三章

「では――七日後の朝にこの場所で。わたしどもはここで馬車預け港に行きますので」

 それを合図に各自解散となった。皆別々の方向に歩きだす。

 あの後の道中は襲撃もトラブルもなく予定通りに進み太陽が真上にきたあたりで街へ着くことができた。

「はふ……」

 あくびをかみ殺し街のメインストリートを見る。

 俺も一応レベル三の傭兵だ。この街に来た事も何回かある、確か――

 この先には傭兵ギルドがあり、その辺りを中心に宿が立ち並んでいる、もともと王国水軍のあった城塞都市として作られた街だ。繁栄も規模も他の王国領にある街とはケタ違い。現在では駐屯兵を残して王国水軍は王都にその機能を移しているが大きな湾を持ち左右を高い山に囲まれた盆地地形、街へ入る唯一の出入り口は大昔に海神が作ったと云われてる強固な城壁に守られている。王都に流通する物資は一度この街に全て集まると言っても過言ではないほど重要で難攻不落な港。

 再びあくびをかみ殺し記憶を頼りに宿に向かう。

 ――ん?

 メインストリートの端に白いクロークを着込んだ姿を発見した。

「よう。なんか探してるのか?」

 いかにも『困っています』といった雰囲気で俯いてた神官娘に声をかける。

「あ――ラーアルさん。なんでそんなにしまりのない顔してるんですか?」

「眠いんだよ! マヌケな顔で悪かったな!」

「そこまでは言ってませんけど……」

「魔法で連邦から来たってことは、この街ははじめてなんだろ? 宿の場所わかんないなら連れてってやるぞ」

「……」

 神官娘は答えずこちらを見つめ返す。

「……あの……ラーアルさんはこの街はじめてじゃないんですよね? 戦女神の神殿の場所はご存じですか?」

 神殿かー知ってるが――街の端。街はずれの高台にあって正直かなり遠い。

「神殿とかならほらそこで売ってる街の地図にのってるぞ」

 街の門番を指し示す。ほとんどの警備兵ガードは印可証を見せたら街の地図を売ってくれる、彼等の副業というやつだ。

 再び黙って俯き……。

「…………アタシお金もってなくて」

 ポツリとそう漏らす、そのタイミングを計ったようにクーと腹が音を立て神官娘は下をむいて赤くなる。

「案内するよ、ちょっと遠いから途中で昼食でもとってな――金はまあ任せておけ」

「ありがとうございます☆」

 目の中にキラキラの星を浮かべて立ち直った神官娘に気づかれない様にあくびをかみ殺す。

 並んで歩きだすと道中に本場の騎士は違うとか、さすが名門ディバイン家のだとか散々褒めまくってくるが適当に聞き流し相槌をうつ。

 眠気を必死に訴えかけてくる頭に肉の焼けるうまそうな匂いが睡眠欲を勝る、メインストリートに面して店をかまえるだけあってなかなかの賑わいをみせている一軒の店にはいる。

「なんかダメな食い物ある?」

 宗教がらなになに肉がダメとかって話が聞いたことあったので気を利かせてみたのだが。

「食べ物は平気です、アタシ達が禁忌なのは男性だけだよ☆」

 そう言われると男としてはかなり複雑なんだが……。

 ウェイトレスにロールサンドと適当な果実ジュースを二つ頼んで金を渡す、でてきたのは柔らかそうな白パン(ナン)にフランクとレタスを挟んだ物だった。

 ドリンクは柑橘系のちょっとすっぱい味のするものだったがパンについてるソースが甘めだったので丁度いい。

 ぬ! かじってみると中からチーズが垂れてきた。

「――食わないのか?」

 料理は運ばれてきても手をつけない神官娘。

「……」

 そう促しても手をつけようとしない。

「金の心配なら――」

「……アタシこういう処で食べた事なくて……その……」

 もしかして食い方わからんとか? そういえば連邦ではあまり小麦を食さないとか聞いた事が……。

「好きに食べればいい。手にもって豪快にかぶりつけよ」

 そう言って手本にしろという感じでロールサンドに食い付く。

「あんま考え込まずに好きにやってみろ」

 眠気であまり働かない頭でテキトーな事を言ってみる。

「……アタシ好きなようにしていいの……かな……?」

 やや間をあけポツリとつぶやき、その後に――

「ラーアルさん、アタシの騎士になってくれませんか?」

 いや……話しが飛び過ぎて意味がわからん。

 さらに、こっちを無視して続ける――

「アタシ達が連邦からきたのは話したよね? 修行の旅で各地の修道院や神殿で洗礼の儀を受けるのがアタシの役目なのも言ったよね?

 ただ……どうも……その……は、恥ずかしいけど……と、殿方に守ってもらうと……その……あの……胸の辺りがキ……キュンときちゃう性質で……騎士の本場である王国で付き添ってくれる方を探したいなーって……でも、でも。誰でもいいわけじゃないよっ! 昨晩おっきな犬に飛びかかられそうになった時にラーアルさんが薔薇を投げつけて助けてくれたときにもキュンってなっちゃって……それで……」

 ……俺は生まれてこのかた薔薇を投げた事は一度もないけどな! きっとこれからもない!

 清楚な処女神の巫女が男好きでいいのか? とかそもそも俺は王立騎士でもなければ神殿騎士でもない。

 ――と、さまざまなツッコミを別にして、誰かに頼られるのは悪くない。

 付き添うというのが具体的にどれくらいの期間かわからんが、しばらく一緒にパーティーを組むという事だろう。治癒や鼓舞系の魔法を得意とする戦女神の巫女、前に立って戦う俺としてはこれほど相性のいい相棒もない。

 こいつは傭兵レベル一でこの国では一人でギルドから仕事も受けることができない。

 しばらくの間、俺が付き添ってレベルをあげるのもいいだろう、その間に騎士にある妙な幻想からも醒めるはず……。

「まあ別に構わんが……」

「ありがとうございます――はむ」

 元気よく礼をいってロールサンドにかぶりつく。

 変な娘……それにしても眠い……珈琲でも頼もうかな……。

「……あの」

「ああ? まだなにか?」

「……その……おかわりしても……いい?」

 返事のかわりに数枚の小銭を渡す。

「ありがとうございます☆」

 ウェイトレスにも頼めばいいのに厨房のほうにかけていった。しばらくすると『龍の肉でお願いします』だとか『ユニコーンの角をもうちょっとかけて』とかいろいろ注文をしてる声が聞こえてくる。

 やれやれ……。

 ふとテーブルの脇に置きっぱなしの短杖が目にはいった。いや、目にはいったという言い方はおかしい――この杖は妙な存在感をはなっている!

 手にとってみる。昔目利きで大失敗したのを機に猛勉強した俺は大抵の武具素材を言い当てることができるようになった。

 ――が、こいつはなんの木材を使用しているか見当もつかない。指でコンコンと叩いてみる炭のような音がするが勿論違う。鼻を近づけ匂いを嗅ぐ――

 ダメだ。やっぱしソーサラーの武具はいまいちよくわからん木材すら見当もつかんなんてちょっと自信喪失するな……。

「あっ! その子の良さわかります? なんかゴシンボクっていうの使ってるみたいですよ」

 とてとてと走りながら戻ってきた神官娘の手には大きなロールサンドを持っていた。

「際具屋にいったら一目で気にいちゃって買っちゃったんだ、かわいいでしょ☆」

 いや、かわいいかどうかわからんが……って、よく見たらこいつの着てるクロークって。

「ちょっと触ってもいいか?」

「えぇ! そ……そんな……ダメです……一応男性は禁忌ですから……でも……」

 両腕で自身を抱きしめながらなんか勘違いした事を言ってるのを無視してその腕をとって袖に触れる。

 なるほど予想通りかなりいい物だ。主材はセイレーンの髪、ほかに金糸と銀糸で文様が刺繍してあるが、あいにく魔法の知識がなく錬金術師でもない俺にはどんな効果があるのかわからない。

「この僧服の事? 頂き物ですよ。聖ドなんとかという人の遺髪もはいってるとかで……触るってコレの事……?」

 何故やや残念そうな顔で言うのかわからんが――

 立派な聖遺物じゃねぇか! 価値知ってる奴だったら身ぐるみ剥がされて売られてるトコだぞ。

 しかし、立派な聖人様の遺髪も能天気娘がきてソースでベチャベチャにされるとは浮かばれないよな……。

 メシ屋を出て高台にある目的地を見ていると――

 神官娘が隣にきて手を握ってきた。

「いきましょうか☆」

 メインストリートを街外れに向けて歩き出す。これじゃまるで保護者だな……。

 街外れの海面した高台にあった荘厳な白亜の神殿が目指すべき場所だ。


 戦女神の関係者全員が女性ということで、肩身の狭い思いをするのは予想できていた。一般にも開放されているが辺りに男の姿は見えない。

「ごめんなさい。儀式場に男性は入れないのでここで待ってて」

「ああ、わかった行ってこいよ」

 こちらに手を振りながら奥のほうへと入っていく。

 さてどうしたものか……はいってすぐ大きな吹き抜け広間になっていて戦女神の石像が立っていた。

 他にも絵画や彫刻などがあり、価値はともかく興味を惹かれた。

 うーん。ロコツに注目されている。もう視線を感じるとかいうレベルじゃない、みな俺をガン見してる。まあ……心当たりはある……。

 以前、立ち寄った街でここみたいな綺麗で荘厳な神殿があり入ってみたら武装したまま入殿した俺にたいして神官の人が青スジを浮かべてめちゃめちゃ怒った。

 その勢いは龍も逃げそうな迫力!

 おそらくはここでも同じような扱いを受けるだろう――ならば早々に立ち去るのが吉。

「ちょっとあなた」

 びく!

 逃げ遅れたかっ!

「は、はい」

 内心ガクブルしながら振り向く。

 ここの神殿の巫女達は皆、薄手で丈が足首まである長いシュミーズしか着用しておらずヒジョーにその……目のやり場に困る……。

「あなた……まさか海神信仰の者じゃないわよね」

「ごめんない、すぐ出ていくので――はっ! 海神ですか?」

 声をかけてきたのは巫女頭のような人かな? 二十代半ば三十まではいってなさそうな割と若い感じの巫女。背後にはずらっと他の巫女が控えているのを見ると巫女頭だろうか?

 えーと海神ね……。

 あー確か伝承じゃ戦女神の巫女に海神が恋をしたが巫女は処女神の巫女なんで海神をふった。それに怒った海神は巫女を戦女神の神殿内で暴行した。戦女神は当然激怒したが海神は戦女神より位の高い神なので罰することも戦を仕掛ける事もできなく戦巫女は自分自身を守りきれなかった巫女に呪いをかけ醜い怪物に変えたとか凄い理不尽な話しがあったような……こいつは新説で旧説じゃ海神とは合意の上での関係で呪われたのは自分の髪は戦女神より綺麗だと不敬な発言をしたからとか、呪われた女は一人じゃくなく三姉妹だったとか諸説ある。

 伝承の真偽はともかく戦女神と海神は不仲であるのは共通している――とすると、ここでの選択肢はノーだ。

「いえ、違います。俺は海神信仰じゃありません」

 安堵の息を洩らし、巫女達は背後に隠していたモップやらなにやらの鈍器を片づけはじめる。

 もし選択肢を間違えていたらとおもうとゾっとするな――女ってこえぇぇぇぇぇぇぇ!

「サラ様のお付きの者なので心配はないと思いましたが海神に似た地味顔なので一応言質をとりました」

 じ……地味顔……。

「名乗りなさい若い騎士殿」

「ラーアルです……ラーアル・ディバイン」

 途端にどよめく巫女達。

「王立騎士団軍師の家系ディバン家!」

「大戦の英雄じゃないの!」

「国王にも助言できる立場の一族が付き人、もしかしてサラ様王家に入られるのかしら!」

「王家っていうと王子様と婚約! サラ様も十五歳になられたのですから花嫁修業なども兼ねているかしら!」

 なんか話が勝手に変な方向にいってるが俺のせいか? だいたい王国の王子は既に妻子持ちだ。

 そして――その妹君は王国じゃ有名な困った性格の持ち主だったりする、ギルド近くでウーツ製(国によってはダマスク鋼やクロム鉄などと呼ぶとこもある)の板金鎧に身を包み黄金色の大鎌を持った美少女には気をつけろ! 王国の傭兵が武器の持ち方より先学ぶ事がこれだと言われ、熟練の王国傭兵でも忌避する三大トラブルの中に『姫君の暇つぶし』を挙げるほど。

 思い起こせば――俺もあの一件があってからめっきりケチが憑き始めたな……いや辞めておこう……。

 王国の裏話はこの辺で、サラ様ってのは状況からみてあの神官娘――巫女の事だと思うが……そういえば俺あいつ等の名前も知らないんだよな。

「儀式が終了するまでこちらでお待ちくださいませ、ディバイン様」

 なんか俺の扱い変わったぞ!

 この椅子はオーク材か? まあどうでもいいか。剣帯から武器を外しテーブルに置き勧められた椅子に腰を下ろす。

「わたし達の戦女神様はオリオン十二神の上位に位置する存在ですが『統一教会』の扱いは良いとはいえません――」

 聞いてもいないのに勝手に話し始める巫女頭さん。俺は昨夜の不寝の番をしていたせいで眠気が最高潮に達しており適当に相槌を打ちつつ寝ていた。

 寝ていたといっても巫女頭さんの話しを子守唄変わりにウトウトしていただけなので実際はそれほど時間も経っていなかったろう。

 周辺の雰囲気が変わりザワめきが大きくなった。巫女――サラが戻りその周囲には数人の人だかりができている。

 巫女達はさきほどの王家うんぬんとかいった話題をしきりにぶつけている様子だった。

 俺は巻き込まれたくなかったので、そのまま知らぬふりを決め込んでいたがサラがこちらを見つけイタズラを思いついた子供のような顔をしたときに嫌な予感がした。


「吹いた、吹いた♪」

 やや日の傾きかけたメインストリートをサラは上機嫌で歩いている。

「いいのか? あんな大ボラ」

 対して俺の方はゲッソリとしている事だろう。

「みなさん喜んでいたみたいですし、いいじゃないですか☆」

「そういう問題か? まあ、あんな話しまともに信じるとは思えんけど……」

「巫女というのは娯楽に飢えているんですよ! なのであれくらい大げさにしてあげたほうが――」

「それにしても、アレは言いすぎだろ……英雄神と英雄王を足して二で割るの忘れちゃったみたいな人ヤローを俺にするのはやめれ」

 いちいちツッコミをいれなかったけど冒頭でいきなり二人で連れ立って連邦を旅立ったって言ったが……俺は一度も連邦に行った事はない。冒頭からいきなり間違ってるとこからわかるように細かいツッコミをいれてたらキリがないので割愛するが、道中屈強な男連中で構成された海神信仰者達に拉致されたとかの件では――

「アタシの巫女生命はそこで終わりと覚悟しました」

 目に涙を浮かべてそう話した演技力はたいしたものだった。

 次の一言がなかったらなっ!

「その時ラーアルさんが……アタシの身代わりに……」

 そこで目に溜めに溜めた涙が零れる。

 巫女達もこちらを見て。

「まあ――あの方。穢されてしまったのですね、あぁ……お可哀相に……」

 盛大に吹いて否定したが誰も耳を貸さずにサラの語る話しに真剣になる。

 最終的には海神にさらわれてしまったサラを助け出すために戦女神からハルペーとイージスを授かった騎士ラーアル(断じて俺じゃない!)は神山オリオンに向かう、神山につくと唐突に雪がやみ雲が晴れ太陽が顔を出す鋭く切り立った山肌が騎士の行く手を遮るが頂上から美しい女性の髪が騎士のまえに伸び。騎士はそれに?まって神山を踏破する。

 最後には海神がでてきて――

 まあ、なんか苦戦の末倒してサラを取り戻してめでたし、めでたしとかっていう内容だ。

 終わったら神殿内は割れんばかりの拍手喝采、もう俺は好きにしてくれって感じで隅でその様子を窺っていた。

 別れ際に一泊していけという申し出を丁重に断りながら今に至る。

「ところで宿どうします? アタシは部屋に鏡あればすっごく嬉しいな☆」

「宿? 鏡? ――ってかおまえ一文無しだろ」

 ニコニコとこちらを見上げてくるその顔には『文無しってなんだろ?』と書いてあった……ああ……俺が出すんっスね……わかります。

 宿屋にいって空いていたのは一室だけだった。なんでも貿易船に合わせてなんかイベントを街あげて行うらしく今いつになく賑わっているらしい。

 サラは気にしないと言ったので同室、同じベッドで寝てたが、どちらかというと年上好みの俺はとくにイベントらしいイベントも発生しないまま不寝で限界に達した睡魔に身を任せた。ちなみ部屋には丸い鏡のついた化粧台があった。

二日目

 苦しかった……。

 とても息苦しくおもわず目が覚める――

 胸の上にサラが乗っている。今は閉じられた大きな瞳に長い睫毛、整った鼻立ち柔らかそうな頬はまだ多分に幼さを残しているがあと数年もすればかなりの美人になるのは間違いない、ややクセのある長い金髪が俺の顔にかかってこそばゆい。

 ……なんだろ……恋愛物の書物ではここで主人公は大声をあげてるとこだろうか……?

 あいにく年下のそういうシチュは妹で慣れて免疫ができている俺にはそんな反応は無理である。

 起こさないようにそっとベットから抜け出す。サラは抱き付きクセがあるのか俺が抜け出すとマクラにターゲットを移し見るにも見事に腕と足を絡めホールドする。

 昨晩は疲れていて乱暴に脱ぎ捨てた鎖帷子とサーコートを変なクセがつかないように綺麗に折りたたみ長剣を鞘から抜く。

「あぁ――欠けてんな……」

 おそらく狼にかまれた時だ。神鉄製でなかったらあの時に折れていたかもしれない。

「砥ぎで治るかな? ヘタすると打ち直しだな」

 まだ丸六日あるんだし急がなくてもいいか、鞘に納めシャツにハーフパンツのみの部屋着のうえからレザー製のズボンをはく。

 そのときに部屋の外で気配が――俺は鍵と扉をあける。

「よくここがわかったな」

 部屋の前に立っていたのはフルフェイスのサリットにミスリル製の全身鎖帷子その上からシルクのサーコートを羽おった槍使い。

 仕草で中に入ってもいいかと聞いたので半歩ひいて部屋に招き入れる、部屋にはいると後ろ手にドアを閉めてからサリットを脱ぐ。

 途端長く真っ直ぐな蒼い髪が背中から腰のあたりまでストンとこぼれる。泉でも思ったけどここまで綺麗な空色の頭髪は人間には絶対いないだろうな。

 空を連想させる鮮やかな蒼――とがった耳はおもったより柔らかいようでサリットにおさえつけられて少し赤くなっていた。

「朝早くからすまぬ。ずっと探していたのだが、なかなか見つけられなくてな――」

「そりゃ……その格好で声も出さないってなると誰もが警戒するし情報収集なんかはやりにくいだろう」

 そう言ってやると自嘲気味に微笑してから。

「気が抜けぬのだ。初対面で斬りかかってこなかったのはお主とサラ殿だけだ、首府で知り合った二人は多少驚いた様子で武器に手を伸ばしかけ――サラ殿がいなければ武器を抜いたかもしれぬ……」

「斬りかかる? エルフつっても連邦の一部族なんだろ?」

「終戦後直後にエルフがオークに変わるという噂が連邦内で流行り。表だって狩られはしなかったが魔物扱だ。我が一族はその時に皆……」

 知らなかった。終戦後にエルフはその数が激減した。おそらく戦争で壊滅的な被害を受けたのだろうというのが王国内での認識だった。

「でも声くらいだしてもいいじゃないのか? そのままだと不便だろ」

「……」

「ま。余計なお世話か――とりあえずは信用してくれてんだろ? 素顔見せてるし」

 頷く。

「ワタシには目的がある。一つは一族の再興、もう一つはある槍を見つけること。そのために私はこの国にきた。一人では『転移』や入国などが困難でサラ殿や他の二人と行動をともにしたのもそのためだ。この街で催されている槍試合、そこに私の探している物が賞品としてでている」

 槍試合ね……剣闘試合なら俺も何度か経験あるが、そういえば宿の主人が街をあげてのイベントで今人気の槍試合うんぬんとか言ってた様な気がする。

「でもなんで俺のとこに? そんなもん自分で出場するためにこの国にきたんだろ?」

「その通りだ。ワタシ自身の槍の腕前を試したいという目的もあった……しかし、昨日知ったのだがどうやら試合というのは馬上槍試合の事らしいのだ。

 その……恥ずかしいのだが……ワタシは馬に乗れない……獲物もランスだというではないか……短槍しか使えぬのだ……」

 なるほどね。槍と一言でいっても種類があり扱い方も違う、単純にランスは約四メートル、長槍が約三メートル、短槍が一メートルちょい、重量なんかも当然違うし、なおかつ馬上で自由に使うとなると一朝一夕で取得できるものじゃない。

「お主は傭兵レベル三.確か三になるには乗馬は必須技能だったのを思い出したのだ……武士の情けだと思い代わりに出場しては頂けまいか?」

 そういって深々と頭を下げる――こいつは断れないな……泉の件で若干負い目も感じている。

「でもよ、エルフって馬と話せたりできんじゃないのか?」

「それは偏見だ。何年か前に書物で『陽光のような金髪』に「葉っぱのような耳」不老にして長寿の民として描かれそれが定着してしまっているがアレは一部族である高原の民ハイランダーの特徴。他にも背丈が我々の半分ほどしかない小人部族や長い耳どころか耳自体がない部族もいる。ワタシは水の――人間風に言えばウィンディーネに近い種族。馬どころか動物全般が苦手だ」

「じゃ――その蒼くて綺麗な髪も?」

「ぬ! すまぬもう一度言ってくれぬか?」

「ん? どこをだ?」

「……いや。すまぬ、なんでもない」

「そうか? にしても槍試合か。別にかまわ――」

 返答に口を開きかけた時だった、ベッドからむくりと起き上ったサラが――

「――ん。おはようございます、ごはんま~だ~」

 寝癖をつけ半開きの眼に下着姿で上から薄手の布を着ただけという無防備な姿のままベッドの上で小さく伸びをするサラを見て若干表情を硬くする槍使いのエルフ。何かを諦めた様に瞳と閉じたが、とくになにも聞いてはこなかった。


 街の入り口付近、そこに闘技場はあった。

 元々は王国水軍の練兵場だったその建物では今現在、馬上槍試合の予選が行われている。

「予選はじまってるならいまから申し込んでも遅いんじゃないのか?」

 大歓声の中で俺はかき消されないように大声で問う。

「予選は参加費を払えない者がでる。金はワタシが用意するからお主は明日からの本戦に出てもらう」

 いつもの仮面を着けている為にくぐもった声で答えが返ってきた。

「ふーん」

 馬上槍試合――まあ今さら説明をする必要はないと思うが簡単にいうと馬に乗って槍でど突き合う競技。なんだが開催されている地方によってはルールが若干異なる。

「でも剣士のラーアルさん槍なんて使えるんですか?」

 いつもの真っ白いクロークに身を包み柵の上に乗ったサラが会場の雰囲気に当てられたのかやや興奮気味に聞いてくる。

「王国出身の傭兵なら当然使えるさ、そもそも騎士が剣を使う機会なんて儀礼のとき以外は滅多になんだぞ」

 まあ俺は傭兵で騎士じゃないんだが剣士といっても剣だけしか使わない奴なんてのは『使えない奴』の烙印を押されて干されるだけ、剣っていうのはちょっと頑丈な鎧を着込んでいる相手にはまったく役に立たない――俺のように魔物狩り専門で鎧を着込んだ相手とやり合う機会があまりなくても槍、弓あたりは使えるようにしとかないとメンバー募集の時に『使えねぇ』とか言われて干される。

 まあ使えても干される奴は干されるけどな! 

 槍使いが手招きする、やはり外で声は出したくないようだ。

 申込受付にいくと係のお姉さんが簡単な説明してくれた。

「大会はトーナメント、試合はジョスト形式で行われます。ランスと馬は運営側が用意しますのでそれをお使いください、甲冑だけは持参になります」

「馬も用意してくれるのか、鎧は自前? チェーンメイルとかじゃダメだよね?」

「試合前に運営側の甲冑士が耐久テストをしますが……そうですね。刺突に弱い鎖帷子系の鎧はちょっと……馬を運営側が用意したのはちょっと言いにくいのですが……」

 本当に言いにくそうに淀む。

「……実は参加者の中に『海神の槍』の“継承者”がいまして……」

 ああ。なるほど。

「ちょっと良いか? 『海神の槍』とは?」

 長身を屈め仮面越しに俺の耳元で囁く。

「鍛冶の神様が作ったって言われてる槍だよ。ホントかどうかしらんが――意志を持っており自ら使用者を選ぶんだと。この大陸にいくつかそういう武具があって選ばれた者が名実と共に“大陸最強“を掲げれる――現使用者が死ぬと何処へ消え新たな者が選ばれる事から選ばれた者を“継承者”と呼ぶ様になったんだとさ」

「ふむ。それが、馬とどういう関係が?」

「馬の創造主が海神だからだろ? 馬に餌をあげる道具はこの『海神の槍』をモデルにして作られたって話しだし――詳しくは俺もわからんが創造主の武器を持った“継承者”が自分の愛馬を持ちこんだら正直誰も勝てなくなるからじゃねぇ?」

 受付のお姉さんがコクコクと頷くのが目に入る。試合は賭けの対象にもなってるからなにかしらのハンデが付けられると補足してくれた。

「じゃ、じゃ。ジョストってなに? なに?」

 振り返ると瞳の中に好奇心という光を灯らせた巫女が俺の服を引っ張って言ってきた。

「ジョストってのは向かい合って馬を走らせ、すれ違いざまに槍で突き合う形式の事。ほかにもトゥルネイといって数人でド突き合う形式もある」

「今大会ルールではポイント形式、一試合三ラウンドしてもらい最終的にポイントが高いほうが勝ちになります、得点ですが胴が一ポイント、頭が二ポイント、相手を落馬させれば五ポイントになります。

 ランスは木製ですが突きのさいに相手の腰下から入り、打突時にランスが砕けないと頭や胴に当たってもポイントにはなりません、たとえ落馬してもランスが砕けていないと得点にはなりません」

 お姉さんがわかりやすく補足してくれ、サラが『なるほど、なるほど』と頷いてる。

「こいつが試合で使う槍?」

 そばに置いてあった円錐形の物を指して尋ねる。

「はい、そちらが実際試合でお使いしていただく代物です。触っていただいても結構ですよ」

 重量は三キロ少々ってとこか――

 ほかにもいろいろ構え扱いの具合を確かめる。

「どうですか? ラーアルさん」

 脇に抱えるように構え、俗にいうランスチャージの構えをしながら。

「うーん厳しいな。この重量じゃ頭を狙っても兜の丸みで滑ったら上手くランスが砕ける気がしない」

「技量でお願いします」

 営業用スマイルを浮かべながら軽く答えるお姉さん。

「ラーアルさんなら平気です☆」

「あ! 最後にもし重症や万が一死亡しても運営側はまったく責任負いかねます、免責の書類も後ほど記載してもらいます。

 本戦からの参加費は馬、施設の貸与費用こみで百万になります」 

 おもわずランスを落とす。

 隣ではサラが『百万ってなんだろ~』って顔しているがそれは無視、そんな金額払えるわけがない!

 ドン!

 文句を言おうと口をひらいたが槍使いが革袋を置くほうが早かった。。

「はい。確かに――ではご武運をお祈りしています」

 これまた営業用のスマイルで締めくくる。


「おまえなんであんなに金もってんだ?」

 受付をすませ宿にもどったら丁度昼時、外で仮面を外せないこいつに気を使い宿の部屋で食事をってことになりサイフをサラにもたせ買い出しを頼んでから疑問投げかける。

「ワタシの故郷には銀砂や砂金の混じった鉱石が獲れる場所がいくつかある。それを――」

 飲んでいたティーカップをテーブルに置くと腰に吊るしてあった革袋から砂のついた石と紅く輝く宝石の様な物――火の精霊石を取り出し目を閉じる。

 ――すると火の精霊石は淡く輝きはじめ持つ手の中で炉の様な姿に変えた。

 その中に持っていた石を放りこむ。

「おい! 熱くないのか? それ」

「これは火の精霊が活性化しているだけだ。そこにいても熱を感じないだろ? 実際に火を使っているわけではないから火事の心配もない」

 瞳を閉じたまま律儀に答えてくれた。そう言っている間にも石は炉の様になった火の精霊石の中心で溶ける。

 唐突に炉のなかに手を差し入れると――

「見ろ」

 手の中には銀色に輝く砂ような物。

「これって銀砂か?」

「そうだ。不純物の混じった鉱石をこうやって取り除いてやれば簡単に路銀などは作れる」

「すげぇな! 精霊石ってそんな使い方もできんのか?」

「おそらく人間には不可能だと思うが……やってみるか?」

 そう言ってこちらに精霊石を渡す。俺はそれを手のひらに乗せ見よう見まねで念じてみる――

 ……。

 ……。

 ……。

 しばらく待ってみるがやはり何の変化もない。

「……やっぱしダメみたいだわ」

 精霊石を返す。

「ふふ――人間にしてはいい線いっていたぞ」

「そうなのか? 悪いが俺にはそれすらさっぱりわかんないわ」

 ふと、わいた疑問を口にしてみる。

「これって精霊士とかだったら、もうちょっとうまくできたりすんのか?」

「いや――おそらく人間では世界一の精霊士がやっても結果は同じだ――と思うぞ――」

 そう言って肩を震わせる。

「しかし――なぜお主精霊士を志さなかったのだ?」

 ついに堪え切れなくなったのか腹をおさえ笑いながら聞いてくる。どうやら俺には見えていないナニかが彼女には見えている様だ。

 かなり釈然としないが。

「お主才能あるぞ! 少なくともワタシが出会った人間の中では一番の天才だ!」

 人間より精霊を身近に感じると言われるエルフがそういうならその通りなのだろう。

 が……やっぱしどうも腑に落ちないな。

 憮然としていると。

「すまぬ――すまぬ。そう怖い顔で睨むな、これでも臆病者なのだぞ」

「さようか」

「機嫌を治してくれぬと泣いてしまうぞ」

 両手を目のしたにあて泣きマネの仕草を――年上女性の茶目っけたっぷりのその仕草はなかなかツボに来た! 

 もっとからかってやろうと、半眼で詰め寄ろうとしたらサラがシチュー鍋とパンのはいった籠をもって部屋に戻ってきた。

 シチュー鍋には肉を抜き代わりにニンジン、イモがたくさんはいったカリーシチューを各自皿にわけ籠のパンをそれに浸して食べる。

 俺は羊皮紙――馬上槍試合の大会概要が記されたものを見ながら。

「上位者二者にそれぞれ聖剣デュランダルと必中の槍ゲイ・ボルグが贈られる……か」

「デュランダル!」

 さすがに巫女だけあってデュランダルの名に反応を示す。

「……なんかお馬さんみたいな名前ですね」

「うむ、引退レースにこそ勝てなかったが多くの人を魅了した名馬だったな。

 ――って違うわ! おまえほんとに巫女かよ! デュランダル、天使から授かった統一教会――通称『教会』の象徴的な剣だろうが! まあ。その……言いにくいが……偽物だけどな。本物は兄弟剣のジュワユースと一緒に『教会』が厳重に保管されてるって聞いたぞ。こんなとこにでてくる武器じゃない、おそらくゲイ・ボルグも――」

「……」

「デュランダルが偽物でもゲイ・ボルグまで偽物とは限らないじゃないんですか?」

 フォローか素か判断しづらいが口のまわりをカレーでベタベタにしたまま異議を唱えてくるサラに軽くため息をつきつつ。

「そもそもゲイ・ボルグってのはある英雄の使う槍術だったってのが一番有力な説でな、足をつかって投げ敵には必中。一度に三十人の敵兵を貫いたとか諸説あるんだが材質とかどんな形状をしてたかがまったく文献にないんだ――それで学者達はゲイ・ボルグってのは武器の名前じゃなくてそういう技だったんじゃないかって――」

 言いながら隣の様子を窺う。

「心配無用だ。何度も偽物をつかまされているし、お主の話しも人間達の文献を調べた時に聞き及んだ――一族の文献にはもう少し詳細が記載されていてわずかながら実在している可能性がある」

 そこで言葉を一度切るとなにかを籠めて。

「もし実在するなら――それならワタシはそれを見てみたい」

「……そうか。すまん余計な事言った」

 こいつにとっては自分の種族の痕跡てわけかどんな想いで探しているのか実際のところ俺にはわからない。安請け合いしてしまったがこいつの表情を見ると簡単に負けるわけにはいかなそうである。

「心配すんなっ! 賞品うんぬんじゃなく――」

「ふふ――ワタシのために戦ってくれるのか?」

 憂いた表情を消し微笑を浮かべそう言う彼女に俺は全てを見透かされている気がした。

「大丈夫っ! ラーアルさん騎士様ですから☆」

「おい。口のまわり」

 いい加減見かねた俺はパンの籠の中にあった紙でサラの口まわりを拭いてやる。

「ふふふ――お主いい父親になるぞ」

 泉で迫られた女にそんな事を言われたら、

「それマジで洒落になってねぇから、やめろ」

 心地よかった。傭兵になって数年――戦力外通告を受け続けてきた俺には誰かに頼ってもらう事もなく、こんな風に三人で食事をする事もなかった。

 この関係を保てるなら、ちょっとはがんばってみてもいいと思った。

 昼食の後、前のパーティで使った板金鎧の調整を甲冑士に依頼して、街の入り口付近にある厩舎に行き馬を選んで明日に備えた。

三日目

 今日は朝から上機嫌だった――円形闘技場は超満員! 熱気も最高潮! 観客からは『殺せ』と物騒なヤジが飛び交っている。

 馬が騎乗主の気配を察してかブルルルと鳴きながら首を横に振る。

 今日目覚めたらいつもの様にサラが俺の胸の上に乗っていた。そこまではいい。べったり涎の泉を俺の胸板で作っていなかったらな。その涎が髪につかないようにシャツ脱ぐのはすっごい苦労した。

 下半身のみ着装した格好――腰を守るタセッタ、大腿部を覆うキュイッス、膝当てのポレイン、脛当てのクリーヴ、いつもの鉄靴ソルレット姿で朝食を食べようとしたら躓き全部ダメにしたり。それでも、それで不機嫌になるほど俺は大人気なくはない。

 再び馬が唸り首を横に振る。

 前のパーティで使っていた鎧は調整しても重く視界も良好とは言い難い。

 ロクな思い出がない鎧だがなんとか耐久テストにはパスしてくれた。こいつを着ると前の失敗が蘇るとかは全然――全くない。

 再び馬は首を振る。

 鞍下ではサラが鼻歌を歌いながらロールサンドを齧っている、朝食なので具の中身はタマゴと野菜というヘルシーな物。

 朝食を取れなかった俺だがヘタに腹にいれると競技中にリバースする可能性もあるのであえて『それちょっとくれ』とは言わない。

 馬は首を振らずに足でサラに砂をかけた。むろん食べていた物はダメになる。

 ――ちょっとスっとした!

 ん?

 おい! 俺のせいじゃないぞ! なんでふくれっ面でこっちを睨むサラちゃん。

 ひとしきりこっちに凶目をくれた後に涙目で泥だらけのサンドからかじれるとこを探すサラ。

 そんな事とは関係なしに(当たり前だ)一試合目一ラウンド開始の旗が振られる!

「はっ!」

 短く気合いの声を出すと共に踵で馬のハラに蹴りを入れる。高度に訓練された軍馬は従順に指示を理解し跳ねる様に加速する。

「死ねっ! ごらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 一ラウンド目一合――すれ違いざまは俺は怒声とともに鋭い突きを放つ! 金属製の鐙が同じく金属製のソルレットとこすれ甲高い悲鳴を立てる。

 誤解のない様に言っておくが掛け声と機嫌はまったく関係がない!

 腰の回転をいれて放った突きはそのまま回避動作にもなり相手のランスは身を反らした側の空を突く。

 バガン!

 激しい轟音をあげ木製のランスは半ばから折れる。

 腰の回転に加え打突の際には手首のスナップも効かせてドリルのように放った!

 おぉ! 結構気持ちいい!

 イメージ通りに決まった一撃にさらに上機嫌になる。

 歓声がどよめき大きくなる! 

 手綱を操り向きを変えると相手は落馬していた。

「ラーアルさん ソレもらいますよ☆」

 白いクロークにところどころ土がついたサラに折れて柄だけになったランスを渡す。

「うーむ。馬に跨るのも四苦八苦していた相手にあれは少々大人げないのではないか?」

 おなじく鞍下いつもの格好――フルフェイスサリットなので若干声が聞き取り辛い槍使いのエルフだ。

「ワタシのために戦うと言って本気を出すのは女として素直にうれしいのだが、それで相手を再起不能にしてしまうとワタシも寝覚めが悪い」

「違います。ラーアルさん朝食食べられなかったら機嫌が悪いだけだよ☆」

 おい。何故嬉しそうに断言する。おまえが俺のなにを知っているんだよ!

「そうなのか……ワタシのために本気で……やってくれたのではない……だな」

 表情が見えないせいで本気なのか冗談なのか見分けがつかないコメントはやめてほしいモノだ……。

「いいから。次のランス渡してくれないか?」

「その心配はなさそうだ」

 落馬した相手はそのまま救護班がきて担架で運ばれていった。すぐに拡声器で増幅された声が俺の勝利を伝える。

 馬を降り着けていたバルビュータ(首から頭をすっぽり覆う兜)――を置く場所を探す。

 しっくりくる置き場所がなく仕方なしに近くにいたサラにかぶせる。

 午前中にあと一戦あるので鎧を除装することはできないが兜を外し大きくなった視野に澱んだ空気じゃない新鮮な空気を堪能。

「おもったよりも鋭い突きだったな。剣より才能あるのではないか?」

「ん? ああ――ギルドでもそう言われたよ。それより次の対戦相手でも見にいってくるわ」

「それは良い考えだ。ワタシも同行するとしよう」

 次の相手はさすがにまともの使い手だった。騎乗技術、突き、反射神経、動体視力どれをとっても先ほどの奴とは比べ物にならない。

「うーむ……。なかなかの相手のようだな」

 スコアをみると十対四――二回落馬させ頭に二撃もらったようだな、三ラウンド目をしないまま勝利宣言がなされた。

「私見では技量が互角。騎乗センスでは分が悪いが力ではお主のが勝っていると見るが……どうだ?」

「ランスは初心者じゃないのか?」

「うむ。だが同じ長物だ――ある程度は推察できる、お主の突きでまともに打ち合えば勝てる者などそうはいない――」

「さようか」

「ぬ! 信じてはおらぬな」

 さすがにそれは言いすぎ。

「槍の修練なんて突きと払いぐらいしかやってないし『お主のが――』言われても正直、本当か? って気分になる」

「ぬう……お主はもうちょっと自分に自信をもったほうが良いと思うぞ――」

「自分に自信ねぇ……この世で自分ほど信じられんモノはないよ」

 だから失敗のたびにいろいろ自分で調べて知識を身につけちゃいるが今まで役に立った事もないしな。

「ワタシはこの地に来て間もない。お主がどのような評判で通っているか知らぬ――が少なくとも信頼はできると思っている。ワタシもお主に嘘は言わぬ……ゆえに素顔もあかし助言に従い外でもなるたけ会話をするように心がけている。サラ殿ではないがお主は私にとっても騎士であり戦友だ」

 仮面に隠されその顔を見ることができないが今の言葉は本心だと思う。

 しかし、その半面彼女が俺の噂を聞いたらどう思うか? 失望するか? はたまた人の噂だと一笑するか……。

 歓声があがり思考が中断される。

「あれは――」

 甲冑を深紅に染め上げ、兜にはルフ鳥の羽飾り。

 なによりマントに入った紋章。女神が瞳を閉じ祈りを捧げている絵。

「おっさん――グエン卿だ」

「あれが! 大陸最強の槍使いのか」

 兜を通してくぐもってはいても口調が変わっているのがわかる。

「現王国式倉術師範。自他共に認める大陸最強の槍使い。一度も落馬したことのないと豪語して馬上槍試合では無敗をほこっているとか自慢してやがったな」

「知り合いなのか?」

「義父のな。その関係で何度か会った事がある。その……俺の剣も槍もあのおっさんに教えてもらったんだが、あんまし好かれてないんだよな……俺」

 本物の王国騎士であると同時に王国一の大型傭兵団『女神に祝福されし紋章の騎士』(BENEDICTION)の一番槍。実戦経験はおそらく今大会でも群を抜いている。

「無敗といっても一ラウンドも落とした事がないという程でもないだろう? 突けば誰だってダメージを受けるのだ、師だろうがお主が奴に土をつければよい!」

「……」

 剣では何回も勝った事がある。あのおっさん絶対負けを認めなかったが『いまの俺が一本取った』って試合内容も何回かある。

「ラーアルさんそろそろ出番ですよ☆」

 白いフードの上から兜をかぶるとか奇妙な格好をしたサラが呼びに来る――まあやったのは俺だけど。

「んじゃもどるか」

 兜が重いせいかバランス悪くフラフラ、ヨチヨチ歩くサラから兜を取る。

 再び栗毛色の馬に首をちょっと撫でてから右足を先に鐙に乗せ後ろから尻を押してもらい――人手を借りて登る。かっこ悪いが重量が四十キロ程もあるのでさすがにひらりと跨るとかはできない。

 馬上でバルビュータのバイザーを閉じる。下からランスを受け取り。

 魔法で声を増幅したアナウンスが流れ選手紹介が始まる。この後に貴族には専属の紋章官が武勇伝を語ったりする時間も与えられる。

 今は対戦相手の紋章官が武勇伝を大声で語っている。どういう理屈か紋章官の声も拡声器――たぶん風の魔法で増幅され闘技場の歓声に負けない音量になっている。

 俺は大アクビをしながらそれを聞き流していた。雷のような神速の槍とかオークにさらわれた少女を単身で助け出したとかそんな話しだった。

 鞍下では――

「神速の槍かあなどれんな……」

 とか――

「あれやってみたいな☆」

 二人とも意外に興味津々になっていた。

 名も知らない対戦相手(さっきアナウンス紹介されたが聞いてなかった)は兜で様子を窺い知る事はできない。

 少なくとも安定して馬に乗り、怯えている様子はない。

 やがて演説は佳境にはいり対戦相手がランスを高々と掲げ雄叫びを上げる。その声に会場もヒートアップする。

 並の奴ならこの雰囲気に呑まれるだろうが……『不幸人』と噂されハブられ続けている俺にこの程度の逆境など――うっ……自分で言っててちょっと泣けてきた。

 旗が振られ相手が駆けだす!

 こちらも馬のハラを蹴り走らせる!

 ランスを脇の留め金に掛け固定すると前傾し騎兵突撃――ランスチャージの構えをとる!

 相手も同じ動作をするのがわかった。接触に備え兜の曲面を相手に向け!

 衝撃がくる!


 失いかけた意識を頭を振って呼び戻す――予想より速くきた衝撃に頭を働かす……おそらく腕の長さを利用した技なのだが……打突の瞬間を見逃したのでどうなったかわからない。

 自分のランスを見ようと身を傾け――

「ぐっ――」

 突然背筋に走った痛みにランスを落とすとそのまま馬の首に上半身預ける。

「おい! どうした? サラ殿運営側に負傷休憩を伝えてくれ」

 エルフの長身を活かし鞍下から兜を外され馬の手綱を取り隅まで誘導した。

「わからんが――背中か腰か――っどっか痛めたみたいだ」

「後ろで見ていた。体勢が整う前に突きを喰らってどこか負傷したのか? 大事をとって棄権しよう、いまサラ殿に――」

「なあ――」

「どうした? 辛いならあまり喋らなくてもいい」

「なんで――この――国にきた?」

 それは今まであえて聞かないようにしてきた事――

「いま話す事ではないと思うが……この大会に出るために急いでこの国にくる必要があった。そのために傭兵になりすまし他の三人の費用も私が出すという事で手続きを二人に任せ『転移』を受けた。……私の格好は怪しいうえにエルフでは許可がおりないと思ったから――」

「違う――そうじゃない――おまえはゲイ・ボルグを――伝説級の武器を手に入れてどうするつもりだ? もしかして魔物扱いした奴等に――」

『斬りかかってこなかったのはお主とサラ殿だけだ』

 おそらく冗談ではないだろう、ならば『復讐』に使うという事はないだろうか?

「……」

 無言の肯定――とも取れる。少なくとも黙ってしまう事で僅かながらも『復讐』を考えた事があるのかもしれない。

 無論。槍をどう使おうが俺には関係ない。

「私を……私を信用してはくれぬのか?」

 ――っ!

 彼女はサリットの面防を上げ、こちらを見上げていた!

 こんな誰に見咎めるかわからない状況でだ!

 その瞳にウソはない!

「信じるよ。槍をくれ!」

「ダメだ! こちらから頼んでおいて申し訳ないが棄権だ」

「悪りぃ。退けねぇ、ここは退けねぇ。それに今なら誰にも負ける気がしねぇし――もう突かれねぇよ、相手はこちらが負傷したとみて高い位置を狙ってトドメを刺しにくるハズ――肩を廻せば相手の槍は左に逸れる!」

 ニヤリといい表情を作ろうとしたが痛みで中断されかえって不安にさせてしまったかもしれない。

「だが! もし右を突いてきたら……」

「そんときはそんときだ。おい! だれかランスをとってくれないか」

 大会関係者からランスを受け取り準備完了だから始めてくれと言う。

 旗が振られ前傾になるときに背中に激痛が奔った!

 トラブルで遅延した後はじまった試合に会場の熱気が一気にあがる。

 注意するのはリーチの長い突き。ギリギリまで見極めて妙な動作をしたら、こちらも突き動作にはいり相手の突きをかわしつつすれ違いざまにねじ込む! 俺だって魔物相手に前衛を務める傭兵だ!

 バルビュータの狭い視野の中で相手はどんどん近付いてくる!

 くる!

 予想よりもかなり速く鋭さも予想以上だった――直撃こそ避けたものの兜に金槌で殴られたような衝撃が伝わる!

 少し遅れて腕に突きが当たる手ごたえを感じる!

 ――が、意識を保つのに精一杯で確認まではできない、必死に手綱を握り落馬しないようにする。そこへ鎧を叩きながら必死に声をかけてくる者がいた。

「――おい、しっかり――サラ殿、馬から降ろす手を貸してくれ――」

 直後に背中に走った激痛にそのまま何も考えられなくなった。


 女を見上げていた。瞳は閉じられ朗々となにかの唄だろうか? 神秘的で不思議と聞き惚れてしまう唄。それを口ずさむのは色白で鼻筋の通った顔にややクセのある長い金色の綺麗な髪――美しい女だ。どこかの女神と言われても納得してしまうぐらいに――

 大陸で信じられているオリオン十二柱の神には女神もいるが戦女神は気が荒く、美の女神は例外なく清楚さに欠けると言った微妙に人間臭い。俺としては信仰する気にはなれない存在。北の神山オリオン山脈に住むといわれている女神達に直接会った事も見た事もないがさまざまな絵画や壁画に描かれる女神よりこの女は美しかった。

 唄は終わりを迎えたのか口を閉じ、かわりに閉じていた目が開かれる碧眼の美しい瞳だった……。

「ラーアルさん気がつきました?」

 ……口を開いたら一気に子供っぽさ全開。年相応の十五、六の少女の顔になり俺はそいつが誰なのか知った。

 いや……ないね……ロリコンでも幼女趣味でもない俺がサラに見惚れるとか……あまつさえ綺麗なとか……わぁ――ないね、絶対ないよ!

 物食べたら口のまわりをソースでべちゃべちゃにしたり、朝起きたら涎の池をつくって髪ボサボサで枕抱いて恥じらいもなくパンツ丸出しで寝てる奴だぞ?

 おぉ、そうだ! 女神の魔法を使ってたんだ詠唱中は女神の加護を受けて魅力が百倍増しになったとか肉体が最も活性化する二十歳に急成長(または若返り)するとかきっとそんな効果とか設定があるに違いない!

 わからんけど絶対そう! 決めた、はい。決定!

 内心で理論武装に勤しんでいる俺を心配そうな顔で覗き込む。

 ……覗き込む? なんかこの位置関係おかしくねぇ? 俺が見上げてサラが見下ろす様に覗き込む体勢……この感じって……『可愛い彼女ができたらやってみたいフォーメーション』一位である膝枕とかいうやつに……そっくり……。

「――っく」

 俺は年下の少女に膝枕という事実に屈辱の呻き声が漏れる。

「はえ? まだ痛みますか?」

 俺の呻きを痛みによる苦痛ととらえ心配顔で見てくるサラ。

「いや……角度的になサラの……鼻毛が……」

 ガン!

「兜つけてるから痛くもないが際具を凶器に使うってのは巫女的にどうよ?」

 御神木で殴られるという貴重な経験をした俺はそう言ってみる。

「もう! 痛みがないならさっさと起きてっ!」

 サラの名誉のために言っておくが本当に見えたわけじゃない。ただなんか悔しかったから……つい……。

 板金鎧にバルビュータをつけたままなので手を貸してもらいながら起き上る。

「――で、俺負けたのか?」

 ずっと俺とサラのやり取りの横で肩を震わせて忍び笑いしている槍使いのエルフに問いかける。なにがそんなにツボにハマったのかまったくわんねぇ……エルフはわからん。

「覚えておらんのか? お主の突きをくらった相手は馬から弾き飛ばされ馬もその場で横転。二人とも続行不能でポイント四対五で主の勝ちあがりだ」

「勝った……のか?」

 さっきの人かなり強かったな――名前も知らなかったけど、鎧も兜もベコベコだし。

 結局あのリーチの長い突きはどんな技だったのか見切れなかった。

 俺が今だに兜もとらないのは突きをくらって変形し歪んでしまった鎧と兜が除装できないから、歩くと各部が擦れある耳触りな音が鳴る。

「お主もう痛みはないのか?」

「ん? そうだな、もうなんにも痛みはないな」

 身をひねったり、背を反らしたりして具合を確かめる。鎧が立てる不気味な軋み以外には異常ない。

「魔法で傷を治せるのは知っていたが、捻挫なんかも治せるのだな」

「傷を治すのと基本原理は一緒らしいけど……サラの胸を見てみろよ」

「胸……ふむ。まあ年相応だと思うが……自分がモノにした女の自慢は趣味が悪いと思うが……」

「おぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!

 一体なんの話しだっ! 胸元にある蛇が絡みついた杖の紋章があるだろ? あれはカドゥケウスの杖。高位医術を学んだ者がつける印だ。大戦中には衛生兵の認識票にもなっていたらしいけどな。

 普通に切り傷を治すだけなら精霊士や前衛のファイターも使える奴が多いが内臓まで届く傷なんかは医療技術を学んだ者にしか治療できないんだよ。それは骨折や筋の治療も一緒、内臓の位置、筋肉の種類、流している血の色によって内臓のどの部分が負傷しているかとか詳細な知識があって治療箇所をハッキリと認識できないと治せないんだ」

 エルフが関心するとサラが『えへへへ』とテレた笑いを浮かべる。

「お主ほんとになんでも知っておるな」

「まーな」

 二日も寝食を共にしたのだサラのことも多少なりともわかってくる。

「午前の試合は全部終わったし、昼食でもいくか」

「そうだな。お主の除装もせぬと」

 ……あっさり言われこの後の事を想像すると内心憂鬱になる。


 カン! カン! カン!

 頭の中にひたすらこの音が鳴り響いている。板金鎧で激しい戦闘を経験した者なら想像できると思うが、強烈な打撃を受けて歪みを生じた鎧は脱げなくなる。除装するには、中身(人間)ごと甲冑士の元に運び金床で叩かれ(むろん中身ごと)剥がす事になる。

 兜のせいで耳も塞げず延々カンカン叩かれて頭に響くのなんの……五分も続けられると気分が悪くなって吐き気がしてくる。

 もし、この感じを味わいたいなら金バケツを頭にかぶってモップの柄で叩かれつづけたらわずかであるがこの状況に近いものを作り出すことができるだろう。

 そんなわけでいま控え室でシャツにハーフパンツ姿にこめかみを押さえもう片方の手でひたすら首筋をほぐし続けている。

 除装を終えた鎧はいま甲冑士達に頼んで修復作業を行っている。

 気がつくと槍使いが部屋に入ってきた。後ろ手に扉を閉め錠をかけるとフルフェイスのサリットを外し蒼く綺麗で長い髪がふわりと広がり腰のあたりまで届く。

「気分はどうだ?」

「サイアクだよ……」

 再び首筋あたりを揉む――

「サラ殿は?」

「金持たせて昼食買いに行かせた。途中で変な物買ってなかったらもうすぐ帰ってくると思う……」

 言っている間にもエルフの槍使いは背中の留め金に引っ掛けた槍を外し脇に立てかけるとこちらに近づいてきた。

 俺の目前まで来る――

 さっ。

 俺の肩にエルフの顎が乗せられ両腕が俺の背中に回される。

 え! なにコレ? これなんていうエロシチュ?

「あの……一体なにをなさってるんで?」

「……」

 俺の問いに答えずエルフの女は背に回した手を妖しく動かす……その手は徐々に下にさがっていき――

 なんだろ……誘われてんのか? 今だ止まぬ金属音の頭痛に彼女の着てるものが体の形を伝えにくい鎖帷子、エルフは体臭がないのか女性独特の甘い香りがしないとか様々なものがなかったら理性がなくなっていた。

「ふむ――良い体だ」

 唐突にパッと体を離すとそのまま控え室を出ていく。

「……なんだよ……一体……」

 抱きしめようと腕をあげたままの姿勢で――出て行った先を見ながら漏らす。

 再び扉が開かれる!

 一瞬期待したが入って来たのはサラだった。

「どうしたんですか? 大きなため息なんかついて」

 おまえにはわかんねぇよっ! 

 内心でツッコミをいれつつ、もうおなじみになったロールバーガーを手に取る。

「――ハム――食べないのですか?」

「……」

 手に取ってはみたものの……頭に響く金属音の残響にどうも食欲が……朝からなんも食ってないはずなんだけどな……。

 手に取った物を再び皿に戻し額を押さえて目を閉じる。

 うぅ……気分悪くなってきた……。

 しばらくそうしていたが気分は一向に良くならない。唐突に両頬に手があてられる反射的に相手を見ようとしたら――

「楽にして」

 ――朗々と紡がれる女神への乞い願う詠唱。意味や内容は信仰心を持たず魔法に疎い俺にはわからなかった。

「どうですか?」

「ああ。ありがとう」

 礼を言うと正面で膝をついたままのサラは可愛い笑顔をみせる。まあ……鼻頭にマスタードが着いてなかったらもっと違う印象をもったかもしれない。

 サラのマスタードを取ってやろうと手を伸ばしかけ――

「邪魔をしたか?」

 サラは対面で膝をつき俺はそのサラに手を伸ばしかけ……見ようによってはラブシーンに見えなくもないが――

「すまない。お二方がそういう関係だったのは認識していたのだが……まさか……この様な場所で……一五分後に出直してくる」

 慌てて出て行こうとするのを止める様に声をかける。

「おい! おまえ俺がこんなちっまいのにそんな事するわけないだろうが! だいたい色気なんて全くないだろうがよ」

 サラの百五十ぐらいの身長を下まで上と視線を走らせた後に――

「……需要はあると思うが」

 なんのだよ。

「テレなくともよい。愛は人それぞれだ、お主のようにロリ――幼女趣味も」

「言い直さなくていいから! 違うからね、違うよ。君は激しく勘違いをしている」

「では――同じ部屋で夜を明かしていてなにもしてないと?」

 わざとらしい仕草――両手を広げヤレヤレなにを言うのやらといった感じのポーズで言い放つ。めっちゃ腹立つわっ!

「ねーよ。――ってなにも言わなと思ったらバッチリ勘違いしてたのかよっ!

 あのな……ラブコメにありがちな男は床で寝るとか実際やってみると一時間で土下座して撤回するぐらいきついんだ! それならロリコンと罵られたほうがマシだが実際そう言われると良い気がしねぇ!」

 とうのサラは意味がわからないのかきょとんとしている頭のうえに『?』マークでもつければ似合いそな表情。

「ふむ――傭兵はパーティ内で恋愛関係をもつ事が多いと聞いたのでな、てっきりそなた達もそうなったのかと……しかし、普通人間の男女で同じ部屋に泊まる事は少ないのだろう?」

「まあ……そうかもな……俺には同じぐらいの妹がいてなんとなくほっとけないんだわコイツの事……」

「それでは、私にもチャンスがあるのだな?」

「チャンス?」

「ふふ――私は強い男の子供がほしいと言ったであろう」

「ああ……」

 確かそんなこと言ってたな泉の出来事が脳裏に浮かぶ。

 麗人と言われるほどのエルフ族女性に流し眼でそんなこと言われたら俺としても本気にとってしまいそうになる。エルフは自分達の事を『穢れなき人』とかいう存在だと信じており。鍛冶の神から火を授かったのを皮切りに常に七つの大罪を内に秘めた人間なんかと比べると遥かに神に近い存在と自ら豪語する種族がエルフ。怖いほどに整った容姿と不死に近い寿命は神族に近い証なんだとかそんな奴等が人間の俺を夫にするわけない。

 でも――神に近い種族っつっても人間と神も異種交配可能だし。

 天界の神は百人以上の子作ったって話しだし……まあそのせいで妻が親兄弟を集めて反乱を起こした。それに逆切れして妻を鎖で縛って吊るしたとかなんとか……書物読みながら『いや、おまえが悪し! 素直に嫁さんに謝れって』って思わずツッコんだよ俺!

 全知全能といわれる天界神がそうなのだから俺としては信仰心がまったくなくなってしまったのも仕方ない、そう俺が悪いのではない!

 まあ……もし。万が一このエルフの気持ちが本気だったら――

 脳裏に泉の記憶がよみがえる――魅力的な女性。もう一回同じシチュになったら……正直理性なんかどっか逝くだろうな……(遠い目)。

「あのな、俺はまだパパになる気はないよ」

「まだか――ふふ。安心しろ、お主に迷惑はかけぬ、それにワタシは気長に待つつもりだ。十年などワタシにはなんということもない」

 十年か――おそらくその頃には違う考えになってるだろうな……ってか本気なのか!

 本気か冗談なのかわからんのは始末に悪いな。サラがずっとこっち見てるし、昔サクヤと二人で買い物に行った帰り道で路地裏にはいったら若い男女がイチャついてたシーンに出会わせた事があるがあの雰囲気に近いぞ!

「それより。アレはなんだ?」

 話題を変えるため入口に置かれたでっかい袋を指した。

「ふふ――。いまの鎧は主に合ってないであろう? 先ほど体のサイズを確認して新しい物を用意した。ぜひ使ってくれ!」

 なるほど。さっきのサービスは体のサイズを測ってたのか――

 大きさの割に軽いのか片手で袋を持つとこちらにやってくる。

 中身は板金鎧だった。

 俺の着ている古鉄の鈍い輝き放つ物とは違い綺麗な金属光沢を放つ新品の鎧。

 主材は神鉄――オリハルコンとも呼ばれ魔法銀よりも貴重なレアメタルである。俺の剣も刃の部分にはこの材料が使われているが純度はお世辞にも高いとは言い難い。

 手甲部分を持ってみる――さすがに羽毛のようにとは言えないまでも重量はあまり感じない。こいつは混じりっ気なしの高純度の品だ

 胴部分からガントレットに繋がる可動部も前のと比べて倍にリベット数が増えており、かなり余裕をもって関節部分が動くようになっていた。試しに各パーツをスライドさせてみたが関節部のリベット止めはスムーズに曲がり職人の業の高さを証明している。

 関節部は保護のためかインナーはチェーンメイル仕様になっている。

 至れり尽くせりなのだが――

「……いひゃっぱりうすすくねぇ?」(やっぱり薄くねぇ?)

 食事を口で保持しつつ、胴当てを両手で持つ。

「甲冑士は平気だと言っていたぞ」

「しかしな……」

 頭ではわかっている。神鉄は普通の鋼よりも硬く軽い。でもね……三分の一の厚さになってしまった鎧に神鉄の軽さは逆に不安を誘う。

 不安をかかえたまま――上から順に装着していく首を保護するゴルゲット、スポールダータイプの肩当て、肘当てのコーダー、腕につけるヴァンブレイス、手を保護するガントレット――コレは後でいいか。

 脇を保護するペサギュ、胴当てのキュイラスを着けその上から腰保護のタセッタを巻き、足を壁につけ片方づつ膝当てのポレインと脛当てのクリーブを着け、装着作業も前の鎧みたいに人手を借りず一人でできる程度の重量だった。

「そこに立ってくれないか?」

「なあ、やっぱりコレ――」

 ――ッゴ!

 次の瞬間には仰向けになっており辺りには藁のカスが舞っていた。

「これでもまだ心配か?」

 槍を構えたエルフがドヤ顔で問うてくる。

 俺は藁束の中から身を起こす――どうやら部屋隅にあった藁束の中まで吹っ飛ばされた様だ。

 衝撃で多少驚いたが……自分の胸元を見ると凹みどこか傷ひとつない!

 視線を上げエルフの構えを見ると王国式倉術の中級の技――

『雷鳴閃』

 神速一撃必倒の技。威力は絶大だが使ったあとのスキが大きく好んで使う者はほとんどいない。破壊力と速度は申し分なく板金鎧や鋼の皮膚をもつ龍にさえ効果がある。

 板金鎧や鋼の皮膚を持つ龍にさえ有効打を与える事ができる。大切な事などで二回言いました!

「な、なんともない。――けど突くか普通っ!」

 飛び起きて抗議してやったらいつも通りの微笑を浮かべた。

 うん。やっぱり女は怖い!


 会場に戻った俺を出迎えた声は概ね二種類。失笑と嫉妬。

 前者は一般人で後者が傭兵ども。神鉄の特性をしらない一般人が『おいおい、大丈夫か?』っていう意味の失笑、この鎧の価値がわかる者は嫉妬のこもった眼差しを向けている。

 これで傭兵間にある俺の悪い噂がまた一個増えそうだ……。

「あれ? サラは」

 チェラータ――顔の部分と後頭部の部分を別々の板金で制作して後で繋ぎ合わせた兜、槍試合か剣闘用なのかバイザーは神鉄が格子状になっており視界はかなり広く確保されている。その兜を片手でもてあそびながら傍らのフルサリットのエルフに聞く。

「さきほどまでいたのだが――」

 激しく嫌な予感がした。そういえば控え室を出る時のあの邪悪な笑顔を浮かべたサラをどこかで見た気するんだが……?

 アナウンスで相手の名前と俺の名前が呼びあげられる。

 まあ……いいか。迷子になっても『ちっこい巫女見なかったか?』と問えばすぐ見つかるだろうし。

 馬の首を撫でてひらりと跨る。

「ふふ――似合っているぞ」

「バカな事言うな――俺には分不相応すぎるっ!」

 突然、楽隊が奏で始める――つーかそんなのいたんだ!

 ズン! ズン! チャ!

 やけに耳になじむ三拍子の音が貴賓席以外でなり始め見ると皆足踏みや木の柵をたたいて音を出しているようだ。

 なんだよ。またこのパターン? そんな事してもハブられ続けた俺の鋼鉄の心臓には効かないんだよ!

 馬上でうんざり顔の俺を無視して三拍子のリズムは続いている。


 凛とした女の声で歌詞が紡がれる。


「ほう――これは」

 馬下ではエルフが感嘆の声を漏らす。

「ん? 知ってる歌なのか?」

「大公国の公主が幼少のときに歌っていた曲だ」

「は? なんで公主様が平民の歌を歌うんだよ」

「知らぬのか? 公主は元は平民なのだぞ、正確には王国の十五代国王ペンドラゴンの末子だったのだが幼少のころ側近に預けらた元王族。

 今、大公国がある農村で平民の子として育てられたのだ。

 その地には古来より『この剣を抜いた者は大陸の覇者になる』と刀身に刻まれた剣が岩に突き刺さっていており、公主が十五歳になるまで抜けた者はいなかったという」

「なんか――胡散臭い話しだな」

「そうだな。しかし――その刀身に書かれた預言通り一五年前のオークとの大戦では他の三国をまとめ連合軍を組織し戦争を勝利に導き見事大陸を救った。

 傭兵を対魔物用の戦力として各国のパワーバランスを崩さないように大陸の安定をはかり『世界樹構想』を――」

「世界樹構想ね……」

「傭兵の基本理念であろう?」

 再び盛り上がる一般席。

「――この声どっかで聞いた事ないか?」

「うむ。サラ殿の声だな」

 一般席の最前列。楽隊の指揮を執る感じで二十センチぐらいの棒を小指を立てて持っている。

 説教のために鍛えてあるのかその声はよく通り聞く者に響くものを感じさせる。

「サラ殿活き活きしておるな」

「……あれは悪ノリっていうんだよ」

 やがて曲は大盛り上がりのまま終局した。

『みなさんディバイン家ご存知ですか? ロイヤルナイツ軍師にして前大戦ではミッドラングバレー会戦で強行偵察部隊BBBの指揮をとり当時劣勢だった連合軍を華麗に勝利に導いた天才戦略家☆

 そのディバイン家の若獅子ことラーアル・ディバイン。アタシがこの聖騎士に出会ったのは――』

 うわ! 聖騎士――パラディンとか言っちゃったよ、このバカ巫女。

「あいつあんな大ウソを……」

「ミッドラングでBBBという部隊を率いて勝利したのは事実だ」

「ウソ! 事実なの?」

「お主……自分の父の事であろうBBB――『蒼い血族の兄弟』という名の部隊で部隊長のヨーマンは冷静沈着、頭の切れる弓の名手……だった。ミッドラングで戦死してしまったが……。

 折しも公国の『世界樹構想』に共感したストロングマンという者が後任になり『女神に祝福されし紋章の騎士』」という名で傭兵団の先駆けともいう組織に作り替え再編をしたという話しを聞いた事がある」

「おまえ詳しいな」

「ワタシにとっては一五年など些細な時間だからな……」

 ――見ためが二十歳前後の女性にみえてもエルフなんだよな。今の話しも学んだというよりは体験したって雰囲気があった。とくにヨーマンという輩の事を語ったときはハッキリと雰囲気が変わった、面識でもあったのだろうか……?

 このエルフの歩みを垣間見た気がする。一五年前だったら俺はまったくの子供だし、その頃からこいつは今とそう変わらなかったのだろうか?

「む――失礼な。私の身体がピチピチで魅力的なのは知っていよう?」

 ピチピチって表現古いぞ……エルフ。

「なあ……もしかして俺の心読めたりする?」

「ふふ――お主の精霊がおしゃべりなのだよ。精霊士になっておれば大成したであろうな」

 俺は心の中で精霊とやらに毒づいたらエルフは盛大に吹き出したあとに肩を震わせた大ウケしやがった。

『――アルゴスの村で――』

 サラの演説は続いている。アルゴスの村というのは王国領にある漁村の事。百年ぐらい前までは北の貿易船の港になっていたが船が抜ける海峡にクラーケンが住みついてそれ以降、船はこなくなり元々街だったものが過疎化し、いまでは漁村になってしまった。

 この世界『エデン』を一周するように聳え立つ神々の山――オリオン山脈(オリオンベルトとも呼ばれる)のせいで大陸の西側は切り立った岩山が水平線の彼方まで続き――反対側の東側、そのごく一部に山脈の切れのように海峡が存在した。そこにクラーケンが住みついてしまって北からの船も情報も遥か東方の大陸経由で入ってくる僅かなものになってしまった。傭兵も海では活躍できずクラーケンは野放しになっている。同じくオークも海路がつかえずオリオンの向こう側にあるオーク帝国から大規模な船団がこないという良い面もある。

 元々はアルゴス海峡とか呼ばれていたものが今ではクラーケン海峡という名のほう通りがいい。

 村じたいは一世紀前の繁栄など知らずのんびりとした漁村だ。

 俺も何度か仕事で行った事があり、おいしい羊料理と魚料理が印象的だった。宿のバアさんや波止場で釣りをするジイさんの相手とかをしてのんびり過ごした。

 うーむ、ひさびさに行ってみたくなったな。

『アルゴスの村は度重なるクラーケンの襲撃で絶望が支配していました……』

 ……いやいやいやいやいや、そんな事ありませんからっ! 確かに若者少なくて活気はなかったけどのんびりした良い村でしたよークラーケンに襲われた事など一度もないらしいですよサラちゃん。

『アタシは女神様に祈りました……』

 そこで目を閉じ当時と同じ様に――いや、妄想の中と同じ様に祈る。

『必死に祈りました……その時でした、村長さんが声をかけてきたのは――彼はアタシにクラーケンを鎮めるための生贄になってほしいと……クラーケンを鎮めるにはアルクメネの様に若く! 美しい! 女性でないといけないと語りました。

 アタシは……アタシにできるならと喜んで了承いたしました……』

 そこで瞳を閉じ――頬に一滴の涙が……。

 俺こいつの涙を金輪際信じない。だいたいクラーケンもおまえみたいなバカ巫女喰ったら腹壊すって――それに村長さんは生贄とかそんな事は絶対言わない、骨董集めが趣味の気のいいジイさんだ。

 いい加減ツッコミ疲れを起こしそうになってきた俺は対戦相手がランスを持たずに闘技場の中央まできている事に気がついた。

 これは話したいことがあるという意思表示。ときに相手を讃えあったり、試合を盛り上げるためにルール変更を提案したり(本部の合意もいる)する場合に使われる。

 俺はチェラータを小脇に抱えゆっくり馬を前にだす。

 相手はバイザーつきのバルュビュータをつけた奴だった――名前なんだっけかな? さっき紹介されたんだがサラの件で頭からふっとんでしまった。

「こんにちはラーアルさん」

 そいつはバルビュータを外し声をかけてきた。

 その顔は最近見た気がする……えーとー確か前のパーティでオーガを仕留めた槍使いの軽戦士だったような……正直もう解雇されたパーティの事は忘れたいのだが……。

「あんた確か……えっと……確か羊みたいな名前の……」

「……羊……! メリーですけどね」

 そうそうメリーさんだよ。

「あんたが相手だったのか……」

「はははは。これでも僕は優勝候補なんですよ、グエンさんとは同じ傭兵団所属で何度か手合わせもして今大会ではグエンさんを食えるんじゃないかって噂になってるぐらいなんですが――

 ラーアルさんこそヘクトール卿を破るなんてすごいじゃないですか! 無名、初出場でグエンさんと同格に扱われている人を倒すなんて! 今の貴方ならウチのアネさんも解雇なんてしなかったんじゃないかな」

「ワリィ、ヘクトール卿って誰?」

「えええぇぇぇぇっぇぇぇぇっぇぇぇぇっぇぇぇぇっぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!

 知らなかったでんすか? 『伸槍』の異名のとるヘクトール卿、前の試合で落馬させちゃった人ですよ」

「あー思い出した」

 あの伸びる不思議な技は結構有名だったのか……そういえば紋章官の演説でもシンソウがどうのって言ってたな……あれは『神槍』じゃなくて『伸槍』って意味だったのか……まあどうでもいいか。

「やはり、あなたを除名するのは早まったことだったかもしれませんね。ウチのアネさんも女だてらに荒くれ達の相手をするため意固地になるとこがありますから……自らを『金色の悪魔』、『暴れる智将』、『酒乱の巫女』――」

 ここでオホンと咳払いを一ついれるメリー君。

「最後のは聞かなかった事にしてください。なんて呼ぶようにしてなんとか屈強な奴らにナメられないようにと、そればかり考えているとこがありまして……実はあなたを紹介した仲介人がアネさんの想い人で……その人が紹介書に『可愛いい妹がいる』とうっかり書いてしまい、そのせいでアネさん不機嫌になってしまって……あなたにも辛く当たってしまったと思います……その事は僕のほうから謝罪させてください」

 ミスをしたのは俺のほうだし、そのミスのせいで結局はギルドからの依頼達成はできなくなってしまったわけだから、その事で謝罪されても当惑するんだが……。

「あんた苦労人なんだな」

「ええ、よく言われます。性分というか好きでやっている事なので……ちょっとヒステリックなトコがありますが、みんなアネさんの事が好きなんですよ!」

 そう言って微笑するメリー君。俺はまだ仲間というモノを持った事がないからわからないが――その笑みは羨ましく思えた。

「しかし。この策はちょっと読めませんでしたよ。グエンさんには通じないし、ヘクトール卿のような実直な騎士なら憤慨するような手ですがボクには非常に有効ですね、これでボクはあなたと戦うわけにはいかなくなりました。

 もしやりあえばボクの立場を悪くするうえに信心深いボクにあの方の縁者にあたる人の邪魔はできません。策士ディバイン家ここにありってところですか……」

 いまだ演説を続けるバカ巫女のほうを見ながらよくわからなことを言う。

「策もなにもあいつが勝手にやってるだけだぞ」

「だとしたら、なお恐ろしいですね。どうやってたぶらかしたんですか?」

「さーな。エサやったら勝手になついてきただけだよ」

「……僕はこれで退きます。次のグエンさんには小細工は通じないですよ……ですが、あなたに期待しています」

 なにやら義父の事やサラが勝手にやったことを変なふうに解釈したまま去っていく。

 サラの演説はいまだ続き、聖騎士ラーアル・ディバインなる人物は右手に神槍グングニルを持ち目から怪光線を出してクラーケンを焼き払いタコヤキの原点はそこからきたとか言っている。

 サラの顔はとても楽しそうで活き活きしていた。


「吹いた♪ 吹いた♪」

 闘技場から選手控え室までの廊下をサラは上機嫌で歩いていた。

 あの後試合が流れてもサラはずっと演説を続け最後には聖騎士というよりも大怪獣になっていた。

 観客も意外にノリがよくサラの機嫌が良いのもそのためだ、試合がなくなった割には十分な盛り上がりを見せた。

「――ふみゅ」

「おっと、すまないお嬢ちゃん」

 サラは俺のちょっと先を歩いていたわけだが曲がり角でがっしりとした長身の男とぶつかりコロンと転がりそうなトコをぶつかった相手が助ける。

 そのサラがぶつかった相手――

「ちっ! その辛気くせぇ黒髪はラーアルのボーズじゃねぇか」

 浅黒く日に焼けスカーフェイスのそいつは――

「グエンのおっさん……」

「おっと、このお嬢ちゃんはさっきボーズに膝枕してた巫女さんか――そういや昔稽古でへばったおまえをよく妹のアリアが膝枕で介抱してたな、シスコンだと思ってたらタダのロリコンか? まったく羨ましい奴だな俺なんて金目当ての二十後半から三十前半までの女しか寄ってこないってのによ……」

「なっ……うらやましい……そのくらいの女性なら黙って愚痴話とか聞いてくれそうじゃないか! 俺なんて十五から十七くらいまでの女の子しか寄ってこないのに……」

 スカーフェイスが驚愕に歪む。

「なっ……羨ましい、そのくらいのうちから自分好みに調教していくのがいいじゃねぇかガキだなラーアルのボーズ」

「おっさんはあいつらの我が儘を知らないからそんな事いえんだよっ! 調教? そんなことしようもんなら『キモい、死ね』とか言われるのがオチだ。

 その点年上の女性ならちゃんと相手してくれるし、癒し方も心得てるじゃないか」

 グエンのおっさんは『わかってねぇな』って感じで首を振りながら。

「あいつらは収入の額で対応が天と地ほども変わってくるぞ……もし怪我でもして働けなくなったら蚊や蝿のごとく扱われるのがオチだ」

「さすがに師弟ですね、似てます☆」

「「似てない!」」

 俺とおっさんの声が見事にハモりお互い睨みつける。

「――っておっさんあんたこそ真性のロリコンじゃねぇか! まさかサクヤに手だしたりしてねぇだろうな!」

 おっさんの雰囲気が変わる。

「サクヤか……おまえいつまでアリアの事を幼名で呼ぶつもりだ? 彼女はもう社交界にもデビューした立派なレディだ。簡単なものなら親父さんの仕事にも携わっている。

 俺がこの街にきたもの彼女のエスコート兼護衛として一緒にきたからだ。野暮用で帰りには付き合えなかったが――

 おまえは何をしている? 名門ディバインの家名から逃げ出し――家名にドロを塗りまくっているおまえを見てると虫唾が走る。俺は文官は嫌いだがおまえの親父さんだけは別だ。なのに何故――何故俺や親父さんの期待を裏切る?」

「……」

 ……答えれるわけがなかった。逃げたつもりはないが俺は自分で自分が何をしてるのか何をしたいのかこれから何ができるのかわかってるわけじゃない。

「おまえには武術を教えたが槍の才能があるのになぜ剣などを好んで使う? 『世界樹構想』を理解できず――仲間を作れないおまえに傭兵稼業は向いてねぇ! 今のうちにとっとと辞めちまえ!」

「そこまでにしてもらおう、グエン殿」

「ラーアルさんはすごい傭兵さんでアタシの騎士です!」

 まるで庇われるように前に立たれた事がより一層惨めになった。

「彼は私の代役でなんの利益にもならずにこの大会にでてくれた。彼への侮辱は私が許さない!」

「ほう――顔を見せないと思ったら。大戦時にはあんたの同族にも背中を預けた身、ここは顔をたてておこう」

「それともう一つ。これは私見なのだが、グエン殿はほかに弟子を取ったことがおありか?

 もしないなら天才の重圧をご存じか? さきほど彼が剣にはしった理由を理解できないと仰ったが、それはグエン殿の技量が抜きんでておりどう足掻いても勝てないと感じさせてしまったからではないのか? そうなったときに弟子はどうすればいい?

 それこそ別分野で勝とうと考えた彼は本当に間違っているのか? グエン殿は彼に武術をおしえたのであろう? 槍術ではなく。ならばより勝率の高い道を選んだ彼は――」

「なるほど。なかなか興味深い考察だ。だがな――俺とボーズは師弟というほどハッキリとした関係じゃない。それと傭兵に向いてないって言った事は撤回する。おまえでも絆を紡げるなら『根』になれる可能性はある」

 グエンのおっさんが素直に謝ったのはかなり驚いた。やはりこのエルフのもつ独特の雰囲気は大陸一の槍使いにも有効らしい。

 おっさんが去った後にサラが俺の手を取って来た。

 先ほどの惨めな心中はもうなかった。


 闘技場はグエンが現れただけで盛大な『グエン』コールがおこるほどの人気ぶり。

 チェラータをかぶり神鉄でできた格子状のバイザーを下げる。

「すごい人気だな」

「あのおっさん派手で豪快だからな、見ててスカっとするんだろ」

 ランスを持つ。

 先ほどのイザコザは既に気にならない傭兵は自らの心身コントロールができてこそ一人前。

 今は全力で当たるのみだ!

「ただの力バカならいいがあのおっさん繊細な技量もあるからな……」

「小細工は通じぬということか……」

「……」

 一瞬ひらめきが――

「……なにか考えがあるのか?」

 表情をよんだのかおしゃべりな精霊が教えたのかしらないが――

「まあ……奇策? いや……やっぱり小細工かな……なんにしても一回目は正攻法でいってみる」

 旗が振られ、試合がはじまる!

 馬の腹を蹴り、一気に加速する――巨漢のグエンのおっさんが迫ってくる!

 突きは――

 ランスチャージに構えた槍をすれ違いざまに突きいれる!

 ゴガン!

 派手な音としびれるような手ごたえ、舞った木片は会心の一撃を放ったと確信させた。

 しかし――相手からの突きはなかった。

「――っ。力だけは有り余ってやがるな……破城鎚で打たれたみたいだ」

 俺はゆっくりと馬の向きを変える。

「だが、それだけだ――ほれ」

 ランスにひっかっていた物を腕の力だけでこちらに投げる――そいつは――かぶっていたはずのチェラータ!

「……あの仮面の奴の言った事は……」

「……おっさん」

「いや……なんでもねぇ……怪我したくなかったら棄権しろ次は打ち込むぞ」

 そのまま開始位置まで戻る。

「見ていた。力量の差は歴然だ棄権する。よいな? サラ殿大会本部へ」

「あ……はい」

 力だけか……俺がおっさんに剣で挑んだ理由はもう一つあるんだよ。

「はっ」

 俺は馬の腹にけりをいれて駆けだす。グエンのおっさんは慌てて「槍をよこせ」と怒鳴りやや遅れながらも出てくる。

 俺はいつもどおりランスチャージの体勢をとらなかった――そのままグングン距離がつまっていく、もう一呼吸にあればお互いの間合いにはいる!

 俺は格子状のバイザーの下からおっさんの顔をずっと見ていた。

 最初は戸惑い――徐々に驚愕に変わっていく。

 すでにお互い間合いにはいるどころかすれ違う寸前まできていた、おっさんは前傾のランスチャージをとっている、俺は――

 わりぃ、おっさんもらったぞ!

 体勢も整えず、槍すら固定の留め具にかけずに俺は腕の力だけでおっさんの兜に突きをいれる!

 突き遅れの一撃、しかし粉々に舞う木片!

 これで点数の上では四対0……次に落馬さえしなかったら俺の勝ちだ!

 ひときわ会場の歓声が大きくなる。

 手綱を操り向きを変えると――おっさんが地面に横たわっていた。

 俺は粉々になったランスの柄を握り締め、あがってくるモノを抑えきれなくなった。

「―――っ!」

 しかし――その声は会場の『ラーアル』コールと混ざりウォークライのように聞こえたかもしれない。

 不自然な体勢で放った突き――その代償に腕と指の骨を何か所か折っていた。

 どうやら俺はかっこよく決められない星の元に生まれたらしい。


 負傷した腕を添え木で固定し首から吊り布で下げたまま俺は冷たい床の上で正座していた。

 その眼前、短杖を片手でピコピコと振りならが白いクローク姿の巫女がゆっくり横切っていく――俺の前を通り過ぎ人ひとり分ぐらいの距離あたりで回れ右をして再び前を横切りまた一人分歩いたら、回れ右をするという動作を延々繰り返しながら――

「――いいですか。女神様はみなを愛してくれています、自らを傷つけたり、死を望むことはその愛に反する行いなのです――」

 俺の負傷は自傷行為じゃないのだが、反論してヘソを曲げられ治療してくれないとかいう事態は避けたい。

 グエンのおっさんを倒して決勝に進むはずだったのだが棄権をせずに無謀な勝負にでて負傷した俺にサラは延々説教をはじめた。

 結局――決勝は負傷で辞退。優勝はどっかのウルなんとかって子爵が勝ち取ったらしい、運がよかったのは優勝者がデュランダル(ニセ物)を選んだので二位の俺はゲイ・ボルグをもらえ約束はなんとか果たせた。

 しかし――もう二時間近く冷たい石床に正座して年下の女子に説教をされている。

 最初は感情のまま罵声といってもいいぐらいの勢いで――三十分もしたら落ち着き宗教観を話しはじめ――いまではメガミサマのアイについて語っている。

「……あの、もうそろそろ女神様の愛の力で治療をしてくれていいのではないでしょうか?」

 腕組をしてジト目でこっちを眺める巫女は結構、意地悪っぽく見えた。

「俺が勝ったときも飛びあがって喜んでいたじゃないか、もうこんな事は絶対しませんから!」

 必殺拝み倒し! 腕組を解き持っていた短杖で自身の頬をコシコシこすりながら思案顔になるサラ。

「……そりゃ……まあ……かっこよかった……です……とくに最後の雄叫びはしびれました」

 もし痛みで上げた俺の悲鳴の事を言っているんだとしたら、この巫女はドSの才能があるだろう。

「……わかりました、二度とこんな事しちゃダメですよ」

 そう言って小さな女神は呪文を唱えつつこちらにやってくる。

 やったぜ! ちょっと下手に出てやったらこの通り。

 へっへっへっへっへっ、ちょろい女だぜ。

「ワタシからもよいか?」

 今まで壁に背を預け黙って二時間沈黙し続けていたエルフが割り込んでくる。

 舌打ちしそうになったのをなんとか抑える。

「お主何故顔を反らさなかった?」

 サラが不思議そうな顔をして。

「それってダメなんですか? 相手から目を離さないってなんか勇敢でかっこいいいじゃないですか☆」

「槍先が兜のひさしを突き通す事がある。普通は打ち合いの最後の瞬間には目を反らし兜の曲面をみせるのが常識だ。しかも前傾体勢をとらなかった、あの体勢で突き込まれれば首や背骨を折られたりしてもおかしくなかった」

「……そ、それは……」

 自分でも目が泳いでるのがわかる。

「知らなかったとは言わせぬぞ! お主は全ての対戦ではそうしていたのだからな。

 最後の――グエン殿の時だけ打ちこまれれば死ぬような無防備な体勢で突っ込み相手を怯ませ、こっちも打ちこまないという雰囲気をだし油断した瞬間を突いた。不意打ちの様な卑怯な戦法――ほんとうに小細工だな」

「そんな事してたんですか! いいですかその傷の痛みは生きている事の証なのです死を望む者に女神様の力は使えません!」

 頭から湯気をだしビシっ! 指すとこっちに死刑を宣告する様な勢いでまくしたてる。あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!

ちょっと待て! いくつもの言い訳を考えながらとりあえず口を開く――

「まままま――まて、マテ、魔手、Mate、待て! あああああ――あ、慌てるなこれは、これは――そうだ! コーメーの罠――」

「うるさい!」

 我ながら感心するほどの動揺っぷりと意味不明な言い訳をピシャリと遮りサラちゃんは控え室からでていってしまった……もちろん治療などはしてもらってない。

「なんであんな事言ったんだよ。もうちょっとだったのに……」

「……」

 あー。もしかして――

「あの……もしかして怒っています?」

「当たり前だっ! ワタシは物凄く憤慨している!」

 表情はそのまま、しかしその静かな怒りは本物という事だ。

「確かにその槍を欲した。だが――だが、数少ない友人の命のほうが大事だ! こんな事は二度としないでくれ。槍などは交渉して買う事はできるがお主のような男は……友人は買う事ができぬ」

 俺は立ち上がり――足が痺れて若干フラついた。

「なら持ってくれよ」

 そう言って壁に立てかけたままになったゲイ・ボルグを取りその手に渡そうとする。

 先に握手を求める様に手を出され、俺は槍を再び立てかけ手を握ろうとした時に相手がファイターの命である利き腕を出している事に気づいた。

 こっちも礼にならい利き腕をだそうとしたが引き攣る様な痛みが走り左手を出す。

 ガッチリ握手を――

 交わさなかった! 手を出した瞬間に腕を引かれ彼女の方に引っ張られる突然の出来事に俺はされるがままに抱きしめられた。

「なるほど。ブリュンヒルドよ良いモノだな、この想い。……そなたのためにならワタシはベルセルクにもなろう。我が身がエインヘリアルと化してもヴァルハラの地にて永遠にそなたがくるのを待つと誓おう。ワタシの名はユリウス――ユリウス・オクタウィア(M)。そなた等人間にはオクタビアと発音したほうが言い安かろう。ワタシも呼んでくれると嬉しい!」

 あらかじめ用意していたのか淀みなく一気に言い切る。後半やや取ってつけたような言い方になったが。

 お互いの体が離れエルフの白い顔が紅に染まっている。しかし、そんな事より俺には言わないといけない大事な事があるのがわかっていた。

「すまん、さっぱりわからん」

 ブリュンヒルドって誰だよ? ベルセルクって? かろうじてわかったのがこのエルフの名前だけ――

「ふふ――さすがのそなたでも我が一族の神学はわからぬか」

「ああ、なんて言ったんだ」

「お、教えてやらぬ」

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! 俺に言ったんだろ?」

「言ったというか誓いとか自戒みたいなものだ。そそそそ、そなたはしらなくともよい」

 そう言われるともっと気になるぞ、もっと詩的な言い方であった事は雰囲気でわかる。

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!

 『フラグが立った』だの『SPイベントktkr』だのうるさいぞ! この『住人』どもが!」

 いきなりブチ切れるとそう言って立てかけたゲイ・ボルグでこっちを突いてきた!

「おいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ! ばかやめ……」

 慌てて首を捻ってかわす――頬がちょっと裂ける!

「――すまぬ。ちょっとお主の精霊を黙られた」

「いや――別にいい」

 正直腰抜けた。

「ふむ――」

 エルフは――オクタビアは槍を見つめ、二、三回空を突き。

「鎧借りてよいか?」

 すでに除装を終え鎧は樫のテーブルの上に置いてある。前使ってた板金鎧は修復不能と判断されクズ鉄送りになった。

「ああ、別に構わんぞ」

「感謝する」

 一歩踏み込むと突きが神鉄製の胴当てを貫く!

 それだけでも驚愕だが――

 ばぁん!

 破裂音と共に鎧が内側から弾け飛ぶ! 引き抜くとゲイ・ボルグの槍先がなくなっていた。、

 黙って見ていると霧状の物が槍先に纏わりついたと思ったら瞬く間にそいつは槍先の形になる。

「なっ……もしかして本物!」

「そなたの知識は間違ってはおらぬ。ゲイ・ボルグとは技として一族に伝わっている、元来は投げ槍ジャベリン系の技だ。人間達の伝承にある武器は英雄セタンタが振るったこの槍のことだろう。決して外さない、当たれば三十の欠片に飛散し体の内側から破壊すると伝えられる。しかし――扱えるのは我が一族のみだ」

 なるほど。

 しかし、俺は全力で間違った事をドヤ顔で言い切っちゃったわけだ。

 ぐぁー。恥ずかしい。

 槍を立て騎士が主君に誓うような態勢で――

「誓う! ワタシはこの力を人間相手には決して使わぬ! ワタシの旅の目的は――一族の復興と――そうだな――大陸最強の槍使いになる事にしよう。今そう決めたぞ!」

 そう言って笑んだオクタビアの表情はいつもの微笑とは違った。どう違ったのかというのは俺のような若造には上手く説明できないが――まあ。骨折ったり、槍で突かれたりした事が帳消しになるほどの魅力的な笑みなのは間違いない。

 そのあとにサラの機嫌を取るため耳飾りを買っていったら――

「贈り物で好きな様になる女だと思わないで!」

 ――と、意外なセリフを聞いた。

四日目

 いい天気だ。沖合でカモメが鳴いている、風はほどよく吹き潮の香りを運ぶ――釣竿を担いで海に面した通りを歩きながら良い釣り場を探していた。

 残念ながら折れた腕を吊りながらだ。結局サラの機嫌は治らず、俺の腕も治らず……。

 古代人と違い龍の肉を食しユニコーンの角を普通に調味料に使ってる現代人は骨折など二日も添え木してればくっつく……痛いけど。

 昨日、耳飾りをプレゼントしたおかげで説教は回避できたが朝食の間は口を聞いてくれなかった。

 昼食の後にオクタビアがやってきてそのままどこかに行ってしまった。

 ……怪我人をほっといたまま。

「安静に!」

 ――とサラに言われたので意地でも安静にしてやらん! と決意した。

 そこで港街だったの思い出し釣糸でも垂らしてみようかと宿の人に竿を借りここまでやってきたわけ。

 竿の端にバケツと釣餌の入った木箱をひっかけ片手を吊りながら竿を担いで良い場所はないかとウロウロ中。

 今ならシーブリームあたりがお勧めらしい。朝まずめは過ぎたので釣果は期待できんと思うが――ああ。まずめ知らん人は辞書で調べて赤線引いとくと人生の役に立つぞ!

 練った海老のすり身を餌にして適当なとこで釣り糸を垂らす。シーブリームは人工物の下に入り込む習性があるため桟橋の下あたりに投げるのがコツ。

 糸を垂らしながら周辺を見渡す。

 この辺りは船乗り達いきつけの酒場や宿などが立ち並んでいる通りの様だ。俺のように昼間から暇を持て余している奴は少ないみたいだけど……。

 くん! と引いた――あげたら餌がなかった。

 言い訳じゃないが、シーブリームはとても頭のいい魚で釣るの難しい!

 餌を付け替えようとした拍子に近くの桟橋で見知った姿を見止める。

 とんがり帽子をかぶっていないし普通の貫頭衣姿だけど短めに切りそろえた銀髪が潮風に揺れている。桟橋に積まれた空箱その上に腰掛けて足をブラブラさせ穏やかな水面を見つめる精霊士の少女。

「――よう、なにやってんだ?」

 暇も手伝って近づき声をかけた。

「あ! ラーアルさん。どうしたんですか? その腕」

 そう言って歳相応の愛らしい表情になる。あれ? こんな表情豊かな奴だっけ?

「ああ――ちょっとな――」

 俺はこの二日で起きた事を掻い摘んで話した。その間も適当に糸は垂らす事は忘れない。

「そうなんだ。オクタビアさんエルフだって明かしちゃったんですね」

 クスクスっと少女特有の笑い方をした。

 こんな風に笑う奴じゃなかった気がするんだが――

「あの……」

「はい?」

 こうしてみるとサラよりよっぽど純真無垢に見える。

「あー気を悪くしないでほしいんだが……なんか変わったっていうか……雰囲気ちがくねぇ?」

 精霊士の少女は自分自身を指差すと――

「そうですか? あ! ボクのようなレベルの低い精霊士は街の外のような危険な場所では常に精霊の気配を読むために意識の大半を集中しているので、その間は感情が希薄になるみたいです、自分ではよくわかりませんけど……そのせいかも」

 そうなのか? ――って自覚ないのか客観的に見ると全くの別人なんだが。

 ジーと見つめると慌てて顔を反らす。照れて顔を反らすとかやっぱりサラより純真だな。

「あーそう言えば会ったら聞いてみたかったんだが――」

「はい?」

 子首をかしげ一度反らした純真な瞳を向けてくれる。

「俺にまとわりついてる精霊ってどんな事言ってるかわかるか?」

「えーと。精霊に話してもいいって許可さえ出せばボクにも声が届くと思います」

 そう言われてもよくわからないのだが、とりあえず精霊士なら誰でも聞けるわけじゃないって事がわかっただけでもほっとした。

「オクタビアが変な事言うからちょっと気になってな」

 とりあえずこいつ――カリンだっけ? コイツには話してもいいぞ。

 ――こんな感じでいいのか? 

「なにか言ってる?」

「はい。えーと……『商隊の配置を変えてたら泉でオクタビアのSPイベントがあった』って言ってます、なんかの符丁でしょうか? オクタビアさんの名前でてますけど『いべんと』とか泉というのがわかりません」

 泉とオクタビア――一瞬、狼の襲撃があった夜のことを思い出した。なにか関係あるのだろうか?

「他には『カリンルートは難易度高くて素人にはお勧めできない』って……」

 わかんねぇ。

「ほかには『フラグ』がなんとかっていうのと『コーカンド』がどうのとか……」

「さっぱりだ、『フラグ』とかはオクタビアも言ってたな、もしかしてエルフの言語とかかもしれない……」

 そう呟き内心でももっと深く考える。

 素人にはお勧めできないってなんかのプロなのか?

「――それ本当に精霊? 変な存在モノだったりしないよね?」

「はい。自然界の精霊とはちょっと違うみたいですけど……みなさん純粋で優しい精霊だと思います。ただボクの知ってる言葉に変換できないものも多くて……ごめんなさい。たぶん――『アースガルド』からの使者だと思います」

 唐突にでた聞き慣れない単語に――

「あーすがるど?」

「はい。この世界『エデン』とは別の世界『アースガルド』。そこでは全ての個が繋がり合い時には個が全を動かす事も世界で0と1によって構成されています。稀にそこから流れてくる知識があると聞きます。数十年前までは鉄線リングの加工技術しかなかった甲冑技術が『アースガルド』から金属加工技術が伝えられた事で甲冑の最終形態ともいわれる板金鎧の制作を可能したという話しや『帝国』はその技術を積極的に取り入れ動力を付けた船や銃器の技術に活かしているとう話しまであるぐらいですよ」

「ふーん。そう聞くとなんか凄そうだな、よくわからんけど」

 実際は全くわからん。個が繋がり合って全になっており0と1で構成? 想像つかんな。

「――それにラーアルさんはほかにも火水土風の精霊にも好かれてて、今この辺りかなりの数の精霊が存在して飽和状態ですよ」

 俺にはその存在を感じ取る事はできないが、カリンはうれしそうな顔で周辺に視線を走らせる。

「そうなのか? それで気分とか悪くなったりしないよな?」

「はい、それは平気です。それに……一緒にいるととっても……」

 あークソ餌取られた! あ! 釣の話しね。カリンの言葉は後半とても小さく聞き取れなかった。

「ラーアルさんって優秀な貴族の方なんですよね?」

「んー。まあ養子だけどな」

「そうなんですか?」

「ああ。ちょっと辛気臭い話しになるが俺が生まれ育った村は前の大戦で壊滅しちゃってね、村の大人達が戦って俺と隣に住んでた赤子を逃がしてくれた。

 街道を一晩歩き続けて――辛かった記憶もある、隣の人に頼まれた生まれたての赤子を抱えたままだったし。明け方に王国軍に救出され事なきを得たんだが、そのとき軍師をしていたのが今の義父で俺自身は生まれながらの貴族ってわけじゃない」

「そんな体験なさってたんですね。だから精霊に好かれるのかな?」

「そんな過酷なものじゃなかったよ。物心ついた直後だったし生まれ育った村の記憶もない――実際村を襲ってきたオークの姿すら見てないんだわ」

「でも――預かった赤ちゃんは見捨てなかった。そういう優しい人が精霊に好かれるんですよ」

 その無垢な瞳で言われるとくすぐったい。

「そんな事言われても……なにが良い事で悪い事かわかってなかたし、頭わりぃから途中で捨てるって考え付かなかっただけさ」

「テレなくてもいいじゃないですか。その子はいまどうしてるんですか?」

「一緒に引き取られて妹ってことになってるよ」

「話してあげないんですか?」

「別に必要ないだろ。話してほしいって言われたら話すけど、あいつには養子だってことも言ってない。それに――俺だって話すほどいろいろ憶えてるわけじゃない、逃げろ、うちの子をお願い、あとはひたすら街道歩いてただけだ。話すっても正直二分で終わるね、演劇と違って過去の辛い体験なんて実際はそんなもんじゃねぇ?」

 くそ、また餌が……。

「黙っている事で今でも妹さんを守っているのですね……うらやましいな……」

 俺は餌をつけかえる事で聞こえてないフリをする。

「連邦の事どれくらい知ってます?」

「狩猟部族が集まって国の形をとっているんだっけ? 獣人やエルフなんかの亜人も含まれるみたいだけど――」

 うろ覚えの知識をひねり出して答えた。

「正確には部族単位で暮らし、一個の部族がそのまま大家族のような感じで生活しています、自然に囲まれ精霊士や狩人の業が発展しています」

 生きる為に発達した業ってわけか。

「ボクも――ボクとミリアちゃんも戦災孤児なんです……」

 俺はそれを黙ったまま聞いていた。

「でも――寂しくはありませんでしたよ。さっき言ったとおり部族が家族みたいなものですから……」

 餌をつけ終え話しの腰を折らないように無言で釣りを再開する。

「……半年前に大火事があったんです……全て……全て焼けちゃいました。家も人も荒れ狂う火の精霊……村はなくなりボクとミリアちゃんは部族名を名乗らなくなったのはその時からです。その後早急に国を出るには傭兵になるのが一番早いと知って傭兵になりました。忘れたかったんです! そのときにオクタビアさんと知り合って……」

 なるほど。オクタビアは『転移』の許可がもらいやすいように都合の良い仲間がほしかった、カリン達は早急に国を出たかった。おそらく互い事情があったうえでの合意それゆえになにも語り合わなかった。

「……他国のギルドを使うにはかなりの経験が必要なんですよね? ミリアちゃん駆けずり回って、やっと今回のお仕事見つけてきて……この街についてからも、ずっと荷降ろしとかの仕事をしながら酒場で情報集めたり……」

 あいつ――そんな事やってたのか、脳裏に褐色の肌、赤毛にターバンを巻き弓を背負いこちらをを睨む姿は思い浮かぶ。

「なにかに急かされる様に働いて、働いて……ボクになんにも言ってくれなくて……相棒だって言ってくれたのに……」

 俯き寂しげに言う。

 実は――今回はあの生意気女の気持がわかるような気がする。おそらくこのカリンはあいつの妹みたいな存在なんだろう、いきなり二人きりになってしまった家族、つらい過去を忘れるためになにも考えず必死にスケジュールをつめこみ思考を停止させて働けば考えずに済むし大切な者も守れる。

「それで……ちょっとケンカになっちゃって――ボクがラーアルさんと一緒にいればギルドから仕事もらえるね、もう無理しなくても平気だよって言ったら『精霊を信じてない精霊士なぞいらん! あの黒髪ロリコンがいいならあいつに嫁入りでもしろ!』って――」

 なんで、みんな俺をロリコンにしたがるかね……まあいいけど。

 その言葉は聞き様によっては『用済み』って言われた様にも取れる。必死でがんばってたら、その守ってた対象から言われたと思うと、ちょっと可哀相だな。この精霊士がそういう意味で言ったんじゃないって事はちょっと考えればわかると思うが……。

「まあ――売り言葉に買い言葉だろ。あんま気にするな」

「……ほんとなんです」

 え! なに嫁入りが? 困る! 俺は二〇代後半しか興味が……。

「ボク……火の精霊が信用できなんです」

 ああ、そっちね……ガッカリしてないぞ! ほっとしたわ!

 しかし――困った。俺は魔法に疎い。精霊がどうの言われて正直ピンとこない。

 神学を学んだ俺にとって神聖系魔法はわかる――昔、むかし『原初の神』という創生神が預言で『自分の子供に王座を奪われる』と知った。その実現を恐れ生まれてくる子供を全て呑みこんだ。末子だけが難を逃れそいつが他の呑まれた兄弟(神は不死なんで喰われても死なず腹の中で生きてるらしい)を助けて兄弟が力を合わせて『原初の神』をタルタロスという世界に封じました。残った子供達で世界を統治しました。

 その後、人間を作りこう言った。祈れば神様力貸しちゃうヨン、みんな祈れ! もっと小難しい言い方だったがフランク言い方で解釈したらこんな風になる。

 これが神学の創世記に記された神聖魔法の起源。それと別にタルタロスからオークを創って地上に離したのが『原初の神』だって言われてる。人間とオークがお互い敵対するのは創造主の対立が尾を曳いているという、迷惑な話し。

 これとは別に精霊士の使う魔法は精霊信仰。あまり詳しくないんだが……確か全てのモノに其々神が宿りうんたらかんたら……。

 大雑把に言うと全ての物に神が宿っているという、その中でもっとも強力といわれる四大元素――すなわち火水土風を取り扱い『声』を聞く事で魔法を扱うのが精霊魔法。

 わかるか? 俺はさっぱりだ!

「火の精霊はとても扱いにくいの。一度勢いがつくと『サラマンダー』クラスまで跳ね上がる事もあって、常に最少で使う事を心がけるがコツで――」

 サラマンダーとか説明されてもサッパリ。チラっと横眼で表情を窺ったら徐々にその顔には陰りが出始めとても口を挟める雰囲気ではない。

「あんなの――あんなの見た事ありません! 人が……家が……ボク達の村が……」

 自らの体を抱き震えを必死に抑え怯えた眼。

 その様子が悲惨さを窺わせた。

「あんなの使えません! もし――もし『ティアマット』クラスまでに成長したらと考えたら……」

 その単位がどれほど凄いの想像もつかんが『ティアマット』ってのは世界と――『エデン』と同等の大きさの火龍の事だ。世界と同じ大きさの生物とか想像できるか? 俺はさっぱりだ。おそらくは火炎系で最上級の値って事だろう。

「いいじゃねぇの? 使いたくなかったら使わなくて」

 徐々に大きくなっていく陰り。俺はそれを止めようと口を挟んでいた。

「俺達傭兵だろ? 使える物はなんでも使うのが傭兵だが――軍隊じゃない。どうしても使いたくなかったら使わなきゃいい」

「簡単に言わないでください!」

 こちらをキッと睨み上げ――

「精霊っていうのは調和を好むのです! 火だけ使わずにいたらどこかで無理が生じます! ボクがいつ爆発するかわからない爆弾になるって事ですいいわけないでしょう!」

「……」

「いきなりカッとなってごめんなさい。でも精霊魔法は強力なんです! 攻撃魔法なら神様の力より強いんです。それが……制御できず、いつ爆発するか……もし……もし暴発してミリアちゃんを巻きこんだり」

「そんなに怖いなら……精霊士やめたら? 酷な言い方だが性に合わない事をして苦しむなら別のやり方で相棒を助けた方が……」

「違うんです! 精霊が嫌いでも、イヤでもないんです……火だけ使うのが恐いだけなんです」

「なら野営の時、火を熾したりして攻撃魔法は全く使わないのはどうだ? それでも制御する自信がなくて巻き添えが怖いならみんなを離せばいい。

 そうだ! 俺が近くにいると扱いやすくなるなら傍で見ててやるから」

 知識のない俺が精一杯考えたのがこの程度の事だった。カリンは呆れたのか黙考してしまう。

 おい。もし俺に憑いている精霊がいるなら、ちょっと協力してくれよ。

「え! そ……そんな事を……」

 戸惑い気味に言葉を切る。

「……そんな事言われた甘えちゃいますよ?」

 小さな声で顔を真っ赤にしながらそう言った仕草に内心微笑ましく思い。

「ああ、そうしろ。多少の事ならフォローする――きっとおまえの相棒もたぶん気持ちは一緒だと思うぞ」

 この時は水面に視線をむけていたので相手がどんな表情をしているか見ていなかった。

「ラーアルさん、ミリアちゃんの事まで考えてくれてたんですね。ボク――」

 その時、ググっ! っとした手ごたえと共に竿が大きくしなる!

「ぐを! でけぇ! 片手じゃ無理! 悪い手を貸してくれ」

 海に引き込まれそうになるのを両脚のバランスだけでかろうじて持ちなおす!

「ど、どこ持てば」

 慌てて木箱から降り俺の前でオロオロ――

「前に立って両手でしっかりと竿をにぎって」

「あ、はい。でも――」

「ぐを! 早く、早く頼む早く……」

 なぜか躊躇の声をあげるのを遮り――カリンが両手でしっかり持つのを確認したら俺は竿の上のほうに手を移動させ。

「タイミングよくいくぞ! いち、に――」

 三の掛け声とともに二人で同時に引く!

 ばしゃ!

 大げさな水音とともに見事な大物を釣り上げる。

「やりました! やりましたよ、ラーアルさん」

「ああ。かなりの大物だ!」

 俺もカリンも大興奮で顔を見合わせる――カリンの両目が驚きのあまり◎になっており二人して同時に息を飲む――夢中で気がつかなかったがカリンは竿を両手で持って俺はそれを背後から抱きしめる体勢になっている。

 次の瞬間、二人で大げさに飛び退き離れる――離れた俺達の間でビチビチと釣あげた大物が跳ねまわっている。

 慌ててそれを捕獲し近くの漁師ギルドで手早く下処理をする、傷みやすいハラワタをとり鱗の除去、カリンは横で見ながら――

「片手で器用にやりますね」

「サイバル技術は叩きこまれたからな――よし、あとは塩ふって火で焼――」

 片手でふるっていた包丁を器用にクルと回すとまな板に付き立てる。

「ボクがやってもいいですか!」

 言ってから顔を真っ赤に染め俯いてしまう――おもわず表情が緩むのを感じながら俺は頷く。

 潮風に少女が紡ぐ詠唱の声が混ざる――隣に腰掛けそれを黙って見守っていた。

 不意に少女が手を繋いできた。魚をさばいた後の生臭さが残ってるからあんまりお勧めしないんだが……。

 口には出さなかった。

 失敗してせっかくの大物が真黒な炭になっても俺はこいつを褒めてやろう。

 魚を焼くいい香りが潮風に乗る立ち上る煙は晴れた蒼い空に消えていった。

五日目

 もはや慣れつつある胸上の圧迫感で今日も目が覚める――俺の朝は早い。

 それはサラが先に寝入ったとしても変わらない。いつも起きるのは俺が先、それは男の情事なんかもあるが基本、俺の眠りは浅く日が昇ると自然と起きてしまう。

 仰向けになった俺の胸の上にサラの顎が乗り幸せそうな顔で寝入っている。ややクセのある金髪はあたりに広がり真っ白いシーツに妙に合っていた。

 起こさないように頭を胸の上から枕に移し、ヒシッと絡められ――

 コイツには抱きつきグセがあり朝起きると俺の腕をしっかりとホールドしている、その腕に柔らかな感触が二つあるが――それを考えないように指を一本一本解く。

 ゆっくりとベッドの端までジリジリと移動、一番端まできたらパッとベッドから降りる。

 俺がいなくなるとサラの手足がタコの触手のようにアタリを探りもう1個の枕を見つけそれをがっちりとホールドする。

 まったく……十五歳だったら異性を意識するだろうが、ひょっとして俺は男に見られてないのか?

 ため息をつきつつ添え木を外す。二、三回指を開いたり閉じたりを繰り返し――剣を持つ。

 長剣をスラリと抜き放ち家具に接触しないか確認。切っ先に傷がついてるのが気になる。

 ブン!

 袈裟がけ――逆袈裟――右薙ぎ――左薙ぎ――刺突。

 最後に手首を廻して遠心力をつかっての血払いをした後に鞘に納める。

「痛みはなし」

 さて明後日には出発。傷んだ武器の修復でもするか、今だ惰眠を貪るサラに書き置きといくばくかの紙幣――食事代を残す。

 それを昨日ご機嫌取りのために買ってきた髪留めを重石に使って――そういえば鏡のある部屋とか装飾品に感心はあるんだな。耳飾りも気に入ってるみたいだし。

 鏡を見ると――少し日に焼け髪も傷んでる。昨日の釣りのせいだな、潮風と強い日光に当たったからな……。

 荷袋からバンダナを取り出し頭に巻き髪を全部その中に押し込む――我ながらあまり似合ってない。

 宿を出ると妙にピリピリとして雰囲気が辺りを支配していた。通りにはガードの数が多く武装した傭兵も数多く見受ける。

 印可証を取り出してみると街道の安全が危険レベルまであがっており『街道封鎖』とあった。

 明後日の王都への帰路までには封鎖解除がでるだろうか?

 メインストリートを海に向かって歩きだす。昨日釣りをした通りに出る前に戦女神の神殿の方角に進む、もうちょっと行くとこの街最大のマーケットがあり、その裏手には鍛冶ギルドがあったはずだ。

 いつしか辺りにはトテンカンカンと金属同士を打ち合わせる音が鳴っている。

 火を使うためか家屋はすべて煉瓦か土壁など燃え移りにくい材質の家々が立ち並ぶその中にひときわ大きい建物。

『漢の鍛冶ギリド』

 と書かれていた『ル』ではなく『リ』になっているのは硬い金属の板に掘ったからだろうか? 蒼みを帯びたその超高々硬度の金属板は角度によっては『ギルド』と読めなくもない。

 中では数多くの職人が働いている。

 俺の姿を認めるとヒゲ面のむさいおっさんが出てくると、ここの親方だというので剣の修理をしてほしいと頼み鞘ごと渡すと――

「無理だな」

 一瞥し開口一言切って捨てられた。

「こいつは刃に神鉄――オリハルコンを使ってるだろ? オリハルコンはどっちかっていうと彫金のオカマ野郎どもが専門なんでなウチで治すってなら欠けたとこで切り落として新しい刃を成型するしかねぇ」

 ――とすると、刀身が短くなるのか、一般的なロングソードは八十から九十センチだが切りつめるとなるとショートソードになってしまう。

 それでなくとも愛用した品の形状が変わるのは好ましくない。

「しからば親方ご厄介になり申した。拙者はかにて。皆のものより受けた恩義、拙者国に帰りても忘れは致しませぬ」

「おう――ナガソネさん気ぃつけてな。そのまま国に帰りなさるんかい?」

「否。ひとたび大陸に寄りて、噂が岩をば射抜くと云ふ武輩に逢う算段でござる」

「そんな堅苦しい言い方は抜きでいいって、甲冑士の堅物野郎の中でもアンタみたいな筋金入りはそうそういねぇぞ」

「いえ――畑違い。異邦輩が拙者をば受け入れてくれたでござる恩義は――」

「みんなアンタの技術に関心しただけだ。最初きたときは王都ギルドからの要請だったから仕方なくだったが……アンタの腕は本物だよ。特に素材を古い釘や中古の兜なんかを使うと言った時はみんな大笑いしたが――」

「あれは――拙者が持論にてして。鉄は、時、経つであると不純物消え粘りにてる。拙者が作刀はことごとく古き鉄と云ふ銘『古鐵』(コテツ)をば切らふであると存じまする」

「同行してた錬金術師のオカルト野郎は否定してたけどな――」

 そこでガハハハと豪快に笑う親方。

「――と、悪いな、傭兵さん。どうするよ? 治すかい? 見たとこもう一振りもってるようだし――ってそいつはナガソネさんの打った剣じゃねぇか!」

「確やに――拙者が打った刀でござる」

 そういえばこの剣差出人不明で届いた物だったな、今更って感じがしないでもないがこの人たちに聞けば詳細がわかるかもしれない。

「実は――」

 俺はある日差出人不明で届いたこの剣のいきさつを二人に話し、持ち主の事についてなにかしらないかと尋ねた。

 そして――ナガソネという妙なしゃべり口調の五十歳ぐらいのジイさんはこの剣についての事を話してくれた東方の島国で甲冑士を生業にしていたが、一年ほど前に渡航費用は負担するので大陸にきて剣を鍛えてほしいと依頼された。大陸特有の錬金術に興味があったジイさんは快諾する。

 三ヶ月船に揺られ大陸に着くと依頼主から頼まれたとエスコート役兼素材調達の錬金術師が出迎え。そいつと共に刀の(やはりこの剣は刀というらしい)素材を集め錬金術師は素材に魔法の品や精霊石を合成するなどで三ヶ月――本格的な作業に入ったのは今から半年前、その段階でエスコート役の錬金術師は月に一度経過報告を受け取るためだけに姿を現すのみになりジイさんはこの工房で刀鍛冶に専念したという。

 年長者特有の長話――さらに難解な東方特有の言い回しを親方さんに通訳してもらいながら最後まで聞いたが手掛かりはなかった。

 俺は内心ため息をついていた。

「今から半月ほど前でござった。今まで依頼主との直接的な接点はなかったのござるが、突然依頼主の娘と名乗る女子が訪ねてきおった。長い黒髪に気品のある佇まいをした依頼主の娘が不躾に好みの銘を切ってほしいと言いだし、さきほど申した通り拙者は持論の古き良き鉄の意味をもつ銘を誇りにもっており『ふざけるなと!』一喝してやったのだが、その娘『お願いを聞いて頂くまで動きません』と工房の前で座り込みなどを始め。良い身なりをしておったので、すぐに諦めるモノと放っておいたのだが、結局衰弱して診療所に運ばれるまで外で座しており。最終的には拙者が折れたのでござる」

 本当はもっと難解な言い回しだったが親方を通して意味を理解しようとするとこんな感じになった。

「ありゃ――なかなか芯の通ったいい女だったな。まだ十五、六ぐらいだったが、工房の中で密かに応援しておった奴もいる」

「……其れは親方殿もであろう」

「む? ――そうだったか」

 再びガハハハと豪快に笑う。

「――で傭兵さんなんか役に立ったか?」

 この辺りで黒髪で身なりのいい上流階級の十五,六の娘なんて一人しかいない。

「その黒髪の娘がこの銘をいれてくれと、そう言ったんですね?」

 俺は確認のためにもう一度聞く。

「いかにも」

「そういえば。なんて意味があるんだぁ? その銘」

「神学でいうと『雷』は裁きとか正義とかそんな意味がありますよ」

「ほうほう。それはご立派な――しかしあそこまで意地になって入れたがる銘かねぇ?」

「もうひとつありますよ。『雷』が象徴するモノが……」

「其れは、何故でござるでした?」

「父親」


 結局、剣の修復はできず売却した。神鉄製だという事もあり高値で売り払えることができた。

 今はマーケットからの帰り道、海に面した通りまで出て昼食にでもしようかなーと思って歩いているとこだ。

 どん!

 注意力が散漫になっていたとこに誰かが勢いよく突っ込んできた!

 相手の体重が軽かった事もあって俺のほうは多少よろめいた程度だったが相手は盛大に地面に転がる。

「どこ見てやがんだっ!」

 転がった相手から激しい罵声が飛んでくる。

「――っておまえかよ!」

 地面に転がった相手は――カリンの相棒、ターバンを頭に巻いた弓使いの女だ。

「すまん。ちょっと考え事してて――」

 手を差し伸べるがそれはバシ! と、いい音を立ててはたかれる。

 そのまま立ち上がると去っていく――

 なんだよ! またなんか仕事で忙しいのか?

 再び通りを歩きだす。

 唐突に背後から押し寄せる殺気!

 振り返るとすでに相手は蹴撃の体勢にはいっている――狙いは――

 マジか! ――狙いはこっちの股間!

 ミシ!

 お互いの脚が嫌な音と立て軋む!

 間一髪。脛受けが間に合い俺は地獄を見ずにすんだ。

「ちっ! おまえここで一体なにやってる?」

 舌打ち混じり蹴りだした足を引っ込めつつ。

「おまえは人にものを訪ねるときに蹴撃すんのか!」

「るっさい! ささっと答えろ!」

「武器の修復だよ。まあ結局直せなくて売り払ったけど」

「ほんとうか?」

 俺は売り払った代金を見せた。

「なんか多くねぇ? おまえみたいな三流傭兵の武器がこんな高値で売れるのかよ?」

「武器の価格に傭兵の技量は関係ねぇだろ? 単純に神鉄製の武器を売ったからな、キズ物だったが、それでも安いぐらいだぞ。おまえこそここでなにやってん――」

「うっさい! 黙ってろ!」

 金の詰まった革袋をこっちに投げ返す。

「ちっ! とりあえず信じてやる。そうだ! おまえオレの相棒になにしたっ! 昨日からずっとおまえの話しばっかで――」

 その時、俺は脳裏に意地の悪い考えが浮かんだ。

 ――きっとサラがするような邪悪な笑みを浮かべているだろう。

「ああ、カリンな。おまえが俺のとこに嫁入りしろって言ったらしいな――あれ本気にしたらしく俺が貰ってやる事にした」

 猫の様にしなやかに体を緩めたと思うとそのまま低い体勢からの蹴撃――鋭いキレだが普段から魔物の攻撃を受け止める役を担うファイターの反射神経からすれば別段恐れるほどの事もない。

 アッサリと脚を使って受け止める。

「嘘だよ。おまえとケンカして落ち込んでいる所に出くわして、ちょっと慰めただけだ。それよりあいつメチャメチャ落ち込んでたぞ、アネキ役やるならもうちょっと優しくしてやれよ」

 追撃してくる様子がなったので構えを解く。

「おまえほんと嫌な奴だな! ――で、相棒をタブらかしてオレ達の宿まで送らせ機会を窺ってたわけだ」

「機会ってなんの?」

「とぼけんな! オレの弓盗んだろ!」

 はぁ? 

 いや、どうしてそうなったのか根拠を知りたいものだ。

「真相はこうだ。昨日オレの相棒を騙し宿まで送らせ、夜が深けたトコでおまえは部屋に忍び込んでオレの弓を盗んだ。明けて朝一で弓を売りに来たおまえはここでオレとハチ合わせた! 完璧な推理だ! 謎は全てとけている!」

 もう――どっから突っ込んでいいものやら。

「昨晩のアリバイはサラが証言してくれるが……」

「なに! ささささささ、昨夜? おまえあのちっこいのとそういう関係なんか! 真性ロリだな近寄んなっ!」

 顔を真っ赤にしながら俺を少しでも遠ざけようと腕を振り回す。

「あいつ宿代すら持ってなかったんだぞ。さすがにそこらに放り出しとく訳にもいかんし、俺も二部屋とれるほど余裕があるわけじゃない。あと断じてロリコンじゃない!」

 振り回される腕をやんわり受け流しながら。

「――んな事よりも、おまえ武器なくしたのかよ?」

 いきなり下から俺の胸倉を掴む。

「オレの弓返せ! 今すぐ返せ! あれはオレ達の故郷の――。とにかくすぐ返せ。今、白状するなら減刑してやる、死刑だけど」

 減刑して極刑かよ! どんだけ重罪やねん!

「ここで俺を問い詰めても事態は変わらんぞ。一緒に探してやるからその手を離せ」

 もっと喰い下がって犯人扱いしてくるかと思いきや、すんなり手を離し思い出そうと思案顔になる――こいつ最初から俺が手伝うと思ってて難癖つけてきたのかもな。

 ったく。素直に言えばもっと快く協力してやるのに……。

「で、何時からないんだ?」

「……昨晩はあった気がする」

「んじゃ――昨日の朝は?」

「……」

 内心でため息。

「んじゃ、昨日の朝はなにしてた?」

「昨日はカリンと言い争った後ムシャクシャしてたから朝から酒場に入り浸った」

「おまえ……なにやってんだよ……その店近いのか?」

「一件はすぐ近く。あと二件はもっと海沿いの通りと宿の近く」

「三件も! どんだけ呑んでんだよ――ってか酒飲める歳じゃないだろ、いくつだよ!」

「今年で一七。酒は飲まん! 情報収集やケンカに利用するだけだ!」

 そこ強気で言われてもな。

「んじゃ三件目から回るか――」

「なんで三軒目からなんだよ?」

「昼だしな、ついでに昼食でも取ろうと思うんだが、ケンカして追い出された一軒目や二件目よりは最後の店のが待遇が良いだろ――案内よろしくミリアちゃん」

 喧嘩して追い出されたとは言ってないが反論してこないとこを見るとあながち間違ってもいないようだ。

「ミリアでいい」

 やっぱしなんか波長が合うな――少し前の自分を見ているような感じだ。

 そこは通りの裏手にあり、あまり流行ってもいなそうな店だった。こういう街の酒場は夜は酒、昼間はメシ屋と兼任することが多くこの店もその類だった。

 入店して店の者にさっそく弓の事を尋ねたが案の定知らないと答えが返ってきた。

 俺達は適当な席に着き、シーフドーパスタ、サラダ、ピザを二人前づつ注文する。

「食わんのか?」

 料理が運ばれてきてもミリアは手をつけなかった。

「か、金がないんだよ……」

「心配すんな、俺が出してやるよ」

「ほんとか!」

 一瞬、顔を輝かせた後に自身の腕で身体を守るように構えると――

「み、見返りになにを要求する気だ? この変態」

「なんも要求しねぇよ。もう二人前頼んじゃったし、どうしてもっていうなら下げてもらうけど?」

「チッ――しゃーなしだぞ」

 扱い易いけどけどめんどくさいヤツ。

 結局は俺の分まで食べ尽くしやがった。

 二件目は海に面した通りに構えた店。

「おい――」

 店に入る前に俺達を呼びとめた者達がいた。三人組の男達。いずれも禿頭眉毛すら全剃りし日に焼けた精悍な顔立ちをしている。武器は持っていないところをみると船乗りだろうか? とくに真ん中のリーダー格っぽい奴の体つきは傭兵や水兵でも通用しそうなほど鍛えこまれている。

「おまえたちは!」

 三人組を見てミリアが反応した。

「知ってんのか?」

「昨日ケンカした相手だよ――倒したけど、確かなんとか三兄弟とか言ってた」

 そう言ってファイティングポーズを取ってシュシュと勇ましくジャブを放つ!

「嬢ちゃん俺達は兄弟じゃないし、嬢ちゃんと争う気はない。俺達は海のオトコだ、漢って書いてオトコって読んでくれよ。俺達が用があるのはそこの兄ちゃんだ」

 と、なぜか俺の方を指す。

「俺達は海の漢だ。女には手を上げねぇ、兄ちゃんには昨日の落とし前をつけてもらいたくってな――自分の女のしでかした事だ、イヤとは「っざけんな!」」

 よっぽど腹にすえかねたのかミリアが後半を遮る。これ以上刺激しないようにミリアの口を塞ごうとしたら手の甲におもいっきり噛みつかれた。牙のような妙にとがった歯があってめちゃめちゃ痛かったが男の子なので我慢――ぐっ……がま……ん。

 突然、右側にいたヒョロ長い奴が涙目の俺を指さして震えだした。

「ア、アニキ……こいつラーアルだ! 槍試合でグエンの旦那を負かした。一緒にいた可愛い巫女の話しじゃアルゴスの港を火の海に沈めて、クラーケンを喰っちまったっていうとんでもない化け物ですよ!」

 後半はほとんど悲鳴に近かった。まさか神に使える巫女があんな堂々と嘘つくとは思わないわな――しかし、どんな噂になってんだよ!

「なに! グエンっていうと一昨日絡んで瞬殺されたアイツか――」

 おまえらも誰にでも絡んでんだな。

「あの――すいません。旦那の女とはしらずに――」

 いきなり低姿勢になる三人。

「いや。もういいから――それより“なんとか三兄弟”だっけ? こいつ昨日弓もってなかったか?」

「「「俺達兄弟じゃないっスから!」」」

 コンビネーションは兄弟の様にバッチリだぞ!

「弓ですかい? 俺達が声かけた時には手ぶらでしたぜ」

 どうやらここも外れらしい。

「ありがとうな“なんとか三兄弟”」

「「「だから兄弟じゃないって!」」」

「俺達は泣く子も黙る無敵の帝国海兵――ちょ――聞けよ!」

 聞かなかった。

 次は海に面した通りと街のメインストリートが重なり合う一画。

「なあ――なんのマネだそりゃ」

「う、うっさい」

 ミリアは急に震えだし俺のシャツをひっぱり俺の背に隠れるように――まあ隠れてんだけど、普段の性格からするとこんな女子らしい態度されると非常に対応に困る。

 店のドアには準備中の札。しかし――鍵はかかっておらずキィと小さな音をたてて開いた。

「すいません。誰かいませんか?」

 薄暗い店の片隅でなにかが動く気配――

「おう。ラーアルのボーズじゃねぇか」

 それは頭に痛々しい包帯を巻いたグエンのおっさん。背後のミリアが小さな悲鳴をあげて俺の背に隠れる、シャツ引っ張るな首がしまる!

「ほう――その女ボーズの関係者か?」

 その目は怒りに燃えたなにかが宿っていた!

「おまえなにやったんだよ?」(小声で)

「あのおっさん昨日オレにしつこく声かけてきやがって――」(あまり小声じゃない)

 ビキ! とおっさんの額に青筋が浮かぶ。

「しかも馴れ馴れしく肩なんか抱いてきやがって、腰にまで手回してきたんだぞ――しかもめちゃめちゃ強い力で恐かった……力づくなんてサイテーだぜ」(あまり小声じゃない)

 ビキキ! とおっさんの青筋が増える。

「しかも――変な臭いしやがるし、手なんかあぶらでベドベドだったんだぜ」(もう完全に小声じゃない)

 ビキキキキ! また増え以下略――

「仕方なしに股間蹴りあげて――」(むしろ若干大声)

 バリン!

 おっさんが持っていたグラスが握り潰される。

「おいボーズ……その女連れてとっとと消えろ! さもないと妹のアリアが真っ黒な礼服を着ることになるぞ」

 ドス黒いオーラを纏い大陸一のウォーリアが立ち上がる。もちろん俺達は一目散に退散している。

 結局ここも外れ。

「どーすんだよ? オレの弓」

「うーん……一回マーケット行ってみるか? さすがに盗品を堂々と売り出してないと思うが、こうなったら代用品も考えないとな」

「……金ないぞ」

「俺の剣売った金があるだろ? 貸してやるよ――ああ、利子とか取らないし見返りも要求しないから、そんなグエンのおっさんを見る目で俺を見るな! おまえが弓使えるのと使えないとじゃ帰りの安全が段違いだろ仕事の成否にも関わる」

「……持ち逃げするかもしれないぞ」

「おまえはそんな事しねぇよ」

 あの野営を自分のミスだって認め謝罪したコイツなら持ち逃げなんて卑怯なマネはしないだろう。

「ああ――前と同じクオリティのは無理だぞ、あれブラッドウッド材だろ? 南方原産の木材だし大陸じゃ比較的北に位置する王国じゃ取れない木材だから値が張る。王国弓兵の長弓あたりにしとけ」

「……ん。わかった」

「そんな顔すんなって。おまえらの故郷の事は聞いたよ、俺も情報収集してあの弓を探してやっから――そういえば。ちょい聞きたいんだが、あれ複合素材弓コンポジットボウだろ? 短弓サイズで長弓の威力を出とかいわれてる。ちょっと見ただけだが弦に牛のアキレス腱かなんかを何本も集めて作ったっぽかったけどアタリか?」

 気がつくとミリアがジト目で――

「そうだけど……一見しただけでわかんのか? やっぱりおまえが犯人じゃないのか?」

 しばらく疑わしげな視線をくれた後にミリアがやがてこう続けてきた。

「なあ、王国はおまえほどの奴でもあんなボロクソに貶されるぐらい皆レベル高いのか?」

「さぁな。おまえが聞いた噂はどれもホントの事だよ。俺があっちこっちのパーティに所属して何回かギルドの仕事を台無しにした。それを言い訳する気はない」

「……そっか」

「ディバイン様!」

 マーケットに入るなりいきなり呼び止められる。

 呼び止めたのは戦女神の神殿にいた巫女頭さん。極薄のシュミーズの上にはさすがにトーガを羽織って肌の露出を抑えていた。

「こんにちは。ディバイン様。なぜそのような不機嫌なお顔を――」

 そこでミリアの存在に気づき数度俺とミリアに視線を向ける。

「あらあら。ディバイン様も男性ですからね――」

 と、トンデモナイ発言をしやがった。

「おまえ今とても失礼な事想像したろ!」

 察しておりますよ的な笑顔の巫女頭さんに喰ってかかるミリア。

「こんなのとオレがそいういう事してるトコ想像しただけでもゆるせぇねぇ!」

 そういって飛びかかる。

 巫女頭さんはどこからともなく木の棒――モップを取り出し、相変わらずの微笑をはりつかせたままモップを器用に一回転させたあと――突く!

「――ぐっ」

 予想を越える鋭い突きにミリアは狼狽の声を洩らす。

 うーむ。ここから見ても傭兵が使う棍術にも劣らないキレと鋭さを持つ突きだ。

「ハッ!」

 気合の掛け声とともに踏み込み追い打ちの二連撃を放つ!

「え! あ――ちょ――」

 慌てて回避に専念するが、もともと後衛に属する弓使いの反射神経じゃかわしきれず、体をかすめ頭に巻いたターバンを引き裂く!

 まあ市井な人だと思って油断してたら、いきなりギルド師範なみの攻撃で反撃してきたら驚くわな――むしろ油断しつつも咄嗟にかわせたミリアの反射神経に称賛。

 ――って見てる場合じゃない!

 容赦のない連撃を行おうとしてた巫女頭さんのモップ――もう棍でいいや、を横合いから掴む。

 ギュルと音がするとこをみると棍は突きのさいに捻じりを加えていた様だ。

 技の完成度たけぇ!

「そこまで。一応コイツもサラの仲間で友達だから怪我させるのはちょっとマズイ」

「アラ――そうでしたの、それでは成敗するわけにはいきませんね」

 そう言うと根をしまい、優雅に一礼して神殿のほうに歩いていく――とくに用もなかったのか?

「おい。大丈――」

 あれ? 耳が――ない?

 いやいやいやいやいや、あるんだよ、あるんだけど――本来顔の横についてるべき耳がなく変わりに頭頂部左右に三角の耳がピョコと飛び出して――ときどきピクピクと動いたり音を拾おうと左右により開いたり動いていた。それがソレ自体作り物ではないことを証明している。

「なっ! お――おまえのその頭のヤツ」

 俺が指す先、釣られる様にミリアは自分の視線を上のほうに向け――

「ききききぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 自らの頭を抑える様にネコ耳の様なモノを手で隠すとそのまま場にへたりこむ。

 聞いたことがある。連邦にいるという獣人種。有名どこだと狼男、猫娘などだ。二、三年ほど前に恋愛書物で描かれたネコ娘が可愛いと一部の人に密かに流行った。

 その後、大陸流行の最先端である大都市公国で年に一度開かれる『エデンアイドル』という催しがある。その時には三回目――エデンアイドルシーズン三。そのファイナリストに輝いたのは『ノナ』という名前の猫娘。それをきっかけに一気に一般人にまで広がり、着け耳や着け尻尾などのファッションアイテムができた。俺は情報誌『エデン速報』の模写紙(魔物の網膜を使って紙に風景や人物を焼きつける錬金術)でその娘を見た事あるが確かに可愛かった! タンポポ色の髪をうなじでまとめ、あまり洒落た服装はしていなかったが、恥ずかしそうに微笑み、カチューシャをつけても垂れてくる前髪を耳にひっかける仕草の瞬間を捉えた模写紙が非常に印象に残っている。

 もし公国に行く機会があったら必ず雨が降るという噂の『やがいらいぶ』とやらに参加してみたいと密かに画策している。

 まあ、それはさておき――

 もともと連邦の一部族である獣人種族は数も多い方ではない。その中で猫という枠内さらに男女比はわからんが約半分と仮定すると……エルフほどではないとはいえ決して多くないだろう。

 そしてその希少が故に――

「わぁぁぁぁぁッぁぁぁッらっぁぁぁッぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁっぁぁぁ!

 見られた! こんな奴に知られた! オレもう売られんだ!」

 猫娘は拉致されて売られるという都市伝説がある。

 そう都市伝説。あくまで噂、実際に人が消えたらもっと大事になっている。

「あーちょっと――」

 しかし、それを信じ切ってる者にそれを諭すのは大変。

「売られて! それでヒラヒラのメイド服着せられて『おかえりなさいませ。ご主人様』とか一生言わされる毎日送るんだー!」

 俺は自分の頭に巻いたバンダナをミリアに巻く猫耳は意外に柔らかいのか布地がちょっと盛り上がる程度でそう違和感はなかった。

「おまえは売られないって。俺も誰にも言わねぇし」

 ミリアは両目を◎にして下半分に涙を貯めこっちを見上げる、その仕草は――

 グッ! か、可愛い! 俺にそういう属性弱点はないはずなんだが――いや、しかし、これは……。

 あえて言葉にするなら『なにかが開きそうだ!』。

 ハッ! これが悟りか! 悟りってこんな俗っぽい事で開くのかっ!

「……本当か? 今日から語尾に『にゃ』をつけろ! とか言わない?」

 グシグシ泣きながら、そう訴えかけてきたミリアの姿に俺は開きかけたなにかを強引に閉ざす。

「言わない、言わない。注目集めてるからこっちへ――」

 へたりこむミリアの手を取ってグイグイ引っ張っていく。

 人を避け場所は戦女神の神殿近く。いまだグシグシ泣き続けるミリアに俺はなにもできないまま並んで座るのみ。

「――ヒック、ヒック。聞かないのかよ?」

 まだ落ち着いてないか、そういう言葉にはあまり力が籠っていない。

「なにをだよ? そりゃ多少驚きはしたが――別にそれであれこれ詮索しねぇよ」

 それでも先ほどよりは落ち着いたと判断して立ち上がる。

「――っと。ちょっと待ってろ」

「ふぇ? おおおおおおお、おい。どどどどどどど度ど努土Do、Doco。何処行くんだよ?」

 動揺し怯えを含んだ声に胸の中に妙な感情が興る。

「マーケットに戻って様子見てくる。おまえはここにいろよ、そいつ巻いてても注意して見たら気づく奴はいるぞ」

 自分の頭を触ってからコクコクと頷き近くの木陰に隠れる。

 それを見届けるとマーケットに向かう。

 マーケットに戻ってみると、幸い騒いでる者もおらずひとまず胸をなでおろす、そのまま盗品の弓を探したが――やはり見つけられなかった。途中でちょいちょいと買いものを済ませる。

 俺自身も混乱していたのかようやく思考が追いついてきた。

 しっかし――ネコっぽい奴だとは思ってたけど……あらためて考えるとアイツが喰ってかかってきたシーンの上に『シャー』っていう効果音でもつけたら似合いそうだな。

 そう思うとついつい笑みがこぼれていた。

 元の場所にもどってくると――全く気配がない。

「……ミリア」

 小声で呼びかけてみる。

 ――すると全く見当違い方から気配が生まれる。さすがは狩猟部族! 気殺は異常に上手い!

 ぜんぜん気づかなかった。

「ざっと見回ったが弓はやっぱりなかった。――んで、こいつ頭に巻いとけ」

 俺は買っておいた黒い線布を渡す。

「これ……巻いたらおまえの髪の色と……」

「イヤなら。あとで買い代えろ。それしか売ってなかったから仕方ないだろ」

「……これでいい、それに嫌じゃ……」

 バンダナを口でくわえると黒い布を頭に巻きはじめる。

「コレは洗って返す」

「別にいいよ」

「……」

 手を伸ばしたらフイと遠くにもっていかれる。返す気はないらしい……まあいいけど。

「しかし――まいったな」

 かなり傾きかけた夕日を見ながら……。

「今からアレコレ武器選んでる時間はなさそうだな、明日もう一回くるか」

「……オレは金がない……明日も来るなら付き合えよ……しゃーなしだかんな」

「へいへい。朝一で迎えに行くよ」

「……よし」

 そう言ったミリアの顔が夕日に照らされた。

 再びマーケット入り口で見知った姿が――

「カリン!」

「あれ? ミリアちゃんにラーアルさん」

 そしてカリンの手には見知った弓が――

「おまえなんでオレの弓を!」

「一昨日ミリアちゃんが荷運びのとき海水かぶったって……それで痛まないように修理屋に持っていったら漆を塗って一日乾燥させるからって……」

 どうやら昨日この先にある桟橋で俺と会ったのはここに弓修理を頼んだ帰り道だったみたいだ。

 ミリアの雰囲気を察してカリンが弓もったままシュンとなっている。ミリアが口を開こうとしたときに俺が割ってはいった。

「別に見つかったからいいじゃねぇか。カリンも悪気があったわけじゃないし。おまえも昨日からずっと出かけてたんだろ? ケンカしたり弓探しまわったりして、ロクに顔合わす機会もなかったんだろ?」

 カリンを責めようとした言葉を飲み込む。

 ――おそらくさっき俺が言った事を思い出したのだろう。

「――うー! おまえが悪い、決めた全部おまえが悪い!」

 俺を指しなぜかそんな事を言われた。かなり理不尽だが――

「もう、めんどくせぇしそれでいいよ」

 素直じゃねぇな。カリンは純粋でいい娘だからミリアが『カァ!』となって言っちゃった事でも気にするからな……ミリアが無理するとそういう察しまで気が回らなくなりお互いに軋轢を生んだのだろう、俺が潤滑油になれるんならそれでいいさ。

「よし! 詫びに夕食おごれドラテキだ! カリン龍喰うぞ! 龍!」

「ボク龍食べるの半年ぶり!」

 そういって本当の姉妹のようにはしゃぐ二人、単純なトコは似てんのかよ!

「ラーアルさん。ツンデレってなんですか?」

 カリンが頭に『?』を三つほど浮かべながら――

「ツンデレ? わからん……」

「ラーアルさんの精霊がそう叫んでますけど……」

「ツンデレ……ツンデレね。なんかカッコイイ響きだな。武技の類か?」

 『俺のツンデレを受けてみろ!』とか『俺にツンデレは効かん!』ちょっと言ってみたいな……王立図書館にいけばわかるかな? とか思いつつレストランに向かう道を三人で歩く。

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