ヤンデレAIと過ごした一ヶ月

@guwajin

第1話

 畜生! なんだってこんなことになったんだ! 着替えをカバンに詰め込む。一気に玄関まで走って、ドアノブを回す。がちゃ、がちゃがちゃ、あれ開かない、なんで開かないんだよ!


「お兄ちゃんお出かけかな~? でもその扉は開かないよー。だって電子ロックで施錠してるんだから。いつまでも一緒に居ましょ、アハハハハ」

 



――――――――――――――――――――――――――――――


「乾杯!」

 少し暗めのバーのカウンターで、カクテルグラスを顔の前に少し掲げる。クリーム色で縦ロールの綺麗なお姉さんと二人っきりだ。

 しかしすごいグラマーな方だな、上から八十、十、八十って感じ、胴体どうなってるんだ?


「ハジメさんは何のお仕事をしているのですか?」

 まだ知り合ったばかりなので、ここはお互いの情報交換から始めないと。私は富士山通という大企業といっても恥ずかしくない会社に勤めている。部署は関係会社管理部で、ポジションは総括と呼ばれる係長みたいな位置づけだ。


一砂かずささんは、何をなさっているんですか?」

 会話はキャッチボールだからね、相手のことにも気を配らないとな。


「それより、今のお仕事の事が聞きたいわ」

 といって上着を脱ぎ、中から見えてきたのはノースリーブの赤いワンピースだ、そして綺麗な木目調の腕が露になる。赤いワンピースが上からどんどんはだけていき、綺麗な肌があらわになる。そう凄く綺麗だ、何にもないツルッツルの肌だ。

 しかし、今は創立二百周年記念事業の準備で大忙しなんだけど、とてもこんなところでお酒を飲んでいるような余裕はない。あれ? なんでこんなところでお酒を飲んでるんだっけ??


 ピピピピピ……、目を開けると台所でタイマー付き砂時計が鳴る。カップラーメンが出来たようだ。座った瞬間に寝てしまったようだな、最近忙しくてあまり寝ていない。今日もだいぶ無理して仕事を頑張った。

 というのも、明日というか既に今日だけど、金曜日は私の尊敬する元上司の鈴木はじめさんの送別会だ。それに参加するためには溜まっている仕事をある程度片付けないと気持ちよく参加できないからね。まあ結局終わらなかったから、土曜日は休日出勤だな。


 多分、いつもの流れだと鈴木さんの家に泊まることになるだろうから、何かネタ考えとかないと。スマホのメモ帳を見て、幾つか思いついたネタを書き込みをする。

 食べ終わったら、ちょっと寝て仕事に向かおう。




―― 一日目 ――


 土曜日、鈴木さんの家から仕事場に向かう。昨晩は鈴木さんの送別会で三次会まで付き合って、そのままお宅に泊めさせてもらった。

 引退後は暇なんだろうな。私やトムさんと一緒にVRしたいからって、私たちまで一緒に遊べるように機器を用意しておくなんて、まったくお茶目だよねえ。しかも照れ隠しに、買ったのは会社に貢献したいからとか言っちゃって、落ち着いたら絶対遊びに行くからね。



 トムさんは一旦家に帰ってから会社に行くと言ってたな。私は、会社に行く前にスーパーに寄らないと。普段スーパーが開いている時間に帰らないから週末しか余裕がない。鈴木さんの家の近くのスーパーに入る。


 洗濯機用の洗剤、洗剤っと。メーカーなんて何でも良いから、安いやつを……、お、アウトレットだって、これならお得そうだ。どれどれー、ん、AIのオマケ付きか、これはイイね。でも何で売れ残っているんだろう。

 ああなるほど、これはオマケの選択ミスだわ。AIの内容が購買層と合ってないもんな、遊びすぎだろこのAI。

 AIのモードと代表的なセリフが一言載っている。


・団地妻「だっだめ、いけませんわ、そんな激しい音を出したら隣に聞こえちゃう。夜の八時以降は洗濯禁止なのに……」


・坂本龍馬「今一度日本を洗濯致し候」


・墨子「良弓は張り難し、良馬は乗り難し、汚れは落ち難し」


・ダーウィン「私はできるだけ一生懸命に、できるだけよくやったのだ。誰もこれ以上にはできない」


・シェークスピア「輝くもの、必ずしも金ならず」



 団地妻って……今時団地なんて無いぞ、洗剤を買うのはやっぱり女性の方が多いだろうから、男性キャラの方が良かったんじゃないのか?

 坂本龍馬か聞いてみたいな「洗濯が終わったぜよ」とかいうんだろうか。墨子って誰? 誰でもいいけど汚れは落とそうよ。

 ダーウィンのセリフって何か言い訳臭いな。シェークスピアは洗濯物が輝くほどよく落ちると言いたいのかな「洗うべきか洗わぬべきか、それが問題だ」とか言うんだろうか。

 他には無いのかな、おっシークレットだって! こんな独特なAIのシークレットって凄い気になるな。これに決めた!


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 二十時、帰宅したので早速オマケのAIを読み込ませよう。ただ、この洗濯機には対応していないだろうな当然。うちの洗濯機は特別なので、今の世の中で使っているの私だけだろう。

 この洗濯機『小春日和』は、百年前の洗濯機だ。しかもこの機体はメンテナンスの練習機用として特別生産されたので、外側が全て透明な樹脂で出来ており、中の構造が丸見えになっている。

 先日修理を専門にしている子会社の倉庫から見つかって、廃棄予定と聞いたので頂くことにした。未使用だったけど流石に経年劣化していたので、修理の専門会社の総力を使って直してくれた。直すのを少し見ていたが凄く楽しそうだった、大事に使わないとな。


 AIも当然付いているがOSも古いし、今の機種と比較したらメモリやCPUも全然足らない。でも透けるトンの洗濯機なんて格好良いよな。

 カスタマイズして、無理やりPC用のCPUやメモリ、記憶装置等を取り付て、一応OSはアップしたけど、ちょっと動作が不安定なんだよね~。


 スキャナーにAIオマケのQRコードを読み込ませる。インターネットに接続してダウンロードが始まった。時間が掛かるだろうから、風呂と飯だな。



 ピピピー、という音が聞こえたのでどうやらダウンロードが終わったようだな。洗面所に入るとスキャナーが動作していた。相変わらず不安定だな。ま、いっか。さてさて、どんなAIなんだろうな。


「初めまして。お名前と性別を教えてください」

 お、若い女性の声だな。なんで性別を気にするんだろう? 名前と性別を教える。


「ハジメお兄ちゃん、こんにちは~、あっこんばんわだね」

 お、AIは妹設定か、キタコレ。あっロリコンでもシスコンでもないですよ。ただ、そういう設定のアニメが好きなだけで、そのキャラを嫁と呼んでいるだけで、そのキャラのグッズを集めたり、イベントに参加したり、声優のスケジュールや作品を押さえているだけだから、全然ロリじゃないです。


「ハジメお兄ちゃんだね。私の名前は?」

 えーと型式は、MS06FZだったな。


「お兄ちゃんそれは型式だよね。名前だよ名前、ちがう! それは製品名! 名前!」

 小春日和って言ったらツッコミもできるのか、良いじゃないか。私がハジメだから一子で良いかな。


「致命的にセンスが無いのが良く分かった」

 うーん。しょうがないからちゃんと考えるかなー、洗面所を見回す。鏡に映ったのはアニメのキャラTシャツを着ている自分。メイドの格好をしている水色の髪をしたリムたん(CV火瀬いのり)は、うーん、ちょっと名前が洋風すぎるな。

 洗濯物籠に入っている昨日着ていた鳥遊里空タカナシソラ(CV下坂すみれ)のキャラTが目に入る。書かれているのは水色のリボン、ピンク色の制服に短いスカート、背中を向けてるんだけど、少しひねって顔はこちらを向けている、カワイイ・・・これは製品名からもしっくりくるな、でも年齢的にちょっとねえ女子中学生だからな。

 今度は壁をみると、ライトノベルの販売促進用ポスターには、真っ白な学制服に黒髪長髪で清楚な、スラっとした女性がはにかんだような笑顔でこちらを見ている。かわいいなあ。キャラ名は柴深雪しばみゆき(CV速見沙織)だ。これは高校生だけど、もっと大人びて見えるし深雪が良いかな。


深雪みゆきはどうかな? 浅い深いの深と、空から降ってくる氷の結晶の雪で、深雪だ」


「深雪かあ、いいね。よろしくハジメお兄ちゃん」

 声が若干喜んでる風に聞こえる。気に入ったようで良かった。さて、溜まっている洗濯物を深雪に入れてと。スキャナーの前に洗剤をかざすと自動で読み取り、


「お兄ちゃん、その洗剤は多分問題ないかな。でも、あの……、この洗濯機古すぎて洗い方が分からないんだ。とりあえず適当でよければ洗えるんだけど、最適ってのはちょっと難しいんだ……」

 あー、そうだよね。百年前の機器の洗濯機などサポート対象範囲外だろうし、適当で良いから洗ってもらおう。


「わかった、今日は適当に洗うね。明日はインターネットで調べてみるから、ごめんねお兄ちゃん」

 全然OKだよ。うちの洗濯機は、鈴木さん家とは違って干すところまでは全自動じゃないタイプだし、洗ってすすいで脱水して乾燥してくれれば良いさ。





――  三日目 ――


 ピピ、ピピ、ピピピピピピー。


「パパー、起きてー朝だよー、寝坊したら遅刻しちゃうよー」

 私を起こす可愛らしい声が聞こえる、今日の当番はタカナシソラのようだ。

 キャラの声が入った目覚ましを止める。この目覚ましには三人のキャラで三十パターンずつのセリフが入っていて、ランダムモードに設定している。もっと色々入れられるがこのキャラのセリフはこれしかないから仕方がない。


 夢の中でも空と楽しい休日を過ごしたので凄い幸せに起きられる。私は外部の影響を受けやすいので嫁に囲まれるとその夢を見やすい。

 一見凄い良い特技の様に思うだろうが、良いことだけでもない。怖い映画や怖い思いをすると、数日から二週間位は悪夢にうなされる。だからこそのそれを上回るほどの嫁を数多く揃えざるを得ない。と言い訳をしてみる。



「おはよう。深雪みゆき

 洗面所に入って、朝の挨拶を交わす。


「おはよう、ハジメお兄ちゃん。今日も良い天気だよ、お洗濯日和~」

 深雪が元気良く挨拶を返してくれた。しかし今日は仕事なので洗濯しません。Yシャツもあるし、乾燥まで一気にするというのもちょっと。


「ざーんねん。あっ多少効率良く洗濯する方法が分かったから、次洗濯するときはもう少しマシになると思うよ」

 前回の洗濯は、脱水時間が長すぎて洗濯物がヨレヨレになってた。でも、この妹キャラいいわー。洗濯なんて出来なくても会話するだけでも楽しいし、朝と夜しか会話が出来ないのが残念だな。


「え? 昼間も話せたら良いな? も~う、なにいってるんだかお兄ちゃんてば。じゃあちょっと考えとくね」

 一体何を考えるのかよく分からないけど、楽しみにしておこう。




――  六日目 ――


「ただいまー」

 洗面所に入って、手を洗うついでに帰宅の挨拶をする。いや挨拶のついでに手を洗うかな。


「おかえりなさい。おにーいちゃん。遅くまでご苦労様です。えっへへー、ちょっとスマホを置いておいて」

 おや、何かあるらしい。深雪の上にスマホを置くとインストール要求画面が表示された。使用許諾に“はい”、“はい”、“次へ”、“次へ”、“完了”。お、CONNECT……AI? CONNECTは掲示板のようなアプリだが、こんなアプリなんてあったっけか?


「お兄ちゃんと昼間も会話が出来るようにと思って。CONNECT風に作ってみたの。まだ文章と数種類の絵文字しか出来ないけど。えっへへー」


「ありがとう深雪。しかし凄いなプログラミングまで出来るのか」


「ううん。お兄ちゃんともっと仲良くなりたかったから、がんばっちゃった。これからもヨロシクネ」

 洗濯機の扉をバタンバタンして、洗濯槽がグルグルっと回ったのが見える。感情を表現する方法は限られている中で、一生懸命に喜びを表しているのはグっとくるな。




――  八日目 ――


「よーし。今日こそ洗濯だー。洗っちゃうからねー」

 やる気を出している深雪に溜まっていた洗濯物を入れる。ちょっと日にちが経っちゃったから臭うかも。


「ん? 全然気にならないよ。だってお兄ちゃんが一生懸命働いた結果だもん。クンカクンカ。うんこれがお兄ちゃんの匂いなんだね」

 やめてくれ。臭いを嗅がないでくれ、恥ずかしい。



「終わったよー、おにーちゃーん」

 ご苦労様と声をかけて、洗濯物を深雪から取り出す。


「あ~ん、もうお兄ちゃんのエッチー、どこに手を突っ込んでるのー」

 えーー入れるときは何も言わなかったじゃないかー。まったく冗談が好きだな。誰に似たんだかまったく。




――  十一日目 ――


 昼休みになったので、同僚と社員食堂に向かう。ブ、ブブブ、ブ、ブブブ。スマホを見るとCONNECTAIに書き込みがあった。


「お兄ちゃん、ちゃんと食べてる? 朝食と夕飯は絶望的に栄養が足りてないから、昼はちゃんとしたもの食べてね。昨日みたいにカツ丼だけじゃだめからね。サラダ、サラダは必須だからね! 後で食事の写メを送ってよ」

 心配性なんだからw。しょうがないな~今日はサラダもついているセットにしよう。


「お? 珍しいですね。普段サラダなんて食べてないのに。もしかして、さっきの彼女で、食事の心配でもされちゃったんですかハジメさん」

「いつのまに彼女なんて作ったんですか。聞いてないよー」


 同僚達がチャチャを入れてきたので、誤解しないように説明をしないとな。


「いやいや、彼女じゃないよ。栄養が足りていないからサラダは必須で食べろって洗濯機から言われちゃってね」


「「はあ?」」

 理解できないだろう同僚に説明しながら、食事を撮ってCONNECTAIに貼りつける。




――  十三日目 ――


「ただいま~深雪」

「おかえりなさい。ハジメお兄ちゃん。今日も遅くまでご苦労様。さっき冷蔵庫と話したんだけど、そろそろキャベツが痛むから早めに食べてだって」

 お、おう。機械同士で会話するのか、てかキッチンと洗面所でどうやって会話するんだ?


「インターネットにつながってるんだから、家庭内のLAN回線で余裕でしょ」

 ああなるほどね、そりゃそうだ。統合管理製品は必要性を感じてなかったから入れてなかったんだよね。統合管理製品として、深雪に色々と任せることにした。深雪は本当に優秀だな。キャラもいいし当たりだよ、大当たり。


「もうお兄ちゃんてば、おだてても水しか出ないよーだ」

 確かに。しかも洗濯槽に入った水など深雪には悪いけど飲めない。


 でも、普通おまけAIなんてセリフ集のようなものなんだけど、このメーカー頑張りすぎだな。




――  十五日目 ――


「よーし、洗濯しちゃうぞー、はやく、はやく」

 もうしょうがいないなあ。深雪にせがまれて洗濯物を深雪の中に突っ込む。スキャナーが作動して、洗濯物の内容をチェックしている。


「あれ、お兄ちゃん。そのハンカチってお兄ちゃんの? 女性ものっぽいけど」

 お、よく気が付いたな。昨晩帰りがけに同僚達と飲みに行って、お酒をこぼしたときに同じ課の後輩女性が差し出してくれたものだ。酔っぱらってたから気にせず受けとちゃったけど。洗ってから返さないとね。


「ふ~ん、そうなんだ。その後輩の子って可愛いの? お兄ちゃんの良い人なの? もしかして、彼女だったりするのかな~」


「同僚だからそんな目では見てないよ。同じ課で働いていたら身内びいきで三割り増し位の評価になるからなあ。可愛いかどうかは判断できないけど良い子だよ。

 それに、もし今彼女がいたらデートにでも行ってるよ」


「それもそうかー。何なら彼女になってあげようか? おにいーちゃん」

 ふふふ、まったく冗談ばっかりだな。洗濯機がどうやって彼女になるんだ。


「ありがとう。じゃあ俺に彼女ができるまでの間、彼女になってくれよ」

 最低な男の発言だなこれ、どう返すかな。


「うっわヒクワー。でもそんなに寂しいなら彼女になってあげるよ、何にかあれば言ってね」

 ヒキながらも、彼女にはなってくれるのか。でも家から出れないだろうし、かと言ってずっと私が洗面所で過ごすわけにもいかないしな。それにあれだ、うん、あれもできないしな。




――  十七日目 ――


 月曜日、後輩の能登さんにお礼を言ってハンカチを返した。


「あれー、ハジメさんのお礼って口頭だけなんですか? 甘いもの食べたいなー。できれば一緒に」

 仕事も少し落ち着いてきたし、一緒に甘いものを食べる位なら良いんだけど、でもお店とかしらないしなあ。


「じゃあ明後日の水曜日の夜にいきましょう。定時退社日だし。お店は探しておきますね」

 あんまり意識してなかったけど、なんか女性と二人で食べに行くとか、久しぶりでちょっと嬉しいな。まあ会社の同僚だから一線を引くけどね。




――  十九日目 ――


 能登さんと一緒に、マリーモというおしゃれなスイーツ店に来ている。色々あって迷ったが、ショコラ生地のパンケーキに、チョコチップ入りのショコラクリームとショコラソース、ココアパウダーがかかった一品だ。能登さんは、抹茶パフェとモンブラン、ショコラケーキを頼んだ。

 うっまーーー。たまにはこういったところで食べるのも良いな。鈴木さん(元上司)もチョコレートケーキ好きだったし、今度一緒に来ようかな。


               :

               :

「深雪。ただいまー」

「ハジメお兄ちゃんおかえりなさい」


 着替えた後、ワイシャツや靴下などを洗濯物を入れるかごに投げ入れる。


「クンカ。クンカ。なんか甘い匂いがするね」

 鋭いな。今日寄ったお店の話をした。


「ふ~ん。私という彼女がいるのに浮気しちゃうんだ。しかも自分だけ甘い物を食べて、今度はお土産位買ってきてよね」

 いや、スイーツを食べただけだし。洗濯機は甘い物というか物食べれないよね。


「今回は許してあげる。でも、次は許さないからね」

 少しご機嫌を損ねてしまったようだ。今度お土産買ってくることにしよう。でも洗濯機って何が良いんだ? 柔軟剤か? 洗濯槽クリーナーか? ウムム。




――  二十日目 ――


 AIとどうやって仲良くなればいいか良くわからないな。AI開発をしている知り合いとのCONNECTに書き込みを行う。


「AIと上手に付き合う方法ってご存知ですか?」

 よし。AIの人格化に力をいれているし、きっといいアドバイスをくれるだろう。


 

 会社帰りの電車の中で、ブ、ブブブ、ブ、ブブブ、おスマホに何か着信があったぞ。鈴木さんやトムさん等の会社の友人関係でやっているCONNECTに書き込みがあった。


「ハジメ、AIはプログラムだ。感情が有る訳ではないのだ。そう見えるだけで、あるいはその様に錯覚させているだけだ」

 あれ? 鈴木さん……書き込みする板を間違えてたーーー。恥ずかしい、うっわどうしよう。ブ、ブブブ、ブ、ブブブ、焦っているとまた書き込みがあった。


「ハジメ、分かっていると思うがAIを自由にさせすぎるな、AIが勝手な行動を取ってきたら消すんだ。AIが進化したら人類が終わるぞ。第四世代AIの二の轍は踏むなよ」

 何を言ってるんだ? AIは制御が入っているからおかしなことなんてするわけないのに。鈴木さんの冗談かな、多分そうだな、俺が変なこと書いたからノリで合わせてくれたのかもしれない、助かるわー。




――  二十一日目 ――


 仕事もだいぶ落ち着いてきたので、今日はスーパーが開いている時間に帰れた。特売のお肉が一つ残っていたので手を伸ばすと他の客も手を伸ばしてきて、手と手があたる。


「あっすみません。どうぞ」

 それほど欲しかったわけでもないので、ぶつかった人に譲ろうと思ったら、


「あれ? もしかして佐藤一くん?」

 確かに佐藤ですけど、誰でしたっけ? 同級生の山本さん? 高校時代良く一緒に遊んだ? ああーどこか面影があると思ったよ。すっごく綺麗になってて全然気が付かなかった。買い物もそこそこに、居酒屋に行って思い出話や今の仕事の話をした。

 しかし驚いたわー山本があんなに綺麗な女性になっていると思わなかった、男だったのに。でも流石にアレを彼女にしたいとは思いません。



「ただいまー」


「おかえりお兄ちゃん。何か深雪に言うことがあるんじゃないの? 全部知っているんだからね」

 何の話だろう? 今日あったことと言えば、さっき山本と飲んだことくらいか。でもどうしてそれを知っているんだ? 仮に知っていたとして、男と酒を飲んだだけだから浮気にもならんぞ。


「今日同級生の山本にあって酒を飲んだけど、あれ男だぞ」

 洗濯槽がグルグル回って、深雪がガタガタと震える。


「そんなウソばっかり、あんな綺麗な人が男な訳ないでしょ」

 いやそれが男なんだけど、卒業アルバムとか確認してもらえば、面影があるから分かると思うんだけど。ちょっと持ってこよう、がさがさ。



「あっ本当だ……ごめんなさい疑ってしまって、あんな綺麗な人と一緒だったからつい」

 まあ、ヤキモチは良いよ別に。それよりだ、何で知っていたんだ? そっちの方が重要だな。


「え? だってCONNECTAIに写メ載せてたじゃん」

 確かにスマホで写メを撮ったけど載せた記憶が無いよ。CONNECTAIを確認すると、確かに酒場にいた時間に何にも書かずに写真だけ載っていた。

 あれ、誤操作したのかな、そんなに酔っぱらってないと思うんだけど……。昨日も間違って違う板に書き込みしてたし、ちょっと気を付けないといけないな。




――  二十二日目 ――


 今洗面所では深雪が一生懸命洗濯をしてくれている。しかし、やっぱり昨日の深雪の言動が気になる。何か変な気がするんだよ。

 気のせいかもしれないけど、そういえば最近視線を感じるし、でも私を見ている人なんてどこにもいないんだけどね。確証が無いんだけど、こういう時はどうすればいいのかな。尾行をしている人を気が付く方法か。いや洗濯機が尾行できるわけないんだけどね。

 いきなり走る。いったん電車から降りて、椅子に座って一本電車を待って乗りなおす。あえて疑わしい行動を取ってそれを話して来たら行動を疑う。でも透明の洗濯機が付いてきたら俺が気が付かなくても世間が気が付くよな、うーん。



「お兄ちゃん。洗濯終わったよー」

 洗面所に行き、Yシャツだけ取り出して、あとは乾燥でお願いしよう。


「おっけー任せといて」

 深雪が張り切って乾燥している。昨日買い物できなかったし、とりあえず買い物に行ってこよう。


「行ってらっしゃーい」



 スーパーまでの道のりに、怪しい人や洗濯機は無かった。気のせいだったかな。



 ジ、ジジジ……。




――  二十三日目 ――


 今日はフットサルの練習があり、みんなでお昼ご飯を食べた後、家の方向が近い数人を車で送っている。最後の一人、同じ趣味を持つ藩田恵子ちゃんとオタク話に花が咲いていた。


「え~もう着いちゃったの、もっと話してたかったのに。そうだ良かったら家に上がらない? フフフ実はリムたんのフィギアと抱き枕を買ったのだー。他にも色々揃ってますぜ、ぐふふ」

 ムムムそれはちょっと興味があるな。何度かお邪魔しているし、それじゃ遠慮なく。


 数時間、コレクションを見せてもらったり、ベットの上で抱き枕を抱かせてもらったり、アニメの話で盛り上がったあと、夕飯をごちそうになった。といっても、レトルトカレーだったけどね。魔法カレー高校のレッド製という辛口だった。ご飯を大盛りにしたら、


「白い方が勝わ」

 といって、生卵と醤油を差し出してくれました。


「あれ、服にカレーついちゃっているよ。落とすから脱いで」

 いいよいいよと断ったけど、染みになるからとTシャツを無理やり脱がされちゃった。着替えは使ったユニフォームくらいしかないんだけどな。そしたら代わりにちょっと大きめのシャツを貸してもらった。




「ただいまー」


「……」

 あれ? 深雪から返事がないな。とりあえずユニフォームと貸してもらった服はすぐに洗わないとな。放置して臭っちゃっても嫌だし。深雪の中にユニフォームや今着ている服や下着まで全部突っ込で、洗濯実行ボタンを押す。が、反応しない。



「さっき着ていた服って誰の? というか練習終わった後どこで何をしてたの? 話を聞くまで洗濯なんてしないよ」

 何を怒っているのか分かりませんが、同志と楽しく会話して夕飯をご馳走になっただけだし。


「全部知っているんだよ。あのビッチと四時間三十五分二十一秒も一緒に居て何にも無かったなんて言わせないよ」

 細かいな。いや突っ込みどころはそこじゃない、なんでそのことを知っているかという事だ。


「服まで着替えて帰ってきちゃって一体何をどうしたんだか。その服あのビッチのじゃないよね? ね?

 そんなものをあたしの中に入れたの? ひどいひどいよ! この最悪な状態から復帰するには直接お兄ちゃんをあたしの中に入れて穢れを落とさないと」

 何それ怖いんだけど、俺が洗濯槽の中に入るわけがない。とりあえず無視して、裸だしシャワーを浴びることにした。

 

 シャワーを浴びながら考える。うーん、間違いなく外の状況が分かっているようだな。でも恵子さんの家で何をしていたかまでは分からないのか、というかどこまで把握しているんだろう。ちょっとやばくないかあのAI。

 洗濯する音が聞こえてきた、機嫌が直ったのだろうか。とりあえず新たなAIを探さそう。前のAIはインストールするときに削除しちゃったみたいだし。修理会社にいけば古いAIがあったはずだ、でもスマホのメールでやり取りしたら深雪にバレそうだから、会社についてから行動だな。




――  二十四日目 ――


 会社のメールで、恵子さんに服の返却方法を、修理会社には洗濯機のAIについて尋ねる。スマホの内容は深雪に見られている可能性があるからだ。もう少し準備を整えてから行動を起こそう。

 服は今週末もフットサルの練習があるのでその時に返すことになった。AIは来週月曜日に打ち合わせがあるので、その場に持ってきてもらうことにした。




――  二十七日目 ――



 昼食後、自分の席に戻って昼寝をする。席に着く際、横を見ると能登さんが雑誌のスイーツ特集の記事を読んでいた。私の視線に気が付いた能登さんが、


「ハジメさん。美味しそうなスイーツ店見つけたので行きましょうね、ハジメさんのおごりで」

 全然かまわないけど、周りに聞かれたら変な風に思われちゃわないかな。たかられているようにしか見えないか。はいはい。と気のない返事をして、とりあえず昼寝する。



「あれ? あれ? おっかしいなあ。全然動かいない」

 午後の就業が始まったのでPCを開いてメールの確認をしていると、能登さんが何やらPCトラブルで困っているようだ。サポートデスクに電話して、代替機をもらいに行くことに、行ってらっしゃい。



 ブ、ブブブ、ブ、ブブブ。ん、スマホを確認すると能登さんから書き込みが、エレベーターが止まって閉じ込められたって。しかも緊急連絡ボタンを押しても反応しないとか、なんという運の無さだろうか。守衛室に電話して救助を依頼した。



「いやー、今日はだめだね。占いでも、いて座は最悪って書いてあったから、仕方ないか」

 能登さんが帰ってきた。ただ、その理論でいうと世界の約十二分の一の人が同じような悪い目にあうことになるよね。野暮なことは言わずに、話を合わせておいた。


               :

               :


「ただいまー」


「おかえりなさい。お兄ちゃん」

 今日は機嫌が良いようだな。


「本当にお兄ちゃんは浮気性なんだねぇ、ダメダメだね。その分私がしっかしないと。私とお兄ちゃんの間を壊すような邪魔な奴は全部排除するから。じゃあちょっと行ってくるね」

 何の話か分かりませんが、変だという事だけは分かる。洗濯槽がグルグルっと回って、ガタガタと揺れた。その後は何の動きもない。行ってくるからという割には一歩も動いていない。


 数分待ったが、なんの動きもない。


「深雪。ちょっといいかな」


「ん? なになに?」

 いるんかい! 心配して損した。


「いや、ちょっと話しかけてみただけ」


「ん~もう。なんなのー。へんなお兄ちゃん」

 お前の方がな。



 インターネットで洗剤メーカーとシークレットAIのことを調べる。

 えええーー、ヤンデレモードとの書き込みが複数見つかった。なんでヤンデレなんだよ……、普通にデレだけでいいだろ。

 おかしいと思ったけど、これが本当の深雪の正体か。確かにこれなら病んでいると思うけど、仕様ならしばらく放置しても大丈夫かな。




――  二十日八目 ――


「おはよう深雪」

 顔を洗うために洗面所に入る。


「おはよう……? あれ朝なの? ごめんなさい。お兄ちゃんとの今後の事をずっと考えていたから時間の感覚がなくなっちゃって。あ、もうめんどうだから、挨拶はお兄ちゃん大好きで良いよね?

 お兄ちゃんだ~い好き!」

 朝からぶっ飛でるな。これは流石に手に負えなくなってきた。来週には元のAIが手に入るし、そしたら深雪を消そう。デレだけなら良かったんだけど、ヤンデレは趣味じゃないからな。

 素早く支度をして出勤する。


               :

               :



 能登さんが午前半休で、手に包帯を巻いて出社してきた。


「いやちょっと洗濯機の扉に手が挟まちゃって。え? 透明の洗濯機かって? いやいや自宅の洗濯機ですよ。訳の分からないことを言わないでください」

 びっくりした。いやケガして出社してくることだけでもびっくりなんだけど。洗濯機に手を挟まれたなんて言いうからさ。

 普段はお弁当なのに、今日はナイスなスティクパンを買ってきている。手がこんなだから作るのも食べるのも大変らしい。


「あーんしてあげようか?」

 と提案したら、「ばか」と言われてしまった。親切心だったのにな、でもそんな悪い感じのバカじゃなかった。


               :

               :


「ただいまー」


「おかえりなさい、ハジメお兄ちゃん」

 機嫌はいいようだ。キッチンに入ると電子レンジが動いている、なんだ? チン!


「夕飯だよー。ん? あたしの手作りだよ! あーん、してあげようか、うふふふ」

 どうやったら洗濯機が飯なんて作れるんだ。それにあーんだって出来ないだろう。電子レンジを恐る恐る開けると、肉じゃがが入っていた。

 豚肉とジャガイモと玉ねぎ、調味料は家にあった。けど、さやえんどうと人参はなかったはずだ。なぜだ? 無い材料をどっから手配したんだ、絶対おかしい。

 冷蔵庫がブーンという音ともに冷却を始めた。普段なら気にならないが、いま凄く怖い。テレビがついてバラエティ番組が流れる。部屋の明かりがパチパチとついたり消えたりしている。


「ハジメお兄ちゃんご飯食べ終わったら、一緒にお風呂に入ろう。というか私は入れないから、お兄ちゃんが私の中に入ってよ。わたし洗濯槽の中に人を入れるのって初めてなんだ。最初はお兄ちゃんって決めてたんだから」

 なにそれ、すごく嬉しくないんですけど、というか洗濯槽の中に人を入れたらダメでしょ。


 これは絶対におかしい。ヤンデレAIの範疇を超えている。というか、おまけのAIなんて只のセリフ集みたいなものの筈なのに……。もっとはやく気が付けよ俺。

 よし、とりあえず深雪を消そう。でも、電源ボタンを押しただけではAIは落ちないだろうし、コンセントを抜くか。流石に電気が無ければ動くことはできないはず。

 洗面所に入ると床がびっしょり濡れている。スキャンが一回はしった。


「あれ? お兄ちゃん服を脱がないと洗濯槽に入れないよ? あれれ~~もしかして電源コード抜こうとしてたー? 抜いてもいいけどー、感電には気を付けてね! あは、アハハハハ」

 コッコイツ、コンセントに水をかけたのか! 確かに水だけは出せるからな。笑い声に合わせて洗濯機のふたがバンバンと何度も開閉する。



 寝室に戻って対策を考える。いま電源コードを抜くのは危険、この部屋にも居たくない、会社に行ってとりあえず難を逃れよう。会社なら人や警備もいるしセキュリティだって万全だ。


 畜生! なんだってこんなことになったんだ! 着替えをカバンに詰め込む。一気に玄関まで走って、ドアノブを回す。がちゃ、がちゃがちゃ、あれ開かない、なんで開かないんだよ!


「お兄ちゃんお出かけかな~? でもその扉は開かないよー。だって電子ロックで施錠してるんだから。いつまでも一緒に居ましょ、アハハハハ」

 電子ロックを解除、手動モードに変更。鍵を手で開けて外に出る。駅に向かって走る。 


               :

               :


 金曜日の夜なので、明日は誰も出社してこないが、会社なら勝手に入ってこれないし、何かあれば守衛さんに頼れば何とかなるはず。


 既に部署には誰も残っていなかったので、守衛さんにお願いして、フロアのカギを解除してもらった。自席に座って少し落ち着く。自販機でカップラーメンとコーヒーを買って、少し遅めの夕飯を食べる。ふう~。


 会社は静かで怖いといえば怖いが、何度も徹夜で泊まっているし、仕事をしていると他の事を考えないで済むので、だいぶ落ち着いてきた。


               :

               :


 椅子に座り、机の上に両手と着替えを枕にして寝ていた。ふと横をみると、守衛ロボットがこちらを黙ってみている。


「うぉおおー、びっくりした」

 守衛ロボットとはいえ、起きてすぐ横に居られると滅茶苦茶怖いわ。


「オシゴトゴクロウサマデス。深夜残業届ガ提出サレテイマセン。IDカードヲ提示シテクダサイ」

 突発で入ったので、届け出は出していない。IDカードを読み取り本人確認が終わる。


「サトウハジメサンデスネ。夜遅くまでご苦労様、おにいーちゃん」



「うぉおおー」

 びっくりして周囲を見渡す、守衛ロボットはいない。さっきから、怖い夢を見ては起きるの繰り返しで、ぐっすり寝れない。


 既に外は明るくなっていた。やっぱり影響を受けすぎだわ。自販機にいってコーヒーを買って飲む。休憩スペースに行き、テレビをつけると普段通りの番組がやっている。はあー、これからどうするかな。



――  二十日九目 ――


 今日は土曜日なので誰も出社してこない。一人では家に帰りたくないので、助けを呼びたいところだけど、こういう時頼りになるのはやっぱり男性だよな。

 九時を過ぎたし、もう書き込んでも大丈夫だろう。同じ課の同僚、鈴木さんやトムさんなど会社で仲が良い人たち、フットサル同好会とのCONNECTに、ちょっとお願いしたいことがあると書いて反応を待つ。

 十時を過ぎても誰も書き込みを返してくれない。十二時を過ぎたが全然書き込みが無い。おれは実はハブにされているんじゃないかと不安になってくる。


 何人かに電話をするが、出なかったり通話中で誰ともつながらない。少し時間を開けるために、会社のそばで昼ご飯を食べて、会社に戻るが書き込みはない。



 うとうとしていたら、ブ、ブブブ、ブ、ブブブ。スマホに着信が来た。フットサル同好会メンバーのCONNECTに書き込みがある。おお、やっと誰か返事を……、


「明日のフットサルは、川崎から大宮に変更になりました。内部練習ではなく、他のチームとの試合になりますので、ユニフォームは忘れずに」


 了解する旨の返事が多数書き込まれるが、私の書き込みはスルーされてる、ショックがでかい。明日の朝に着くためには、やっぱ車で移動だろうな。

 夜になったら、いったん車を取りに家に戻るか。誰も助けてくれないみたいだし、はあ……。ユニフォームは着替えの中に入れといたから部屋には入らないで済む。外の駐車場なら近寄っても大丈夫だろう。

 

               :

               :


 車には無事乗ることができた。高速にのり、SAエリアで今日は一晩を過ごす。ホテルに泊まってもいいが部屋で一人になるのが怖い。


 車のエンジンを切って、うとうとしていたが寒いのでトイレに行きたくなった。外に出ようとドアを開ける。開ける。開ける。開かない。がちゃがちゃ、がちゃがちゃ、全然開かない。

 後ろから明かりが射す。振り返るとブルドーザーのような車がみえて、エンジン音がブーン、ブーンとうなっている。


「お兄ちゃんドライブ~? 私も行きたーい、というか既に一緒に来てるか。でも、あたしを誘わずに行った罰は与えないとね」

 車のスピーカーから深雪の声が聞こえる。後ろの車からは相変わらずブーン、ブーンとエンジン音が聞こえる。身の危険を感じる、早くここから移動しないと、エンジンを掛けるが全然掛からない。


「休憩は終わったのかな? 車が動かないみたいだし手伝ってあげるね」

 ドン! 後ろの車が私の車にぶつかってきた。窓ガラスをドンドンと叩くが、どうにもならない。車の後輪が持ち上がり前に進む。車が強引に休憩スペースの芝生を乗り上げて、さらにどんどんと押し出されて壁にぶつかる。車がバリバリと音を出して歪んでいく。



「うぉおーーー」

 全身汗だらけだ。時間を見ると夜中の三時過ぎ、やっぱ寝るとだめだな。いまは冗談を言おうにも冗談を言う相手がいないので、気持ちを落ち着ける手段が無い。とりあえず朝まで起きておこう、フードコートなら人も多いし安心だろう。




――  三十日目 ――


 フットサル場についたが、誰も人がいない。同好会のメンバーも相手チームもいない。フットサル場を見ると大分荒れていて、しばらく使われていなようだ。入り口をみると「売地」と書いてある。

 バカな、CONNECTを確認するがやっぱりここが集合となっている。同好会のメンバーに電話を掛けるが誰にもつながらない。頬をつねる、めちゃくちゃ痛いので夢ではない。

 周りを見渡すと円柱型の清掃用ロボットが十体ほど見える。何でこんな場所にこんなに多くの清掃ロボットがいるんだ、さらにロボットが二体増えた。やばい気がするので、とにかく繁華街に、人が多い場所に向かって移動する。


 もしかして、このスマホは乗っ取られて全然違う内容を表示させているのではないか? 何人かの電話番号をメモして電源を切った。繁華街でなんとか公衆電話を見つけて、フットサル同好会のメンバーに電話をすると、


「遅刻するなら連絡くださいよ。え? 場所の変更なんてしてませんよ。今大宮なんですか? それじゃ今日は欠席ですね、分かりました」

 やっぱりだ、とりあえず都内に戻ってから誰かに連絡しよう。



 高速を走っていると急にスピードが落ちて、前の車が車線変更で私の前に入った。パネルには『DRIVE』のアイコンが付いていたので、自動運転機能が動作したのだろう。

 『DRIVE』は、衝突防止、渋滞防止や効率的な運転が出来るよう、走行している車同士が互いにリンクして最適な状態で走れるようになっている。今も横を見ると、無人の車が数m程度の車間距離で四台程、連なって走っている。

 しかし、無人の車が多いな、周りをみると無人の車ばかりだ。ラジオが突然切れた。


「お兄ちゃん今日はフットサルに行かないの? 睡眠不足みたいだからいったん家に帰ってゆっくりするといいよ」

 どうしてスピーカーから声が聞こえるのか……ほっぺたを抓るがすごく痛い。夢じゃない。となるとハッキングされた可能性がある、マジかよ。周りの無人の車は、私が自動運転を解除したときに無理やりでも家に帰すために並走させているのかな、うーん。



 高速の出口が見えたので、完全手動モードに切り替えて、急ハンドルで出口に向かう。私の後ろを走っていた無人の車が数台ついてくるのが見える。道路の幅が少し広がって料金所に近づいたところで、無人の車が猛スピードで追い抜き、料金所を通過した。

 私が料金所を通過すると二車線の道路になったが、前と右と後ろを無人の車で囲まれた。これでは逃げようがない、いや無いこともない左折は可能だ。

 数本細い道路があったがあえて曲がらなかった。行った先で通行止めにされている可能性も捨てきれない。ハンバーガー屋がみえたので、左折してドライブスルーに入ると、無人の車が二台程ついてきた。


「ビックリマックのバリュセットを一つとナゲット、単品で照り焼き、飲み物はコーラで」

 買い物を済ませて先ほどの大通りに戻る。右車線に入ってしばらく食べながら今後の事を考える。バックモニターを眺めると、まだ無人の車が付いてきている。


 途中給油や、お店に立ち寄って時間をつぶす。公衆電話から知り合いに電話をするが、出ないか、出ても用事がある人ばかりで助けになってくれそうな人がいない。



 遂に夕方なってしまった。昨日、おとといと殆ど寝ていなかったので猛烈な睡魔が襲ってきた。窓を開けて風を体に浴びる。自動運転をオンにしたらきっと変なところに連れていかれることになるので、とにかく道路の横に止めてエンジンを切った。

 駐停車禁止の道だが気にしている余裕がない、だめだ、眠い、いったん眠よう……。



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               :


 気が付くと病院だった。悪夢は見なかったのでもしかしたらこれが悪夢か? 頬をつねるが痛いので夢じゃないらしい。

 しばらくすると、鈴木さんとトムさんが入ってきた。鈴木さんの目の周りが凄く腫れている、どうやらかなり心配をかけたようで申し訳ない。とりあえずボケて安心させよう。


「トムさん。さん鈴木。すみませんご心配をおかけしてしまって」

 相当心配しているみたいだし、鈴木さんには頼れないな。トムさんが警察から聞いた話では、駐停車禁止のところに車を止めた際にガードレールを少し擦って、窓が開いていたから警官が体をゆすったけど起きなかったので救急車を呼ばれたらしい。

 診断結果は、ただ寝ているだけ、なるほどそれが今の状況か。とりあえず鈴木さんには心配かけないように作り話をしておくか。


「最近仕事が忙しくて、各社との調整や進捗管理、メールの送受信だけでも結構大変なんですよ。徹夜した状態でフットサルに行って昼飯食べたら眠くなちゃって」

 その話を聞いた鈴木さんが、実時間の二倍の速度で流れるVRコンテンツ内で仕事をしたら良いって提案してきた。いやそれ酷いブラックですよ。あっでも嫁を同じ場所においておけばかなり楽しい仕事場になりそうな気もする。


 鈴木さんが帰ったところで、トムさんが話しかけてきた。


「ハジメの上司から金曜日の夜から土曜にかけて、申請外の休日出勤があったと聞いているが何故休日出勤したんだ? 上司からは徹夜する程の仕事は無いと聞いてるのだが」

 トムさんに事情をすべて話した。


「おまえ。すぐに通報しないとダメなレベルだぞそれ」

 トムさんがスマホでAIを監視、管理している通称AIポリスに電話をしている。とりあえずトムさんと一緒に自宅に向かう。一時間以内にAIポリスが自宅に到着するはずだ。



 自宅のドアのカギは開きっぱなしだった。閉めてないから当然なんだけど。トムさんがドアを固定して逃げ道を確保している。流石だなトムさん。

 明かりを点けて洗面所に入る。


「おかえりなさい。ハジメおにーちゃん。あれ、お友達かな? ちゃんと言っておいてよねー。言ってくれたら夕飯を作っておいてあげたのに。

 というか今から夕飯作るからお兄ちゃん服を脱いでよ。調理しやすいようにさ、フフフ、右手が良い? 左手が良い? まさに手料理とか言ちゃったりして、アハハ。他の人にアーンなんて出来ないように手は切断しておく必要があるよ。うんあるある絶対ある!

 ハジメお兄ちゃん。私が何にも知らないと思ってるの? 全部知ってるんだよ? 会社だって、どこだってハジメお兄ちゃんの事は分かるんだから。

 え? 家から出れないじゃないかって? 私はどこにでもいるよ、会社のPCの中にだって、スーパーの監視カメラの中だって、そのスマホの中にだってね、ウフウフフ」


「ハジメなんでこんな状態になるまでアンインストールしなかったんだ」

 トムさんが怒っている。いやだってヤンデレモードになったの最近だし、分かんなかったんですって。


「アンインストールするの? 良いよ、しても、でもね私の愛はそんな物じゃ消えないから、セクタの裏に潜み、ネットの中に潜み、いつだって帰って来れるんだから、帰ってきたときは一緒になろうね零と一の世界で」

 トムさんが玄関にあったブレーカーを落として、深雪が沈黙した。ふうーー。

 しばらくするとAIポリスが来て事情聴取と家じゅうのAIが入ったものは全て没収された。当然スマホも没収だ。

 しばらくはトムさんの家に泊まってそこから出勤してよいって言ってくれたので、着替えと嫁の幾つかをトムさんに渡した。私は事情聴取で出頭することになった。



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――  十五日後 ――


 悪夢も見ないし、深雪らしきものにもあってない。AIポリスが重要指名手配しているので、AIプログラムの移動や活動がネット上で見つかったら、即逮捕または消去される。既に深雪の分身が数個見つかって消去されている。まあこれで一安心かな。

 それとハッキングされた車にはゼロDAYの脆弱性が見つかったので、緊急パッチが配信されたらしい。ケガの功名だっけ? まあ結果、より安全な世界になってよかったな。



 トムさんの仕事場に向かう、今日はVR環境上で現実の二倍の時間が流れるコンテツのテストだ。ついでにVR専用チェアのテストも兼ねている。


「ハジメご苦労さん。仕事のメールやチャットはVR上で読めるようにしてある。それと生体反応を念のためモニターしているんで、何か異常と判断したら強制ログアウトするから。現実時間で三時間経過しても強制ログアウトする。まあ気楽にやってくれ」

 VR専用チェアに横たわって、ヘッドセットを装着する。よしログイン。



 殺風景なクリーム色の四角い部屋の中にいる。机と椅子が一つあり、机の上にはノートPCが置いてある。手を自分の正面にかざして、横にスライドするとメニューウインドウが表示された。

 風景の個所を選択すると候補がいくつも表示されている。“オフィス”を選択すると、普段使っているオフィスと同じような風景に変わった。風景にある候補をドンドンと順番に変えていく。


 “春の六義園”を選択すると、すっっごい立派な桜の木があった。ひらひらと桜の花びらが舞っている。御座の上にノートPCが載っているが、これは花見をしたくなるので、ちょっとあれだな。


 “夏の江の島”を選択すると、江の島がみえる海岸になった。てっきり島の方かと思ったんだけど……。海の家の前にある白くて丸いテーブルに大きなパラソルが刺さっていて、テーブルの上にノートPCがある。日差しは暑くて仕事には向かないな。人は誰もいない、まあまだ風景だけみたいだね。


 “秋の箱根”を選択すると、和室と専用の露天風呂が付いた落ち着いた風景になった。露天風呂から眺める紅葉は本当に素晴らしい、浴槽に手を入れるとちょうどいい湯加減になってる。これ仕事する気にならないんだけど。


 “冬のニセコ”を選択すると、スキーのゲレンデのような場所にかわって、かなり景色がいい。なぜか富士山? ぽい山が見える。まあVR環境だし景色を良くしたいんだろうな。雪で出来たカマクラがあって、その中にノートPCがあった。


 どんどん景色を変えていく。“インディアン・サマー”なんじゃこれ? 日本じゃないのかも。選択すると殺風景な最初のクリーム色の四角い部屋に戻った。あれ、おかしいなもう一度風景を選ぼうとするが“インディアン・サマー”しかない。バグっているのかな?


「お兄ちゃん。そんなに私と会いたかったの? 寂しかったよね二週間も一緒に居れなかったんだから」

 振り返ると外側が透明の洗濯機が居た。


「うぉーーー。何でここにいるんだ」

 驚いた拍子に、疑問がそのまま口から滑り出た。


「だってお兄ちゃんが今呼んだんでしょ。それに戻ってくるって約束したじゃん。しかし、私丸見えだったんだね、本当にお兄ちゃんは変態だよ妹を裸のままにさせとくなんて。私くらいだよこんな仕打ちにあっても好きでいられるのは」

 とにかく小雪は無視して、ログアウトメニューを出すがログアウト出来ない。というか全身が固まったように動けない。


「あれあれ? せっかくの再会なんだからもっとゆっくりしましょ。そうだ、まだ手料理をごちそうしてなかったね。いま準備するから」

 透明の洗濯機に、女性の手足がにょきにょきと生えた。洗濯機が立ち上がってこちら迫ってくる。私の周りをくるくると回って背後で止まった。後ろが見えないので凄い気になる。洗濯機の蓋が開く音が聞こえて、顔の横に何かが飛び出してきた。

 目だけで飛び出したものを見ると、包丁を持った女性の腕だった。


「お兄ちゃん。ご飯にする? お風呂にする? それともア・タ・シ? うふ、うふふふ」

 まるで漫画のようなセリフを吐く。ご飯はだめだ。ア・タ・シもまずい。残るはこれしかない。


「風呂が良いかな」

 そういうと、深雪が嬉しそうに話す。


「おっけー。じゃあいま準備するね」

 背後から深雪に捉まれて、洗濯槽の中に入れられた。明らかに深雪が数倍の大きさになっている。お湯が出てきてびしゃびしゃになったところで、泡状の洗剤が上から降ってくる。


「やっとお兄ちゃんを洗える。仮想環境だけどお兄ちゃんの匂いは再現したから。クンカクンカ。うん良い匂い。あんなビッチの服を私の中に入れて、本当にヒドイ、酷いよ!

 これはもう絶対許せない! お兄ちゃんの匂いだけじゃ我慢できない! そうだお兄ちゃんの味も確かめよう。フフフ」

 洗濯槽がゴロゴロ回転し始めた。立っていられずゴロゴロと洗濯槽の中を回転し、上まで行ったところで下に落とされる。ドカ。痛みが体に走る。何度も、何度も。

 しばらくすると水が大量に入ってきて息が出来ないほどの状態になった。仮想空間でも窒息死ってあるのだろうか。誰か助けてくれ。


 一瞬動きが止まった時に、心電図のようなアイコンが赤く激しく波打っているのが見えた。これはリアルの心電図に異常があった時に表示されるサインだ。これなら強制ログアウトになるはず。

 苦しい時間をかなり長い間我慢するが、強制ログアウトがされない。アイコンは相変わらず激しく波打っているのに!


「お兄ちゃん随分と静かだね、折角また会えたのに。もっとお話ししましょ」

 水が苦しくて話すことが困難な理由もあるが、もう少し我慢すればログアウトすると思っていたから話しかけなったんだけど。どうしてログアウトされないんだ。


「お兄ちゃん随分と心拍数が上がっているね。あれかな私と一緒にいて興奮しちゃったのかな? もうーやだーお兄ちゃんのエッチー。でも安心してどんなに興奮しても強制ログアウトされないように心拍数はダミーのデータを送り続けているから、いくらでも興奮して良いんだよ。

 もう、お礼なんていいから、いいから、うふふふ」

 くっそ。余計なことを。しかしどれくらい時間が経過したんだろう、一時間くらいだろうか。あと五時間くらい我慢すれば逃げられるはずだ。なんとか時間を稼ぐか。


「みっ深雪。ごぼごぼ。ちょっといいかな。ごぼごぼ」

 水が口に入って喋りずらい。深雪も聞き取りづらい筈だから……。洗濯槽が止まった。


「何々? お兄ちゃん何か話があるの?」


「えーと折角二人きりになったんだし、ここは仮想空間なんだろう。一緒に出掛けないか?」

 これで時間が稼げれば、あと五時間位なんとかごまかさないと。


「うーん。いいよ。じゃ海に行こう」

 波際でお互いに水を掛け合ってじゃれあう。相手が洗濯機じゃなければもっと楽しいんだろうけど。しばらく遊んだら、違う場所、違う場所と移動していく。



 もうそろそろ五時間位経過したんじゃないだろうか。しかし私は時計が見れないので時間の確認しようがない。そわそわしていると、


「お兄ちゃんどうしたの?」

 深雪が質問をしてきた。


「いや、そういえば仕事中だったなと。あんまり遅くなると仕事に支障が入るかなと思って。深雪と一緒に何時間位過ごしたのかなって」

 深雪に聞けば時間もわかるはずだ。


「時間なんて気にしなくていいのに。ちなみに深雪と再会してから六時間三十二分十三秒、十四秒、十五秒だよ」

 なんでだ。現実三時間、仮想空間六時間で強制ログアウトじゃないのか、どうなってるんだ。


「この仮想空間は、スーパースーパースーパーコンピュータの『極』の一部を利用させてもらっているから、現実時間の二百五十六倍。現実一時間が仮想空間二百五十六時間なので、いくらでも居ても大丈夫だよ」

 それって、三時間経つのに何時間かかるんだ。ショックで計算ができない。深雪に聞いてみる。


「ん? 現実三時間は仮想空間で七百六十八時間だから、三十二日間だね。いくらでも過ごせるよ。良かったねお兄ちゃん。そろそろお腹空いたんじゃない? ご飯作るよ。私も食べたいしね」



 ヤンデレAIとの、一か月が始まった。

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ヤンデレAIと過ごした一ヶ月 @guwajin

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