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星野くんとシフトが一緒になるのは次の金曜日のはずだった。飲みに行った日から、LINEでのやり取りなども特にしていない。というかよくよく考えてみると、私と星野くんは個人LINEのやり取りすらしたことがなかった。バイトの連絡はグループラインで来ていたので、フレンドにこそなってはいたのだけれど。バイトで会う以外の初めてのイベントが、この間の突発オールだった。そういうことを思い返すとますます彼の気持ちというものが疑わしくなってしまうのだけれど、じゃあどうすれば信じられるのかと言われても困ってしまうので、自分の気持ちだけをとにかく考えていた。
明後日は五時入りで同じだな、バイト中は素知らぬ顔で別にいいよな、と思いながら働いていた水曜日。やはり暑くて生ビールの注文が絶えない中だった。
「……四人、いけます?」
人影が見えたので迎えに行った入り口に立っていたのは、星野くんだった。連れが三人。二人は女の子だった。大学の同級生、といった風貌だ。
声が裏返りそうになるのを抑えながらいらっしゃいませと発音し、いつも通りふるまうよう努める。席に案内して荷物を落ち着けると、もう一人いた男の子が説明をくれた。
「急に来ちゃってすいません、サークルの買いもんしてたんすけど、こいつのバイト先が近いって言うから」
「今度でいいだろっつってんのに、押し負けました」
すみません、と星野くんが本当に申し訳なさそうに言う。私がシフトに入っているからあえて来たというわけでもないらしい。少し落ち着いて、営業スマイルでメニューを提供した。
星野くんはなんだかよくわからないスポーツ系のサークルに入っていると言っていた。特定のスポーツをやるわけでもない、半分は飲み会が目的のサークルだと。中等部の頃から仲が良かった男友達が入ったので一緒に、というようなことを言っていたが、この男の子がそうなのだろうか。星野くんよりは背は低いが、タイプの違う、ちょっとした男前だった。女の子二人も流行の服を着て流行のメイクをした、綺麗な子たちだ。二人とも髪は黒く、それぞれショートボブとロングで手入れの行き届いた艶を放っている。私立大の中でも、カーストの高そうな人たち、と、つい一括りにするような言葉が浮かんでしまった。
彼らは一番安いスパークリングのボトルを頼んだ。オーダーを打ってカウンターに戻るとボトルを切らしていたので、店の隅にある冷蔵庫へ取りに行く。
「……紗耶香さん」
そんな気はしていたが、星野くんが近くに来ていた。テーブルからは距離があって、彼らに声は届かない。
「なんか、すみません……とも言えないんですけど。この間の今日で、ちょっとこれは、嫌な感じですよね」
なんのこと? ととぼける選択肢はさすがに自ら打ち消した。いきなり告白しといて次のタイミングで、女の子連れて、はないですよね。当たり前にその気遣いが出てくる誠実さを彼が持ち合わせていることについて、微塵も疑っていないことに気づく。いつも余裕な態度の彼の、少し不安げな顔に、思いのほか心が揺さぶられていた。
「別にいいよ。でも連れてきたからには、売り上げ貢献してよね」
ボトルを渡して笑って見せると、星野くんは少し肩から力を抜いたようだった。素直に「はい」と答えた顔が笑みを浮かべていて、無性に、その整った髪をぐしゃぐしゃにしてやりたくなる。
グラスとワインクーラーを後から持っていくと、開栓とサーブを星野くんにやらせる流れになっていたので、任せる。拍手が収まるのを待ってから注文を取った。
そして黙々と前菜を作りながら、自分と向き合っていた。都さんの時にも感じていた、嫉妬の気持ち。私はもうそれが存在することを前提としているみたいだった。女の子たちが星野くんのことを「篤史」と呼んでいることにも、ワインを綺麗に注いだだけで歓声と拍手をあげられることにも。感情が沸き上がってきてしまうことがあらかじめわかっていたから、逆に、動じず平静な態度でいられた。不思議なものだなと思う。嫉妬するとわかっていたから嫉妬しなかった。不意を突かれるからこそ、感情はコントロールできなくなるんだろうか。そしてこういう感情を煽るような出来事、例えば可愛げのある女の子とのやり取りを見せられるようなことを、やめて欲しいと、もし言いたいのならお付き合いをするべきなのだろう。恋人は恋人に、それを言う権利がある、と私は思う。寧々の従姉妹の言っていたことは正解だ。
自分で感情をコントロールするために。穏やかでいるために。ということはやっぱり、心に波風を立てる相手が好きな人、ということなのだろうか。
ポテトサラダを盛り付けて、サラミを並べて、オリーブオイルをかけ回して。
深く深く、自分の意識の内側に分け入るように。何度だって繰り返してきた作業のひとつひとつを、まるで初めてやるみたいに丁寧におこなっていった。
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