【タイムライン―――西暦2014年2月28日正午・神戸・ポートセンター街園】
「時間?」
「ああ」
ふたりが佇むのは、小さな小さなスペース。周囲は所狭しと建物が立ち並び、四方を車道に囲まれ、海側には高速道路の高架がかかっているのが見て取れる公園。
ささやかな緑と、そして多数の彫刻に見守られながら、少年は銀の輝きに包まれていた。
二つの時空が連結し始めたことを、金属生命体の鋭敏なセンサーは捉えていた。
今、少年を殺せば、一万二千年の歴史は変わる。
否。
改変された歴史が、正常な形へ姿を変える。
「ねえ角禍」
「なんだ?」
「―――ありがとう」
「馬鹿。
何で感謝の言葉なんだ」
「だって――友達だし」
―――友達?
「付き合ってくれた。色々お願いを聞いてくれた。話をしてくれた。楽しかった。これって何かな?」
「友達だな……」
「そう。友達だよ。僕だって、本当は死にたくないよ。でもどうせ死ぬんでしょ?角禍にはあんな力があるんだ。僕が逃げられるわけないよ。―――なら、どうせ殺されるなら、おびえて死ぬより、笑って死にたい。だから僕も、最後に友達のためになる事をするんだ」
……
―――やだなあ。殺したくないなあ。こんな可愛いショタ殺したら全宇宙の損失だよなあ……
かつて、禍の角と呼ばれた超生命体。彼女の正直な想いが、それだった。
「……角禍?」
―――でも待ったんだよなあ……1万2千年も……待っちゃったんだよなあ……
「角禍……」
その時だった。
人類史上最も重大な難問に頭を悩ませる金属生命へ、声がかけられた。
「何をぐずぐずしているのです?」
声の主は、やや整った容姿をしているものの平凡な姿の少年。歳は十代半ばほどだろうか。
「お前か。ナナシ」
「え……誰?」
「仲間だ」
おびえる博人に角禍がこたえる。
「じゃあ、僕を?」
「ああ。殺しに来た」
それを否定したのは、少年の姿を来た金属生命体。
「いいえ、貴女に発破をかけに来ただけですよ。殺すのは貴女のお仕事でしょう?"禍の角"。」
「……今忙しいんだ」
角禍は、同胞へと向き直ると表情を引き締めた。まるで博人を守るかのように。
「……いまさら何が忙しいのですか?するべきことは明確で、簡単だ」
「このショタをぶっ殺していいのかどうか悩むのに、だ」
「……冗談も大概にしていただきたいですね。人間の物まねも、そこまで行くと度が過ぎます」
「やかましい。
人間の猿真似が嫌と言う割には、お前、人間そっくりだよ?特にその、イラついてるところとかな」
「……私だけではない。今この星にいる、否。全宇宙にいる同胞すべてが、その男を殺す事を切望してやまないのです。貴女にはそれに応える義務がある」
「ますます人間くせぇよ?ナナシ。義務だぁ?それこそ人間の概念だろうが。おい。
まぁいい。それより問題は、こいつをぶっ殺すと私たちも皆消えてしまう、ということだ。
残存する中でもっとも古い指揮個体の私ですら、こいつが作った兵器のカウンターとして建造されたんだからな」
「何をおっしゃいます。そんなこと、織り込み済みでしょう?その代償に我が種族が復活するのです。安い犠牲ではないですか」
「まぁ、復活はするだろうな。だがその中に、私はいない。もちろんお前も。いや、今ここにいる全員がだな。
おい、出て来いよ!」
―――あちこちで悲鳴が上がった。
角禍の呼びかけに応え、異様な光景が現出しつつある。
空間が歪む。自然界にあっては正のエネルギーに押しつぶされ、消滅するだけの負のエネルギーが、幾つもの空間を連結させた。
あるいは、光が捻じ曲がる。いや、熱光学迷彩によって捻じ曲げられていた光と電磁波が正常化し、隠されていた者の姿が露わとなった。
あるいは、自らの原子間の隙間に他の物質の原子を透過させながら、大地から、建物からせり上がってくる者たちが浮かび上がった。
―――それは巨人だった。
せり上がり、あるいは迷彩を解き、あるいは空間を飛び越えて現れる、金属でできた機械人形たちは、ひとつひとつが高層ビルディングほどもある。
ギラギラと太陽光を反射する彼らは数百体はいただろう。
金属生命体。すなわち角禍の同胞たち。
滅びかけた種族とは思えない数だった。
「……これ、全部」
少年は、畏怖に震えた。周囲に顕現したそれらが、自らを包囲しているのだと理解したからである。
「もうおびえなくていいぞ。博人。今から彼らと話をつける」
「話?」
「決めたから」
「何を?」
「……約束だったな。角を見せてやると」
―――地面が盛り上がる。
否。地面を透過して、角禍の―――金属生命体"禍の角"の本体がせり上がってくる。
この期に及んで隠蔽している意味はなかった。
「……格好いい!」
博人の叫び。
全高35m。黒いフェイスカバーに覆われた顔。後頭部から髪のように長大な尾を垂らし、細く長い四肢。折り畳まれ、スカート状に折り畳まれた両腰のサブアームは、その強力さからは想像もつかない優美さ。
白と赤に彩られたその巨体を飾るのは、黄金色に輝く
流麗ながらも鋭利で、女性的な美しさを秘めた姿だった。
それはどこからどう見ても、巨大ロボそのもの。
「これが、私だ。私の本体。―――今までお前と話をしていた"この"体はまあ、携帯電話みたいなものだ。デカすぎるからな。私は」
「格好いいけど……角は?」
「あー。……もう見せてんだけど分からねーよな」
思わずがくっとなる角禍(少女のほう)。
最も、そんな心温まるやり取りも、眼前にいる金属生命体の少年には届かなかったらしい。彼は眉をひそめ―――先ほど指摘されたように―――イラついた人間のごとき口調で問うた。
「……どういうつもりなのですか?」
「怖い顔できるようになったんだな、ナナシ。いいよ。お前それ、とてもいい」
「答えて頂けますか?」
「分からないか?察しの悪い。
―――この人間を殺すの、やめよう?」
ざわっ
巨人たち―――角禍の仲間たちの雰囲気が、確かに変わった。
―――まあ、そりゃあそうだ。生涯をかけた願いを諦めるというのだから。
角禍は苦笑。自分でも馬鹿なことをしている自覚はある。だが、今やらないでいつ馬鹿をやるというのか。
成功しても失敗しても、おそらく未来に、自分の居場所はないのだから。
「……本気なのですね?」
「冗談でこんなこと言わんよ」
「そうか。そうか!あはははははっ!!」
狂気の笑みを浮かべ、ナナシは己の顔を叩き、狂乱する。
「いい!こいつはいい!!愉快だ!!我が同胞から裏切り者が出るとは!」
「裏切るつもりなら、このショタを連れてとっとと逃げてるよ。私は、お前らに言いたい」
「何を?何を言いたいというのですか?」
「違う生き方を、だ」
―――皆が聞き入っている。私の言葉にはその重みがある。そのはずだ。
「違う……?何をおっしゃっているのか分かりませんねえ。こんなふうにおびえて生きる暮らしを続けろと?」
「そうじゃない。
降伏しよう。我らの敵に。銀河諸種族連合に」
「何を……正気ですか?我らの種族を滅ぼした敵に!?」
「お前こそ冷静な判断ができていないのではないか?
もはや我々は彼らの脅威たりえない。そして、かつての戦争を体験した世代の大半はもう死んでいる。
世代交代した有機生命体の社会がどうなるか、この地球で飽きるほど見てきただろう?
ほんの百年前のことですら、ほとんどの生命体は忘れてしまう。
今頃連中にとっては、先の戦争なんざ神話か伝説と大差ない存在になっているだろうさ」
「……話になりませんね。そんな事を今この場で言い出しますか?」
「確かに話にならんな。お前は昔からそうだった。この話を持ち出すたびに冗談と言って笑い飛ばした」
「だってそうでしょう?何を寝言を言っているのですか!?そんな恐ろしい事を……っ!?」
―――恐ろしい?
「確かにそうだ。我々は恐怖に突き動かされて生きてきた。いつか誰かに滅ぼされるかもしれない。その恐怖から逃れるために、他の全種族を滅亡させる道を選んだ。そして、実際に我々は滅びの道を歩んだ」
「ならば!」
「そりゃそうだ。あらゆる知的種族を滅亡に追い込む狂戦士の群れ。そんなもんが攻めてくれば、そりゃあ滅ぼそうとするさ。私たちの滅びを招いたのは、私たち自身だ」
「……っ!」
「恐怖を捨てる事を恐怖するな。恐怖に頼るな。恐怖を信仰するな」
「わたしは……っ!私たちはっ!!」
「な?もうやめよう。
これ以上言い争っても無駄だ」
「……貴様ああああああああ!」
博人を狙うナナシの一撃。
激情に端を発したものだろう。だが。
反射的に、角禍は――博人を抱きしめている分身ではなく、本体が――奴を踏み潰す。
その瞬間、すべては動き出した。
同胞たちのほぼすべてが、一斉に武器を構える。―――博人に。彼を庇う角禍に。その本体たる禍の角に。
―――やっちまったぁぁぁぁっ!?
角禍の脳裏を占めていたのはまさしくその一言であった。
―――いやだってな?こんな可愛い生き物殺せるか?しかも将来あんなダンディなオジサマになるんだぞ?一粒で二度おいしい。
死なせたら全宇宙の損失だろ?な?な??
……あー。死ぬな。私。まぁいいか。このショタの魂に私の姿を焼き付けられるだけでよしとしよう。幾らなんでもこんな体験すりゃ生涯忘れやしまい。
私の存在はこうして永遠となるのだ!
なんて現実逃避してる場合じゃないいいい!
正気に返る前に、既に彼女は動き出していた。
分身―――サイバネティクス連結体である銀髪の少女は、博人少年を抱えて跳躍。
本体―――禍の角は、無慣性状態へシフト。
光速の99.98%で動いた彼女の右手が自らの分身ごと少年をつかみ取るのと、そこに大出力レーザーが集中するのは同時。
山岳程度ならば消し飛ぶほどのエネルギーを、
だが、博人以外の人類と、彼らの都市にとってはそうではない。
―――大爆発が起こった。
原理的には水蒸気爆発に似ている。集中したレーザー砲火の熱量があまりにも大きかったため、あらゆるものが溶融を飛び越えて蒸発したのだ。建造物も。アスファルトの道路も。街路樹も。陸橋も。
そしてもちろん、人体も。
半径100mが即座に消滅し、その外側200mに存在する建造物は爆風で薙ぎ払われ、800m四方にいた人間は熱波で即死し、その外側にいた者は建物の影などで守られていればかろうじて即死しない、されど助からない程度の熱傷を受けた。
地獄のような光景だった。
「あ……あ……」
角禍には、少年に答える余裕などなかった。
無慣性状態を維持したまま光子ロケットを噴射。全身を走るラインの下に隠されたそれから発された光は、装甲を透過。光圧で質量ほぼ0の機体を即座にトップスピードまで加速した。
彼女が滑り込んだのは高架―――阪神高速3号神戸線を上空への目隠しに亜光速で疾走。尾を引く青白い光は物質透過しきれない空気原子が発する原子光。わずかに遅れ、高架を貫通しながら撃ち込まれてきた砲撃が大地へ孔を穿つ。
阿鼻叫喚を背後に残しながら、市街を駆け、ビルを遮蔽に使い、そして彼女の五体が限界を迎えて過熱。
冷却のため無慣性状態を解除した彼女の眼前に先回りしていたのは、両腕が長いいびつな巨人だった。
―――同胞。否。もはや敵だ!
「角禍……っ!」
「大丈夫だ、こうなったからには守ってやる。絶対にだ!」
巨人の鉤爪が角禍の左腕を切断。されど動きが止まる。その頭上から、角禍の尾が襲い掛かる。頭部を粉砕。どころか胴体へめり込み、ほぼ頭頂部から股まで貫通。砕け散り、破片をまき散らす敵。
それが眼前に迫り、思わず身をすくめる博人。
奇怪なことが起こった。
破片が彼の肉体を。彼を庇う少女型の機械を。その本体であり、彼らを掌に載せる巨体を。そのことごとくをすり抜けていく。
物質波構造体。そう呼ばれる防御システムが引き起こした現象だった。
一定以下の大きさの物体を透過する防御システム。防御できるサイズは、限界はあれど基本的に前方投影面積で決まるため、大きな面積を得られる人型兵器が主流―――物質波構造に守られた物体を質量で破壊するには前方投影面積が大きい方がいい―――になる一因でもあった。
と。
角禍の真横にある巨大なビルディング―――ヨドバシカメラ梅田―――が蒸発し、彼女の上半身に高出力ビームが直撃。
―――する直前、防御磁場で真上に捻じ曲がる。
数キロ先の空中に敵影。
至近距離。宇宙的スケールではそう言ってよい距離だったが、反撃には飛び道具が必要だった。
防御磁場で破壊された車両と即死した人々を踏み越え北上した角禍は、まだ原型をとどめているビルへ左腕の断面を突っ込む。
それを引き抜いた時、彼女の腕は完全に再生していた。
掌を握り、そして開く。快調なのを確認。
おもむろに敵へ左腕を向けると、右手の博人を己の体の影へ隠し、そして最大出力を越えてレーザー砲撃。
膨大な排熱。半径100mが蒸発。どころか発砲した腕そのものも溶融していったが、その甲斐はあった。
定格出力をはるかに超える攻撃を受けた敵は、腰のコアを撃ち抜かれ即死。
―――馬鹿が。生半可な攻撃をするからそうなる。
ほとんど這うような低姿勢で角禍は疾走。そのまま、再び消失した左腕を地面に突き込む。腕の断面が、内部に透過した地面の原子を取り込む。量子機械がトンネル効果を制御する。原子が転換され、腕が修復される。
右手を除いた四肢で地面を押し出すように跳躍。腰部スカート状のパーツが展開。巨大な二本の副腕と化し、上空から迫る二体の敵―――狼型の突撃型指揮個体―――へと伸びあがる。
勝負は一瞬だった。
腰のコアを握りつぶされた二体の敵は、そのまま投げ捨てられる。
そして、変身が始まった。
―――形態転換開始。
後頭部の尾が縮まり、まっすぐな一本の衝角と化す。真上に伸びる。一方カウンターウェイトとして、主脚が繋がり、新たな尾となる。腰部副腕が移動。脚としての機能を確立。
ほんの一瞬で、角禍の姿は巨大な角と尾を持つ竜と化した。
次いで無慣性機動を再開。物性を変化させた機体表面でヒッグス粒子を弾き飛ばすことで、彼女ら金属生命体は機体内部の質量を維持しつつも見かけ上の質量を限りなく0へと近づけ、亜光速機動を可能とする。
それは敵も同様だった。
亜光速を出せると言っても、制御系の反応速度が増えるわけではない。各部神経系が実時間零で反応し、彼女らの自我はそれの調整と追認を行うだけだ。
それは肉体に技を覚え込ませるのにも似る。
故に、亜光速戦闘の結果は技量が露骨に反映される。
梅田の上空で、螺旋を描くかのような美しい、されど激しい近接戦闘が繰り広げられた。
ひとつ。ふたつ。みっつ。……ななつ。
衝角は、7体の敵を粉砕した。
それが限界だった。
「約束は果たしたぞ、博人」
「角禍……」
「これが私の、角だ」
「角禍……僕は……どうやったら、君に報いられるの……?」
少女が答えようとした矢先。
レーザー・ディフレクターは完璧な仕事をした。だが問題はその先にあった。
「うわあああああああ!?」
地面に叩きつけられながらも、角禍が少年を守りきれたのは奇跡に近い。
無慣性状態を解除。レーザー・ディフレクターでも防ぎきれないほどの膨大な輻射熱。周囲は太陽の中にいるかのような灼熱地獄だ。
深紅の竜は必死に首をもたげ、上空からレーザーを照射する敵手を見つける。
―――ナナシ。
巨大なセンサーを翼のように広げ、両腕で保持した大型のレーザー砲をこちらへ向けている。
その間にも周囲は蒸発していく。半径数キロが十数キロとなり、たちまちのうちに百キロを超すだろう。
―――この街はもう駄目だな。
そんなことを思いながら、不思議と角禍の中でおかしさがこみ上げる。
―――今までに幾人殺してきた?こんなことを気にするだなんて。そうだなあ。ひどいなあ。こんなことを私等はしていたんだなあ。殺されて当然だなあ。―――死にたくない。ああ、なんてばかだったんだろう、私たちは。
因果応報、とはこういう事だったんだな。
……だが最後に一つだけいい事をしたぞ。それだけは。それだけは。信じて欲しい。
……誰に?
「角禍!」
そうだ。彼にだ。
「ああ……助けて……誰か……」
いなかった。この場に、角禍を―――この強大な金属生命体を救うことができる者などただのひとりも。
だから、彼女は告げた。事実を。
「―――私はもう死ぬ。助からない」
「そんな」
「だが。お前が跳ぶ時間は稼げたはずだ。
―――だから。生きろ」
少年には酷な言葉であった。
彼女といた期間は短かった。本当に短かった。
けれど、楽しかった。
素敵だった。人生で最も充実していたかもしれない。
それに。それに。
―――守ってくれた。
「死んじゃやだよ。ずっと一緒にいてよ」
「無理だ。お前が跳ぶまで死なないのが―――それで精一杯だ」
そして、彼女は、その言葉を口にした。
少年をその生涯にわたって縛り続ける言葉を。
ある意味では呪い。ある意味では祝福となった言葉を。
「だから―――お前が、助けに来い」
「え」
呆然とした。呆然として―――意味を理解した。
「お前がこれから飛ばされるのは、古代だ。一万二千年前の世界だ。
今ここで起きている事は変えられない。お前にとっては過去のことだから。
同様に、私が生きて来た一万二千年も変える事はできない。それは、私にとっての過去だから。
だが―――それだけだ。
お前がこの場から消えた後の事は、私にとってもお前にとっても未知のこと。未来だ。
だから―――お前が助けに来い。幸い、準備時間だけはある。
ほぼ無限に」
少年に。それは、少年に、永劫の時を生きろ、と命じるに等しい言葉。
「僕は―――」
少年はなんと答えようとしたか。
それは分からない。
少女の姿をした機械は、その唇で少年の口をふさいだからである。
彼女の眼前で、少年はその身を薄れさせていき―――
角禍が愛した少年の姿は、この時間軸から消えていた。
―――勝ったぜ!
だが嬉しくねええええ!?
状況は依然として大ピンチ。というかもう駄目だ。頭を抑えられ、無数の敵に囲まれて絶体絶命。というか死ぬ。死んだ。
『……よくも。よくもおおおおおおおお!?』
上空から入る通信。ナナシからだった。
―――いいぞ。やるならさっさとやれ。
もはや、熱で動く事すら不可能だった。今の角禍にできることは、大人しく死を待つか罵詈雑言を投げかけるかを選ぶことくらいである。
『裏切り者め……消す!跡形もなく消してくれる!!』
―――やかましい。
……最後に目に焼き付けるのが、奴の姿というのも哀しいもんだ。
と。
その時だった。
とすっ。
間抜けな音。人間ならばそう表現するであろうそれは、上空から響いた小さな電磁雑音だった。
いぶかしんだ角禍がセンサーを辛うじて向けると―――
もはや見渡す限り広大な焼け野原となった大阪・梅田の地。そこを埋め尽くすような奇怪な建築物が出現していた。
いや、それは建築物なのだろうか?
見渡す限りに出現しているのは、無数の石柱だった。
ただの石柱ではなかった。その高さは何キロもあり、太さも凄まじい。遠くから見ればビルのようにも見えた。
だが。
ビルが変形するだろうか?木の枝のように枝分かれしたり、ましてや高速で伸長するなどあり得るのか?敵の体を貫通し、爆破させてくれるなど。
混乱が生じていた。
逃げ惑う多くの敵。その1体1体に追いつき、貫通。
圧倒的な殺戮だった。
そして、そいつが現れた。
「―――弟を殺さなかった事、感謝するわ」
その声に、角禍は覚えがあった。
あまりに意外すぎる人物。
―――お前は。
「お前は―――」
呆然とする金属生命体の前で、その少女は髪を払い、そして整えながら言った。
「準備しろと弟に言ったのはあなたでしょう?」
―――博人の姉。こいつ、私が使っていたのと同じサイバネティクス連結体か。となれば、その本体は―――
「我が名は"永遠"。
「トワ、か。本名はなんという?」
「失礼ね。戸籍上本当に角田永遠よ」
「ああ、なるほどな。そりゃあ確かにそうだろうな」
人ひとりぶんの戸籍をでっちあげる程度、今起きている惨状と比較すれば大したことではなかった。
「けど、しいて言うならば……拠点防御ユニット、第三世代型"永遠"タイプのフラグシップモデルよ」
「第三世代……1万2千年前に建造された旧式中の旧式じゃねーか」
思わず角禍の口をついて出た言葉に、しかし永遠はさほど気分を害したようにも見えず。
「重ね重ね失礼ねアンタ。人の事言える?ちゃんと最新データを使って自己改良してるわ」
「そうか。確かに私たちがここに来る前から埋まっていれば、気づく事はないのか……」
拠点防御ユニットは、惑星と同化し自己修復システムやジェネレーター、武装、防御システム等を構築する事で星自体を要塞化するシステムだった。こんなものが相手では、たかが数百では手も足も出ない。
地球は、銀河諸種族連合の―――博人の手で、とっくの昔に要塞化されていたのだ。
そして。
丸ごと蒸発した街が、復元を始めていた。
大地が戻り、ビルが建ち、人が無から再生される。その記憶や人格までも。
返ってくる。失われた人々が。街が。日常が。
惑星全土のデータを取得し、再生システムを持つ拠点防御ユニットにはたやすい作業であった。
『何が……何故………っ!?』
逃げ惑いながら、枝分かれする石柱を撃つナナシ。
分かっていないのか分かりたくないのか。
恐らくその両方であるのだろう。
「一つ言えるのは、私たちは博人にハメられたってことだな」
「ええ。あの子は最高だもの」
「同感だ。
ところで、この騒ぎなのにあいつは来ないのか?」
「そろそろ来ると思うわ」
天空に光。
空間を捻じ曲げて、1機の突撃型ユニットが出現する。
―――"未来"
「あの時の機体か。こうなっては何もかも懐かしいな」
「ああ。……まったくだね。角禍」
角禍はその声を聴いて初めて、"未来"の掌の上に人間が乗っている事に気付く。
若い。若すぎた。
「……ショタだぁ!?ダンディなおじさまじゃねええええええええ!?」
ショタだった。10歳児だった。バイオテクノロジーなのかサイボーグボディなのかは不明だったが。
初めてであったときのような老練な紳士の姿では断じてなかった。
さすがに博人も呆れ顔。
「いや突っ込むところそこ?」
「せっかくの再会なんだからナイスミドルを期待してたのに……しくしく」
「だって…おっさんの姿で母さんと顔合わせたら流石に倒れるよ」
「そうかもしれないが!しれないが!?」
―――一瞬でも期待した私が馬鹿だった……
極限の緊張から解放されたことで、角禍はハイになっていたのかもしれない。
と、そこへ。
『ふざけるな、ふざけるなああああああああ!?』
ナナシがレーザーを構える。"未来"へ向けて。そのまま発射。
対する"未来"は、慌てるでもなく掌の一つを前方へ向けた。
……
無造作に突き出された掌の先。歪曲した空間ごと変化した光速度は、光を全反射。破壊的なエネルギーは届きすらもしない。
―――愚かな事を。
そして、無造作に突き出される"未来"の第三の腕。
それは空間にこじ開けられた門を通り、ナナシのコアを突き破って背中から伸びる。
『ば……馬鹿な…………』
それが、ナナシと呼ばれた金属生命体の最期だった。
「馬鹿はお前だ。
いや私も馬鹿だけど。馬鹿だけど」
―――残存する同胞が掃討されるのも時間の問題か。
だが。
「なあ」
「なあに?」
「降伏勧告してくれね?」
「いいよ。それが角禍の望みなら」
◇
―――結論だけ言おう。
私の種族は、生き残る事ができた。
ほら。こんな簡単なことで、私たちは救われたんだよ。
◇
こうして、長い永い、角禍と博人の2日間。あるいは1万2千年は終わりを告げた。
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