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 夜中になって、連絡が来た。予想して待っていた私も私だが午前三時なんかに連絡を寄越す向こうも向こうだ。ラインだったが、結構長くて、レポートというのもあながち間違いではなかった。

《お疲れ様です。今日の帰りに言ってたことですけど、この間は意図的に無視してすみませんでした。

 あの時目を逸らしたのは、北川先生が発言する内容によっては、僕らが塾の帰り道を共にしていることが周りにばれるかもしれないと思ったからです。近くにいた雨宮先生もですが、ドア付近にはまだ生徒もいました。変な噂を立てられたら困るのはお互い様ですし、気を利かせたつもりだったんですが、シカトだと受け取ったら気を害する可能性だってありますよね。思い至らずすみませんでした。深く謝罪します。》

「……記者会見じゃねえんだよ」

 思わず布団の中で声を出していた。猛烈に腹が立つ。布団をはねのけてベッドの上に正座した。五木先生のアイコンを開き、通話ボタンをタッチする。

『……非常識な人ですね。もう寝るところなんですけど』

 2コールぐらいで出た五木先生は、眠たそうな声色で応えた。

「先に連絡してきたのはそっちでしょ! 明日は土曜日だし、どうせ予定なんてないでしょう」

『まあそうですけど……それで、なんですか。さっきのラインに何か不服でもあるんですか』

「大ありです。なんなんですかあの読み返して清書したような文面! わざわざ時間置いて連絡してきた意味がわからないです。腹が立つ」

『また怒ってるんですか。怒りっぽい人ですね』

「あんたにしかこんなに怒ったりしない!」

 はあっと息をついて、スマホを握る手に力を込めた。こんなに真っすぐ怒りをぶつける相手、他にいない。あんたしかいない。

『……そうなんですか。すみません。怒らせたいわけではないんですけど。あなたがどうして怒っているのかもさっぱりわかりません。僕は、他人の』

「ストップ。いつものやつはもういいです。ちょっと待ってください。私も今、怒ってる理由をきちんと説明できません。でもレポートにして提出したくはないので、このままちょっとだけ待ってもらっていいですか」

 小さく『はい』と返ってくるのを聞いて、一分ほど沈黙した。真夜中、見慣れた自分の部屋の中。今、私と外の世界を繋げているのは窓でも扉でもなくて、耳をあてた四角い箱だ。

「……えっと。私、勝手に言いましたけど、さっきのライン、本当に清書しました?」

『清書ってのがよくわからないんですけど、長い文章うった時はそれなりに読み返したりするもんじゃないですか?』

「そうだけど、なんだか私は、あなたが削ぎ落とした部分を隠されたことに腹が立ってるみたいなんです。一緒に帰ってるのがばれたらまずい、って、なんか変だし。帰り道が同じ方向なことは同僚みんな知ってるじゃないですか」

『方向が同じだから一緒に帰るのと相手が終わるのを待って帰るのとじゃ別でしょう。削ぎ落とした部分を隠された、ってなんなんですかそれ。別に僕は何も隠し持ったりしてるつもりありませんけど?』

「一応聞きますけどもしかして五木先生はあの日も一緒に帰るつもりあったんですか?」

『ありましたよ。夜遅いからいつもあなたの家の下まで送ってんじゃないすか。なのに何も言わずに一人で帰ったりするから、何か気に障ることでも言ったのかなと思って。目を逸らしたのがそれだとは気付きませんでした。そういう理由があったんなら、せめてその日の夜ラインした時に教えて欲しかったです。怒ったりしてません、って言ってましたよね』

 確かに言った。腹立ってるんですかって言われて、気のせいでしょうって。だってその時私が抱えていたのは、怒りじゃなかった。怒りじゃなくって、あれは、勝手な――

「……ごめんなさい。そのつもりだったことがわかっていませんでした。確かに何も言わず勝手に帰ったのは私ですよね。シカトはしないで欲しかったですけど。

 でもその後ラインで、腹立ってるわけじゃないって言ったのは嘘じゃないです。私は怒ってたわけじゃ、ないんです」

『そうなんですか? じゃあなんだったんですか?』

「…………そこは、おいといてください。私の問題なので。五木先生は悪くないので気にしなくていいです」

 一瞬間があってから、『わかりました』と返事が来る。その部分は完全に私の問題だった。私が嫌だったのは、目を逸らされたからじゃなくて、その時五木先生の隣に、明るく可愛い女の子がいたからだ。喋っていた、しかも世間話ですらなく、仕事上の業務連絡を喋っていた、ただそれだけの状況で。そんなこと、やつに説明できるわけがないし、説明したところでなんの意味もないことだ。だってこれは、私が勝手に抱いた感情。勝手に抱いて勝手に解決するしかないことなのだ。相手には、知ってもらう必要さえもないことだから。

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