第2話 平成徳政令~梵毛孫太夫、折田幸之助と出会う(後編)

JR大塚駅から徒歩5分。

 薄汚れた4階建ての小さな雑居ビルの3階に目指す男は事務所を構えていた。

折田幸之助。オリコーグループ総裁。

自らが、率いるオリコーグループ20数社の総裁などと名乗っているが、実態は、ようしれない。

グループ各社も、その殆どが休眠会社や設立準備中だったりして、実態として事業をやっているのは、『日本運河開発』と『インドカレーの店UFO』だけだった。

中核企業は、日本運河開発であるが、これは、折田が名誉会長職を父親から引き継いだもので、経営の実態には、タッチしていない。

すなわち、自ら関与しているのは、汚いカレー屋だけということだ。

実のところ、彼は、そこそこ裕福な家庭に生まれたので、食うにも困らず、きちんとした定職にもつかず、それこそ、ヒッピーのような生活を続けていた。

彼は、その時代に、神秘主義やオカルティズムにとりつかれたのであった。

40半ばまで、そんな状況であったが、亡くなった父の遺産を引き継ぎ、自分のオカルティスト的素養をビジネスに繋げたいという衝動に駆られたらしく、様々な事業を立ち上げては、失敗したとのこと。

これが、孫太夫が事前に、折田について、知りえた情報の全てであった。


『失礼します』

孫太夫は、折田が、自分の想像していた人物像と異なり、すなわち、彼は、若い人物を想像していたのでが、困惑する気持ちがあった。

目の前にいるのは、なにやら周囲から紫の煙がたちこめそうな怪しげな老人である。

『私は、こういうものです。』

孫太夫は、おずおずと名刺を差し出した。

『あ、そうですか。ところで星座は、何型ですか?』

『星座?O型のいて座です。』

ああ、余計なことを答えてしまったな。そう思ったが、老人はそれには、気にする様子もなく、折田の名刺を受け取ると、机の引き出しから、細い針を取り出して、ぶつぶつを穴を開け始めた。

な、何を??

そう思ったが、声も出さずに、老人の手元を凝視する。

老人は、一通り、穴を開けると、それを孫太夫に見せて、こういった。

『これが、いて座です。』

どうやら、名刺に開けた穴で、星座をあらわしているようだが、孫太夫には、それが本当にいて座をあらわしているのかは、分からなかった。

折田は、言葉を続ける。

『100円玉はお持ちですか』

孫太夫は、え?と思いながら、小銭入れから100円玉を取り出し、机の上においた。

折田は、その100円を自分の懐に収めるとこういった。

『これは、私のビジネスモデルの一つ、スペース名刺です』

『ビジネスモデルと申しますと・・・』孫太夫は、たずねた。

『貴方は、私のもつ奇跡なパワーに感服し、その対価として100円を私に払った』

『私は、別に貴方の奇跡とやらを見た覚えはありませんよ。それに100円玉にしたって、貴方に差し上げようと思ったわけでもない。』

『しかし、実際、私が、100円玉を懐に収めても、その時は、何の文句は、言えなかった。これが、私のなした第一の奇跡です』

孫太夫は、この老人に、何か韜晦されているような気がして腹がたってきたが、老人が、第一の奇跡といったことにひっかかりを感じていた。

『第一というからには、第二の奇跡があるんですか?でも、もう100円は、払いませんよ』

『もう、100円は、入りません。では、これを』

そういって、老人は、先ほど、孫太夫から受け取った名刺を手渡した。

老人にしては、皺のないきれいな手である。

この人は、寿司職人もやっているのか?関係ないことを孫太夫は、考えた。

『みて下さい』

孫太夫は、受け取った名刺を見ると、空けたはずの穴が空いていない。

『なかなか手品が、お上手ですね』

『手品などではない、これが、私の宇宙パワーのなせる業。第2の奇跡です』

この手品のたねは、どうなってんだろうな、そんなことを孫太夫は、考えていたが、老人は、全く違う話を始めた。

『今、国会は、改元論争で盛り上がっていることは、ご存知でしょう』

『はあ、一応は。。』

『あれは、私が、知り合いに言って、仕掛けさせたものです。』

『知り合いと申しますと。。』

『日本国、宰相石原完二朗』

『え、石原宰相ですか』

『そうですよ。彼は、私の大学時代から知人でしてね。彼が若いころは、随分と助けてやったものです。』

折田が、石原と知人というのは、まんざらうそでもなかった。

石原もまた、若いころヒッピー生活に浸っていたことは、有名な話である。

恩というのは、石原がさる筋から作った借金を折田が肩代わりしたというものだった。

実際は、折田の父親が肩代わりしたのであったが。

そんな人間関係から、政治の裏舞台のキナ臭い情報にも精通しているのであった。

しかし、この老人が、そんなVIPと知り合いだったとは。。。


『多くの民衆を味方につけるには、まずは即効性のある政策が必要です。』

『それで、改元ですか』

『そうです。まずは、改元実行によって、神の怒りを鎮める。しかし、これだけは、たとえ、国体が、精神的に立ち直っても、経済的には、立ち直ることはできない』

『そ、それは、そうですね』

『改元は、もはや時間の問題です。しかし、石原と私は、もう次の手を考えているんですよ。』

『それは、それは、もしや・・・う、宇宙人との』

孫太夫は、まさに心臓が飛び出んばかりであった。

自分以外にも宇宙人との貿易を考えている人間がいる。

それも国の最高責任者が。。

『この計画は、まだほんとに少数の人しかしらないんだけど、まあいっか。』

・・・俺も、俺もその話に乗せてくれ・・

孫太夫は、そう叫びたい衝動に駆られた。

次に老人の口から出た言葉が、一瞬にして、彼を落胆させた。

『梵毛さん。それはね、徳政令をやることです』

『はあ、とくせいれい?そんなんで』

『あなたは疑問に思われるかもしれない。単なる借金帳消しで経済が立て直れるかと、むしろ国家的な破滅の道をたどるのではないかと。しかし我々は考えているのは、ただの徳政令ではない』

『はあぁ』

『無条件に借金帳消しにするというものではない。銀行から金を借りた人は、借金の1/5を国庫に収めて貰う。それが、借金帳消しの条件です。銀行が、金を借りた場合も同じです。国の借金もそうです。どうです。これにより、国庫もあらたな財源を確保することができる。』

しかし、孫太夫は、何か釈然としないものを感じていた。

特に、国の借金、国債を帳消ししようというのは、いかがなものか?

『梵毛さん、あなたが、疑問に思うのも、わかります。しかし、我々が、リスクを冒してまで、一五徳政令を行うのも、ある目的を達成する手段でしかありません。あなたが、ここにこられたのも、多分、我々の究極の目的に興味がおありだからだと思います。』

『究極の目的?』

『国庫に収められた大量の資金は、国家経済再生基金に移動されます。しかし、その基金には、別の名前があります。』

『それは、もしや。。』

孫太夫の顔に気色が戻った。

『そうです、宇宙貿易振興会です。政府としては、その存在を否定しておりますが』

宇宙貿易振興会。秘密のベールに包まれた超法規的組織が存在することは、宇宙通の間でも噂になっていた。

老人は、続けた。

『宇宙貿易振興会は、たしかに、存在します。この理事の私がそういうんだからね。しかし、宇宙貿易振興会も、別の顔を持ちます』

『別の顔?』

『世界征服公団。宇宙貿易振興会のもう一つの顔です。』

アングラ情報収集については、それなりの自信をもっていた孫太夫であったが、さすがにその名前は、聞いたこともない。

『いま、石原は、平成の坂本竜馬となると息巻いておりますよ。宇宙は、、』

ようやく、老人は、孫太夫の関心の核心をついた。

『我々に門戸解放を望んでいます。すでに宇宙貿易を始めた国が存在するのではという貴方の読みはあたっています。しかし、それは、米国ではありません』

『それは、ど、どこの国ですか!』

『我々の隣国中国です。今彼らは、宇宙人との貿易を独占しようとしている。』

『一体、中国は、宇宙人と何を交易しているんですか』

『宇宙人から輸入しているものは、やはり宇宙テクノロジーに属するものです。それが、具体的にどのようなものなのかは、さすがに我々にもまだ掴めていません、しかし、輸出しているものは分かっています』

『それは?』

『黒のダイヤ』

『黒のダイヤ?』

『石炭ですよ。若い人には、わからないかもしれないが、かつて石炭は、黒のダイヤと呼ばれた。それほど貴重な資源だということです。石炭は、UFOテクノロジーの密接な関係があります。そう、UFOは、石炭で飛んでいるんだと思います。』

『UFOが、せーきたんでええ!』

さすがに孫太夫も面食らった。

『石炭を宇宙人に輸出していること。これは、我々の推量でしかありませんが、昨今の急激な中国の石炭輸入量の増加。自社のエネルギー不足を解消するには、その量が多すぎると計算しております。やはり、宇宙貿易の中心は、石炭と考えてまず間違いない。』

『折田さん、貴方たちは。。』

『そうです。我々は、全地球的規模で、宇宙人に門戸を開放する。そのためには、一強国に宇宙貿易を独占させてはならない。そのための世界征服公団なんです。』

『要は、中国と戦争ですか、勝てるわけがない、彼らには、核もあります。我々の想像もつかない宇宙兵器をもっているかもしれない』

『確かに、我々は、蟷螂の斧かもしれない。ドンキホーテの槍かもしれない。しかし、我々とて座して死を待つわけにいかない。すでに、中国が開発している超兵器の情報も取得している。それに対抗するために、我々も超兵器を開発中です。』

『超兵器?』

『そうです、詳細は、まだお話できませんが、我々には、兵器を開発するのに必要な情報技術が不足している。貴方には、それをやって頂きます。よろしいですか』

宇宙人、UFOと聞くだけで、舞い上がってしまう孫太夫である。

『よ、よろこんで参加させていただきます。』

迷いなく即答した。

『では、明日からここで』

孫太夫は、秘密組織の場所が記載された地図を受け取った。

明日から、孫太夫の世界征服公団での生活が始まる。

まるで、明日から、小学校に上がる幼稚園児のような晴れやか気分の孫太夫であった。

100円玉を詐取されたことなど、とうに忘れていた。


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