二話 二章

「う~ん……発症者は昨晩の食事を取った者にほぼ限定かぁ……」

 それは発症者をリストアップしていく過程ですぐに気が付いた。

「しかし、全員が全員そうでもないというのが気になるのう」

 隣で隊長もそう洩らす。

「ええ、とりあえず昨晩の夕食を当たりますが、こうなると――!」

 突然、上がった悲鳴と水差しの砕ける音に俺も隊長もそちらへと視線を向ける!

「手、手が……」

 修道女が震える手で指し示す先には、一人の感染者――の指先!?

「!」

 よく見ると、感染者の指先が黒く変色し始めていた!?

「悪魔よ……悪魔の仕業だわ……」

 顔面蒼白になりながら震える声で呟く。

「焼かないと、すぐに火で清めないとっ!」

 そのままフラフラと照明用のランタンの方へ――マズいっ! その修道女が何をしようとしているのか気付き慌てて駆け出す!

「待――」

 声をかけるが、修道女はランタンを手に取ると、そのまま床へと――不思議な程、間延びした時間の中で、かつて黒死病が大流行した時の人心の荒廃と混乱を思い出していた。

「おっとっと――危ない危ない」

 高々と掲げたランタンが地面にたたきつけられる直前、一瞬で距離を詰めた隊長が修道女の手からランタンを取り上げると、片手で器用に縛り上げる。

「落ち着くまで別の部屋で休ませてやれ」

 近くで事の成り行きを見ているだけだった、別の修道女にそう言いながら引き渡す。

「ふ~……」

 俺は知らず止めて息を安堵という想いとともに吐き出す。

 伝染病の怖さとは、その致死率や悲惨な症状とともに非感染者への恐怖心が生み出す迷信がもっとも怖いのだ。とくに黒死病の場合は長い間、人から人への感染条件が特定できず視線が合っただけで感染すると言われて時代もあったほど。

 そうなると人々はお互いを信用しなくなり、症状がでた家では家族は患者を見捨てる。親が高熱で苦しんでいる我が子を見捨て、同じく子も死にかけの親を見捨てた。生きた人ができた事といえば、人知を超えた存在――神や悪魔の仕業と諦める事。

 そんな……そんな悲しい時代がかつては存在したのだ。

「悪魔なんていない。神の与えた試練でもない。これは……これはタダの病だ。俺が必ず解明してみせる。だから、もう少し時間をくれ」

 恐怖を蔓延させないために感染者、看護者この場にいる双方に向けてそう言い放った。


「ああは言いましたが、早急にランタンを蝋燭ではなくヒカリゴケに替えた方がいいでしょう」

「わかりました。その様に致しましょう」

「光量が下がり多少、不便にはなりますが――」

「ええ。それも値がはりまけど……院が燃やされるよりはマシですわね」

 間近で起こった弟子の暴走に院長は疲れた表情のまま同意してくる。

「それと――夕食の残りとかってありますか?」

「えぇ……。冷めてしまっていますが、用意させましょうか?」

「いえ! むしろ誰も口にしない様にしてください!! さきほど発症者のリストを見ましたが、ほぼ昨晩に夕食をとった方が大半でした」

「では! 昨日、食べた物の中に――!?」

「それを今から調べます」

 そう言って厨房へと向かう、その耳に――

「あぁ……明後日には教皇様、縁の者を加えた使節団いらっしゃるのに……」


「これで全部かぁ……」

 数々の食材を並べたテーブルを眺めながら、

「――にしても、ホント質素だな」

 パンと山菜のスープのみ。

「スープに肉類はなし――っと、やはり怪しいのはキノコの類だな」

 そう思いながら、慎重に調べを進めていく。

 そして――屋外から虫の音が聞こえ始めてきた頃。


「ダメだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 一つ一つの食材を調べた結果――何もでなかった。

「くっそ~! 違うのか? 読み違えたのか?」

 テーブルに両肘をつき両手で頭を抱えながら自問する。

 あれだけ大見え切ったのに、今さら「わかりませんでした」なんて言えるかっ!

「――って、腐ってる場合でもない!」

 自分に活を入れる様にそう叫んでから再び今まで集めた情報を見返す。

「ん~……」

 しかし、再び煮詰まる。

「なんでだ……なにが原因なんだよ……」

 すでに夜半過ぎ――もう一度、発病者の症状を読み返す。

「手足先が真っ黒になって、幻覚症状、時折、痙攣も……そして皆、一様に「熱いと」譫言の様に言い続けてる。うーん……症状だけ見ると、麦角菌中毒なんだよな……麦に寄生するカビでそれで作ったパンを食べる事により発症――って、いうのが一番わかりやすいパターンなんだが……」

 そう言いながら、テーブルの上に置かれたパンを見る。

「発病者リストにはパンを食べてない人もいるし……なにより昨日ここにやってきたナナが一度に中毒になるほどの量を摂取したとは思えない……う~ん……じゃ、例えばナナが王都でも汚染された穀物を食べ続けていて、ここで偶然、中毒になるまで摂取した……他の修道女と同時期に――ないな」

 再び頭を抱える。

「暑いな……知恵熱か?」

 席を立ち水差しからコップへと水を注ぐ――その時、昔読んだある書物の事を思い出した!

「……待てよ! 偶然……?」

 先ほど自らが口にした言葉を反芻する。

「もしかしてっ! 偶然じゃないのかもっ!!」

 麦角菌は非常に毒性が強く、かつて人同士が戦争をしていた太古の時代に大軍団に包囲された小都市が自国の井戸に麦角菌をいれて撤退し、都市に大軍団を招き入れ、大軍に病気を蔓延させ撃退したという細菌兵器として使われた、なんて記録もある。

 もちろん、そんな昔に菌類の存在自体が認知されていなかったが、麦角菌は麦に寄生するカビ――その姿形はドス黒い爪のような形をしており、古来より別名『悪魔の爪』とも呼ばれていた事から呪い類で使ったのではないかと本の中で歴史家が解説していた。

「つまり、そういう大規模攻撃に使われる可能性がある――じゃ、なんでこんな辺鄙な田舎の――さして戦略上も経済上も価値がない修道院に――?」


「あぁ……明後日には教皇様、縁の者を加えた使節団いらっしゃるのに……」


 先ほど苦悩に満ちた顔でそう洩らす修道院長の姿が脳裏に浮かび上がってくる!

「動機はある! 問題は方法……。どうやって、または何を使って、誰を使ってこれだけ――修道院内の人間三分の一まで感染させたか――だ」

 テーブルに置いた腕に顎をのせ、伏せるような姿勢になりながら思考を続ける。

 しばらく考え込むが――

「あぁぁぁ――!」

 再び煮詰まりそうになりなった頭をワシャワシャと引っ掻く!

 何百回と見直した発病者リストに目を移す。

「ダメだ! うーん…………修行のために穀物類を抜いてる者にまで発症……食事じゃないのか? 水? いや、違う! もし水が汚染されているなら、俺も含めもっと多くの人が――なんなら院内全員が発症してる……もし、もしも――これが何者かが仕組んだ事だとしたら粉末状にした麦角菌を食器、またはコップなどに塗ったりすれば……」

 俺の頭では既にこの事態は偶発的なモノではなく、何者かによる計略という思いに傾いていた。

「でも、そんなのどうやって証明すれば……院内に新入りはいないし、みんな家族のような間柄、ナナが発症していなかったら真っ先に俺達が疑われておかしくない状況だってのに……」

 呟きながらテーブルの上にあるランタンを見る。

「これだっ!」

 俺はヒカリゴケの詰まったランタンを持ち上げて大声で叫んだ!


「生物発光はある種のカビ菌類を浮かび上がらせる事があるって読んだ事があります」

 ヒカリゴケを見て思い出したのは昔、モンスター図鑑に載っていた事だった。

「本当なんですか? この院に何者かが毒を撒いたというのは?」

 厨房を出た俺はすぐさま交代で病人の看護をしていた修道女達を集め、自分の推測を話した。その際に一人の修道女が放った一言、他の者も同様に半信半疑のような表情で俺の話しを聞く。

「こ、ここにそんな恐ろしい事をする理由も意味もない……と思います」

 前髪の長い少しオドオドした様子の修道女もそう続く。

「動機ならあります」

歳若い修道女達の言葉をキッパリと否定する。

「な、なにを根拠に――」

「明後日にやってくるという使節団ですよ」

「使節団……ですか?」

「ええ」

 困惑する修道女達にむかって、

「俺にはよくわかりませんが、使節団の中にはこの大陸の宗教的指導者たる教皇の親族がいると――」

 話し始めると、皆一様に微妙な表情になる。

「ですが、こんな状態になってしまったからには……」

「ええ……そうですわね」

「万が一、使節団の方々に発症者が出てしまっては……」

 微妙な表情だったものが、ハッキリと落胆の色に変わっていく。

「そう! そうなんですよ!! このままでは院に立ち寄る事はないでしょう。もしかしたら入港だけして下船しないとか村にすら立ち寄らない可能性もあります」

 少し非難の籠った眼差しを向けてくる修道女達――確かに彼女達にとってはあまり嬉々として語られる状況ではないな……コホン。

「しかし、残りの期間中に封じ込めに成功できれば――」

「ゴクリ……」

 誰かが期待を待ち望むかのようにノドを鳴らす。

「使節団一行が立ち寄るのも難しくない」

 そこにいた二〇名ほどが声を上げる。

「それには――まず感染源を特定するのが重要です。幸いなんの病気かは目星がついています。そこで皆さんに協力してもらいたいのです」

 そこで俺はヒカリゴケの詰まったランタンを掲げ――

「このヒカリゴケの光を当てて、赤色に浮かび上がる箇所があったら教えてほしい」


「ちょっと! これは一体なんの騒ぎですか?」

 汚れたシーツを持った修道院長の声がした。


「そんな……そんな話しとても信じられません!」

 俺の話しを聞き終えた後に院長が言った。

「この修道院が何者かに狙われているなんて話し。全てアナタの推測でしょう?」

 院長はこれ以上の厄介事は御免だわとも言いたげな雰囲気で先を続ける。

「確かにアナタの言ったような事は動機になりえます。ですが、私はそのような不届きな輩がいるとはどうしても信じられません。今は――今は床に臥せてる者達の回復に全力を尽くすのみです!」

「しかし――感染源がわかれば、病気を特定し有効的な治療――」

「話しは以上です。さっ――みなさん病人の看護に――」

 そういって、解散を促す。

「そいつの言う事を聞いた方がいいと思うが……」

 修道女達の協力が得られなくなると思われた、その時――集まった者達の後ろから野太い声がする!

「話しの筋は通っている。しかも、うまくすれば病気の正体がわかり、ハッキリとした治療が施せるなら良いと思うが……ワシも素人なのでよくわからんが、感染者の容体は一向に良くなっていないのはわかる。――かといって、素人診断で勝手に治療を施せばかえって悪化、最悪は死なせてしまう場合もあるだろう」

 部屋の隅で事のなりゆきを黙って聞いていた隊長が口を挟んできた。

「だからこそです。この方も医者ではないのでしょう?」

 そこで隊長は俺のほうへ、

「病気の特定ができれば治療法もわかるのだろ?」

 そう尋ねてくる。

「ええ。きっかけは昨晩の夕食――それは間違いないでしょう、ですが、メニューを調べ食材、全て調べても怪しい物はありませんでした。それに僅かですが、夕食をとらなかった者も発病しています。この点を考えると……病気を発症させる毒物は食べ物ではなく、食器などに仕込まれていたのではないかと考えています。例えばコップなどに仕込まれていた場合なら断食中の修道女に発病したとしても説明がつきます」

 俺はヒカリゴケの入ったランタンを掲げ。

「俺の推測が正しければ、このヒカリゴケの光を充てれば赤色に浮かび上がるハズです」

「ほ、本当にそんな事でわかるのですか?」

 ランタンを受け取りながら、半信半疑のままの院長。

「どうもこの院の方々はコイツを過小評価しているみたいだ」

 俺の肩に手を置いた隊長は、

「コイツは傭兵としては見習いだが――あの先の大戦で軍師を務めたディバイン家の後継者だ」

 その一言で皆の瞳から疑念の欠片も吹き飛んだ!

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