間章

神様の器

「真也、真也、なぁ頼むよ」

「やだよ、いつもみたく、かれねぇに頼めばいいだろ!」

「だめだ。あいつは魔導師じゃねぇもん」

「やなものは、やだ」

 二人の少年が家の、施設の前の庭でじゃれあっている。二人とも似たような黒髪に似たような背格好だが兄弟ではない。少なくなくとも血縁上では。

 片方の少年がもう片方の少年に何かを頼んでいるようだが、頼まれた少年、真也は嫌がっていて、取りつく島もない。

「みとにぃ《みとにい》、そんなの大学行ってやらせてもらえばいいだろ?」

「行ったけど、門前払いだったから頼んでるんじゃないか」

「……ほ、ほんとに行ったのかよ…………」

 呆れたように真也は彼の義兄を見つめた。義兄は、自分より四歳年上とは言っても、まだ小学六年の子供だ。そんなガキが大学に実験をしたいと言いに行っても門前払いされていることは目に見えている。彼に、それだけの頭脳がないはずはないのに、と真也は諦めとともに思考する。

 彼の目は純粋でキラキラしている。オタク特有の暑苦しさも、その少年の晴れやかな表情で打ち消されて……は、いなかったかもしれないが、真也はそれを羨ましく思った。それに、真也にとって自分を無条件に信じて頼ってくれる存在は何者にも代えがたい。深呼吸をして、真也はモルモットになる覚悟をきめた。

「……仕方ないから、十五分だけ好きにしていい。それ以上は無理だけど」

 真也が言い終わるか終わらないかのうちに、みとにぃ、未踏は真也に満面の笑みを浮かべて抱きついてくる。

「ありがとう! さすが真也、話がわかる! これはなぁ、きっとこれからの魔導研究を大きく促進するぞ!」

「はいはい、いいからやっちゃって。魔導研究云々うんぬんはおいといて、みとにぃの役に僕は立つならそれでいいよ」

 後半かなりいいことを行ったつもりだった真也だったが、未踏の耳にその言葉は届いていないようだ。未踏は真也の無関心ぶりに嘆かわしい、と首を左右に振って語り出す。真也を、自分を門前払した大学の教授か何かに置き換えてみているのかもしれない。

「おい、信じてないのか? 魔導研究はいまだ、その対象となる精神、そして精神界が物理次元の境界の彼方にあるせいで観測すらできないのを感覚的に……」

「わかった。わかった。ストップ、な。十五分終わっちゃうぞ? 残り十四分」

 未踏がいつもの語りモードに突入したので、真也は慌ててそれをさえぎる。未踏のうんちくは、とにかく終わりがないので「せいしんごうもん」と孤児院の家族の間で呼ばれていた。

「え!? もう始まってたのかよ! やばいやばい」

 真也の声に驚いて未踏は慌てて準備らしきことを始める。

 そして、その後、深呼吸をした未踏は真也の首に両手を当てて目を閉じた。はたから見れば絞殺中にしか見えないだろうな、と真也は諦めとともに思考する。

 未踏の腕から微弱なエネルギーのようなものが流れ込んで、首を伝って頭の方へと上っていく。そして、なにやら不思議な違和感が数分に渡って続いた後、未踏は静かに目を開けた。その顔は、真也が今までに見たことのない表情だ。それは、恐怖でもあり、狂気でもあり、狂喜でもあり、驚愕でもあった。簡単に言うとマッドサイエンティストが何か興味惹かれるものを見つけてしまった時の表情だった。そこまで考えて、なんだ、いつも通りの未踏か、と真也は納得する。

 そして、真也は未踏の表情をもう一度見て、やはり、少し不安になる。真也は兄に自分に何かあるのか、と尋ねようとした。

「あぁぁぁぁぁああ!」

 が、そこで横から高い声が割って入る。明らかに真也より年下の女の子が横から真也と未踏を指差して叫んでいた。

「どうしたの?」

 その声を聞きつけてもう一人、真也より年上で未踏と同年代の女の子が近寄ってくる。しかし、未踏はそんな叫び声など耳には届いていないようで、いまだに真也を鬼気迫る表情で見つめていた。首に、手を当てたまま……。

「かれねぇ、みとにぃがしんにぃをこーさつしてる!」

「え? 考察? 絵留ちゃん、未踏はいっつも考察してるでしょう? 歩く考察マシーンっていうか、なんというか……」

「いつもこーさつしてるの!?」

 小さい女の子、絵留が未踏と同年代の女の子、可憐の言葉を聞いてガビーンとなる。ミラクル・ジャパニーズ・マジックが炸裂していた。しかし、マジックの効果も、可憐が未踏と真也を見てしまえばそれまでだ。

 可憐も見た感じ殺害現場を目撃して絵留と同様にガビーンと固まった。そして、わなわなしながらのたまう。

「絞殺って、そっちぃぃぃ!?」

 そして、慌てて駆け寄って未踏を吹き飛ばし、真也の両肩に手を置いて激しく揺さぶる。真也は三半規管をシェイクされて行動不能に陥った。そして、可憐の手が放された瞬間、地面に倒れこむ。

「しんにぃぃ!?」

 絵留が叫ぶ。

「じじじじ、人工呼吸!? いや、先に胸骨圧迫しなきゃ! 圧迫、圧迫……、こうかな?」

 流石におかしいと思ったのか、院長先生が外に出てきた。野次馬に他の少年少女たちがそれに続く。

 そこで、園長先生がみたものは、真也の肋骨を砕こうとするかのように拳を振り上げる可憐と、近くの茂みにお尻を突っ込んで倒れながらもなにかうわごとのように研究成果をつぶやく未踏と、今まさに殺害されようとしている真也の姿だった。




 その日の夜、ベッドルーム。真也が二段ベッドの上に登ろうとすると、未踏が声をかけてきた。

「真也、真也のおかげで、実験は成功したよ。ありがとう」

「みとにぃのためになったのなら良かったよ」

 お礼をいう未踏に真也は軽く応じて、ベッドの方へ戻ろうとする。しかし、未踏の話の本題は礼を言うことではなかった。

「真也、一つ言っておくな。これから、僕はこの精神観測の技術を大学に持ち込む。この技術は今後、間違いなく普及するだろう。でも真也、お前は信頼できる人以外には絶対に自分の精神を見せないほうがいい」

「?」

 やはり、昼間の時のように鬼気迫る表情で未踏は真也に忠告する。真也は首をかしげた。

「実は、あの実験は真也で試す前に、自分にも試してるんだ。それに夕方には、遊びに来てくれたコウにぃにも試した。まず、真也の精神は構造が変だった。おれやコウにぃとはぜんぜん違う」

「よくわかんないなぁ?」

 真也は未踏の説明を聞いて首を捻る。

「さらに、超優秀な魔術師で、式匣保有数が九のおれやコウにぃでも、真也の精神の器の大きさの十分の一もなかった。計測しきれなかったけど、もしかしたら真也の精神はおれやコウにぃの百倍以上の広さを備えているかもしれない」

「え? でも、結局、式匣の上限は九でしょ? 何か意味があるの?」

 真剣に訴えてくる未踏に真也は頷きながらも質問する。

「わからない。少なくとも、魔術を使う分には余計な広さだろうね。でも、今後精神の容量が必要な新しい技術が発見されたら、もしそうなったとき真也は…………」

「僕は?」

 何かを言いかけて未踏はそこで黙ってしまう。真也は再び首を傾げて先を促した。

「神様にだってなれるかもしれない、ってそう思ったんだ。なにせ、僕ら優秀な魔導師の百倍以上の力を使えることになるんだからね」

 未踏はそれだけ言って会話を打ち切る。

「精神性魔導では精神の広い方が有利になると聞いたことがあるけど、そんなものじゃない。何か、もっと…………」

 未踏は何かをぶつぶつと呟きながら、下のベッドに横になる。真也は質問したいことがいくつも思い浮かんだが、結局未踏に質問することはなかった。

 それ以来、真也は今でも時々、そのときの未踏の言葉を思い出す。

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