アンタそらぁ皿うどんじゃなかよぉ

小暮悠斗

第1話 長崎生まれ長崎育ちの観光客

 ジリリリリと黒電話が早く受話器を取れと急かす。

 昔ながらの木造建築の我が家は階段が途轍もない角度で設置されており、後ろ向きでないと下りることもできない。

 特に年を取ってからというもの階段を下りるのも一苦労。二階に設けてあった寝室は一階の和室を代用することにした。

 七〇を超えると次第に付き合いも減る。ご近所さんとは今まで通り挨拶は交わすが少し家同士の距離が離れた友人とは次第に疎遠になってゆく。つい先日も五年ほど逢っていなかった隣町のミチ子さんの息子夫婦からお葬式の日程の連絡を受けてミチ子さんが他界したことを知った。そんな中でも昔と変わらず付き合いの続いている人間はいる。例えば、毎年この時期になると連絡をくれる―受話器を取る。

 「あっ! おしまさぁ~私ぃ、長崎の田代ですけんどみっちゃんね?」

 親戚のおばあさんと―同年代(同い年)、再従姉妹はとことは今でも仲良しである。

 「どげんしたとね。今年は不作やけん野菜は何も送れんよ」

 「おしまさぁ~そげんもんば催促しゅうでちゃ~連落ばしたりはせんですたい」

 「そしたらどげんこつです?」

 「こっちでひー坊の葬式があっですたい。家ばホテル代わりにしたらと思うたとですたい。どげんね?」

 「そうやねぇ、そいなら頼もうかねぇ」

 こうして私は数十年ぶりに長崎に行くこととなりました。

 

 私の住んでいるのも長崎のはずなのだが、生憎そんな実感はこれっぽっちもない。

 対馬に住んでいると県外の人に言うと「どこだっけ? 聞いたことはあるんだけど」と大体似たような反応が返ってくる。私も詳しく説明するのが面倒だし、理解してもらえるのかも怪しいので「他所の人は皆そんなもんよ」と相手の気分を害さないように十分な配慮を示しつつ話を終わらせることはや十数年。最早名人芸の領域にも達している。

 そんな私は長崎名物と呼ばれるものを口にしたことがない。久々の長崎に私の心は他県からの観光客となんら変わらない。

 この前来た時はドタバタして何も食べられんかったからね。今回は長崎らしいもんば食べて帰るったい。


 

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