ声を掛ける理由が思い当たらなくて、ちょっと戸惑ってしまう。すると彼女のほうで、「あっ」と声を上げた。
「私、平内恵理。同じクラスのヒトだよね」
「うん。わたしは瀬々川ひなた」
「いきなりごめんねー。瀬々川さん、確か〈ゆうれい〉駆除のお仕事のお手伝いみたいなことしてるんだよね。ちょっと相談したい事があって。今、時間大丈夫?」
そう言って、平内さんは人通りの少ない廊下を見遣った。私は少し考えてから頷く。
「うん、大丈夫。まだ今日の分の出席入れてないから。何か困り事?」
「あ、そこまで時間取らせないから。折角来たんだし、私もちゃんと授業受けたいもん」
私はとりあえずロッカーを閉めて、平内さんに改めて向き直った。彼女の様子はそれほど深刻そうには見えないから、差し迫った事態ではないらしい。確かに直ぐに危険が及ぶなら、わざわざ会えるか分らない私を頼らずに、警察に通報するだろう。
平内さんは場所を変える素振りもなく、声の調子もそのままに話し始めた。
「私の
「うん」
私は少し首を傾げて相槌を打つ。平内さんも頷いて話を続ける。
「動かした覚えもないのに場所が移動してたり、そっちの方からなんか見られてる気がしたり、なんでか少し汚れてたり。そんなことが度々あって。どこかから〈ゆうれい〉でも入り込んだんじゃないかって、お母さんと言ってて」
「なるほど」
「それでね、そのパンダ、ホントに大事な物なの。どこかに行っちゃったり壊れちゃったりしたら困るし、知らない〈ゆうれい〉に見られてると思うとなんだか気持ち悪いでしょ。だから見てもらいたいのよ。でも実際にそうか分らないから、なんだか気が退けて。気のせいかも知れないし……」
「なるほど」
と、私はもう一度頷いた。警察に頼むほどの事ではないし、専門の業者はよく分らない。それでも不安ではあるから、ちょうどよくその手の仕事をしているらしいクラスメイトに相談してみよう、といったところなのだろう。
私は平内さんの本当に困りきった様子の顔を眺める。彼女が「むかーし」と言うそのパンダさんがどれだけ大事なのかも、なんとなく判る気がした。
「分った」
私は少し笑顔になって、快諾する。
「少しでもその可能性があるなら、放置しない方がいいよ。
そのぬいぐるみ、調べさせてもらうね」
「ホントに? いいの?」
「うん。今は大きな被害がなくても、悪性化したらそれこそ大変だから。
でもうちのチーム、お祓いは専門外なんだ。それでも回収だけならできるから、とりあえず見てみて、必要なら知り合いの業者を紹介するね。
早い方が良いよね。一応準備をしてから行くとして——今日の帰りにお宅に寄ってもいい?」
「全然オッケー! ありがと! ホント助かるー!」
平内さんは弾むように頷いて、その勢いのまま私の肩をぱしぱしと何度も叩く。私は明るい彼女の仕草に虚を突かれて、少し蹌踉けながら微笑み返した。
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