編入生はコウモリ?

ラピーク

記憶喪失の少年

第1記 降ってきた少年

 金髪の青年は淡い色をした足場の無い空間を駆け抜けていた。背後からは空間を黒く染める何かが追って来ている。

足元に黒い塊が着弾すると体が吹き飛ばされる。彼は咄嗟に受け身を取り手をつくと紙を取りだし前に突き出す。紙を中心に魔法陣が展開、そこから放たれた紫色の矢が黒く染まった空間へと向かい消えていった。


 空間を侵食する黒が必至に逃げる彼に微かにかかると中から数本の手が伸びてきた。慌てて跳び退き逃げたが直ぐ背後に迫る気配に振り向いた瞬間、突然起きた爆発に吹き飛ばされてしまった。

地面に転がり掠り傷を負い服や装飾品は爆風でボロボロになっていた。

それでも彼は所々痛む体を無理やり動かし、意識が朦朧とする中立ち上がり走った。


『目的地に付けば助かる!』



 春の日差しの下へと真新しい制服を着た少女が飛び出す。しかし、そんな優しい暖かさを感じている暇などなかった。

 今年、晴れて高校に入学した彼女、佐倉さくら 紗倉さくらはとある事情によりギリギリ家を出る事が多く、今日も例にもれず走れば間に合うであろう時間に家を出る事になっているのだ。いつも走っている慣れない高校への通学路を全力で駆け抜け、始業前に教室に飛び込む。体力を使いきった紗倉は机の上に伸びた。


「紗倉さん、おはよう」


「ぁぁ、おはよう……」


 挨拶をした彼女は紗倉の親友で幼馴染の佐々倉ささくら 美羅みら。両親同士が知り合いで幼い頃からの付き合いだ。


「今日もマラソンお疲れ様です紗倉さん」


 美羅が高貴な雰囲気の漂う上品な笑みを浮かべ冷たい麦茶をさしだす。全力疾走で上がった息により乾いて引っ付く喉に思わずそれに飛びつき喉へ流し込んだ。喉が潤いほっと息を吐いた。


「そろそろ大会出場できそうですか?」


「マラソン選手じゃないよ……」


 寧ろ選手とは程遠い。ビリではないもののクラス内で最下位付近に入る自信がある。とは言え、これだけ走っているのだから速くなるなりしてほしい。そうすれば毎日が少しは楽になるはずだ。最も余裕を持ち家を出られるのがベストだが。

 美羅は机の前にしゃがみ紗倉の顔を見る。


「知っていますか? もうすぐ転校生が来るらしいんですよ」


「転校生? この時期に? 高校に?」


「今日らしいですよ?」


 転校生の話題で話が進みかけたとき教室のドアが開き担任の教師が一人で入ってきた。それを合図にたむろしていた生徒達はそそくさと自分の席へ着く。

 担任の隣には誰もおらず紗倉と美羅は目配せをした。

この後廊下から入ってくるのかとも思ったが、担任は転校生に一切触れることなく話が進んだ。普通はホラ話だったと思うところだが、紗倉の知るところ美羅は滅多に嘘は付かない。こういう話なら特にだ。

 小学六年の頃大人ですら噂にしなかった合併の話を始めに言い出したのは美羅だった。他にも校長が変わったり今回のように転校生の話も同様だった。

 クラス違いなのだと思ったが隣のクラスもそんな様子はなかった。



「そういえば、転校生の話誰から聞いたの?」


 放課後、紗倉は美羅の入っている部室でもある給湯室の座敷で帰りの荷物をまとめていた。


「先生からですよ、だから来るのは間違いないですね」


一体どの先生に聞いたのか。毎回のことで情報源は聞いても教えてもらえなかった。

 一通り荷物をまとめ終え立ち上がり美羅を待とうと振り向いた。するとそれに気が付いた美羅が表情を変える。ハッとしたかと思うと申し訳なさそうに眉を寄せた。


「紗倉さん、私今日は部活の見張り役で帰れないんです。良ければ迎え呼びましょうか?」


「いいよ、家そんなに遠くないし一人で大丈夫」


それに頼り楽をしようと思ったが申し訳ないので断り一人部室を出た。

 未だ春先ということもあり午後六時を回った夕方の廊下は薄暗く外は真っ暗なだった。窓の外を眺め少し不気味な雰囲気にわくわくしながら生徒玄関へ向かう。下駄箱に上靴を揃え置くきローファーをしっかり履き校舎を出た。思ったより肌寒く思わず身震いをする。

 家まであと半分のところで足を止めた。遠くから爆発音が響いてきたのだ。確かにしっかり聞こえたが周りの様子が一切変わらない。一瞬の聞こえただけだった為空耳か遠くで事故でも起きたのだと思った、もう一度今度はすぐそばで聞こえる前までは。

 爆風を感じられそうな爆音に振り向き驚愕した。地面からにょきにょきと黒い人型をした何かが生えてきている。異形のものの姿に嫌な動悸が頭に響き冷静な思考ができない。


「な……なに、これ」


 その生き物は目の前にいる紗倉に向かってよろよろと迫ってきた。完全にパニックになっていたが、更に響いてきた打撃音に驚き次の瞬間にはその生き物から逃げ出していた。

 すぐ目の前まで手が伸びてきた時は死が迫るような恐怖を感じた。あの音がなければ今頃無事ではなかったのが直感的に分かった。とはいえ、逃げている今も助かったとは言いにくい。すぐ後ろからその生き物が今も追ってきている。それに、そろそろ限界が近い今にも足がもつれて転びそうだ。息が上がり自分はここで終わる気がして目元が涙で濡れるのを感じた。


 限界はすぐに来た足が空回りし、もつれた。その刹那、風を切る音が聞こえ紗倉は何かに押しつぶされる形で地面に突っ伏していた。

 何が起きたのかは分からないが黒いあの生き物から逃げなければとのしかかられ重い体を動かし振り向いた。

 そこには空から降り注ぐ光の矢に射抜かれミミズのように黒い胴体をうねらせ消滅する異形の生き物の姿があった。

 驚きで声が出ない。震える瞳で光の矢が出てきたであろう虚空を見上げ思考が停止さた。見上げた空には夜の闇に紛れるようにして穴らしきものができていた。何だろうと思う暇もなく真っ黒な穴が目が暗む程強く光り、流れ星のように粉砕したのだ。


 目が戻っても暫く空に散り降り注ぐ光を眺めていた。


「ぅぅ……」


 謎のうめき声に視線を落とすと紗倉の上には男性らしき人物がのしかかっているのに気が付いた。紗倉を押しつぶしたのは彼だろう。


「ど、どうしよ……あの、大丈夫ですか?分かりますか?」


 取り合えず定型詩を口にするが、大丈夫ではない気がした。暗くてよく見えないが仄かに彼からは焦げたような匂いと血の匂いがした。きっと怪我をしている。一時的に彼を邪魔にならない所へ移動させようと思い周りをみわたす。


「あ、ここって」


 横を見るといつの間にか自分の家の前にいたらしく、直ぐに彼の両脇に腕を回し引きずるようにして移動させる。想像よりも重たく腕が攣りそうになったがなんとか玄関に運び込んだ。靴置き場に寝かせるのも気が引けたので段差の上まで上げ電気をつける。

 容体を見る。医者などではないので何とも言えないが、ボロボロな服の割に擦り傷が所々あるだけだ。なにより驚いたのは彼の容姿だ。男性とは思ったが、少年と言ったほうが正しい気がする程童顔だ。更に髪は金髪で染めている様子もなく地毛のようだった。日本人ではなさそうだ。

 気を失っているというよりは眠っているらしく紗倉は靴を脱がせ煤で汚れた顔を拭くが綺麗な肌と髪、幼い顔立ちに思わず見惚れてしまう。

 この様子だと目を開いても綺麗な顔立ちをしているんだろうななど想像を巡らせていると彼は肌寒さにくしゃみをした。それにより現実に引き戻された紗倉は奥からブランケットを持ち出し彼にかけ玄関先に放置すると、疲れていた為余計なことは考えずいつも通り夕食をとりシャワーを浴び自室で眠りについた。


「空から降ってきた彼の事は明日改めて考えよう」

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