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 三人で食卓を囲んで二日後。


 自分の部屋でくつろぐアランに美夜は何度目か分からない釘をさしていた。



「いいですか? 師匠。今日は二人の仲を取り持つんですからね? まかり間違っても破綻させちゃダメですよ?」

「分かってるよ。もう何回も聞いたし」

「そんなこと言って。前に喧嘩があった時、仲裁どころか喧嘩の火種をさらに火起こししてキャンプファイヤーにしかけてた人の言うことですか」

「きゃんぷふぁいやー? あぁ、野宿した時に火の番を怠った奴等が起こした不始末か」

「それは違います。……じゃなくって! 今はあのお二人のことですよ」

「はいはい。分かったってば」



 本当に分かっているのかどうかとても怪しいものだ。

 実行するのかではなく、実行したとして余計な付け足しをしないかどうかという意味においては彼の“分かった”は塵芥と同じくらい軽い。


 今日は王太子であるフランシスが主催する舞踏会があるという。もちろんそれにはフランシスの婚約者であるメグ嬢も参加する。それをフランシスから聞いた美夜は一計を案じていた。



「それで? 私がお伝えした計画はどんなものでしたっけ?」

「あの穴だらけの計画か」

「なんだって?」

「大体ね、他人の色恋に口を挟むべきじゃないと思うんだけど」

「……正論吐いてるけど、自分も渦中にあるってこと忘れてないですか、あんた」

「恋愛なんてなるようになるさ」

「なるようになってないから今、現在進行形で貴方の弟さんが悩みまくってるんでしょうが。師匠がメグさんと話をつけないから」

「僕のせいなのか?」

「原因の一端はありますね。そもそも、こんな思考回路駄々洩れ、世辞の一つも言えない人をどうやって好きになってしまったのか」

「もういっそのこと僕に関する記憶を消しちゃおう。それが一番手っ取り早いだろう?」

「面倒くさくなったからって力にものを言わせない。ダメに決まってるでしょうが」

「あれもダメ、これもダメ。ミヤは本当に口煩い」

「誰のせいだと。……今までも誰かにその手を使ったことはないでしょうね」

「ある」

「……少しは悪びれるとか隠すとかしてくださいよ」



 美夜はボタンの部分に王家の紋章が入った藍色のコートを持ってアランの背に回り、肩にかけさせた。フランシスが用意してくれたものだ。コートには肩にかける時用に留め具がついているようで、アランは大人しくその留め具に手を伸ばし、腕は通さなかった。


 美夜自身は初めのうちは自分も出席するつもりなど考えておらず、計画もそれに準じたものだった。

 だが、フランシスから是非とも招待するからと言われ、衣装まで用意されれば断ることができなくなってしまった。



「緋色のドレスか。……目立つね」

「言わないでください。ちゃんと計画通り動いてくださいね?」

「信用なさすぎでしょ」

「信用してほしいなら信用するに値する人物になってください」



 アランはふぅと溜息をついた。


 なんだか思わず頭を叩いてやりたくなる衝動にかられてしまう。

 しかし、ヘアメイクをしてくれた人の良さそうな侍従の顔を思い出し、美夜はなんとかその物騒な思考を頭の隅に追いやることに成功した。



「いいですか? まず会場についたら主催者であるフランシス様にご挨拶に行きます」

「うん」

「横には婚約者であるメグ嬢もいらっしゃるはずです」

「そうだね」

「そこであなたがするのは?」

「ミヤを婚約者だと紹介する」

「そうです。まぁ、一度ブラッドフォードでもフリをしてるので、それと似たようなものです。メグ嬢には酷ですが、フランシス様にとっても、なによりメグ嬢にとっても結果的には最良の道になるんだって信じてます」

「自分が悪者になるんだとしても?」

「はい。……私はみんなを幸せにするような大それた力は持っていません。せいぜいあなたの身の回りの世話とか研究の手伝いができたり、マックス達に進言ができるくらいです。だから、私はせめて知り合った人達の幸せくらいは手助けしたい」

「ほんと君って偽善の塊だ。いつか刺されるんじゃない?」

「自分のその口のせいで刺されそうなあなたに言われたかないですよ。……話を戻します。それで、婚約者の話を聞いたメグ嬢は当然嘆き悲しみます。そこでフランシス様の出番です。小さい頃から一緒にいた人に、悲しい時に慰められたらちょっとした心の変化なんて付き物ですからね」

「この年まで結婚せずにずるずる過ごしてきた男の方が断然悪いと思うけど」

「いいんです。過去のことは過去のことで! とにかく、今日は私達にとってもフランシス様にとっても必ず失敗できない日ですからね!?」

「やれやれ。本当に人間関係っていうのは面倒だ」



 二人の中で事前確認が終わったところで示し合わせたかのように侍従が部屋を訪れた。

 舞踏会の時間が近づいてきているので会場まで案内してくれるという。



「ほら、師匠! ……じゃなかった、アラン、でもなかった。アレクシス様! 行きますよ!」

「はいはい。そんなに引っ張らないでよ」



 美夜がアランの腕を引き、数歩前を歩く侍従について部屋を出た。


 興奮している美夜は気付いていなかったが、ふと廊下の窓の外を覗いたアランはソレに気付いた。王宮の入り口につけられる馬車の中に、見慣れた紋章が施されたものがあることに。

二頭の獅子が背向かいに立ち、その足元から百合が獅子を取り囲むように頭の上まで半円をそれぞれ描いている。ブラッドフォード王家の紋章だ。


 その馬車から降りてきたのは国内外の者に紋章から白百合の君と呼ばれているブラッドフォード王国王太子・マクシミリアンと……。



「師匠? どうかしたんですか?」

「……君も大変だな」

「はい? やっとご自分が傍迷惑な性格してるっていう自覚が芽生えたんですか?」

「僕が迷惑? なんで?」

「違うんかい」



 美夜は自分では冷静だと思っているかもしれないが、実のところ猪突猛進型だ。目の前のことしか見られない。冷静な人物であれば、アランの視線の先を追って気づけただろう。クリストファーがマクシミリアンと共に王宮に招かれていることを。


 いくつもの波乱が起きそうな舞踏会まであと残り僅か。


 アランはしっかりと腕を掴んで離さない美夜を見て、気付かれないように溜息をついた。



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