転生サイト
@mz_sg
転生活動者
転生サイトをスクロールしながら、缶チューハイロングを呑む。つまみはない。4万7千円のワンルームロフト付き。夏にはゴキブリが水周りから多数出没。国分寺駅から歩いて20分。東京都内とはいえ、車がない身では移動もままならない。
駅前はパチンコ店と金融会社が雑居ビルに押し込まれ、チェーン店から個人店、八百屋の前にはパチンコ店がある。道は狭く歩道と車道は曖昧でギリギリのところをすり抜けていく。
駅から離れると住宅街。夜道はひんやりとして電柱も少なく、ポツリポツリと電灯が見える。ビーチサンダルで歩くとペタペタとした音が響く。ケータイも持たず鍵と財布だけを持って適当に歩く、三年近く住んでいるけど周囲に何があるのか知らず住宅街の真ん中にぽっかりと畑が広がっていたり遠くにはモールが見える。
<バランディアナ>が転生勇者募集はじめました。
異世界にて勇者を志している方、<バランディアナ>の自然や魔法に興味をお持ちの方へ。
この度バランディアナは転生勇者様の募集を行なうことになりました。転生経験がなくても構いません。<バランディアナ>を平和にしたい方をお迎えしたいと思っています。
いまグランディアナは闇に覆われつつあります。東の砂漠から我が国を転覆を狙うジッタリン一族。彼らの魔の手から私たちをお救いください。
これまで別の世界で経験を積んできたあなたをお迎えします。理想とする人生を築き、新しい風を吹かせるチャンスです。
まずは<バランディアナ>転生担当者までご連絡ください。
スマートフォンから先ほど見つけた転生応募を何度も読み返す。転生経験がなくても応募できるし、条件だってゆるい。きっと転生できる。いや、僕は転生できるのだろうか。そればかりが脳裏をよぎり、どこを直すべきか志望動機を口に出して繰り返すが、口が乾き言葉が出てこない。
「大体ねえ、なんで転生してチートになりたいのよ。君は何の力もなくてこっちの世界でも目立たないのに、異世界で活躍できると思ってるのかい。料理もできない、勉強もできない、異世界で赤ん坊に転生してこちらの知識を持っていたとしよう。最初は神童だなんだ言われるだろうが、年並みになれば他の人間と同じように平均に埋もれるだけだ」
転生面接の当日。履歴書を見た担当者が、グランディアナ製のくわえタバコをしながら僕にそう言ってきた。
「趣味は読書、映画観賞。君は何を見るの? 読書と言ってもライトノベルを含めちゃいけないよ。履歴書に書く読書は基本的に古典ビジネス書や新書のことを指してるからね」
「はい、確かに私は新書は読みません。しかし小説や漫画、アニメ、映画などのいわゆる物語はいくつも知っています」
「それで、君は<バランディアナ>に転生したら何ができると思うの」
「はい、私はそれらの経験から吟遊詩人として、物語を紡ぎ<バランディアナ>の平和を。ひいてはジッタリン一族も魅了して非暴力的な解決策を」
面接官は話している途中で口を開いた「吟遊詩人? 履歴書には書かれていないけど君は音楽の経験や歌が得意なのかね」
「いえ、経験はありません。では小説家としてもしくは劇の脚本家として」
はい、ありがとうございました。結果は後日ご連絡いたします、と面接官は切り上げた。
実際問題、僕は物語をそこまで詳しく知っているわけでもなく、読んでもいないし、そんなお金もない。だけど好きだ。しかし自分から何かを作ろうとは思わない。誰かが作ったものをただ消費するだけの一般人だ。
寒い2月のことだった。コートを買うお金もなく、指先がジンジンする中、メガネを曇られながら電車に揺られ自宅へと帰った。転生できなかったことは明白だ。
結局のところ僕は転生することができた。<バランディアナ>の後に5世界ほど面接を受け(書類審査で10世界ほど落とされた)やっと転生することができた。僕を採用してくれた担当者に後から聞いたのだが、以前応募した時に書類の時点で落としたそうだ。その1年後にまた応募してきたから図太いと思われて面接をしてくれたそうだ。転生してしまったからもう出会うことはないのだろうけど僕はこの世界で生きている。
転生先の仕事は剣と魔法と獣の世界<スマイスティック>の獣使いの傭兵。子どもの頃から猫を飼っていたこともあり転生を認められたようだが、工事現場の鉄柱に下敷きにされ、<スマイスティック>に転生された時にやっと知った。
いままではお祈りメールしか送られてこなかったので採用されたことは転生した時に初めて知るのだ。
傭兵なんて言葉としてはかっこいいけど、要は協力戦力のようなものだ。正規の軍ではないので重要な判断を委ねることもないし部下がつくわけでもない。ただひたすら指令されたことを繰り返す日々。
時々、転生したもの同士で飲み会が行われるこもがあるが大抵の場合は職場での出来事や愚痴、そして転生についての不満。話と違う、自分の得意とすることができない等。そして有名転生者への不平不満誹謗中傷。その空間にいると、自分がどの世界にいるのかが分からなくなる。ここは<スマイスティック>にあるパブ「勇者の足踏み」なのか、それとも日本の全品298円均一居酒屋なのだろうか。
トイレに立ち用を足していると目の前には見覚えのあるキャッチュコピーが「世界一周99万円から」
おかしいぞ、ここは<スマイスティック>なのになんで日本語で書かれているのだろうか。苦労して公用語を覚えたというのになぜ日本語が?
木の実で作られたアルコールにより酩酊状態となり、あちら側とこちら側の記憶が混在し始めたのか。先ほど胃に納めた何も味がしない芋がこみ上げ、たまらず床に撒き散らした。
するとチェーン居酒屋のロゴの入った緑のエプロンをつけた店員が入ってきた。名札にはカタカナで中国人名。
ああ、ここは。
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