真也は荷物を案内された部屋に置いて食堂の前でバステトと分かれた。

 バステトが言うには特寮には現在、真也の他に二人しか人がいないということだ。寮生が少ないのではなく、他の寮生は今晩まで本土の実家にいたり、御三家・裏三家の業務に追われていたり、特殊な検査を受けに行っていたりしているらしい。

 つくづく常識破りな寮だ、と真也は思った。高校入学の前日まで家に振り回せれるとなると、名家の子女も決して楽でないことが伺える。

 真也は二枚のドアを片方だけ引いて食堂に入った。

「真也さん! 部屋の位置は覚えられましたか?」

 食堂に入ると、まず配膳をしていた友希が真也に気づいて声をかけてきた。

「はい。いいえ……」

「どっちですか……」

 はっきりしない真也の返事に、友希が呆れたようにつぶやく。真也はこめかみに指を当てて、部屋から食堂に来た道を思い出してみる。しかし、全く思い出すことができなかった。

「いいえ、です。なんとなくわかるような、わからないような。でも多分、たどり着けないと思います」

「テトさんナビはしばらく必要みたいですね」

「です」

 真也は不甲斐ふがいなく思いながら頷いた。もっとも特寮は広すぎるので、慣れるまでは迷って当然なのだが。

「友希、テトは私のだし、勝手に使用許可を与えない! それに、友希だって初めて特寮に来た時は迷ったでしょ?」

「う……。たしかにそうだったかもしれなくもないです」

「どっちですか……」

「むぅ!」

 友希の後ろのキッチンと思しき場所から、セミロングのブロンドヘアを後ろでポニーテールにまとめて、シャツの上からエプロンをつけた女子が出てくる。彼女は友希にツッコミを入れた。微妙な返事を返す友希に、真也は先ほどの友希の言葉を繰り返リピートする。友希は不満そうに唸った。

「えーと、あなたが真也くんね。さっきインターホン越しにお話ししましたが、私は煌牙之宮優香こうがのみやゆうかです。苗字は長くて呼びにくいですから、名前で呼んでくださいね。これからよろしく!」

 ブロンドヘア、金よりも黄金に近いイメージの色の髪をほどきながら、優香が真也に自己紹介する。真也は居住まいを正してそれを聞いた。優香は物静かな友希と違い明るい性格に見えた。彼女の髪の色の影響かもしれないかったが。

「聞いているかもしれませんが、一応自己紹介します。僕は、天神真也、十五歳で明日から高一です。こちらこそ、よろしくお願いします」

 真也は優香に自己紹介を返した。優香は頷くと、エプロンを外して空いている椅子にかけた。

「えーっと、お互いに質問があるかもだけど、とりあえず敬語は無しでいいよね?」

「えぇ、もちろん」

 真也はすでに敬語じゃなくなっている、と思いながらも頷いた。そして気になっていたことを一つ質問する。

「それで、その、優香さんは先輩なんでしょうか?」

「あっ、言い忘れてた? 十五歳で同い年だよ。私も友希も明日から女子高生だから真也、っと呼び捨てでもいい?」

「いいです」

「じゃあ真也、真也も呼び捨てでいいよ」

 真也は自分は高校生だ、と思ったが黙っていた。

 煌牙之宮家は御三家の一家である。

 ちなみに、御三家は「煌牙之宮こうがのみや」「氏神うじがみ」「四方院しほういん」、裏三家は「音無おとなし」「神宮寺じんぐうじ」「ひいらぎ」の各々三家から成る。

「わかった。優香も友希さんも同い年なんだね」

「うん」

 真也の確認に優香が頷く。

「もう遅いですし、頂きませんか?」

 誰も何も言い出さないので友希が提案する。

「だね。じゃ、席ついて。いつもは定位置みたいなの決まってるんだけど、今日は気にしなくていいから、ご飯が並べてあるところに座って。テトから聞いてるかもしれないけど、今晩は三人だけだから」

 優香は友希の提案に賛成の意を示す。

 食堂には長細い長方形のテーブルがあり、そのテーブルを囲んで十を超える椅子が並んでいた。そのうちの三つの椅子の前に料理が並べられている。真也は優香と友希が席に着くのを待って、最後に残った席に着席した。

友希と優香が並んで座って、その向かいに真也が座る。真也はいつも通りに手を合わせようとして、確認のために二人を見た。優香も友希も気づいたようで、互いに譲り合った後、優香が代表して言う。

「特寮では宗派は気にしないで大丈夫だよ。一応聞いておくけど真也は?」

「僕は孤児院で教わった枷印かいん派です」

「私も枷印派よ」

「私も同じ」

 枷印派というのは現代の日本人のほぼ九十パーセント以上が加入している、巴教という宗教の宗派のひとつだ。枷印派はそのうちの八十パーセント近くを占める主流派でもある。

 真也は友希の答えに疑問を持って、驚きを顔に出してしまった。宗教は個人の自由であって、他人がどうこう言えるものではないことは真也も理解している。それでも真也が驚いたのには理由があった。なぜなら友希の実家である柊家は巴教の枷印派とは別の宗派の中心的な家だからである。

 友希も真也の疑問と、それを顔に出したことを後悔している真也に気づいた。

「実は私、中学二年からこの島で暮らしていて、月に一度しか家には帰らないんです。それで、そのとき地域の、天神地区の主流派に宗派を変えたので、家とは別の宗派なんですよ。大した話でもないので、どうか気にしないでくださいね」

「すみません」

 苦笑いしながら説明した友希に、真也は謝って頭を下げようとする。友希はそれを片手で制して首を振った。

「気にしないでいいです、ね?」

「はい。……ありがとう」

 真也は謝るのを諦めて礼を言う。それ見て友希は笑って見せた。真也はその笑みに見とれてしまう。

「さぁ、いただきましょう、ね!」

 優香がニヤニヤ笑いながら、少し真也の顔を眺めた後にそう言った。友希は首をかしげている。

 そして、しばらくしてから優香が合図する。三人はそれに合わせて両手を親指を外に出して軽く握り、それを手首が付き、肘が離れるように胸の前で合わせた。枷印派の基本的な祈りの仕草である。

 三人は目を閉じ、優香が祈の言葉を唱える。

「天にまします我らが父よ、御名の通りの加護があらんことを。我らの罪を見守り、我らに勇気を与えられんことを。しるしを右に」

「「印を右に」」

 優香に続いて、友希と真也が定型文を復唱する。食事前などに行われる略式の祈りを終えて、三人は閉じた目を開いた。

 三人はその後で再び手を合わせる。今度は仕草は通常の合掌だ。

「「「いただきます」」」

 日本の伝統的な挨拶も忘れずに、三人は食事を始めた。「いただきます」は宗教を超えた概念なのだ。

 三人は互いに細かい自己紹介をし合いながら夕食を進めた。

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