ただいま、入札中【短編】

ジェリージュンジュン



もうどれぐらい、人とまともに話していないだろう



確か、会社を辞めてしばらくしてからだったかな




あれからだ




人との関わりが極端に減ったのは。







* * * *





「あぁ……暇だな……」



俺の名前は吉永明(よしながあきら)


年は29歳。


現在、無職。


プチ引きこもり期間、約半年。


時間だけを無駄に浪費する、完全なる社会からの脱落者だ。


そりゃ、仕事を辞めたすぐは、次への未来に満ち溢れていたさ。


新しい自分を見つけようと必死だった。



ちなみに、俺の前職は広告代理店でのクリエイティブ職。


簡単に言えば、広告のデザインやキャッチコピーを作ったりという、はた目には華やかに映る職業。


どれぐらい、この職場で働いていただろう?


大学を卒業してからだから、かれこれ7年ほど働いていたことになるのかな。



「あぁ……あの頃は良かったな……」



俺は、無精髭をはやした顔のまま、新商品のチョコレートパフェ味のアイスをかじった。


今日も、コンビニへ買い物に行っただけ。


甘党の俺にとっては、お菓子を買うことだけが外に出る楽しみだ。


入社してから2年ほどは、何も問題はなかったが、不況の煽りを受けて、会社の経営の悪化に伴い、社員への待遇も悪くなってきた。


まあ、簡単に言えば、俺からその会社に見切りをつけたってわけだ。


今まで培ってきた経験があれば、よそでもやっていける。


俺は、もっと成功できる。


そう思っていた。



「くそっ……」



だが、うまくはいかなかった。


なかなか、再就職は難しい作業だった。


何社も何社も面接で落ち続けるうちに、もう気力が全部吸い取られてしまった。


そして、今に至り、もっぱら、俺の唯一の友達はネット。


色々なサイトを眺める毎日になってしまった。


ちなみに最近は、オークションサイトにはまっている。


たまに商品を落札したり、出品されてる珍しい物を眺めるのが面白くてたまらなかった。



「ちっ……高いな……」


ソファーにだらしなく座った俺は、携帯電話の画面に向かって1回舌打ちをした。


俺は、お目当てのフィギュアを落札しようと必死だった。



「あっ……やられた……」



数分後、今度は大きく舌打ちをした。


同じく落札を狙う競争相手に、自分より高値をつけられたからだ。


ちなみに俺が狙っているのは『ミレニアム・レジェンド』というアニメに出てくる主人公のステファン・ラインハルトのフィギュア。


炎を吐く赤いドラゴンにまたがり、剣を構え今まさに必殺技を繰り出そうとするシーンをリアルに再現したフィギュア。


限定品のため、今では中々手に入りにくい。


だから、3千円ほどの品だが、もちろん値段も高騰する。


俺が出せる値段は、だいたい1万円まで。


しかし、ネットオークションでの相場は、約1万7千円。


運がよければ1万5千円、悪ければ2万円を越す時だってある。


ということは、1万円までしか出せない俺には到底、落札不可能な品物だ。


でも、そこにチャレンジするのが面白い。


ひょっとしたら、誰も入札せずに落札できる時があるんじゃないか。


俺は、そういう期待を込めて楽しんでいた。



だが、言い方を変えれば、ただの時間つぶしかもしれない。


毎日とめどなく訪れるこの莫大に有り余った時間を費やすことができるのなら、何でも良かったのかもしれない。


俺はこのフィギュアを落札できれば、満足できるのだろうか?


今度はさらにやることが無くなって、より一層虚しさが沸き上がってくるんじゃないだろうか?


そんな出口のない悩みが、頭の中をグルグルと回っていた。



でも、そう思う反面、俺の中では、こういう考えもあった。


このフィギュアを1万円で落札できれば、何かが変わるんじゃないか。


もう1度、就職活動に前向きになれるんじゃないか。


こんなことを本気で考えていた。



「他にラインハルトのフィギュアは、出品されてないのかな……」



俺は、画面をスクロールさせ再び検索。



「あっ、しまった……」



すると『ミレニアム・レジェンド』と検索するはずが、携帯の予測変換を押し間違えて『見えない』という単語で検索してしまった。



「ふぅ……」



この単語も悲しいな。


『見えない』という文字が『み』の予測変換のトップにきているなんて。


実は、これには訳がある。


なぜかというと、友達から『今どこで働いてるの?』とか『就職先は見つかった?』というメールが来た場合、決まって俺は『先が見えない』というような文章で送り返していたからだ。


最初のうちこそ、格好つけて『もうすぐ決まりそう』とか『今は、いい会社を吟味してる』って返信してたけど、最近では建前なんか気にせず、素直に書くようになってきたな。


何だろう。


格好つけるのも面倒くさくなってきたんだろうな。


『先が見えない』


この言葉が、今の俺を全て表していた。



まあ、いい。


今の状態にすっかり慣れてしまったのは事実なんだから。


もう、いい。


俺の人生は、どうなってもいいんだ。



とにかく、さっさと検索し直そう。


そう思い、右手の親指を動かそうとした時、



「あっ」



画面に、1つだけ検索結果が表示されていた。


検索のキーワードは『見えない』


何だろう?


『見えない』の検索でヒットした出品商品って何だ?


俺はすぐさま、商品説明に目を走らせた。


すると、それは一風変わった商品だった。



《1円からスタート! 目に見えない気持ち、出品いたします!》



商品説明の冒頭文はこんな感じだった。


なるほど。


確かに『見えない』というキーワードが入っているな。


だが、何だ?


『目に見えない気持ち』って何だ?


「どんな商品なんだ?」



俺は、さらに詳細ページをクリック。


すると、こう書かれてあった。



《今回の商品は『行動力』を出品します》



え?



《私は、15歳で単身ブラジルにサッカー留学いたしました。そして22歳で日本に帰ってきてからは、スポーツ用品店を経営しています。そんな私の行動力を出品いたします。どうぞ、よろしくお願いいたします》



当たり前のように、こう書かれていた。



え?


どういうことだ?


これを落札すれば、行動力が手に入るということなのか?



「ちょ、ちょっと待てよ……」



入札している人は……現時点で14人……


1円からスタートして現在価格は……580円……


結構、みんなやってるんだな。


ということは、ネットオークションの世界では、当たり前に取引されてる品ってことなのか。



「あっ」



そうか。


気持ち的な問題ということか。


これを落札すれば、気分的に行動力が身についた気になれるということか。


なるほど。


じゃあ、俺も入札に参加してみるか。


どうせ、500円ぐらいの値段だしな。



――10分後。



「くそっ! またやられた!」



最初に入札を始めてから、もう俺は必死だった。


現在価格は、1万8千600円。


どんどんと入札の応酬で、ここまで値が釣り上がってしまった。


もちろん、俺もこんな値段になってまで買いたいとは思わない。


でもやめられない。


もう意地になってしまっている。


商品の内容よりも、落札することにムキになってしまっている自分がいた。



残り時間は、あとわずかだ。


絶対に落札してやる。



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