【街歩き―――2014年2月28日午前10時ころ・神戸南京町】

それは黄色い瓦で葺かれた円形の屋根と、赤い柱を持つ小さな小さな建造物。

東屋であった。

装飾の施された軒下にある看板の文字は「南京町」

神戸市中央区。元町通と栄町通に広がる区画の、いわゆるチャイナタウンである。東西南北に大きな門を持ち、そこを潜れば異空間に突入した気分を味わうことが可能であった。

その中央。十字に交差する街路、広場となっているスペースで看板を見上げている二人―――否。一人と一体の姿。

十歳の少年と、一万二千歳の金属生命体がそこにいた。

「ねえ」

「なんだ?」

「角禍は、ずっと人類を見ていたんでしょう?」

「ああ。

いろんなところを渡り歩いた。エジプト。北欧。シルクロードを渡ったこともあるし、南米では翼ある蛇とも呼ばれたな。中原―――今の中国のあたりもうろついたか」

「ここみたいな感じだったの?」

「私があの辺をうろちょろしてたのはまだ殷王朝が栄えてた頃だからなあ……

ここよりはずっと貧相だったよ。デザインも違う」

「へぇ……」

「あの時は気まぐれを起こしてな。人間観察のために、豪族の養女になったんだ。

そうしたら、何の因果か王の目に留まってな。あれよあれよという間に妾の身だ」

「王…どんなひと?」

「面白い男だった。頭の回転が速く、美形で、武芸に長けていた。よく弁舌で臣下をけむに巻いていたよ」

「その国は……どうなったの?」

「どうもならない。その男は、王朝最後の王となったよ。攻め滅ぼされてな。

紂王。そう呼ばれている」

「ふぅん……」

「あの時に思ったよ。何者であろうとも滅びは避けられないと。

いつか滅亡するのであれば、それに抗う事に何の意味があるのかと。

そう考えると滑稽だな。仮に歴史を変えたとしても、滅びの可能性は付いて回る。仮に生き残れたとしても、この宇宙が熱的死を迎えれば、我らは結局滅ぶ。早いか遅いかだけの違いだ」

「……」

「歩こう」

「うん」

ぽてぽて、と、街路を西へ向かいながら、ふたりは無言。

周囲では店頭に並んだ屋台が軽食を販売し始めている。

阪神大震災直後からの、この場所での伝統だった。

角禍は北京ダックを二つ手に取り代金を払うと、片方を少年に。

「喰え」

「うん……」

やがて、ふたりは西の端―――西安門を潜り、出た先を道なりに移動。特に目的地はない。散歩のようなものだった。

無言の時間がしばし続き、やがて。

「博人」

「何?」

「お前は―――怖く、ないのか。いや、楽しそうに見える」

「うん。楽しいもの。とても」

「学校サボって、こんな変な女と遊び歩いてるだけなのにか?」

「学校行かなくていいって素敵じゃないかな?」

「いやでも死ぬんだってば」

「どうせいつかは死ぬって言ってたの、角禍が先じゃないか。……学校いても死にたくなるし」

「何?死にたいなんて軽々しく言うんじゃない」

「あれ?なんで僕を殺すって言ってるのにそんなこと言うの?」

「死にたくないというのは生物としては正常だが、死にたいなんて異常だろう」

「うっ。……ごめん」

「なんでか理由を言ってみ?おねーさんが話くらいは聞いてやるから」

「僕…学校でいじめられてるんだ」

「いじめ?…家族はどうした。確かにあの母親は頼りなさそうではあるが」

「母さんは……前に家族に相談したら、姉さんが殴り込んで相手を半殺し、いや、本当に殺しかけて……」

「あー。確かにやりそうだなあの女」

「空手の道場に殴り込んで、居合わせた屈強な空手家34人を素手で……」

―――人間業じゃねぇ!?未来から来た殺人マシーンじゃなかろうな。あの姉。

「僕はどうなってもいいけど、姉さんが殺人犯になっちゃうなんてやだよ」

「確かに、いじめごときで人生棒に振るのは割に合わんなあ。だからって黙ってるってのはいただけないが」

「僕が我慢して、眼球を切られたり喉を刺されたりマットで簀巻きにされるくらいで済むなら……」

「待てや。死ぬってそれ」

―――うん。犯人全殺ししていいわ。

「お前の姉は正しい。こんな可愛らしいショタを傷つける奴はぶっ殺そう」

「えっ」

「驚かれてもなあ」

「でも」

「いやどうせ私宇宙人だし。というか私一人で現状の地球の全戦力を敵に回しても余裕だし。

お前を殺す前に、そいつらぶっ殺そうか?」

「……いや、いいよ。どうせ消えるんでしょ?」

「まあな」

「なら十分だよ。他人が痛がってるのも見るのやだよ」

「お前がそう言うのなら」

「……ねえ」

「なんだ」

「痛くしないでね?」

「それは安心しろ。痛みを感じる暇もなく殺してやる」

それから。

ふたりは他愛もない会話をしたり、ウィンドウショッピングをしたり。

―――そうだな。私たちは歳の離れた恋人のように見えるのかもしれない。


そして、その時がやってきた。

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