④
――1ヶ月後。
「あった!」
自宅の部屋で携帯を眺めていた俺は、声を張り上げ思わずガッツポーズをしてしまった。
携帯の画面に映し出されているのは、例のオークションサイト。
会社に辞表を出してから1ヶ月あまり。
ついに、ネットオークションに俺の希望通りの『行動力』が出品されていたのだ。
それは、こんな感じだった。
《私は、消防士をしています。過去に、火災現場から幼い子供を救いだし、表彰されました。もちろん過酷な現場でしたが、子供を助けたい一心で必死でした。今でも頑張って本当に良かったと思っています。そんな私の行動力を出品します》
「これだ……」
俺の目は、この文章に釘付けになった。
なぜなら、この行動力は、しっかりと結果も出ているからである。
「よし……絶対に落札してやる」
俺は、入札を始めた。
最高の
行動力を手に入れるために
――2週間後。
「よし、行くか!」
まだ暑さが厳しい夏の終わり。
俺はスーツを着込み、笑顔で家を飛び出した。
結局、あの『行動力』を、5万3千円で落札した。
入札していた競争相手は、30人近く。
でも、10万円まで出すと決めていた俺は、余裕で落札することができた。
そして、新たに『行動力』を手に入れた俺は、今まで経験したことがないようなやる気に満ち溢れていた。
「今日こそ、内定をもらわないとな」
実はこれから、面接が入っている。
この『行動力』を手に入れてから、最初の面接だ。
「おっと、その前にコンビニに寄って腹ごしらえしていくか」
面接時間は、11時から。
朝から何も食べずに出てきた俺は、通り道で目に入ったコンビニのドアを開けた。
「ロールケーキとプリン……あとはアイスココアでいいか」
俺は商品を手に取りレジに向かった。
あぁ、そうだ。
面接が終わったら、またチョコレートパフェ味のアイスを買おうかな。
あのアイスは、最近の中では1番美味しかったからな。
よし。
楽しみが1つ増えたな。
俺は、ウキウキしながら財布から小銭を取り出そうとした。
――すると、その時。
「動くな!」
え……?
「大人しくしろ! 金を出せ!」
俺は一瞬で体が固まった。
なぜなら、激しい音を響かせドアが開くと、俺の目には異様な人物が映っていたからだ。
それは、男。
サングラスにマスク、帽子を深くかぶり、サバイバルナイフを構えている男だった。
「え……?」
う、嘘だろ!
こんな真っ昼間に強盗!?
「早くレジから金を出せ!」
男は女性店員に向かって、さらに激しく怒鳴り始めた。
女性店員は、震える手でレジの中にある紙幣を差し出した。
俺は、その光景をただ黙って眺めていた。
店内には、客は俺1人。
このままじっとして男の言う通りにしていれば、俺にも女性店員にも何の危害もないだろう。
金を奪った男は、そのまま逃走するはず。
そして、あとは警察の仕事。
防犯カメラの映像や、店外での目撃情報も出てくるだろうし、すぐに犯人も捕まるに違いない。
大丈夫だ。
俺は予定通り面接に行くことができる。
俺は耐えた。
1秒が何時間にも感じるようなこの空間で、指先一つ動かさずに立ち尽くしていた。
大丈夫だ。
もうじき、全てが終わる。
俺は、このまま早く時間が過ぎることだけを祈っていた。
――しかし、次の瞬間!
「おとなしくしろ!」
こともあろうか、俺は大声をあげながら、男に飛びついていた。
それは、一瞬の出来事。
自分でも、なぜそんな行動に出たのか分からない。
頭より先に体が反応したというべきだろうか。
男が紙幣をポケットにねじこもうとした時、一瞬隙ができた。
ナイフの刃が下を向いた瞬間を逃さず、俺は飛びついていた。
「てめえ! 殺すぞ!」
「ナイフを離せ!」
俺は男と揉み合いになった。
すると!
グサッ!――
「うっ!」
俺の腹に、偶然、ナイフが刺さってしまった。
「く、くそ!」
それを見た男は、ドアを乱暴に開け、外に飛び出して行った。
「うっ……うぅ……」
俺は床に仰向けで倒れた。
血が止まらない。
意識が遠くなる。
目に映るものが、全て歪み始めていた。
あぁ……いったい、なんでこんなことに……
俺は、何もせずにただの傍観者でいるはずだった。
予定通り、面接に行くはずだった。
なのに、なんで……こんなことに……
「あっ……」
あぁ、そうか。
『行動力』を買ってしまったからか。
そういえば、この『行動力』は、消防士が子供を助けて表彰されたって書いてあったな。
それはつまり、自分の身を投げうってでも、自己犠牲をしてでも、正しいことを成し遂げたいということ。
なるほど
最高の行動力じゃないか
「あ……あぁ……」
横たわる俺の目には、もう何も映らなくなってきた。
あぁ。
なんだか、俺の命はもう終わりそうだな。
あぁ。
このまま死んだら、俺は勇敢な一般市民として表彰されるのだろうか。
あぁ
参った
参った
参った
行動力がありすぎるのも考えものだな
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