世界樹の種

HAWARD・project

序章+1章

『世界樹』

 この世界『エデン』と上層世界『アースガルド』を支える木。雄々しく立ち誇り人々の精神的支えであった。二十年前、突如北に聳える神々の山『オリオン』を越えてやってきたオーク軍との間に始まった戦争。その最中に焼き払われてしまう。

 終戦後になっても再建策はなく現在では見た者により描かれた文献にある挿絵のみにその姿を見る事ができる。

~序章~

 甲高い風切り音!

 子供の頭ほどもある棍棒の先が通り過ぎていく。腰の部分にわずかな間隔をあけ一文字を刻んで空を切る! 

 ――文字通り紙一重というやつだ!

「しっかり盾を構えて踏ん張りなさい!」

 パーティのリーダーであるプリーストの女性からの厳しい叱責が飛ぶ!

 言われているのは他でもない俺の事。踏ん張って言われても……。

「すいません。がんばります」

 内心でしか口答えできないなんて我ながら情けない……にしても、板金鎧っ……くっ……なんて動きづらい! こんなモノ着てどうやって戦えっていうんだ? ほとんど罰ゲームに等しい苦行だぞっ!

 有名なパーティと組む機会があり。大枚をはたいて購入した新品の鎧を着てるのに……ダマされたか、単純に身体に合ってないのかわからない。

 ――が、まともに動く事さえ困難。

「返事はいいから! 早く奴の注意をこっちから逸らしなさい!」

 そんな風に甲高い声で叫んでるからそっちに向かっていくんだよっ! 黙ってれば美人なのに――これまた内心で。

『ひゅ――』

 甲高い口笛で敵の――巨大な人影、オーガの注意を引く! 奴がこっちに視線を向けたらすかさず自分の鎧を叩いて金属音で威嚇。

 これでリーダーや魔道士達、後衛に部類されるほうに敵の攻撃が行く事はなくなる。

 その代わり大岩も一撃で砕く、あの棍棒の洗礼がこちらに容赦のない連撃を放つ!

 食らえば新品の鎧でもボコボコ、中身はグシャグシャの肉の塊と化す威力!

 うっ! 一瞬想像してしまった。

 まあ、威力は凄まじいが武術としては素人のダンスとそうかわりない。しかも辺りは開けた場所ではない洞窟内――だとしたら攻撃の型は制限される。

 最上段からの打ち下ろしを横へかわすと棍棒を持つ腕に長剣で切りつける!

 肉を絶ち骨に刃があたるにぶい感触が伝わる。

「――の精霊、大地の変革――」

 耳に大地の精霊と契約を交わした者だけが扱える精霊魔法の詠晶がとぎれとぎれ耳に届く。オーガは軽戦士の長槍や弓士の矢に貫かれ動きも鈍くなっている。

 俺はオーガが拳を振り上げ軽戦士に殴りかかる前に盾を構え背後から体当たりをして攻撃の邪魔をする、。

 なんとかこちらに注意を向けさせようと必死に喰らいつく!

 それは功をなし今度はこちらに殴りかかってきた! 

 くっ! こいつはキツイっ!

 慌てて上体をひねりかわす。

 ドォン!

 腹に響く低い音と軽い揺れ壁に腕が手首までメリ込みオーガの動きが止まる! こちらには衝撃で飛礫と化した破片が降り注ぎ鎧に当たり派手な音が鳴る。

「もう少し、死守なさい!」

 リーダーの声と軽い治療魔法が全身を包む! 美人プリーストの整った顔立ちも相まって彼女が女神に見えた。 一瞬だけね。

 石礫の雨が終わっても衝撃で痺れていた体が魔法の効果で楽になるとオーガの脇をすり抜け背後を取る!

「退避を!」

 ――の声。

 俺は剣を振り上げていたので一瞬つんのめるように躊躇する。

「精霊魔法がいく! 早く退避を」

 振り上げてしまった体勢で退くとスキが……剣を退いて下がるか? 心中に生まれた迷い。

 ここはもう一撃!

 ――視界になにかが掠め!

 ――ッゴ!

 意識がとびそうになり盾をもつ手の感覚がなくなる!

 眼前には壁から腕を引き抜いたオーガが殺気だった目でこちらを見据えていた!

「マズイっ! カリス精霊魔法中断して! メリー援護を!」

 ざっ!

 踏み込む音は一つ、だが長槍が二度神速の動きで突かれる!

『双竜閃!』

 そう呼ばれる傭兵達が扱う王国式槍術の基本技の一つ。

 しかも――軽戦士の動きはそれだけで止まらない! 技の後に得物を引く動作で壁に槍の石突きめり込ませ、それを足場にして跳躍する。額に巻いた鉢金が松明の光に反射したと思うと全体重を載せた渾身の突きがオーガの頭部に一閃!

 頭頂部からはいった槍先は顎を貫通している、まさに会心の一撃と呼ぶに相応しい。

 立ったまま絶命しているオーガの頭から華麗に一回転し着地する。

 そのあまりにも優雅な連続攻撃を見ている事しかできなかった……。

 はぁ……またパーティに迷惑をかけてしまった……メンバーは各々、戦闘の事後処理を行っている。

 精霊士のカリスは呼び集めた魔力の返還をしているし弓士のエリックは放った矢の中でまだ使えそうな物を物色しているシーフのジョシュはオーガの戦利品を漁り軽戦士のメリーはリーダーから回復魔法と労いの言葉をかけてもらっている。これに俺を入れて計六人の小隊規模でチームを組んでいる。

 今は誰もこっちを見ようともしない。わかっている……シーフのジョシュが罠の存在を感じ皆にその場所と注意を促した。

 ――にも関わらず罠にかかってしまい、その気配でオーガという強敵を呼び寄せパーティ全体の危機を招いたのは……ほかならぬ俺だ……。

 戦闘も決して褒められた点はなかった……。

 ――判断ミス――戦線の乱れ――後衛と連携の乱れあげればキリがない……。

 まだ自己紹介もそこそこに出発したっていうのにコレとは先が思いやられるな……ん? さっきの戦闘で数箇所の松明が消えしまっている。俺は

 道具袋から油を取り出し火をつけた。

「ちょっと待った!」

「へ?」

 先端の布に油を染み込ませ火をつけた瞬間に軽戦士が声をあげる。

「それは――蜥蜴油ですね? 正気ですか? ここはオークやその他の凶暴なモンスターがいる処ですよ」

 ?

「それで?」

 全く何の事か理解できずに思わず聞き返したが、他のメンバーにはそれで通じたらしく皆険しい顔のまま腰を上げる。

「とにかく急いで撤収します」

 金髪のポニーテールを振り乱しリーダーが指示を出す。

「しかし、仕事はどうするんです?」

「ここにいてはオークどもの夕食になる! 一度外に出て後日また来ればいいわ。

 今度は道がわかっているから簡単なはずよ、ここにいたら確実にオークに襲われるわ。奴等の嗅覚の良さは知ってるはずよ、ここがオークの巣で蜥蜴が奴らの大好物だってこともね、やってくる数は十や二十じゃないはず……残念ですが今日は撤収します」

 的確(なんだろう、たぶん)に指示を飛ばし、最後にこちらに視線を向ける。

「帰ったら話したい事があるので少し付き合ってもらいます」

 シーフは既に先頭に立ち出口に向かってパーティを先導している、他のメンバーもそれに続く。

 そして悟った。チームから除名されるほどの痛烈なミスをして今回の仕事を台無しにしてしまった事に……。

第一章

 傭兵――この大陸で二十年ほど前に発祥し、主に予備役の軍属のような扱いをされてきた。隣国のオーク帝国侵略から村民を守ったり、凶暴な野生モンスターを討伐したりなどが主な役割ではあるが、その他にも役割は多岐にわたる。

 かつて、大陸には三国しかなかった。二十年前のオーク帝国との戦争で頭角を現した新興国家の大公国が中心になって共通の条約が結ばれ、いまや大陸全土――四国に傭兵は溢れている。

 しかし――外敵はいまだに多い。

 オーク族は北に本国を置き再侵攻の機会を伺い、人を敵視するオーガ、ゴブリンなどは少し数が揃えば立派な脅威になる。それを全て駆逐するほどには傭兵の数も足りていない。

 個人で人ならざる怪物を倒せるものではない。そこで自然とお互いの弱点を補うためにパーティを組み始めた。最小は小隊単位の六名から最大は六十名を越す大型の傭兵団まである。

 この傭兵団は大陸各国に身分の保証や仕事の斡旋などはしてもらっているが基本は自己運営をしている、神話にでてくる強力なモンスターは現代の洗練された戦術や用兵を使えば倒せない敵ではなくなっている。

 そして、その皮や牙、骨や爪などは性能のいい武具を作り出し傭兵にさらなる力を与え今この大陸でもっとも覇道を勝ち得た種族として人間は君臨している。

 この国だけでも傭兵団は約4千、傭兵の総数は六十万人以上が存在し日々戦い自己の限界に挑戦する者や名声、富を求める者、ひたすらに強力な武具を求める者、気の合う仲間とまだ見ぬ地を追い求める者など、さまざまな生き方をしている。

 ここ――この大陸にある四国――王国、帝国、公国、連邦ではそんな者達が集っている。


 時刻は……いつだろう? 昨晩からずっとここにいる。

 王都――工房区通りにある店、そしてこのカウンターの席ずっとここにいる。

 呑めもしない酒はまったく手つかずにそのままに……。

「また、外されたんだって?」

 この席について八時間……ぐらいか?

 今は営業はしていないが居座り続けている俺に対し馴染みの友人兼下宿先の管理人はそう声をかけてくる。

「………………」

 カウンターテーブルに突っ伏したまま聞き流す。

「家柄も良く、武術の腕は一級、装備品がケチなわけでもない、性格も今現在はちょっと腐っているが、普段は問題なし、傭兵階級はレベル三。

 しかも、どこにも所属していない。経歴だけ見れば引く手に数多――実際は除名された騎士団、傭兵団の数は……」

「ああ。そうだね! 駆け出しから数えて二十? 三十? 自分でも忘れたよ! この黒髪がダメなのか? それとも黒目? 標準よりやや細身で低身長だから? 貴族の出身だから? もっとも、とっくに養父ちちには勘当されちまってる身だがね!」

 一通り叫び散らす。

「なんか、うまく行かないんだよ。いまじゃ俺は結構な有名人だ『不幸人』なんて不名誉の呼び名がついてる……傭兵レベル三なら順当に行けば自分の隊を持っててもおかしくはない……もっとも世間じゃ傭兵階級すら親が金で買ったなどと噂されちゃいるがねっ!」

 いつの間にか立ち上がっていた。

 ――腰を降ろすと零れて空になってしまったグラスに友人が無言でノンアルコールのジュースを注ぐ。

「昨晩……妹さんがきて心配してたぞ」

 再びテーブルに伏せ無意味な行為を続行しようとした俺にそう漏らす……俺と同じ黒髪の少女が頬を膨らませ怒ってる姿が脳裏に浮かぶ……。

「今夜またくる、仕事と仲間探し頼む」

 そう言ってジュースを一気飲みしテーブルに銀貨を一枚置く。

 飲み代としては高すぎるが、ケチると仕事の内容やパーティの質にかかわる。しかも俺の様に悪名の高い厄介者ならなおさらだ。その証拠にギルドの斡旋場からは半年ほど音信不通が続いている。

 背中で友人のため息を聞き流し薄暗い安酒場の扉を開ける。

 通りは午後のまったりとした空気に満ちていた。

 行きかう人は町人ばかり、ときおり革製の鎧を着込んだ初心者が物珍しそうに辺りをキョロキョロしている、王国騎士発祥の地という事でここ王都では『はじまりの地』とかいう名前がついてるとかないとか……初心者傭兵に剣士希望が多いのは末は立派な王国騎士様か神殿騎士様を夢みてるからだ。

 平民が王国騎士になるのは無理だという現実をすぐ知る事になる。

 神殿騎士なら神学をやり『教会』に貢献すれば無理ではないだろうが、やはりハードルは低くない。もっとも駆け出し君は神殿騎士テンプルナイツと王国騎士ロイヤルナイツの違いすら分からないと思う。

 大通りを進み、今いる工房区から行政区に移動する。

 除名されたとはいえパーティで得た戦利品はメンバーそれぞれの物。リーダーはそれを売却してメンバーに送金する義務がある。ここ行政区の受領確認所で自分の傭兵印可を提示すれば、送られた金や物資を受け取る事ができる。

 大した金額ではないけど他にやる事もなかったので暇つぶしをかねて来た。

「こんにちわ。お受け取りですか?」

 窓口のいつも笑顔を絶やさないお姉さんが軽い挨拶と用件を聞いてくる。印可証を提示し、しばらく待つように言われた。

「おまたせしました」

 そう言って品物と目録を受け取る。

 お金に希少鉱石が少々、あとは――

「剣?」

 配送ミスかな? 柄を外し茎に切られた銘――『雷』と切られていた。地味で装飾のない黒鞘に納まった湾曲刀。

 この辺りでは主流ではないが東方ではこういう型の剣が結構あると聞いた事がある。

 この場所で抜刀する事はできないので刃を見ることはできない。

「まあ、いいか」

 受領書にサインして建物をでる。

 さーて。資金もある事だし――足が当たり前の様に商業区のほうに行く。

 商業区はまあ改めて言う必要もないだろう、いろいろな物を売っている場所の事。

 なかでも傭兵同士が売り買いする競売所は昼夜問わずに繁盛しており、いつ来ても人で溢れかえっている。

 工房区の方に直接出向いて、武具などを買う者もいるが――一定の質や不良品を見極める眼力がなければ粗悪品を掴まされる事も少なくない。工房区の者には売買した品に責任を持つ必要がないからだ。

 逆に商業区の店から買った時に粗悪品だった場合は、その店が責任をもって良い品に交換しなくてはならない義務がある、競売所も出品の際に品の鑑定が行われるので極端な粗悪は滅多にない。

 これを利用して工業区でいい品を安く仕入れて、適正価格で競売所に売りに出す『転売屋』なども存在する――ある程度の準備金と品を見極める眼力に高度な交渉術に傭兵認証も必要になるので簡単にできる事ではない。

 以前に俺も挑戦した事があるが――工房区で買った斧をダイコンで試し切りしてポッコリ欠けた事がある。

 ダイコンで斧が欠けるとかはじめて見たわ! あの斧は一体どんな材質で出来てたのか今でも謎。

 そういえば頭にきて斧を近くの泉に放り投げたら変な女が出てきて『おまえがこの金の斧を投げたのか?』って問い詰められたな――もちろん全力で否定したけど! そしたら『おまえは正直者だからこの金の斧をやる』とかって言われ、不穏なモノを感じ全力で逃走した。

 アイツはきっとなんかの玄人だな。何のプロかわからんが雰囲気? そういう類のモノが違っていた。

 そんな事件が原因で勉強し今では鍛冶職人と話しができる程に知識を蓄えている。

 その過程でわかった事もある。物の相場だ。

 物が激しく高くなったり、底が抜けた様に安くなっては商人達は胃が穴だらけになってしまう、商業区にある店は組合があり一定の“相場”というものが決まっていて、それを破ったりすると周りの風当たりなどが強くなったりする。

 特に急ぎで必要な物なのに夜間で商店はみんな閉まっているどうしよう? なんて時は相場の五倍もふっかける輩もいたりする。

 よく調べて買わないと損ばっかりして、街を出る前にギルド支給の武器を売り払い露頭に迷う初心者もいる。

 長々と考え込んでいたら石造りの立派な建物――競売所に着く。周辺には一見しただけで傭兵だとわかる者もいれば、一般人と見分けのつかない者もいる。

 先ほど受け取った鉱石を鑑定に出すとアッサリと出品完了をもらえた。

 俺の場合はいつも適正価格より、やや下に設定して出品する。

「わかりました。一週間してその価格での落札者が現れなかった場合は返却いたしますので、こちらに傭兵個人番号をお願いします」

 そう言って、下から羊皮紙、真ん中に墨紙、一番上に絹布という順番で固定された物を差し出す、同時に万年筆もくれる。万年筆にインクは必要ない、ペン圧で墨紙が羊皮紙に文字を書いてくれる背後から誰か覗いていたとしても一番上はペン圧の形を残さない布だ。

「お願いします」

 個人番号を書いた三枚の束を渡す。受付の人は受け取り軽い挨拶の後に『次の方』と自分の仕事を進める。

 せっかく来た事だし――なんか見ていくか。

 入札するかしないかは在庫や落札履歴なんかを参考に決める。競売所は王城に匹敵するぐらいの規模があり、大きく分けると武器、防具、雑貨、薬品、情報とある。これらは各階層ごとに、さらに細かくブース分けされ、初めて来た者は大抵迷う。ブースは武器だったら剣、斧、槍、パイク、弓(マイナー武器は一括扱い)に分かれ、それぞれ専用の出物目録や入札所があり受け渡しは一階出入り口の所で貰える。ちなみに出品物もそこで依頼できる。出品だけの場合は建物内に入らず手続きでき混雑防止になるという具合。

 あと情報の買い物とは怪しげな噂話しなどから高位ソーサラーが書いた呪文書やシーフ(マッパーという特殊なスキルがある者)が書いたダンジョンの地図。大陸地図は制作が禁止されているが地域限定の地図なら傭兵レベル三から購入できる。

 地図は傭兵印可書状に記載され持ち主が死ねば魔法の効果も消える、地形情報は国防に関わってくるのでそこらは徹底されている。

 噂では万が一オークに奪われても平気なように魔道的処置されているとか……。

「鎧は買ったし、剣でも見ていくか」

 この時間は比較的空いているので人混みを掻き分けてというほど苦労はしないが、それでも鎧や長弓などが邪魔して歩きにくい。

 刀剣類のブース入り口にある豪奢なつくりのテーブルの上に載ったモノが目に入った。

「い~な~コレ」

 立派な装飾の柄に血の様に紅い刃、錬金術と鍛冶の技術が融合した傑作品! 売値は豪奢な邸宅が家具付きで買えるような値。刃の部分が紅いのは、最強の生物である神龍の血を錬金術で鋼に融合させているからである。

 抗魔能力も切れ味も抜群――なんだろうな。王族や一流の冒険者の一部が持っている様な最高級の武器。龍族の超回復能力の特性を利用し刃こぼれなんかも自然に修復する。

「こんな物買うわけじゃないんだけど……」

 在庫はときどき一本あるかないかってところで、ほとんど展示用の品で客寄せ扱いになっている。

 龍族の血を使用して作られた武具は鎧、篭手、兜、脛当、剣と一応一通りあるが全部揃えてる奴は稀だろうな、俺もこんな武具着れば昨日の失敗はなかったかもしれないな……。

 出品目録を開いて適当にパラパラと気になる品と付けられている値段を確認しながら自分に適している物を探す。

 ミスリル製のショートソード、王都のどこそこで作られたロングソード、稀少鉱石で製作されたレイピア、『教会』で清められた聖水を錬金術を用いて剣に封入したカトラス、帝国銃士隊で使われてたマスケット銃用の銃剣。

 一般的な武器はどれも一長一短。剣だけの例をあげても、板金鎧プレートアーマーを着込んだゴブリン相手だと鎧のすきまを狙うレイピアが最も有効。

 しかし――もし出会ったのがゴブリンじゃなくて堅い皮膚をもつオーガなら簡単に折れてしまう。ショートソードは軽くて扱いやすいが武装した敵――ゴブリンやオークが槍を持っていたら不利な戦いになる。

 そうなると錬金術を使った武器や材料自体がなんらかの力を秘めた鉱石か神獣の組織を高度な鍛冶技術で加工した品が求められる。たとえば火の精霊の力が濃い鉱石で作られた武器は聖水で清められてなくても闇の眷属にある程度効果があるし、場合によっては精霊の加護でいつもより瞬発力が出るなどとも言われている。

 しかし、それらの品は通常の武器の二倍から四倍、物によっては十倍することさえある、名門の傭兵団では才能のある者を選出して錬金術師の学校に入れ就学中の面倒はすべてみるからその後、自団専属の錬金術師になるようにと契約するなどという噂もある。

 名門や大型の傭兵団はすでに傭兵の枠を超え貴族の騎士達とほぼ対等な立場になっていまっている、それら大型の傭兵団は傭兵騎士とも呼ばれ市民や貴族達にも頼りにされている。

 いまや王国騎士に領土全土を守る力はないし、神殿騎士にも各地の魔物を押さえる力はない。大陸最強と名高い公国の軍隊は沈黙を守ったままだし……帝国の銃士隊はもともと数が少ない上に銃は最高級品で弾丸に使う黒色火薬はなかなか手に入らない、連邦は部族が集まった群衆国家なのでもともと軍隊らしい戦力はない。

 傭兵は基本的に流れ者だ。税金は徴収できないが競売やギルドに流れ込む金は税収をあっさり超えてしまう利益をもたらす。競売もギルドも大公国の国営だが利潤の九割は所属国に徴収される。

 ちょっと考えるだけでも一本数千万する価格の品物が毎日売り買いされ手数料で一割競売場がもらいうけるので一日五十本も売買されるだけで利益は莫大なものになる。そのほか金銀宝石類や魔法の品、神獣の組織は人によっては金に拘らず買い漁り場合によっては数億の値がつく場合もある、その一割――うぅ、うらやましい……。

 と傭兵と各国は互いに持ちつ持たれつでうまくやっている。

「どうも、ありがとう」

 係員に礼をのべ目録を返す。

 不思議なのは傭兵ギルドの設置や王城のように立派な建造物の競売所は公国が費用を負担した――が、その見返りをまったく要求してこなかった。当時はオークとの戦時中で疲弊していた王国に要求しても無理だと思われたのか……?

 劣勢だった人間種族がオークの侵略を押し返すことができたのは流れ者や盗賊崩れが傭兵になり兵力が増え、さらにはバラバラに戦っていた大陸四国が国境をもたない傭兵達を中心に協力体勢を取ったからだ。

 そのシステムを考案した公国は大陸を救った。

 ――のちに『世界樹構想』という壮大な夢想を描き各国の失笑も買った。


 競売を出て一般商店に来ていた。競売にも旅の必需品のブースがあるが相場の変動が激しく、急いでいないと買う人はいない。傭兵の仕事量(魔物の駆除率)によって物資の流通は変動があるが競売ほど変動しないのが地元商店の強味。

 松明用の油、応急用の気付け薬、剣帯に装備する投擲ナイフ、食料は出発する前に用意すればいい。

「――カタナというやつですかな?」

 雑貨屋で品物を整理して紙袋につめこんでいる時に競売所で受け取った剣を見た店主はそう言った。

「最近になって東方の国から輸入される武器だってな。武器としての性能もさることながら、その独特の美しさから美術品としての価値も高いとか好事家や貴族が高値をつけて買い漁ってるとかって話を耳にしたが」

 なるほど最近になって交易が行われた国からの武器だったのか……。

 でも、なんで俺のとこに届いたんだろ? やはり配送ミスだろうか?

「明後日には港に東方からの品が届くって話しだ。街道の安全を確保するために傭兵ギルドは躍起になって人をかき集めてるって噂だよ」

 貴重な品を野党や魔物の群れ奪われたら商人にとっては洒落にならないからな、そのテの噂に敏感になっているのだろう。

「ウチのような商家にも珍しい香辛料がはいるし、あんたら傭兵にはがんばってもらわないと」

 そういうと店主はちょっと多めに品物をくれた。


 王都に夕暮れが訪れる。商業区から平民街区へと抜ける道、商業区のちょうど中央に位置する噴水のある広場、少し高台になっており商業区の店を一望できる。

 補給物資の詰まったカバンと紙袋を地面に置き、しばし休息をとることにした。この噴水広場は“市”が商業組合により認められており傭兵や行商が集まってゴザを敷き品物を並べている。

 今は日も傾きほとんどの者は帰り仕度をしている。眼下の通りでは子供が木剣を手に数人で駆けて行く姿、中には本物の大剣おそらくグレートソードを背負って木剣を手にしたガキまでいた。

 おそらく『傭兵ゴッコ』か『騎士ゴッコ』をして遊んでいたのだろう、ここからでは声を聞き取ることはできないが楽しげな様子。

 どこかで夕食の支度の香りが風に乗り鼻に届く。それは王都に人々の営みがある証拠といえる。荒野の魔物を絶滅させるのは、今の王国には無理だが勢力を減退させ害を減らすことはできる傭兵とはそうした活動の先兵となり国を郷土を守る事にある。傭兵ギルドの謳い文句まんまだが、こういう光景を見ると納得できる。

 少し風が強く吹き地面に置いた紙袋が倒れる、夜が本格的に迫ってる様だ。

 俺は荷物を抱え自分の下宿先がある工房区へ歩き出す。


 近々東方の刀剣や隣国の聖遺物を積んだ船が王都から少し離れた貿易港に着く、その道中の護衛を頼みたい。

 簡単にいえば商隊の護衛。昼間に金を渡した酒場の友人がもってきた仕事だ。

 ギルドのほうにも、この依頼はいってるらしく個人からパーティーまで幅広く募集されていた。

 しかし――ここ二、三日の間、王国騎士団が近くのオーク砦に大規模な人員を送ってなにかしてるらしく、ほとんどの傭兵がそちらに取られてしまい護衛のほうには人が集まっていない。俺も一応中堅の傭兵、本来ならオークの砦に強襲してそれなりの戦果を狙いたいのだが……残念なことに個人での参加は募集していなかった。

 人が生きるには金がかかる。食費、家賃――傭兵は税金が免除されるとはいえ生死に直で関わる装備品をケチるわけにはいかない……。

 チラっと部屋の隅にある荷袋の中にしまった板金鎧を見てため息をつく。

 様するに金がないわけで……最近傭兵になったばかりの新人四人と共同で商隊の護衛をすることになった。

 いまランプの光でギルドから今回一緒に組むメンバーの簡単な情報が書かれた羊皮紙を見ている。

「鍵は空いてるよ」

 部屋の外に気配を感じたのでノックよりまえに相手に言う。

 きぃ。

 扉が軋む音をたてて開けられる。

「お……おまえこんな時間に……」

 部屋にはいってきたのは、この国じゃ珍しい黒髪を腰のあたりまで伸ばし豪奢な絹のチュニックとスカート姿の一五歳の少女、家を飛び出した俺の事をなにかと心配してやってくる妹。

「こんばんは、お兄様」

 しつけに厳しい家庭教師をつけていただけあって傭兵をしている俺と違い妹は――サクヤは貴族の令嬢。その言葉づかいと物腰には気品を感じさせる、『サクヤ』というのも俺と妹の間だけ通じる幼名で貴族としての名前は別にある。

 もともと戦災孤児だった俺達を子供のいない貴族ディバイン家が引き取ったのだが幼い妹になにも語ってはいない。サクヤも薄々は似ていない両親に実子じゃないことに気づいている節はあるが……それで同じ特徴のある俺にいろいろつきまとっているのかもしれない。

 まあ。よくデキた奴だよ、ほんと。

「サクヤっ! 何度も言ってるだろ! ディバイン家令嬢がこんな処に来て誘拐でもされたらどんすんだよ!」

 目立つ容姿に『いいとこのお嬢様』ですって感じの服装で歩いていたら危険極まりない。

「お兄様こそ次期当主になられるのにこんな処にいるではありませんか」

「……」

 内心で『それはない』と否定する。

 俺達の養父は俺に剣と神学をサクヤに貴族の作法などを教えたが、それは跡取りのいないディバンイン家で俺を王国騎士にとりたててサクヤを優秀な貴族の婿をとらせて家名を守るためだ。

 感謝はしている。それにサクヤの様子をみると大切にされているのもわかる……それでも俺はもうディバイン家の世話にはなりたくない。

「ま……まあそれはいい」

 粗末な部屋だがベットと簡素な机に夜間照明用の燭台が三つ取り付けられている。

 俺は机に向かい一個しかない椅子に座って資料を見ていたからサクヤは当然の様にベッドに腰掛けた。

「あ! これ」

 ベッドわきのランプをおく粗末なテーブルの上――正確にはそこにおいてある剣。道具屋のオヤジが『刀』とか呼んでいた物を見てサクヤがうれしそうな顔で手を伸ばす。

「ああ、それ心当たりがないんだが……なんかいい物らしくどうしようかなって始末に困っているところだ」

「銘はご覧になりまして?」

「ああ、見たよ。そういえば刀身のほうはまだ見てないな」

「ぜひ見てみてください! お兄様も騎士なら使える武器は手放したりしたらダメですよ」

 俺は武器や防具にはそれほど愛着はなく使える物は使う主義なんだけど……逆に言えば自分に合わなければどんな高価な品でも躊躇なく売却するけど。

「そういえば――お兄様は騎士なのですか? それとも傭兵?」

「傭兵だよ、えっと――」

 机においてある丸めた羊皮紙を取り出す。

「これが印可証」

 丸めた紙を開く、まだ数年しか経過していないはずなのにところどころ汚れが目立つ。

「じ、字が動いてます!」

 印可証を開き中を見せると驚いたような声をあげた。

「動いてるわけじゃないよ。特殊なインクを使ってて登録者が持つとギルドからの緊急連絡や周辺地域の安全レベルの様子が逐一届くようになってるんだよ」

 説明している間にも紙面の上には次々と文字がでては消えていく、時折どこかの地図になる事もあった。

「傭兵同士の情報網にもなってるんだ。親しい友人に伝言を送ったり、窮地になったときに救援をもとめることもできる」

 オークの手に地図がわたらないように競売所で売ってる地図とは、この印可証に表示されるように処置をするだけ、地図は軍事的に重要な資料になるのでオークの手に渡すわけにはいかない。

「それがあればサクヤでも傭兵になれるのですか?」

 おもわず吹き出してしまった。

「お兄様! サクヤ刃物の扱いには自信あるもん!」

 口調がかわるとサクヤは年相応の幼い妹に見えてくる……。

 しかし、貴族の令嬢が刃物ね……。

「ナイフでリンゴの皮をず――っと繋げて剥けるんだよ」

 えっへんとあまり発育の良くない胸を張る。

 それはそれでスゴイけど……一瞬長い黒髪を結ってナイフ片手に草原で野兎を追いかけるサクヤを想像した……けど次の瞬間には石に躓いて盛大にずっこけてた。

 サクヤが傭兵ね――やっぱりどうも現実感ないな。

「まあ、それは帰りの道中に教えてやるよ」

 印可証に現在時刻が表示されたのを見て、もうすぐ日付が変わりそうになったのを見て俺も明日も早いし。

 工房区にある下宿先を商業区側に抜ける昼間に入った競売場を通り過ぎると競売所にはいまもかなりの賑わいをしている夜中に素材を買いにきた錬金術師に『神龍の爪を頼む』と言って金貨を渡す男達――品薄の人気品を一日中交代で張り付いて競り落とそうという集団なのだろう。

 サクヤが興味津々に見ているので『いくぞ』と声をかけて急かす。

 競売場の横を通り臣民街区の方に歩く、そうすると競売所に負けない賑わいを見せている円形石造りの建物が見えてきた『傭兵ギルド王国支部』だ。

「傭兵になりたかったらまずそこのギルドに行って仮登録をする。

 ――んで、そのあとに武器庫に連れて行かれて自分に合う武器を貰えるからそれをもって練兵場に行って基本訓練をするんだ。この国だと王国式剣術、王国式槍術、王国式棍術が主流だけど帝国式短刀術や連邦式弓術なんかの師範もいるから学ぶ事はできるよ、あんま主流じゃないけどな」

 サクヤがきょとんとしたまま――

「そのなんとか式というのは何故そんなにたくさんあるのですか?」

「それは国籍の違う人とも頻繁にチームを組むからさ、帝国や連邦にだって剣術はあるけど傭兵が一般的に使用するのは王国式剣術って統一することによって一期一会で協力をする場合にもある程度仲間の行動が予測しやすくなって連携をとりやすくするためさ。

 傭兵になるには、まず型を覚え武器を扱えるようになれば認められる、そう難しいものじゃなからズブの素人でも一週間もあれば大抵は体得できるけどね、運動神経が絶望的になかったりする場合は落第もありうるけど……平均よりちょっと下ぐらいの運動力の人ならまず問題ないかな――ほらいくぞ!」

 ギルド前にたむろしていた集団にサクヤより背の低いソーサラーがいて、そいつの妙に高いとんがり帽子を背後から忍び寄って取ろうとしたサクヤの手を取って、そのまま歩きだす。

 ――ったく人の話し聞いてたのかよ!

「お兄様。ここまででいいですわ」

 その時にずっと手を繋いでたのに気づいた。

「それではおやすみなさい」

 そう言うと見とれるほど優雅に一礼をして走っていく。

「あの剣の銘――『雷』とは神学でいうところのなにを象徴していますか?」

 少しさきで足を止め振り返って言い忘れたとでもいいたげに告げてから再び小走りに去っていく。

 雷――外れることない神の矢、天の裁きとか『正義』とかいう意味だったかな? 

 そういえばなんであいつは柄の内側にある茎ナカゴの部分に切られた銘を知ってるんだ……? 宿に向かい歩きだした俺は一度だけ明るい王国民街区に消えていった妹の方に視線を向けた。

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