戦場ヶ原の星のたもとで

真川画久

戦場ヶ原の星のたもとで

「ねえママ!あの流れ星見て!あんなに長いよ!」


「ん?どこどこ?」


「あそこだよ!あの月の右側!」


「うーん。分からなかったね。」


「なんだよ!すっごく長かったのに!!」


「あらー。また見えるよ。こんなに一杯流れてるんだから。」


 妻、由紀と三男、勇太と僕は


 しし座流星群を見に奥日光の戦場ヶ原まで来ていた。


 戦場ヶ原は星を見るには最高のスポットで、

 この日も沢山の人が流星群を見に訪れているようだった。


 車で到着したのは夜11時。

 流星群が一番綺麗に見えると言われている時間より少し前だった。


 到着した時には暗くて全く気が付かなかったが、

 すでに戦場ヶ原の駐車場は

 流星群を見に来た人達で一杯だった。


 駐車場に入ろうとした時

 ヘッドライトに映る人影の多さに僕達は驚きながら、

 その人達の邪魔にならないように

 空いているスペースに急いで車を停め、

 慌てて車のヘッドライトを消した。


「星を見に来てる人って一杯居るんだね。」


 暗闇に沢山の人が埋もれて居た事に

 ちょっと面食らった表情をしながらこう口にした妻と

 普段夜更かしが出来ないのに

 今日は堂々と夜更かし出来る事もあり、

 何だかワクワクして落ち着かない

 小学校二年生の三男勇太と

 車のドアを開け外に出てみた。


 車内が温まっていたので忘れていたが、

 さすがに11月の奥日光は

 かなり寒く感じる気温だった。

 そんな気温の中、車を降りた途端、冷たい風が吹き抜けた。


「うわ、寒い!」


 妻が首をすくめ

 ギュッと着ている上着の前を重ねるように引っ張りながら言った。


「そりゃ奥日光だからな。」


 僕と妻の会話など聞こえない様子の勇太は

 寒いのなんかお構いなしで

 あちこちキョロキョロしている。


 改めて周りを見回してみると

 暗い中でも皆思い思いの形で

 流星群を楽しんでいるのが分かる。


 イス、テーブルを準備して何かを飲みながら空を眺めている人。

 寝袋にくるまって空を眺めている人。


 そんな人達を余所目に

 僕は地面に厚手のレジャーシートを敷き、

 その上に三人で座りながら流星群が舞う夜空を眺める事にした。


 長男、次男も誘ったが、思春期の彼等は親と一緒に星を見に行くなら

 家に居た方が良いらしい。


 仕方ないよな、と思いつつ

 僕はレジャーシートに座って空を眺め、

 眺めていると吸い込まれてしまう様に感じる程美しい星空に驚いた。


「こりゃビックリだ。天の川って本当に見えるんだな。」


「私も思った。」


「やっぱり兄ちゃん達も来れば良かったのにな。」


「うん。ホント勿体ないね。」


 僕と妻との間に挟まれて座る勇太は

 会話に割り込んで来るように言った。


「あれが天の川なんだ

 なんかプラネタリウムみたいだね。」


 そう言って勇太が指差す星空には少し雲があるようで

 時折小さめの雲が月を隠し

 月が雲に隠れると

 辺りの黒が更に深くなって行く。


 そんな深い黒の世界は

 ただただ星空だけを映し出し

 星空と地面の境界線すら分からなくしてしまうようだった。


 そんな神秘的な空間に現れる流れ星は驚く程綺麗に見え、

 その綺麗さに辺りからも歓声が上がっていた。


 隠れていた月が雲から顔を出すと

 優しい光が辺りに広がり

 勇太越しに見える妻の横顔をそっと照らした。


 その横顔を見た僕は、

 ほんの少しだけドキッとしながら妻に言った。


「来て良かったね。」


「うん。」


 そう返事をする妻の優しい笑顔を見た時、

 それと同時に妻と付き合っている頃の事を思い出した。


 20年以上も前

 まだ妻の由紀と結婚する前の付き合っていた頃

 この戦場ヶ原にドライブで来た事がある。


 当時の由紀には門限があり

 その門限までに家に送って行く事に必死で

 こんなにゆっくりと星空なんか眺めてはいなかった。


「結婚して欲しい

 お金は無いけどいいかな。」


 そうプロポーズをした僕に


「よろしくお願いします。

 お金の事なんて気にしないでいいよ。」


 そう優しい笑顔で言ってくれた由紀。


 一瞬この頃の由紀と

 目の前の由紀が重なって見えた。


 当時ご両親への挨拶に行った時


「由紀さんを幸せにしますので結婚させて下さい。」


 そう挨拶をしたけれど

 今考えるとあれはちょっと違っていたのかもしれない。


 本当は…


 由紀と結婚したら絶対に僕が幸せになれるって

 当時から分かっていた気がするよ。


 家事に育児に仕事に

 一杯苦労をかけてごめんね。


 未だにお金もそんなに無くてごめんね。



 でも…



 やっぱり僕は由紀と一緒に居ると幸せなんだ。

 それは昔も今も変わらない。


 だから


 10年後も20年後もまた

 透き通るような空気の中の

 吸い込まれそうな星空の中


 この戦場ヶ原の星のたもとで


 綺麗な星達を眺めながら他愛もない話をしに来よう。


 その時にはもう勇太も一緒には来ないかもしれないけど

 二人きりに戻ってしまうかもしれないけど

 僕は由紀とまたこの景色が見たいんだ。


 その日の為にも

 いつも由紀に注意されてる


 味の濃い食べ物の食べ過ぎには


 気を付けないとね。

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戦場ヶ原の星のたもとで 真川画久 @shinkawagaku

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